12.決別
「……なんですって」
フォルナはただ、シナンの顔を見つめていた。
ただ、その口がまた同じように動き出すのが怖かった。
(これは、何かの間違い)
フォルナはそう、思いたかった。
「おまえは、生き残った夜の民、陽のやつらに支配を受ける人々の中での唯一の希望だ。おまえはただ魔獣の軍勢に心を通わせて、「攻撃しろ」と一言言うだけでいいんだ。そうすれば……俺達は救われる。神獣様の御加護のあるおまえならやれる」
「シナン……あなたは、夜の国の人々が傷つき、倒れる姿を見たんでしょう?」
「そりゃあ、見たに決まってる! あいつらは何の抵抗も出来ずにばたばたと死んでいった!フォルナは故郷が滅んで悔しいと思わないのか!? 何をしようとも、陽の国にはかなわないんだ! おまえの力がなければな!!」
それを聞いたフォルナは顔をしかませ、唇を噛んだ。
「……シナンは、悔しいと、思ってるじゃないの…………」
「なんだ。俺が悲しんだりしないと思っていたのか」
「そうじゃない、そうじゃないわ!」
フォルナは、シナンに掴まれた腕を思い切り引いて離し、今度は机に思い切りシナンの腕を強く叩きつけた。
「私が魔獣に命令し、陽の国に攻め入ることで、あなた達は満足するかもしれない。だけど……陽の国の罪のない人々はどうするつもり? 私が魔獣に命令したせいでその人々の家族が亡くなれば、彼らは一生どうしようもない怒りと絶望を胸に生きていかなければならなくなる!」
「フォルナ! 俺らが、それを陽の国にされたんだよ。俺らの苦しみを、陽の国のやつらは一生わからねぇだろうな。俺らが陽のやつらに教えてやらなくちゃいけねぇんだ!!」
「……やられた者がやり返せば、やり返された方がやり返す。そうやってどんどん恨みや憎しみ、怒りは溜まっていって、争いは永遠と繰り返す。私達で、止めなきゃいけないの」
フォルナはクレアの言い伝えの話を思い出していた。
――古代兵器は大量に造られて、絶大な威力で王国一つ滅ぼしてしまったといいます……
フォルナはシナンに必死に訴えた。
「シナンや、陽の国の支配下の人々の気持ちも、よくわかるわ。……けれど、駄目よ。私は…………やらないわ」
フォルナは立ち上がり、椅子に引っ掛けた小さい鞄を体にかけてシナンに背を向けた。
「シナン…………私が恨みを晴らしてあげられなくて、ごめんなさい。私は……行くわ」
フォルナは歩き出そうとした。
「ちょうど七年前、俺がおまえと別れた日のおまえも、あやまっていたな」
シナンが椅子から立つ音が聞こえた。
「フォルナ。もう少しここで、考え直さないか? 見れば出したお茶も、全然飲んでないじゃないか。おまえは何に怯えている? 神獣イーグ様に守護されているんだ、恐れることはない」
シナンが近づいてくる。
「シナン! 止めて。私にもう何も言わないで。……あなたがそんな考えを持つようになっていたとは驚いたわ…………さようなら」
扉に手をかけ、開いた時だった。
フォルナの前には、村長と村の男達が剣を構えてフォルナを見ていた。
「フォルナ。手荒な真似はしたくなかったんだが、そうするしかなさそうだ」
フォルナは部屋から出ることは困難だとみて、咄嗟に部屋の隅に走り寄った。
「動かないで! 警告するわ。今私に手出しせず、安全にグアナに乗って帰してくれるというならば私も攻撃しない…………シナン」
フォルナはブーメランを構えシナンと男達を交互に見ていたが、シナンは突然笑い始めた。
「一体何がおかしいの!? シナンッ!!! 答えて!!」
シナンはひとしきり大声で笑った後にフォルナを見て言い放った。
「グアナってあのおっきな魔獣のことか? もしそうなら今頃は陽の国の商人に売り飛ばされてる頃だ」
「…………ッ!」
フォルナは大きく口を開けたまま、話す言葉が出てこなかった。
「グ、アナ……が…………売り飛ばされたっ、だなんて!」
「本当だ。あいつがいなければおまえは帰れない。さあ、さっさと諦めて俺達に従え、フォルナ」
フォルナは、今まで感じたことのない激しい感情に身を揺すぶられていた。
「よくも……よくも、よくも、よくも、グアナを!!!! 売り飛ばしたわね!!!!!!」
フォルナは怒りに満ちた顔で、今にもこの場にいる全員の頭にブーメランが貫通する勢いで放とうとした。
その剣幕は、同じ部屋にいる者は皆固まって思考ができなくなる程であった。
「グギュウウウ!!!」
突然クーがフォルナの鞄から現れて首を噛み、フォルナはブーメランを取り落とした。
「ぐっ…………」
クーはフォルナの肩、腕をつたってフォルナの顔を見た。
「…………クー…………、ありがと」
フォルナは怒りに飲み込まれそうだった自分を助けてくれたクーに感謝した。
村人達はクーを見た瞬間に顔が強張り、恐怖に座り込んでしまう者もいた。
「ほう。やっぱり、七年前と同じだ、おまえは」
シナンはクーを指差した。
「またそうやって隠したトチが勝手に出てきておまえは不幸になるんだな。七年前は国の皆から拒絶されて追放されるはめになり、今は俺達の信用を失って魔獣を失う。可哀想な奴だ」
それを聞き終わらないうちにクーが腕から飛び降り、過剰に恐れている村人達の首を強く噛み切った。
「ぐああああっ!」
「シナン様、助けてくれっ!!!」
「災厄を……災厄を呼ぶ者だっ!!!」
村人達が倒れて部屋の出口が空くと、クーはフォルナを振り返った。
フォルナは頷き、シナンを一目見た。
「あら、私は今とても幸せだわ。今度は、永遠の決別になりそうね。さようなら、シナン」
フォルナは再び肩に飛び乗ってきたクーとともに、部屋を飛び出した。




