14.絆
◆
「何? 手の甲を、モランダさんにも見せたわよね。この紋章は、何をあらわしてるの?」
フォルナが訳の分からぬ顔で、二人を見る。
「僕も、あれは賭けだったんだ。水の国の、ある地域では体の一部に生まれた時から紋章がある人を神聖な人間だと見なすと聞いたことがあったから、見せた」
「神聖な人間?」
「そう。神獣に守護された人間だと」
二人は息を吞む。
フォルナも靴を脱いで足を自分の見た。
「フォルナも、ある! でも、リュキのと模様が違うね……」
フォルナは以前父のアバズが言っていたことを思い出した。
――神獣ナイーグ様がおまえを守ってくれている証だ。この靴でいつも見えないように、隠しておくんだぞ……
(あの時は神獣の存在なんて信じていなかったけれど、遠く離れた水の国の町や他に紋章がついた人がいるなんて)
「本当に、神獣はいるの?」
「わからない……」
三人は黙って考え込む。
「それで、悪人ってどういうこと?」
フォルナは目を白黒させる。
「ウチは、それ以上知らない……けど、ウチはリュキのこと、そんな悪い人じゃないって思ったんだ。リュキは……何かしたの?」
リュキは黙っていたが、口を開いた。
「………僕が人を殺したと、濡れ衣を着せられて陽の国から追われている、って言ったら信じるかい?」
「そんな!」
二人は驚愕した。
「もちろん信じるに決まってるじゃないの! ……あなたがそんなことをするはずがない!」
フォルナはリュキの手を握った。フォルナは今リュキが置かれている状況に、怒りと息が詰まる思いがしていた。
「最初にトラモント村で出会って、盗賊に会った時も見ず知らずの飛び込んできた私を助けてくれたし、平野で囲まれた時にだって! 洞窟であなたには私が幸運だからと言ったけれど、私が今ここで生きているのはあなたのおかげなのよ、リュキ。あなたは見返りを求めていない。そんな人が悪人だなんて、嘘八百よ……」
フォルナの瞳には、涙が溜まっていた。
リュキは、フォルナから流れた涙を手で優しく拭いた。
フォルナの瞳は涙で潤い、まるで夜の地で淡い光を放つ夜光石のようだった。
「そう言ってもらえて、心から救われる思いだ。…………ありがとう」
リュキは悲しそうに微笑んだ。
「キュウ!!」
フォルナがいつの間にかテーブルの上で菓子を盗もうとしているクーを見て目が合うと、クーは一目散にルルートの懐へ逃げ込んだ。
その時突然、ルルートが「そうだ!」と短く叫んだ。
「こうしちゃ、いられないかも! ウチ、リュキ達が霧の町へ向かったって聞いたし、陽の国とつながった伏兵がいるのかもしれない! フォッグスが解散した今、ここを急いで離れないと陽の国はフォッグス任せじゃなくなって本当にウチらを倒しにくるかも……」
「本当? それじゃあオリトスという人物と、プルシュカ語で書かれているかモランダさんの息子さんに聞いたら、もう霧の町を出ましょう。次は……」
「湿地の町へ行こう。そこなら水の国が近いし、陽の国の追っ手も安易に来れないだろう」
◆
フォルナ達三人は霧の町で目的を果たした後は町を出て、湿地の町へと向かっていた。
ルルートはグアナに乗っていて、フォルナの座っている場所を隔てるこぶの後ろに座っている。
「オリトスさんは、みんな知らなかったわね」
「フォルナの本はプルシュカ語でもなかったね……一体何語で書かれているんだ」
三人は新発見がないことにがっかりしていた。
「でも今度の湿地の町へ着けば、水の国まではうんと距離が縮まるんだ」
「水の国は、何かがあるの?」
「うんと、どこまでも果てしなく広い水があるらしい」
「「果てしなく広い、水!?」」
フォルナとルルートは声を合わせて驚いた。
「それって本当なの?」
「ああ。そうらしい」
「ウチ、見てみたい! 湿地の町へ着いたら、すぐ向かお!」
ルルートが年相応らしくはしゃぐ。
「私も見たい。想像が出来ないわ!」
「フォルナも……。お楽しみは後に残した方が、楽しいだろ」
「嫌だ! ウチ早く見たい!」
「私もよ!」
「こらこら。この二人は全く……」
リュキが無邪気に水の話で盛り上がっている二人を見て少し呆れた顔でため息をついた。
リュキは、二人が一緒に旅をすることを承諾したものの、追っ手がいるとわかった後はこの二人を危険な目に合わせたくはなかった。
そのためリュキは霧の町を出るとき二人にそれを伝えたが、二人は一緒に旅をする、リュキを守ると言って聞かなかった。
(逆じゃないか。僕がこの二人を守る力がないといけない)
湿地の町へ行く途中、フォルナとルルートが寝ている時リュキは盗賊のアジトへ行く前にモランダから貰った短い腰帯剣で、鈍った剣術の練習をしていた。
腰帯剣は、その名の通り腰のベルトに偽装し携帯することができる仕込み刀である。
リュキが剣の練習をしていると知ったら、二人に気をつかわせてしまうだろうという発想から隠していることだった。
「オラム、僕の剣術の腕は上がったか?」
オラムは、リュキの方を見ようともせず、全く気にならない様子で牧草を食べている。
グアナも、フォルナとルルートが寝ている時は目を閉じていた。
「まったく……」
そんな時、リュキはどこかで茂みが不自然に動く音と、視線をどこかで感じたような気がした。
「誰だっ?」
周囲を見渡しても見晴らしの良く低い草しか生えていない平野であった。人の姿は見当たらない。
(気のせいだったのか?)
リュキは疑問に思いながらも、気を取り直して剣術を続けた。
「うう、ん。うるさい……」
フォルナの声が聞こえたためリュキは急いで剣を体で隠したが、寝返りをうったフォルナはグアナの上ですやすやと寝続けていた。
(寝言か……)
リュキは先程感じた不自然な気配を忘れ、グアナから落ちた毛布を拾って二人にかけて、再び剣術の練習を始めた。
そんな時にも、リュキ達のすぐ近くの枝の上で彼らを観察していた者がいたのだった……。