ユークは勇者である。
ユークは勇者である。
ある朝起きたら勇者だった。神からの“天啓”らしい。
ユークは勇者である。
勇者は何故か旅に出て、世界を救わなくてはならないらしい。理由はよくわからない。
ユークは勇者である。
勇者なので、自分の生まれ育った村を出るときにも泣かなかった。
ユークは勇者である。
だから、帰る場所が無くなっても世界を救わなくてはならないらしい。
ユークは勇者である。
それだけが、それだけが彼の旅を続ける理由だった。
夜中にユークが目を覚ますと、何故か同じベッドでルエが寝ていた。
身を捩ってルエの腕の中から抜け出そうと試みたら、さらに抱き締められた。ぼくはぬいぐるみじゃないんだぞ、と少しだけ思った。抗議しようと思って開いた口は、ルエの胸に押し付けられて、むぐう、と変な音しか出してくれなかった。
上から「まだ夜中、おやすみ」という声が降ってきた。なんでぼくのベッドにいるのか、とかいろいろ聞きたかったはずなのに、おやすみ、と言われたのでなんとなく、目を閉じなくてはいけない気持ちになった。
ややあって、また規則的な寝息をたて始めたユークを確認してから、ルエは手をほどいた。ルエの頭身の三分の二程度の大きさの少年がそこにはいる。神からの“天啓”で、九歳の時にはもう彼は勇者だったという。あと一週間もすればユークは十一歳になる。
それでもまだ、彼は少年なのだ。まだ柔らかなその髪に手を差し入れるとくすぐったいのか、少しだけ声を出した。そっと手を離す。
自分が同じ歳の頃を思い出そうとしたけれど、あまりはっきりとした記憶がない。遥か昔の話ではないはずなのに。
しかし、少なくとも、父と母に囲まれて、裕福ではなかったがそれなりの食事をして、あたたかい場所で寝ていたはずだ。
ユークのことを、かわいそうだというつもりはない。そういう風に生まれてしまったのだ。そういう風に定められたことだ。
だから、少なくとも、彼が寝ているときだけは少年であれと、ルエは願わずにはいられないのであった。