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空白の世界で  作者: だんばる
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二章 二人の時間 第三話


 どうせなら昼からは一緒に時間を潰そうと向井さんと話が合ったので僕は自分の部屋に戻り約束の時間を待つ。施設の部屋とはいえ、彼女は自分の部屋に異性を招くのは恥ずかしいから僕の部屋がいいとのことだったので僕の部屋で待ち合わせになった。天野さんの言っていたゲームを一緒に彼女とやる予定だ。集合時間は昼ご飯を食べ終えたタイミングで。僕はついさっき朝ご飯をゆっくり食べたばかりなので彼女一緒に食べようという誘いを断って部屋に戻ってきた。そりゃ僕だって女の子とご飯を食べたいという感情はもちろんあるけどもそれよりも部屋が散らかっていたらどうしようというしょうもない感情のせいで彼女とご飯をご一緒するというのはあきらめることにしたんだ。万が一散らかっていたことを考えるとやっぱり怖いからね。


 部屋は全然散らかっている様子もなく普通にきれいだった。普通に考えたら当たり前のことだ。僕はここに好きで来たわけじゃないし、何かを持ち込んで泊りに来たわけじゃないんだから物が散らかる要素がない。そもそもこの部屋を僕はまだ寝床路にしか使ってないのだからこれで物が散乱してるなんてことになっていたらそれは最早人間を超越した何かの所業だ。少なくとも特別な力を持っていたり魔法を使えたりすることができない非凡な僕の力では何がどう転んでも物を作り出すことができないんだから不可能だ。残念ながらね。


 まあ、自分の非力さを実感するのはこれぐらいにして、とりあえずこの部屋に何があるのか確認するとしよう。天野さん曰く引き出しにゲームがしまってあるらしい。おそらくベットの隣にあるテレビの下敷きになっている棚の引き出しだろう。それ以外は思いつかない。はじめこの施設について管理人と名乗る人からこの施設は電波の届かないところにあるらしく、テレビで何か番組を見ることは不可能だと聞いて、正直何のためにテレビを置いているのか疑問に思ったけどゲームをするようだったのか。納得した。


 テレビの下の引き出しを引き、ゲームが入っているのを確認する。中には正方形のどこか見覚えのあるゲームが出てきた。そう、確かこれはゲームキューブだ。カセットにはあの有名な相手をステージから落として勝敗を決めるあの有名なゲームが入っていた。得意ゲームだ。よく友達と何もギミックがないステージの出てくるアイテムをなしに選択して一対一のバトルを何回もやった覚えがある。そこまでは覚えている。ただ、その友人の名前がどうしても出てこない。ゲームをやっていたのが懐かしいような、名前が出てこずにもどかしいような、そんな感情を反復横跳びをさせていたけど、思い出せない記憶に対して頭を捻り、絞り出そうとしても出てこないので思い出すのをあきらめることにした。


そういえば、自分の中に記憶が確かにあるのは分かる。日本語は分かる。ゲームも分かる。自分の好きな食べ物ももちろんわかるし名前も分かる。テレビとかでよく見る自分の名前すら言えないような記憶喪失とは違って、常識的なことは何となくな部分もあるけどそれでも大体覚えているんだ。分からないのは自分がなぜお子にいるのか。記憶がないから、で済む話なんだけど根本的ななぜ記憶を失ったかを覚えていないんだ。そりゃ記憶がなくなっているんだから思い出せなくて当然なんだけど、そこだけぽっかりと。あと矛盾が一つだけあって、なんで僕は自分の使ってる言語や名前とかの生きていくうえで体に染みついているであろうことは覚えているのに親の名前も自分の住んでいた場所も分からない。分かってたら帰れるんだからこちらも分からなくて当然といえば当然なんだけど、僕の中で帰るのに使う記憶だけが見事にシャットアウトされていてこの施設の中で使える記憶だけが残っている。


 ――残されている、という考えも少し出てきてしまうわけだ。


 じゃないとこの環境でこんなにも快適に過ごせる理由がわからない。なぜ自分がこんなにも快適に過ごせているのか。記憶がないのになぜ自分はあまり不自由なくこの訳の分からない施設に閉じ込められているのか。人体実験、と不吉な考えがすこしだけ頭によぎる。最初管理人さんから説明を受けていた時に絶対にこの施設から抜け出してはいけない、と釘を刺されたのを覚えている。国が公認でこの施設は運営されているらしいけど、それは果たして本当なのだろうか。僕たちは記憶がないのだからいくらでもそんな嘘吹き込めるのではないだろうか。外に助けを求めさせないためのウソって可能性もある。もしそうだったら、僕はどうすればいいんだ。分からない。窓から見た外の景色は自然しかなくてとてもじゃないけどここから逃げても誰かの手を借りれるところまで行けないであろうことを嫌でも悟ってします。なら結局はこの施設を信じて脱出とかを試みないほうが正しいわけで――


「ご飯食べ終わったけどいる、かな?」


 向井さんの声で意識が思考の世界から帰ってくる。少し考え込んでしまった。例えここが人体実験してるような怪しい施設でも僕はただの非力な一般大学生ということには変わりないというのに。気持ちを切り替えよう。


「いるよ。入っていいよ」


「お邪魔するね。ん……どうしたの難しい顔して」


 どうやら表情の切り替えはまだできていなかったらしい。彼女に指摘されてからやっと自分の表情が強張っているのを感じた。


「んー……卵焼きに合うのが塩か砂糖かであたんの中で会話させてたんだ。塩派の僕と砂糖派の僕で。なかなか結論が出せなくて」


 彼女もこの施設の当事者なのでさっきまで考えていたことを素直に話してもいいんだけどただの僕の妄想で彼女の不安を煽るようなことをしなくていいと思ったので僕の好きな卵焼きの話題でごまかすことにした。ちなみに僕は塩派だ。卵焼きの味付けは砂糖だと抜かす奴は黙ってスイーツでも食べてろって感じだ。


「え? そんなの醤油に決まってるよ」


「なにそれ」


 斜め上の回答が返ってきて笑ってしまった。卵焼きに醤油なんて聞いたことがない。僕が田舎生まれで都会の味を知らないだけなのだろうか。きっと彼女なりのやさしさで表情が重かった僕を笑わせてくれようとしてくれたんだなって少しだけ頬が緩くなる。人に気を使ってもらうのはやっぱりそれなりにうれしいことだからね。


「ありがとう。向井さんの答えがちょっとクスってきて難しく考えるのなんてやめてどうせだし楽しく過ごすぞって思いになれたよ」


「よくわかんないけど楽しく過ごせそうならそれでよかったよ。卵焼きの味付けなんか醤油一択なのにそんなことで悩んで固くなってる笹野君なんて見たくなかったからね」


 なんかよくわかんないけど、難しいことなんてもう何も考えてないけど、また僕の表情は強張っていた。

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