価格交渉は大切です。
召喚士の装束は目立つ。誰がみてもそのスキルがわかるように、マントに大きく紋が刺繍されているからだ。
惜し気もなくその刺繍を翻しながら、ルエは朝市を進んでいく。
本来、召喚士は上位スキルである。地方都市の朝市にいるようなことは滅多にない。見た人々は物珍しさもあるが、近寄りがたさの方が勝つようだ。ルエの前に出てくるものはおらず、道が開けていく。
淡々と進む先に、大柄な男を見つけて近づいていく。アジェだ。
ルエを視界に捉えたアジェは、助かった、という顔をした。元来交渉事は得意ではない方のアジェだが、今回は流石に普段以上の難易度だったのであろう。
ルエ、と声をかけたアジェに向かって一度だけ頷くとルエはアジェが対峙する行商人に向き直る。ルエの装束を目にした行商人は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに商人の顔になる。
「召喚士先生がこんなところに何のご用事ですか」
「連れが交渉に困っているようだったので」
「じゃあ、これは本当に? ……信じられませんが、」
「では、信じていただかなくて結構」
ルエはこれ以上話をしても無駄と言わんばかりに踵を返した。アジェもそれに倣って振り返ろうとしたその時に、「まってくれ!」という声を聞く。
ルエは顔だけを後ろに向け、行商人を一瞥すると歩みを進めていく。アジェは、これは一番多いパターンだな、と思った。
「相場の一割増し、否二割増しで買い取ろう、どうだ?」
ルエは振り返らない。
「五割増しでどうだ! 頼むよ、譲ってはくれないか」
ルエがはたと立ち止まる。振り返りもせず「二倍だ」と答える。
振り替えることはないが、おそらく行商人は真っ青な顔をしているだろう。アジェは、今回は吊り上げたなぁ、などとのんきなことを考えた。
「~~~っ、流石に、二倍は、」
「なら譲らない」
「っ! わかった、二倍出そう!」
これにそんな価値がつくのか、とアジェは思った。確かに連日森に入って寝不足になりながら取得したものではあるが、最終的には平和的交渉で譲ってもらったものである。それでも、もらえるものはもらっておくのだが。
「高く売れたな」
「……、高すぎても困る」
「値段吊り上げたのおまえだろ」
「もらえるものはもらっておきたい」
お前もか、という突っ込みはしないでおいた。