百年越しのごめんなさい
二話投稿の一話目です。
長いようで短い、百年の時が流れた。
タロウはその間も海の風景を織り続け、タペストリーはオトの予想通り村の名物になっていった。
タロウの作風を気に入った水龍がタペストリーを注文し、龍棚の王宮に飾ったことで上流階級の目にとまり、商業の盛んな隣国の公子が後援者についたおかげで、浦島の名は広く知れ渡ることとなる。
同時にオトとタロウの身分違いの恋も噂となって、幸せな夫婦になれると、亀甲紋様の婚礼衣装の注文も相次いだ。
それはタペストリーで描かれ一躍有名になった竜宮の、ナミ姫が着用したことも一因である。
もともとの純朴な気質に加え、オトら妻たちの支えもあって、タロウや職人達は名声に傲ることなく誠実な仕事を続けることができた。
福は二倍どころか何倍にもなって、浦島村を繁栄に導いたのだ。
大変だが満ち足りた月日が過ぎ、覚悟をしていても悲しい別れをいくつも経て、オトとタロウは新たな命……一人娘のチョウを授かった。
「おかあさま、おとうさま~!!」
まばゆい金の髪に大きな瞳、幼い頃のオトそっくりなチョウは、すくすくと健やかに育っている。
……優しかった義両親に孫の顔を見せられなかったのは残念だが、半ば諦めていた時に生まれた娘がオトは可愛くてたまらない。
「そんなに慌ててどうすただ?」
大好きな父親に抱き上げられたチョウは、興奮で頬を赤く染めている。
蝶柄の着物をはためかせ、工房に転がりこんできたお転婆な愛娘にタロウはデレデレだ。
娘に甘いんだから……とオトが笑っていたら、次の瞬間、チョウは爆弾を落とす。
「あのね、すいりゅうおじさまじゃない、きれいなあおいりゅうさんがおりてきたの!!」
慌てて向かった広場には、思い詰めた顔の青年──青龍が立ち尽くしていた。
「今さらだと思うかもしれないが……遅くなって、すまなかった。頼むから俺の話を聞いてくれないか?」
いきなり頭を下げる青龍に度肝を抜かれるオト。
思いがけない再会に心境は複雑だが、タロウは何かあってもすぐに駆けつけられる位置で様子を見守ってくれている。
「本当は好きだったのに、ひねくれて酷いことばかり言ってしまった。意地悪して、妹と比べて、ごめん。怒鳴って傷つけて、ごめん。……向き合わずに逃げたこと、ずっと後悔してた」
涙を堪えた震え声の謝罪は不器用だが真剣で、なんの柵もなかった子ども時代の思い出が蘇る。
「……それを伝えるのに百年もかかったの?」
「自分でも呆れている。お前に子どもが生まれたのを機に、とは思ったが──なかなか踏ん切りがつかなかったんだ」
ちなみにチョウが生まれて、すでに五年が経過していた。
……筋金入りにひねくれた青龍が、悩み抜いた末に誠意を示したのだからオトも答えなければなるまい。
「顔を上げてちょうだい。確かに青龍は素直じゃなかったけど、鈍いわたくしも悪かったの。今思えば、意地になってたのね……ごめんなさい」
「……許してくれるのか」
「ええ。わたくしのことも許してくれる?」
「もちろんだ」
心に残っていた最後のわだかまりが消え、オトは晴れやかに微笑んだ。
青龍は久しく見ていなかったオトの心からの笑顔に見惚れてしまい……諦めたはずの恋心が疼きだす。
「オト姫。玉手箱が時を止めても、タロウはお前より早く死んでしまうだろう? あと四百年と言わず、いつまでだって待つつもりだ。タロウを想い続けて構わないから、俺の妻になる未来を考えてくれないか……?」
「ごめんなさい。それは無理よ」
プライドを捨てた青龍の懇願を、オトはぴしゃりとはね除けた。
「わたくしを連れて逃げてと願った時、タロウは種族の差も寿命の違いも乗り越えて受け入れてくれた。
タロウはね、残りの人生全てを捧げると誓ってくれて……嬉しかったわ。わたくしは龍ではないけれど、“番い”というものがわかった気がした。
────ねぇ青龍。番いを亡くした龍が他に目を向けるなんてあり得ないのでしょう? それと同じよ。わたくしの人生は全てタロウのもの。そんな女があなたの隣に立つことはできないわ。
青龍を見てくれるひとは必ずいる。未練に囚われないで、あなただけの番いを探してちょうだい。それが身勝手なわたくしからの最後のお願いよ」
好きだった女にこうまで言われて拒める男などいない。
オトの伴侶となる未来は、自らふいにしてしまった……どう足掻いても時間は戻らないのだ。
青龍にできるのは、俯かず笑って受け入れることだけ。
「変なことを言ってしまったな。今のは忘れてくれ。オト姫……いや、オト。会えて嬉しかったよ。タロウと、家族と幸せにな」
「ええ。青龍、あなたも幸せに。……さようなら」
龍体に戻って飛び立とうとした青龍の傍に、トコトコと小さな影が寄ってくる。
「あおいりゅうさん、おちこんでるみたいだからチョウのおやつわけてあげるね。げんきだして!」
オトそっくりの無邪気な笑顔を向けられて、青龍は眩しそうに目を細めると、傷つけないよう細心の注意を払いながら団子の袋を受け取った。
「ありがとう、優しい子だな……大人になったら俺の嫁にくるか?」
チョウはきょとんと目を瞬かせたものの、気を取り直して母親仕込みの綺麗な礼をする。
「チョウはおとうさまとけっこんするから、あおいりゅうさんのおよめさんにはなれません。ごめんなさい」
子ども相手の冗談のつもりが──あわよくば、という思いはあったかもしれない──幼女に本気で断られ、青龍はすごすごと飛び去って行った…………。
地龍とともに長く独り身を貫いた青龍が、心から愛する番いと結ばれるのは、これから三百九十九年後のこと。
まさかそれほど失恋を引きずるとは、誰も予想していなかった。
スロースターター青龍。