3.怒り
フォルナの体は横向きに倒れ、ぐったりとして動かなくなる。
「こ……のっ!」
リュキは剣を振り上げて、再度爪を下ろそうとする守り手からフォルナを遠ざけた。
「フォルナ! フォルナ!」
ルルートも、蒼白な顔でフォルナに駆け寄る。
「ルルート! ……フォルナを連れて、逃げろ」
リュキは守り手と対峙したまま、ルルートに言った。
「なんでっ! リュキが一人残るわけには……」
「いいから行くんだ! 僕が時間を稼ぐ」
リュキは、魔獣に向かって突進した。
「うぉぉおおおおお!!!」
魔獣は軽い身のこなしでそれを交わし、リュキと魔獣は激しく戦い始めた。
「リュキッ…………! はやく、フォルナを連れて逃げないと」
ルルートはフォルナのだらりと下がった腕を握り、部屋の出口まで一心不乱に、懸命に引っ張った。
「ぐあっ!!」
リュキの苦しそうな声に思わず振り返ると、魔獣がリュキに馬乗りになっていた。
リュキは抵抗していたが、手に持った剣をはじき飛ばされてしまった。
剣は大きく飛んでしなり、ルルートの足元の床に突き刺さる。
(リュキがやられちゃう……!)
守り手は、今すぐにでもリュキにとどめをさそうとしていた。
(この二人のおかげで、私はやっと新しい人生を歩めるようになった)
ルルートは、これまでの自分の生活が頭に浮かんでいた。
あいにく持っていた才能のせいで、生きるやり方を覚えてしまった自分。
生きるために罪のない人から幸せを奪った日々。自分を殴った町人の顔。閉じ込められた汚い部屋。
生きる目的も無いのに、生きるために盗んでいた。
そんな生き地獄の中、自分を連れ出してくれたのがフォルナとリュキだった。
ルルートは、震えた。
――私に力がなかったせいで罪のない人々を……!
(だめだ)
震えが、自分では止められなかった。
逃げろと言われたのに、いつの間にか自分の手にはリュキの剣を小さな柔らかい手が、骨の浮き出るほど強く握りしめていた。
守り手がリュキの首に爪を振り下ろす瞬間、ルルートの顔つきが、変わった。
次の瞬間には、
魔獣の体が、目の前で崩れ落ちていた。
(あ、れ…………な、にこれ)
自分で剣を振り下ろしたはずなのに、目の前で魔獣が崩れ落ちていくことに驚いている自分がいた。
(ウチが、やったの? これを? ……どうやって?)
もう体をどう動かしたかなんて、わからなくなっていた。魔獣が口にはさんでいた杖が、どこか床に落ちた音がした。
「……ルルート」
呼ばれて我に返り、ルルートはリュキに駆け寄った。
「リュキ! だ、大丈夫? 私がオラムを連れてくるから、動かないで待ってて!」
ルルートは腰帯剣をリュキに押し付けて、力の限り神殿の入り口へ走った。
◆
フォルナをグアナに乗せて、一行は杖を得て湿地の町へ戻ろうと向かっていた。
背中でぐったりと気を失ったフォルナの様子が心配なようで、ルルートは落ち着かないグアナを何回もなだめていた。
それをぼんやりと見ながらリュキは、杖を手に入れる戦いでのことを考えていた。
(奇妙なことだらけだった)
リュキは違和感をもっていた。
(あれはおそらく魔獣だ。なのに、なぜフォルナの「魔獣と心を通わせる力」が効かなかったんだ……?
そして、死体。動かなくなったあれの傷からも、血は出ていなかった)
ルルートの攻撃で守り手の体は大きく引き裂かれていたが、血の痕はどこにも見当たらなかった。
そして、ルルートの行動。
リュキが守り手に攻撃されそうになった時突然守り手は後ろ向きに倒れ、出口にいたはずのルルートが剣を持ってすぐそばにいたことに気付いたのであった。
(あれは剣を手に取ったルルートの方も警戒していた。しかし、何も抵抗したり動くことなく、いや、動く暇さえなくルルートに引き裂かれ、動かなくなった……ルルートは、一体何をしたんだ…………)
守り手と、出口にいたルルートの距離は離れていた。走って剣を振り下ろそうとしても気付かれてリュキがされたように防御するだろう。
リュキは魔獣を引き裂いた後のルルートの尋常ではない顔を思い出した。
(なにかが、おかしい)
しかしどんなに考えても、やはりわからないままだ。
リュキは考えるのをやめにして、フォルナを不安そうに見る普段通りのルルートを眺めていた。