8.霧隠し
「ねえ、リュキ。この世界にどんな言語があるか知ってる?」
リュキの火馬、オラムに草を食べさせながら、フォルナは訪ねた。
「陽の国だからサナー語、夜の民のナイーグ語、それと、水の民のプルシュカ言語があるな」
「水の民……! 水の民かもしれない!」
フォルナは突然ブーメランの切っ先を石で磨いているリュキを指差した。
「本には、『オリトスから託された』とあったのよ。私には全く手紙の文字が読めなかったけれど、プルシュカ語に違いないわ」
「オリトス……?」
「ええ、これから水の民にオリトスという人を聞いて、探しましょう」
「人探しか……大変そうだ」
リュキは、持っていた簡易な地図を広げる。
「プルシュカ語を話す人となると水の国の領内になる。まずはここから近い霧の町を目指すべきだろうな」
「きり……の町?」
「そう。そこも、プルシュカ語を話していたはずだ」
フォルナは、鞄に持ち物を詰め、旅の支度をした。
「さっそくそこへ行きましょう!」
「傷はどうしたんだい?」
「もう治ってるわよ」
フォルナはマントをめくって肩を見せると、傷が見えなくなり黒ずみだけが残っていた。
「クイラタはすごいな」
「でしょう? まあ、他の人に塗ってもそこまで早く治らないのよ……だから、私と相性が良いのかもしれないわ」
「へえ。薬と人に相性ってものがあるのか」
「そうよ。それは生まれた時から定まっているの」
グアナも、怪我した跡はほとんどわからなくなっていた。
フォルナはそっとグアナに跨り、出発と命令をかけて走り出す。
リュキも慌ててオラムに乗り、オラムの腹をつついた。
オラムはくすぐったいらしく、少々スピードを出してグアナに追いついた。
その様子に、フォルナは顔をほころばせた。
「それではいざ、霧の町へ!」
◆
二人は見晴らしの良い平野で盗賊に標的にされないよう、洞窟を出た後は林の中を通って行った。
乗ってしばらくすると川に突き当たり、釣りをしている人に霧の町を訪ねると、川沿いに歩けば着くという情報をもらった。
二人は川の流れに沿ってグアナとオラムを走らせ、時折トラモント村で買い溜めた食事をとった。
そんなことを繰り返して旅を続けていると、常に燃えるように赤かった空がだんだんと薄くなり、白へと変わっていった。
「とても、おかしな空の色ね……」
「僕も、この世界に空が白の場所があるとは知らなかった」
それでも、しばらく経てば二人は白色の空に慣れていった。
しかし、白色に変わったのは空だけでなく、周りの景色も例外ではなかった。
一寸先は白く濁り、手をかざせば指の先が白く見えなくなるほどの霧であった。
「町はこの辺りのはずなんだけどな」
「そうなの? でも一面が白くて何も見当たらないわよ」
フォルナがリュキへ振り向くと、リュキの姿が見えなくなっていた。
「リュキ、リュキ! どこへ行ったの? グアナ、わかる?」
グアナは鼻をひくつかせたが、ぶるんぶるんと首を振った。
(ティメールは鼻が良い方ではなかったわね……どうしよう)
立往生していると、フォルナの前の霧が割れたように晴れ、その先にリュキとオラムが見えた。
「こっちだよ、フォルナ!」
「リュキ! ああ、いなくなっちゃったかと思った」
「大丈夫だよ。ほら、あった」
リュキの指差す先には、『霧の町』と薄く書かれた看板があった。
「ここが、そうなのね」
「ああ。入ってみよう」
グアナとオラムを門につなぎ、二人は、霧の町へ入っていった……。
◆
「誰もいないわね」
フォルナ達が町の中に入っても、町人達は一人も見当たらなかった。
町の外ほどではないが薄く霧がかっており、タイルで積まれた家々の煙突まではよく見えない。
「今、寝てるってことはないかな? みんな食事しているとか」
「そうなのかな……あ、あの路地裏」
フォルナは薄暗く細い路地裏の中に、一人の幼い子供が建物にもたれかかっているのを見つけた。