7.日常と、懐古とまどろみ
◆
フォルナ達はライナスに連れられて、水の国の城下町に繰り出した。
「うわあ、お店がいっぱい!」
ルルートは人で賑わう町を見渡して言った。
「服屋、魚屋、食事処、家具屋にいたるまで、全てがこの中心の大きい桟橋付近に揃っています。旅に必要な物がありましたら遠慮なくお立ち寄りください」
大半の人が起きている時間に外に出たため、辺りは物を売買をするたくさんの人々で賑わっていた。
「そうだフォルナ、保存食がもうなくなっていただろ。買い足しておかないとな」
「そうね!」
リュキは金貨をフォルナに渡すと、フォルナは目を輝かせて食品を買える店を探し始めた。
「本当、食には目が無いな……」
早速美味しそうな物を目ざとく見つけて買いに走ったフォルナを見て、呆れた顔で言う。
「リュキ、その……金貨ってどうやったら手に入るの? 人から盗む……以外で」
ルルートは真剣な顔をしてリュキに尋ねた。
「これは僕が宝石を相手に渡す引き換えに貰ったものだが、労働をした代わりや、感謝されるようなことをした時に手に入れることができる。…例えば君が薬師だったら、治療をして治った後に相手から貰うことができるな」
「へぇ……そうなんだ」
ルルートは興味深そうな眼で、空からの光に反射して輝く金貨を見た。
「まあ宝石なんて、トラモント村の周りある洞窟では探せばたくさんあった。ここ、水の国では陽光石が採れないらしく高く売れたから良かったが……宝石屋にはならない方がいいな、僕の経験談だ」
「おまたせ!」
何か、とてもたくさん鞄に詰め込んで今にも倒れそうなフォルナと、店の人との翻訳と荷物持ちをされているライナスが二人の元へ帰ってきた。
リュキは駆け寄ってライナスの荷物を全て、ルルートはフォルナの荷物を少しだけ受け取った。
「暫くの間もつ食事と、一人分の毛布。私とリュキが一つずつ持ってた分もあるから。あと、これを見て! ルルに服と靴、ヘアバンドを買って来たの」
フォルナは食品が入ったものとは別の小さい鞄からそれらを取り出して、ルルートに見せた。
服とヘアバンドは水の民がよく着る民族衣装であり細やかな模様がされている。靴は傷一つない動きやすそうな物だった。
ルルートは自分の靴を見た。それは、捨て場に置かれていた所から持ち出して履き始めてはずっと今まで変えておらずボロボロであった。頑丈な馬の革で作られていても何年も履いていれば穴が空いている箇所もあった。
ルルートはフォルナからそれらが入った袋を受け取り、すぐにでも嬉しくて泣き出しそうであった。
「フォルナっ…………ありがと、ありがとう」
ルルートは初めてもらった綺麗な服を大切に腕に抱えて、にっこりと笑った。
「さあ、早速帰って着てみよう! ……丈に合うか、見てみないとね」
フォルナが嬉しそうな顔で、宿屋の方向を指差した。
が、フォルナがどこからか視線を感じると、それはリュキであった。
「どうしたの?」
「い、いや。別に」
フォルナが考えていると、突然「はっ!」と気づいた。
「リュキ、あなたの分もプレゼント買ってきたわ。はい、これ!」
フォルナは鞄の奥から帽子を取り出してリュキに見せた。
その帽子はつばが広く、縁がある大き目の帽子だ。
「これは面白い帽子だな」
「スォンブレロって言うらしいわ。お洒落じゃない?」
フォルナは帽子をリュキの頭に被せた。
「リュキ、似合ってる!」
「ありがとう」
フォルナは少し照れた顔をした。
リュキが渡されてとてもホッとしているのをフォルナは見なかった。
◇
一同は宿屋に戻り、鞄の中の物を整理していた。
「これは、これーっと…………」
フォルナが荷の仕分けをしている時、ルルート着替えを終えて部屋に入ってきた。
「ルル!! とっても良く似合っているわ!」
ルルートは服を貰ったことが嬉しくて、その場を何度も回った。
「ああ、とても似合うな。君らしいよ」
「ほんと!? フォルナ、ありがとう。ずっと、大事にするね」
ルルートは自身の服を、愛しげに抱き締めた。
「水の国はとても良い所だな。ずっと居たいくらいだ」
リュキが微笑みながら呟いた。
◆
クレアがフォルナ達と話した2日後。
湿地の町に向かわせた使者の一人が戻り、浄化成功の報告とともに杖はクレアの元に戻った。
町の水を浄化するための使者はクレアが水の国と地上を通れるようにするまで、現場に残る予定だ。
「湿地の町に置いてきた人もこのままだと心配してしまうから、明日には毒雨と溜まった川を浄化しに行こう……近頃フォルナさん達が来てから、新たな出来事がいっぱいあったなぁ…………でも、これから水の国と地上が繋がれば、陽の国との貿易も再開するから王国も栄える。ほんとうにありがたいな、フォルナさん達は」
クレアは自室で独り言をつぶやいていた。
そして箱の中に入れられた杖を持って、大切に杖立てへ置こうとした。
しかし、クレアにはある違和感があった。
杖を持っている時、自分が経験していない出来事が脳裏上にちらほらと浮かぶのだ。
見たことがない景色、光る石でつくられている街、いろんな人の顔…………。
「これは、どこなの、誰なの?」
クレアはベッドに座り、杖をまじまじと見た。
見た目はどこも変わっていないが、冷たい箱に入っていたのにほんのりと温かい。
「この杖は一体……」
すると突然、先日会った少女の顔が思い出された。
「え? あの子…………? 初めて知ってる顔だ」
しかしクレアには会った時とは違う、懐かしい感情が湧き上がっていた。
頬には自然に涙が零れ落ちる。
自分でも理由がわからず、クレアは思わず杖をそばの机に置く。
(なぜ、私は泣いているの? なぜ、あの子にそんな感情があるの……私は2日前、初めて会ったのに)
クレアは手で顔を覆った。
◆
「水の国との通路が開かれたそうですね、おじいさま」
薄暗く木でつくられた屋敷の一室、女性と老人が地に座り向かい合っていた。
女性は痩せてはいるが逞しい体つきで、顎鬚を蓄えた老人は目だけが爛々と光っていた。
「あの方々は暫く水の国に滞在する様子です。これは絶好の機会ではないでしょうか」
「そうだな、アレーシア。荒風が吹き始めている。そろそろ我らは動かなければならぬ」
女性は無表情で頷いた。
「では、計画を実行します。神獣様の御加護がありますように」
女性はそう言うと、次の瞬間姿が消えた。
「……余計な害虫を惹きつける前に、花は摘み取らなければならぬな」
残った老人は一人、隙間から差し込んだ光で輝く花瓶の花を見ていた。




