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期待はずれな美姫

 竜宮のオト姫は誰もが振り返る佳人かじんだ。



 光を宿した切れ長の瞳は極上の翡翠ひすい

 背中を覆い隠すほど長い髪は、朝焼けに染まった海のような黄金色に波打つ。

 キツめながら華やかな顔立ちで、紅唇は三日月の形に弧を描き、着物越しでもわかるメリハリのある肢体ボディラインは妖艶そのもの。



 ……神々しいほどの美貌を誇るのに、今一モテないのは本性が地味な海亀だから。


 “オト姫は人の姿限定で美しい”


 失礼な話だが、これが海中の龍族の共通認識である。

 なまじ人の姿が美女だからこそ本性が残念、“期待はずれ姫”だというのだ。


 反対にオト姫の妹、ナミ姫は平凡な容姿でも本性が美しい海蛇なので、龍族からは絶世の美女だと称賛されている。


──姉妹でなぜこうも評判に差が出るのか、龍族ではないオト姫には理解できなかった。



 龍神ちちや母、それに龍族以外の友人たちは姉妹を分け隔てなく愛し、接してくれる。

 だからオト姫は亡き祖母譲りの海亀であることを、誇りに思っても恥じたことはない。


 それなのに、とやかく言ってくる龍族(外野)にはうんざりする。

 姉妹を格付けする筆頭が、オト姫唯一の婚約者候補・青龍だというのも大きかった。

 






「確かに顔はいいかもしれんが、甲羅を背負った女なぞ論外だろう。海の龍が求めるのは、速く泳げる流線型のスリムな体型に美しいうろこだ。

──お前の妹、ナミ姫は理想的な美しさだというのに。頑強さが持てはやされた時代もあったようだが、今どき鈍重な亀など相手にされるか」



 整った顔を歪めてわらう青龍。


 地上では多種多様な属性の龍族が国を治めているが、海にむ龍族はほとんどが水龍なので、属性ではなく色彩が通り名になる。


 青龍はその名のとおり、海に溶けこむほど深い青の美しい龍だ。

 龍族では珍しいねじれた角、鱗と同色の長い髪、細身でもしっかり筋肉がついたしなやかな体つきで、人の姿も大層な美男子である。


 だが性格は角同様どうようひねくれていて、口を開けば嫌味しか出てこないので、オト姫とは犬猿の仲だ。


 本来なら龍族の習わしにより、婚約前の一年間の文通期間中は顔を会わせない決まりがある。


 けれど互いの母親同士が従姉妹いとこで仲が良いため、青龍とは昔から家族ぐるみの交流がある、要は幼馴染みだ。

 例外で顔を合わせる機会も多い。


 今日も青龍が来るからと侍女達に磨かれ、めかしこんだというのに暴言を吐かれた。

 


「はぁ? 亀が嫌なら、他の候補みたいにさっさと辞退すればいいじゃない。わたくしだってあんたみたいなみみっちい男、ごめんだわ」


 積み重なった苛立いらだちから、思わず冷たい声が出る。

 オト姫に突き放され、青龍は顔色を変えた。


「…………!! 勘違いするな、おれが望んだわけじゃなくて、龍神様のため、ひいては竜宮のためなんだからな!

 お前のように残念な女をつがいに選ぶ物好きがいないから、親戚筋の俺にお鉢が回って来たんだぞ!」



 他に候補がいないのはまぎれもない事実。

 痛いところを突かれたオト姫は悲しげに押し黙る──はずもなく、カッとなって言い返す。


「なによ、竜宮のため、龍神様のためってそればっかり。そんなに竜宮が大切なら、わたくしじゃなくてお父様と結婚すればいいでしょう!?」

「どんな理屈だよ、この馬鹿女!! 妹を見習って、もっと賢くなれないのか? お前と話していたら、疲れるんだよ。頭がどうかなりそうだ!!」


 肩を怒らせて立ち去る青龍の後ろ姿に向かい、オト姫は子どもっぽく舌を出した。

 二人が顔を合わせると必ず言い争いになり、なし崩しのままケンカ別れで終わる。


 直接会わなければいい訳ではなく、青龍の悪癖は文通でも発揮され、毎回ひどくなる悪口にオト姫は何度も手紙を破りそうになった。


 ……ただの幼馴染みだった頃も口は悪かったけど、こんなにひどくなかった。幼体ミズチの時の青龍は、まだ可愛げがあったのに……。

 

 

「言われっぱなしになってたまるかと、売り言葉に買い言葉で応戦するわたくしも悪いと思うわ。でも、根本的に合わないのよ……」


 思わず弱音がこぼれる。

 誰だって、人と──それも妹と比べられたら傷つくし、悲しい。

 

 だけど、お付きであるマグロの魚人達は「青龍様は素直になれないだけでちゃんと姫様を好いてますよ」と苦笑して取りあってくれず、娘を溺愛する龍神ですら黙って見守るだけ。

 

 オト姫は青龍との不毛な関係に心底疲れていた。



 幼い頃から、王家に生まれたからには龍の伴侶となり、公私ともに支えなくてはならないと母に厳しい教育を受けてきた。

 オト姫は役割を満足にこなせない自分にも、一向に歩み寄る気のない青龍にも嫌気がさす。

 

「問題を押しつけるみたいで嫌だけど……いっそ、この縁談はナミに譲ってしまおうかしら?」


 

 オト姫には憎まれ口ばかりの青龍だが、ナミ姫のことは気に入っているようだし、龍神に認められるだけあってハイスペックな優良株だ。


 ナミ姫は大人しそうに見えて意外としたたかだから、オト姫のようにいがみ合うことなく、上手く尻に敷いてくれるだろう。


────案外、お似合いかもしれないわね。


 想像してオト姫はくすくすと笑う。

 ただ、竜宮の後継ぎという重圧プレッシャーまで可愛い妹に背負わせる気はないので、難航しそうだがオト姫は新たな婿候補を探さなくてはならない。

 

「とにかく、ナミに提案してみて、後のことはそれから考えましょう」

 

 善は急げとばかりに、直情的なオト姫は応接間を飛び出し、正装のままナミ姫の私室に向かった。








「お姉様、また青龍様と揉めたのね。……本当にどうしようもない男だこと……今お茶を入れるから、気晴らしにどうぞ」



 思いつきで押しかけるオト姫を、いつだってナミ姫は暖かく迎えいれてくれる。


 父親譲りのしっとりした黒髪に、浅瀬の海みたいな薄青の瞳。

 掛け値無しの美人とは言えないものの、あどけない顔立ちには愛嬌がある。


 青龍いわく、素朴な容姿と宝石のような鱗で覆われた蛇の尻尾、ギャップのある組み合わせもまたナミ姫の魅力らしい。


 同時に派手な容貌のオト姫が地味な茶色の甲羅を背負ったギャップは萌えない、滑稽こっけいだと嗤われたが。


 ……思い出しただけで、腹が立つ。

 顔をしかめるオト姫に座るようすすめて、ナミ姫は手際よくお茶の準備をする。


「地上の花茶をいただいたの。とても美味しくて穏やかな気持ちになれるから、きっとお姉様も気に入るわ」 

 

 落ち着いた色彩、品の良い調度で統一された部屋で、妹に手ずから入れてもらった美味しいお茶を堪能する。

 青龍のせいでささくれだった心が癒やされるようだ。


「このお茶、本当に美味しいわね」

「そうでしょう。実は……」


 心なしかナミ姫の頬に赤みがさす。


「今進んでいる縁談の相手からの贈り物なのよ」

 

 衝撃の事実にお茶を吹き出すところだった。

 ……いつの間に決まったの!?


 オト姫は驚きに顔を引きつらせる。

 皆が幸せになれる名案だと思えた計画は、ナミ姫に打ちあける前に暗礁に乗りあげてしまった……。



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