一途にひねくれた龍
昔から青龍は両親が嫌い……否、苦手だ。
好き勝手に家族を振り回す父に、完璧な笑顔で人形のように付き従う母。
龍としては一般的でも、どこか歪な夫婦の形が気持ち悪くて仕方がなかった。
……いずれ自分も、人形みたいな女を妻にすると思うとゾッとする。
幼体の内から、結婚に夢も希望も抱けず絶望していた青龍。
だけど天真爛漫なオト姫に出会ったことで希望が生まれた。
「どうしていつもいじわるするのよ!」
「ははは、悪い悪い」
青龍のささやかな悪戯に、オト姫は顔を真っ赤にして怒る。
勝ち気な少女が涙目で抗議する姿は愛らしく、ついちょっかいをかけてしまう。
ナミ姫は幼くても姫らしくすましているのに、オト姫は喜怒哀楽がはっきりしていて好ましい。
面倒な龍神の座を継いでやってもいいと思うくらい、青龍はオト姫を気に入っていた。
……しかし、いつからだろうか。
言い過ぎたと思っても、照れくささから謝ることが出来なくなって。
辛辣な言葉はいくらでも出るのに、好きだという本音が出せないで。
オト姫は、青龍の前で笑わなくなっていた。
ナミ姫は美しいのに────
(違う。甲羅を背負っていてもオト姫は美しい!)
妹と比べて、お前は“期待はずれ”だ────
(期待はずれなんかじゃない、今のままのオト姫がいいんだ!)
ずっとからかっていたせいで今さら素直になれず、青龍はオト姫に酷いことばかり言ってしまう。
友人や両親、ナミ姫に咎められても止められず、むしろ反発して暴言が増える始末……。
ついには感情のまま怒鳴って、オト姫を怖がらせた。
青龍に出来るのは、場が険悪になる前に撤退することだけ。
そしてそれは、最低の悪手だった。
「はい。これは龍神様の最後通告と、オトちゃんからの手紙よ────いつかこうなると思っていたわ」
無表情な母から手渡されたのは、縁談を撤回する正式な書状と、オト姫からの別れの手紙。
……最後に会った日、青龍はオト姫を深く傷つけてしまった。
オト姫が倒れたと聞いてさすがにまずいと思ったが、どうしても向き合うことが──これ以上傷つけるのが怖くて見舞いにも行けず。
“逃げないで”と言われたのに逃げ続けた結果、青龍はオト姫を失った。
手紙には簡潔な説明と謝罪がしたためられ、想い人とはちゃんと向き合ってほしいと結ばれている。
…………オト姫がいないのに、誰と向き合えと言うのか。
こちらの想いが全く伝わってなかったという、虚しさの後にこみ上げてきたのは、怒りだった。
体がねじ切れそうなくらい激しい怒りに支配されながら、青龍は決意する。
「必ず、俺の伴侶を取り戻す」
すぐにでも追いかけたかったが、鈍いオト姫以外は青龍の気持ちを理解しており、警戒されているだろう。
機を待ち続けた青龍は、隙をみて行動に出る。
……奇しくもそれはタロウ達の祝言の日であった。
今宵の月は明るい。
人目につかず、かつ迅速に目的地に向かうため、青龍はひっそりと寂れた岩場から上陸する。
「……そんなにこそこそしていたら、疾しいことがあると宣言しているようなものだぞ?」
「誰だっ!?」
青龍の前に立ちはだかったのは、どこかオト姫を彷彿とさせる見事な金髪の男だった。
男の頭には威厳に満ちた立派な角がそそり立ち、龍族であることが見てとれる。
「見かけない顔だな……。何者だ?」
実は、本性こそ龍族の美の基準から外れているものの、美人で気立ての良いオト姫に想いを寄せる輩は少なからずいた。
青龍が他の候補ともども人知れず蹴散らしていたのだが、また新手が湧いたのだろうか?
鬣を逆立てて威嚇する青龍を、男は鼻で嗤う。
「私を知らないのか? この龍棚の皇帝、地龍だ」
「……ナミ姫にフラれた奴か。一体俺になんの用がある」
「お前だってオト姫にフラれたくせに、まるで他人事だな」
男──地龍の発言は逆鱗に触れる。
なぜ事情を知っているのか疑問に思うところだが、今の青龍はまともな精神状態ではなかった。
「……黙れ、フラれてなんかいない! あの鶴野郎を殺してでも、俺はオト姫を取り返すんだ……!」
「はっ、見苦しいな。この期に及んで元に戻れると思っているのか? そんな身勝手な考えだからフラれるんだよ」
「…………!」
「吐いた暴言は戻らない。傷つけた事実はなくならない。浅ましく追い縋っても心は離れていく一方だというのに」
怒りに狂った龍に、正論は火に油である。
煮えたぎった憎しみをぶつけるように尾を振るうが、本性を解き放ち、黄金の龍と化した地龍にあっさり受け流された。
「ナミ姫の一撃に比べたら、全然物足りないぞ。思い通りにならないから暴れるとはお前は幼子以下だな。恥ずかしくないのか?」
「知った風な口を利きやがって……! お前になにがわかる!?」
「──わかるに決まってるだろ、このぼけが! 今言ったこと、全部私にも当てはまるからな!」
「っ!?」
唐突な逆切れカミングアウトに、青龍は言い返すのも忘れて目を点にする。
「正直、お前を止める役目を買って出たのは、ナミ姫に良いところを見せたいという下心があったよ。でも、悪あがきするお前の姿が私と重なって、すごく居たたまれなくなった……」
羞恥のあまり赤面しながら嫌々するように身悶える地龍。
同類だと認めたくないその姿に、反感を覚えた青龍が吠える。
「ふざけるな、俺はお前とは違う!」
最早隠れる意味はない。
青龍を中心に渦を巻いた海水が、津波となって地龍に襲いかかる。
「何が違う? 私もお前も心ない言葉で想い人を傷つけ、振り回した。見限られてから行動しても無駄だぞ」
「俺はオト姫を愛してる! 彼女は俺の番いだ!!」
「────私もそう思っていたさ。でもな、愛した姫を笑顔に出来なかった時点で恋敵に負けてるんだよ。私達はもう、当て馬にしかなれないんだ」
地形を変えるような威力の津波も弾丸のような水球も、のらりくらりと躱す地龍には届かない。
水は地に勝るはずなのに! と苛立ちだけが募っていく。
「お前は何で怒っている? プライドを傷つけられたからじゃないのか。結局、お前はオト姫よりも自分のプライドが大切なんだろう?」
「うるさい!!」
……どうしてこいつは的確に図星をついてくるのか。
青龍が怒り、焦るほど攻撃は単調になり、地龍のつけ入る隙を作ってしまう。
「……今度こそ、謝るんだ。好きだと、愛してると告げて、ちゃんと優しくしてやる。同じことを繰り返さないから、オト姫、帰ってきてくれ……!!」
「今さら手のひらを返しても遅い。私達の想いが届くことはない。さぁ、そろそろ反撃させてもらおうか」
身を隠せるよう岩場を選んだのが災いした。
地龍が繰り出す岩の礫は、言葉同様に青龍の急所を正確に攻める。
「がはっ……」
精神的だけでなく、物理的にもとどめを刺された青龍の体が、空中に突き上げられた。
────本当は、わかっていた。オト姫はもう帰ってこないと。
唯一の婚約者候補という立場に胡座をかいて、努力を怠った青龍の自業自得なのだ。
……どうにか取り戻そうとあがいたけれど、同じ立場の地龍にまで見苦しいと断罪されたら、認めるしかないじゃないか。
『素直になれず暴言ばかり吐いていては、いずれお姉様だけではなく、全てを失ってしまいますよ?』
力の抜けた体が海に投げ出される。
沈みゆく中で青龍が思い出したのは、ナミ姫の忠告だった。
「オ……ト……姫……」
意識を手放す寸前、青龍が最後に呟いた言葉は、あふれる涙と一緒に、海の闇へと溶けて消えた。
キーワードタグ:真の当て馬=当て馬を極めた地龍。