王国の滅亡
七年ぶりに訪れた王国は、見る影もなくなっていた。
丘から一人、長身の少女が見下ろしている。
少女は長い黒髪を一本に結わえ、大人びた顔つきをしていた。
崖の下からなびき吹かれた黒髪が、風にただ揺れている。
ーーこの場所にあったのはこの少女の故郷、夜の国。
光が差し込まぬ世界で、太古から自然とともに生きる夜の民が暮らす国であった。
しかし、隅々まで見ても人の気配はなく、瓦礫が積み重なった広大な廃墟と化していた。
「ここで、一体何が起こったというの?」
以前は夜光石が建造物のあちこちに埋め込まれ王国は幻想的な情景を映し出していたが、光っている夜光石は一つも見当たらない。
「元気だっていう手紙が届いたばかりだった‥‥‥‥だったのにっ……!」
少女は唇を噛み、手に持った手紙を握りしめた。
◆
少女は夜の国から遠く離れた家へ向かって駆け戻った。
家が近くなると、少女の相棒グアナが少女を出迎えてくれていた。
「待っていてくれたのね。ただいま……グアナ」
フォルナは近づいて、グアナと呼ばれた魔獣の首を優しく抱き、顔をうずめた。
グアナは、まるで少女の気持ちを理解したように長い首を曲げて少女の後ろ髪を噛んだ。
少女がグアナの首から顔を離すと、顔をうずめていた周りの砂色の毛は濡れて色が濃くなっていた。
この砂色の毛で覆われた魔獣は、父が亡くなった後の少女の心の拠り所であり、唯一の家族であった。
少女は疲れ切ったのか、その場で長い間動かなかったが、ふいに頭に父の言葉がよぎった。
──何か大変なことが起きたら、この箱を持ち、森でチトの行方を追え……。
父は開かずの箱を渡して最期、少女にそう伝えたのだった。
「……チトの、行方?」
チトとは、小さな手ほどの桃色の毛に包まれた魔獣だ。
少女はなぜチトを追うのかがわからなかったが、夜の国が滅亡し大変なことがおきた今はその言葉に従うほかなかった。
「グアナ、チトを探そう」
少女はグアナに語りかけ、最期父が彼女に残した一つの箱を、家から持ち出した。
彼女はグアナに跨って周囲を見渡す。
時折、桃色が茂みの間を通るのが見え、少女はグアナを走らせ始めた。
(あの時も、こうやってチトを追いかけていたっけ……)
暗くても、この少女にはチトの群れがいる場所がわかった。
「……チトの群れが近い」
森の奥からは木の実が強く匂い、魔獣の鳴き声が聞こえる。
深い木々を駆け抜けると、そこは滝が流れる魔獣達の水飲み場であった。
夜光石がたくさん落ちていて、それぞれが光を放っている。
少女の読み通り、チトの群れが湖沿いにいるのがわかった。
「ここに辿り着いたけれど、父さんは一体私に何を伝えたかったんだろう……」
少女は箱を持ったままグアナから降りて、チトの群れへ近づいた。
チトは少女を見て怖がる様子でもなく、木の実を水洗いして食べている。
「水で洗い流す……?」
少女は靴を脱ぎ、素足で湖の中に入り込んだ。
その足には、模様のような刻印がついている。
少女は恐る恐る、箱を水の中に浸した。
箱が水に触れたその時、まるで箱の中から溢れ出して何かが蓋を押しのけたように開き、中身が見えた。
「……ブーメランと、本」
少女はその二つを取り出して眺める。
ブーメランには宝玉が埋め込まれ、夜光石の光に反射して輝いていた。
本の方をめくると、それはとても古いようで、少女の知らない言葉で書かれており読むことはできなかった。
「……?」
本をめくる風で、本から薄い紙が舞い落ちる。
それは、短い手紙であった。
手紙には、亡き父からこう、記されていた。
『オリトスから託された古代の本だ。チトを追って来たということは、この本が役に立つ時が来るだろう。
そのブーメランも、代々夜の民に伝わってきたものだ。必要な時に使え。
私がおまえの傍にいられないことを詫びる。
……アバズ・コルタナより、愛する娘、フォルナへ』