茜の空
力有るものはその力を磨き、力無きものは戦いを回避するための知恵を磨く。どこかでそんな言葉を聞いたことがある気がする。
「……さっさと立てよ、サンドバッグ」
無力な僕は強大な力を有する大柄な男には対抗術がない。今はおとなしく殴られておくべきなのだと言い聞かせ、血が服に付かないように努力する。一通り殴ると、彼は退屈そうにしながら教室へ帰る。僕は一度保健室へ行き、軽く治療してもらう。
「失礼します、二年の白瀬 露です。怪我をしたので絆創膏ください」
学年と要件を言ったが反応はない。ここの教師は意外と適当なので勝手に絆創膏を使っても怒られないのだ。
「駄目だよ、勝手に使っちゃ」
今までがそうだったので、いつものように手を伸ばすと突然女の人の声が聞こえてきた。
「えっと……すいません。ここの担当の方ですか?」
誰なのかいまいちわからない状態なので、一応敬語で話しかける。タメ口で先輩だった場合、余計なことに巻き込まれるかもしれないからだ。
「私は清水 雹。一応保険委員会に所属している、二年生。よろしくね」
清水……どこかで聞いたことある名前だ。あいまいな記憶を頼りに少しだけ考える。最近似たような名前を聞いたことがある。そうだ、僕のことを殴っていた彼の口から耳にしたことがあったはずだ。確か名前は、大……大何とかだ。大み……大宮?
「……大宮の彼女?」
「うん……。一応大宮 翡翠の彼女だよ」
彼女はそういうと窓のほうに顔を背ける。なるほど、大宮が好きになる相手なだけ会って実に絵になる。うっかり惚れそうになるが今じゃないので心の中に止める。だが、気になったことに対しては止めることができなった。
「一応……ってことは何かあったの?」
「あはは……実はね、私大宮君のことが嫌いになってきているんだ。いるんだ。大柄な性格が苦手になっていてね」
確かに大宮は自分が絶対といった性格にみえるので、嫌われそうなタイプだ。
「……別れる気はないの?」
「別れることが出来たら、すごく幸せなんだけどね」
そう言って悲しそうに微笑む彼女を僕は放ってはおけなかった。本来関わることがなく、興味も関心もなかった相手なのに。話せば話すほど彼女を無視することができず、また彼女を傷つける大宮を許すことができなかった。これが恋というかはわからないが、とにかくもやもやしたまま一日を過ごす。この間考えていたことは雹のことと大宮のこと。雹のことが好きになっているのかと、大宮にどうやってリベンジと復習ができるか。そのことを考えていただけで今日の授業は終わってしまった。
「……おい、ちょっと面貸せよ」
帰ろうとした矢先に大宮に呼び出された。これは願ってもないチャンスかもしれない。俺は大宮についていくと、どうやら彼しかいないようで、決闘のような状態になってしまった。
「お前、俺の彼女に手を出したみたいだな……覚悟はできてるんだよな?」
「覚悟……?覚悟も何も君は嫌われてるんだ……っ」
話しているときに鋭い痛みに襲われた。どうやら殴られたようで、口の中を切ってしまった。
「うるさい!俺は雹に愛されているんだよ」
問答無用で殴られる。口の中は既に血まみれだし、お腹はキリキリと痛む。早くここから逃げて倒れてしまいたいくらいに辛くなってきたが、ここで逃げたら雹は幸せになれない。
「……愛されている?笑わせんなよ。俺の方が雹を愛しているんだよ……っ!」
それだけ言うと、痛む体を必死に動かしながら体育館に逃げる。当然大宮はついてくるはずだ。何せ気が済むまで殴らなければ終わらないからだ。
「待ちやがれ白瀬ぇ!」
「だれが待つかっての」
大宮の方が足が速い。もともと運動神経が良いから、足止めをして目的地まで時間を稼ぐ。とりあえず体育館にあるボールを大宮に投げつけたり、わざと外してボールで足場を埋める。次第にボールが溜まっていき、大宮は動きにくそうにしている。そこで僕はバレーやバドミントンの試合の際に使用するポールを床に転がして窓から逃げる。次に向かう場所は理科室。二階にあり、図書室の近くにあるので、ここでまた時間を稼ぐ。大宮はおちょくられて相当イライラしているはずだ。
「マジで許さねえ……っ」
「悪いがまだ捕まるわけにはいかないんだよ」
理科室にある人体模型のパーツを投げてみる。当たらなくてもいい。ただ煽るように行動すればいいのだ。大宮が少し目線をそらした。その隙にかがんで机の縦幅と同じくらいになる。小柄なことに感謝したのは今回が初めてだ。まだ余っているパーツを大宮に投げつけ、その隙に少しずつ移動して理科室の扉の近くにたどり着く。
「ほらほら、早く追いつかないと雹が来ちゃうよ?」
「小賢しい真似しやがって……」
何と言われてもかまわない。僕は雹のために大宮を倒したいだけだ。そう心の中で言いながら今度は近くの図書室に逃げる。ここは本棚で隠れつつ大回りして目的地に逃げるだけ。ここならあいつもバカ騒ぎはできないはず。そう考えていた僕が甘かった。
「どうした白瀬?動きが鈍くなったぞ?」
「普通こんな場所で殴るとか思わないだろ……っ」
人前だというのにも関わらず思いっきり殴ってきた。対格差のせいなのかものすごく腹が痛む。思わず胃の中のものを吐き出しそうになるが流石にそんなことはできないので必死に抑え込む。
「……っ……次の場所で決着をつけようか……」
「……今度こそお前をボコボコにしてやる」
大宮はこの場でけりをつける気はないのか俺が向かう場所について来る。体の痛みを少しでも和らげるように少し遅めに歩く。そんなことにすらイライラを隠せていない様だが、ここで騒げば雹が来るかもしれないと考えたのだろう。そのことに内心安心しながらも目的地の武道場にたどり着く。
「さて、ここで決着をつけようか」
「……今度こそお前をボコしてやる」
正真正銘、これが最後。大宮と僕による、一人の少女を巡った争いに決着をつけよう。長引かせてしまえばこちらが不利になる。一撃で決めなければ、絶対に勝つことはできない。だからこそ、相手の動きをよく見て躱すんだ。
「ちょこまかと動きやがって……っ!」
「そんな簡単にやられるわけにはいかないっ」
大宮の動きを躱して弾いて全部捌く。力の差はあるが、一つ一つの攻撃に全力をぶつければ弾ける。何とかなってはいるがジリ貧になってきている。おそらくここが正念場だ。大宮が僕の顔を殴ろうとしたときに、僕は彼の懐に潜り込んで襟と袖をつかむ。
「あああああああああああああああああああああああああああっ!」
「がっ……!?」
何も驚くことではない。ただの一本背負いだ。これなら対格差を利用したうえで重い一撃を叩き込むことができる。
「はあ……はあ……これで僕の勝ちだな」
大宮は完全に気絶している。勢いをつけすぎたのか当たり所が悪かったのかはわからないが、そこは些細な問題だろう。とりあえず雹に会って安心させたいと思い、必死に探そうとするが彼女がどこにいるかわからない。
「……とりあえず保健室に行こう」
傷の手当ても含めて保健室に行く。とりあえず僕は彼女を好きになってしまったのだろう。大宮のせいで幸せになれない彼女を見るのが辛かった。そして、彼の話をする前の彼女の笑顔に魅了されたから。一目惚れというやつなのだろう。と、考えていたら保健室にたどり着いた。
「失礼します、二年の白瀬 露です。怪我をしたので絆創膏をください」
相変わらずここには誰も居ない。仕方がないとため息を吐きつつ勝手に絆創膏に手を伸ばす。
「駄目だよ、勝手に使っちゃ」
いつか見た景色をもう一度見た。違うところは茜色に染まった保健室と、迷いが消えたような明るい笑顔の彼女。
「ありがとう、大宮君を倒してくれて。大宮君から別れてくれって言われたよ」
彼は僕との戦いに負けたから、素直に雹を諦めたのだろう。子言うところは物分かりがいいんだなと感心してしまう。彼の評価を諦めなくては。
「……あの、清水雹さん」
「はい……どうしたの?」
ここまで努力をして、辛くも勝利を収めて、大宮から田しけだしたのだ。ここで言わなかったら男じゃないだろう。
「俺と……付き合ってください」
彼女がこのセリフを予想していたのかはわからない。だが、少なからず驚いたようだ。長い間がすごく苦しいし恥ずかしい。だが、どんな結末でも構わない。一応の目的は果たしたのだから。
「……こんな私でいいなら、よろしくね。露君」
その答えに僕は安堵しその場に座り込んでしまった。そして二人で笑いあう。今日はものすごく疲れた一日だ。
力有るものはその力を磨き、力無きものは戦いを回避するための知恵を磨く。どこかでそんな言葉を聞いたことがある気がする。僕は生憎力が無く、姑息な手段でその場を凌いで勝っただけだ。だから胸を張って彼女を奪ったなんて言えないが。弱者は弱者らしく彼女を守り抜こうと心に誓って、また明日に向かおうと思った。
大変お待たせ致しました。ということで大学の課題の作品をここに置いておきます。クオリティは期待しないでくださいwww
急ぎで途中になっている作品も書きますのでお楽しみに!