10.瞳
家の中から、数本の剣が振り下ろされた。
「あぶないっ!」
リュキが反射的にフォルナを横倒し、剣が体にささることはなかった。
剣を持った男がリュキ達を見て恐ろしい剣幕で怒鳴った。
「この町から出ていけ! 薄汚いやつらめ!」
「な、なぜです! 私達は何か悪いことをしましたでしょうか」
リュキが倒れながらも家の中に向かって叫ぶ。
「忘れたとは言わせないぞ! 我らの町を襲い、人を殺した姦賊め!」
「姦賊!? 僕達は悪い人じゃありません!」
「そんな言葉に惑わされんぞ! 悪人ではないというなら証拠をだしてみろ!」
「証拠? …………これなら、信じるでしょうか」
「リュキ……? なにか、もっているの」
リュキは立ち上がってはめていた手袋を脱ぎ捨て、ドアの前に手を突き出した。
「……こ、これは、いや、まさか」
「まさかです。これで怪しい者ではないことがわかったでしょう」
剣の切っ先が、ゆっくりと下げられる。
「これは、失礼をいたしました」
「リュキ、なにをしたの?」
フォルナが展開についていけず、瞬きする。
「僕の手の甲を見せたんだ」
「いや、それはわかったのだけれど、それがどうかしたの?」
フォルナが見ると、リュキの手の甲には何かの紋章のようなものがついていた。
「これ……あなたもあるのね」
「……まさか、フォルナも持っているの?」
「ええ。足に」
フォルナは長い靴を脱ぎ、両足を見せた。
肌に、リュキのとは違う紋章のような印がついている。
「……まさか、こちらの方にもおありですか」
家からは、数人の男達が二人を凝視していた。
「ええ。あります」
「ご無礼をいたしました。どうぞ、家へお入りください」
フォルナも、家の男達も、お互い何が起こったのかわからずに客間へ通された。
◆
「フォルナさん、リュキさん、お茶をお入れしました」
「どうもありがとうございます」
フォルナとリュキは、年齢の違う三人の男達と向き合って座っていた。
「私はこの二人の息子と一人の娘の父、モランダです。この二人は陽語が話せないものでね。いや、なんとお詫びを申し上げたら良いのか」
「いいんですよ。その代わり、質問をさせてください。今、この町で外に出歩いている人はいませんよね。何が起こったのですか」
「今からお話しますよ」
この男の話はこうだった。
数年前……六年前から、霧の町の周辺で強盗団が現れた。
その強盗団ーフォッグスは霧の町に度々来て物を盗んだり、人を殺したり、ついには女子供を連れさらった。
取り返そうと思っても、霧が深く跡を追うことが困難であった。
業を煮やした男達は家々に閉じこもり、強盗しに来た盗賊達に反抗しているのだった。
「家に閉じこもり食材を盗まれなければ、向こうも飢えて死ぬと考えたのですね」
「ああ、そうだ。だからあなたたちを誤解してしまった」
「いいんですよ。事情はわかりました」
リュキが頷く。
「だから、この町の家々には窓がないのね。食材はどうやって入手しているの?」
「食材は、各家庭で魚を育ててその卵を食べたり、煙突からの光で野菜を育てたりしている。けれど一度に食べれる量はとても少ない。だから、私達はいつも腹をすかせているんです」
見ると、息子に食べさせて自分の取り分は少ないのか、父親はやせ細っていた。
「だから、外にいたあの子は飢餓で両親から捨てられてしまっていた、ということなのかな?」
「外にいる……子? …………まさか、ルルート」
男の顔が険しくなった。
「知っているんですか?」
「ええ。あなた達はあの子供と、話したのですか?」
「話した。おなかがすいていそうだったから、羊肉を与えたわよ」
「…………あなたの持ち物で、なくなっているものはありませんか」
「なくなって……いるもの?」
フォルナは、鞄を開き見た。
鞄の中身で、なくなった物は見つからない。
「本もちゃんとあるし…………食材もちゃんとあるわよ」
「フォルナ、ブーメランは」
「ブーメラン?………………ブーメラン……ないわ!」
フォルナは懐を探したが、見つからなかった。
「僕の宝石箱もなくなっている。まさか、盗られていたなんて」
「あの子は、いったい……?」
フォルナは、慌てた様子で聞く。
「ルルートは、少し前に町の外から来たんですよ。外で子供の泣く声がするから、私達も子が帰ってきたと思ってドアを開けると、お腹が空いたとばかり。その子を無理矢理追い出すと、家の貴重品が全部なくなっているんです。立派な盗賊です。その手口に町中が引っかかっていると思いますよ」
「そうだったんだ……」
(無理矢理追い出されていた……)
フォルナは、豆炒めをあげた時の子供の瞳を思い出した。
(あの瞳が、嘘だったかもしれないなんて信じられない。トチを育てていたのだって)
「私のブーメランは、父さんからの形見の品なの。大切な物だから、取り返しにいかないと」
「そうだね。じゃあお父さん、取り返しに行ってきますね」
「危険だ。あの子は生きるためには手段を問わない。殺されるかもしれませんよ」
「……それでも、ブーメランを取り戻さなくちゃいけないの」
フォルナの熱心な顔を見て、モランダと彼の息子は不安そうに二人を見た。
「わかりました。もしかしたらその子は、フォッグスと繋がっていて品物を売り飛ばしていると思うんです。町のみんなで探り当てた、フォッグスのアジトの予想場所が載った地図があります。これをあなた方に授けましょう」
「ありがとうございます。……行ってきます」
二人はモランダから地図を受け取り、町の門でグアナとオラムに乗って二人きり、アジトへ向かった……。