1.蔓延
◆
「ここが、湿地の町か」
「湿地って、こういうことだったのね……」
「土が、べちゃべちゃ!」
グアナから降り立ったフォルナとルルートは、水をふんだんに含んだ泥を踏んで靴が汚れるのが気にいらないらしかった。
グアナはずっと泥の道を歩いてきたが気にする素振りは全く見せず、オラムと泥かけ遊びをしている。
「ああ全く、火馬のオラムがティメールになってるよ…………」
オラムは泥を全身にかぶり深紅のたてがみが見えない姿は、まるで小さな砂色のティメールだった。
そして、それを見ていたクーも、ルルートの懐から出て泥遊びに加担し始めた。
「クーもかい!」
「この三匹は放っておいて、町に行きましょ」
三人は看板のない湿地の町の門をくぐっていった…………。
◆
「ひどい、有様ね……」
ホールの中の様子を見たフォルナが呟いた。
湿地の町では、何かの病気が蔓延していた。
町人達は一つの大きなホールに全員で住み、病気がひどくない者は看病の手伝いをしているのだった。
ホールに入る前スカーフを持っていないフォルナとリュキは口と鼻布の粘膜を守るためだからと、顔に布をぐるぐる巻きにされてしまった。
「首がぐるじいわ」
「我慢して。病気が移ってしまうよ」
三人は、すぐに看病の手伝いと聞き込みを始めた。
「いづがらごの町はごんな風になっだの?」
「清き水が手に入らなくなったのが七年前、そして人々が症状を出し始めたのは一年前だよ……」
◇
「町の人が言ってる、清き水って何なんだ?」
「この辺りは空から水が降る。それを私達は雨と呼ぶんだが、昔から体に入れると人間に毒がある雨が降るんだ。昔はこの町にも浄化の力をもつ水の民が一人いて、それを浄化してくれていたんだが、その人がいなくなったせいでそれを井戸水として飲むせいで、みんなの体調がおかしくなってしまったんだよ」
◇
「浄化の力をもつ水の民の人を連れてくればいいんじゃないのー?」
「それがそうもいかないのよ……七年ほど前から、ずっと水の民は地上へ来ていないの。雨が激しく降りすぎて、ここから水の国へ行く道が川になってしまって渡れないのよ……滝のように降るから、あなた達もきっと毒の水を飲んでしまうわ」
三人は一通り聞くと合流して状況を理解した。
「今は、水の国へ行けないんだね、どうするのー?」
「そうだな……」
そこへ町長がやってきて、困っている三人を見つけて話しかけてきた。
「何か、お困りかい? 旅人さん達」
「ウチらは、水の国へ行きたかったの。何とかしていける方法ない? 水の国へ行ければ、浄化の力をもつ水の民も読んでこれるよ、おじいちゃん」
「あるには、あるかもしれないが…………」
フォルナは、顔を覆った布を全て取って町長に尋ねた。
「この状況を打破する方法があるの? どうか教えて」
町長は三人の真剣な眼差しに頷き、持っている地図を見せるよう言った。
リュキが地図を出すと、町長は持っていた色液で湿地の町から遠くない位置にある場所に、印をつけた。
「水の民が水を浄化しにこの町へ来ていた時に、聞いた話じゃ。この地図で記した場所には、古代の遺跡がある。そこには世にも美しい、杖があるんじゃと」
「美しい、杖ですか」
「そうじゃ。不思議なことにその杖を持てば、たちまち水を操ることができるのじゃ……」
「それは本当? おじちゃん?」
「わしらはわからぬが、遺跡には杖を守る守り手がいるのじゃ。本当に違いあるまい」
「守り手が、いるんだ……」
ルルートは暗い顔で繰り返した。
「二人とも、行くわよ」
「フォルナ!」
「可能性があるのなら、行ってみるほかないわ! その杖で雨を避けて進むことも、できるかもしれない!」
「……わかった。町長さん、行ってきます」
「言い忘れていることがあった」
町長はフォルナの瞳を真剣に見つめた。
「……杖などの美しい宝があると町の者達が知った時、あまたの若者が遺跡へ入って行った。だが……
――杖を取りに行った者達は、一人も帰ってきておらん」
「……」
リュキとルルートはその事実にあっけにとられた。
「おぬしらは旅人じゃ。この町のために危険を冒す必要はないぞ……」
町長は苦しげに言った。
しかし、フォルナは違った。
「町長さん、私は薬師よ。苦しむ罪のない人の命を救わなくて、どうするの? ……私は絶対に、人々を病から救ってみせる」
その勢いには、凄みがあった。
「……心から、感謝の気持ちでいっぱいじゃ……絶対に、戻るのじゃぞ」
町長はフォルナの肩に手を置いて、言った。