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国王、一蹴す!




 そこは言うなれば、絶海の孤島。

 常に高波が海をかき混ぜ、空には黒雲が立ち込めている。


 その島の中心部に渦巻き状に広がる山脈、その頂きに物々しい城があった。


 世界が恐れる魔王の城である。


 その天守の中心部にある謁見の間。


 特製の玉座に、魔王たる私は座っていた。


 左右には、私と同じ方向を向いて立っている従者が二人。


 先代魔王にして私の摂政であるドゥヴォルザルク。

 そして、妖艶な夢魔リリィ。


 だが、その日はいつもと少し様子が違っていた。


 雷鳴が轟き、窓が白く光る。

 私は舌打ちをした。


 リリィはいつも露出の多い服を好んで着ているのだが、今日は全身を覆うような黒衣を着ている。


 もちろん私の指示である。


 王を立てることは従者たちの務めだ。

 よって、リリィが露出を控えるのは当然であると言える。


 なのに、露出の無い黒衣を着てなお、はちきれそうな胸とお尻が無駄にエロいフェロモンを出しているとはどういうことか。


「ロウラよ、今日はどうするつもりだ?」


 金髪碧眼にして長身のイケメン、ドゥヴォルが私に訊いた。

 隣では、リリィが妖艶な瞳で優しく私を見る。


 なんだかお似合いだ、この二人。


 ドゥヴォルは冷たい瞳を私に向けて言った。


「ロウラがさぞ真剣な策略を立てていることは、我には分かる。その瞳――生半可な想いではないのだろう。だがな、計画だけではことは進まん。成すべきことを成すためには、まず成せることから成していくしかないのだ」


 私に成せることなど何もなかった。

 強いて言うのなら、気を長くして二次性徴の発達を待つぐらい。


「うるさいなー、来るべき時を待ってるのよ」

 私は苛立ちを抑えきれずにそう言った。


 それを聞いたドゥヴォルは一度目を瞑り、

「そうか。だが、この島に奴らが辿り着くのは並大抵のことではないぞ」


 何のことを言っているんだろうこいつは。

 私は脳の無い摂政を半眼で見る。


「そうですわ」

 リリィも妖艶な瞳で私を見て、色気の溢れる唇から言葉を続ける。

「ここは私たちの自慢ですもの、誰にも負けはしません」


(そこが自慢? 誰にも負けない?)

 私はリリィの胸元に目線をやった。

 組んだ細腕の上に、見事な乳袋が柔らかそうに乗っている。


「……出るわ。あなたたちはここで待っていなさい」

 そう言って私は玉座からゆっくりと立ち上がった。

 漆黒のドレスとピンク色のツインテールを靡かせて、ガラスのヒールを鳴かせながら部屋の外へと向かう。


 後ろでドゥヴォルとリリィの会話が聞こえる。

「どうだ、リリィ。いい魔王だろう」

「ええ、後ろ姿に凄まじい闘志が表れていますわ。怨念にも似た黒い想い――私たち魔族の王に相応しい」


 彼らの言う通り、私の腹は煮えくり返っていた。

 巨乳を持て余している女と、意味の分からないことを言っている男に。

 そして、そんな二人に比べて明らかに発達途中なこの身体に。


 こんな場所に居られるか!


 私は見張り台を兼ねたバルコニーの扉を開け放つと、外に広がる黒雲を睨み飛び立った。

 稲光と雷鳴の荒れ狂う空の彼方へ。


 謁見の間では、二人の会話が続いていた。


「ドゥヴォルザルク様、魔王様はどちらへ行かれたのかしら?」

 稲光に照らされたドゥヴォルの顔に緊張が走る。

「この方向は――デリカ王国……!」


 リリィの瞳が見開かれた。

「もしや……!」

「……ああ、近いだろうな。我らが聖戦の時も……!」

 雷鳴が轟いていた。





 山脈と海を越えて、大陸に点在する街や村を超えて、私は再びデルタ国へとやってきた。


 今度は前のようなヘマなどしない。

 デリカ王の城から少し離れた、城下街の一角へと舞い降りる。


 青い空が新鮮だった。


 人々の流れに混じって、私は街を歩いていく。


 今日こそ私はデリカ王に会うつもりだ。


 昨日、魔王として門番に話をしたからあんな目に遭ってしまったのだが、実は私は以前デリカ王に会ったことがあるのだ。

 今回も、その方法を使うことに決めた。


 私は路地裏に入ると、辺りに誰もいないことを確認した。


「よし……!」


 魔力を高めると、紫色の輝きが私の全身を包み込む。

 眩い光が路地裏に満ち、それが収まると、私はビキニアーマーを着てマントを羽織っていた。

 腰に剣まで刺している。

 使えないが、それは問題ではない。


 私が勇者として名乗りを上げ、かつてデリカ王に謁見した時の服装だ。

 当時魔王だったドゥヴォルを倒した時もこの服装。

 見るからに、女勇者やその仲間たちにしか見えないだろう。


「くっくっくっ、デリカ王。首を洗って待ってなさい!」


 私は路地裏から通りへ出ると、城に向かって歩き始めた。




「私は勇者ロウラ。デリカ王に会いに来たわ」


 くびれた腰に左手を置いて、右手でツインテールを後ろに払う。

 門番の兵士たちは昨日とは違う二人組だ。


「そうか、入れ」


 彼らはそう言って門を開き、道を譲った。


 そう、この国は数多くの勇者を輩出している国である。

 だから、勇者と言えば城内に入れるのだから容易いものだ。


 魔王と名乗って堂々と正面から入りたかったが、仕方あるまい。

 強者とて知略を駆使することもあろう。


 私は懐かしい城内を歩き、階段を上り、謁見の間へと向かっていく。

 立っている兵士たちを含め、私が魔王だと気付く者は誰一人としていない。


 辿り着いた謁見の間では、やはり王は玉座に座っていた。

 ドゥヴォルはうそつきだった。


 兵士たちが見守る中、私とデリカ王の目線が交わった。


 デリカ王は言った。

「よく来た、勇者よ!」


 私は涼しい笑みを浮かべると、大きくマントを翻して、ビキニアーマーを見せつけるように堂々と立って言い放つ。

「久しぶりね、デリカ王! 私は魔王になったわ!」


 だがデリカ王は、突然訝し気な顔をして私に言った。

「……誰じゃお前は?」


 突然の魔王降臨に恐怖し、とぼけているのは明白だった。


「忘れたとは言わせないわ! 私が勇者登録した時、五百ゴールドしかくれなかったくせに! 私、変装かえながら十回も来たんだから。世界を救う勇者に、五百ゴールドしか払わないってなんなのよ!?」


 ドヤ顔で言い放つ私。

 そう、ずっとこれが言いたかった。

 この国の王は、魔王を倒す気があるのかないのかハッキリしないのだ。


「いや、本当に知らん」


 王は真顔で言った。


「だいたい、わしは毎日何十人も勇者に会っとるんじゃ。そんな、いちいち覚えとらんぞ」


 苦しい言い訳だ。

 私は一歩前に進んで、


「とぼけても無駄よ。アンタ、さっき私に言ったじゃない。〝よく来た、勇者よ!〟って」


 私に問い詰められて、王は困った顔をした。


「いやな、テンプレじゃ。わしゃあ誰にでもそう言っとるんじゃよ。ほれ、わしにアポなしで会いに来るのは勇者ぐらいじゃろ? じゃから、そう言っとけば間違いないじゃろ?」


 てへぺろ、と笑うデリカ王。

 私は目が点になった。


「じゃあ、五百ゴールドしかくれなかったのは?」


「じゃから、一日に何人も勇者が来るじゃろ? いちいち大金渡しとってもキリがないからの。とりあえず五百ゴールドを相場にしとるんじゃよ」


 その言葉を聞いて、私は自分がこれまで歩んできた道のりを振り返った。


 魔王になる前、魔法使いの弟子になった頃。

 大好きな昼寝や夜更かしを規制されて、スイーツまで我慢させられた。

 魔法の特訓は楽勝だったけど、失った青春の日々は二度と戻らないのだ。


 それもすべて勇者になるため。


「勇者なめとるんかぁ!!」


 気付けば私はデリカ王に向かって勢いよくジャンプしていた。

 炸裂するドロップキック。

 様々なアングルで見ても、決まっていたであろうタイミング。


「ひでぶーっ!」


 私のブーツはデリカ王の顔面を正確に捉え、王は玉座ごと後方に吹っ飛んだ。

 派手な音を立てながら、王と玉座が勢いよく床に転がる。


「「「王ッッ!!」」」


 周りにいた大臣たちや兵士たちが叫んだ。


「こやつ!」

「捕らえろ!」


 私に群がってくる兵士たちを、まとめて風の魔法で吹き飛ばす。


 水色の流れ星を多数残して、謁見の間は私が支配した。


 目的は果たす。


「デリカ王よ、私の名は魔王ロウラ! 我ら魔王軍は、この国へ宣戦布告するわッ!!」


 興奮に目を剝き、私は身体を宙に浮かせると、目を回しているデリカ王とその家臣たちに言った。


「いつでも来なさい。自慢の勇者たちを引きつれて――ね」


 紫色の光が走る。

 いくつもの流れ星が私を包む。

 床に現れた魔法陣は、眩い光と共に私の姿を謁見の間から消失させた。

(決まった……!)


 私が消えた後も、謁見の間はしばらく静寂に包まれていた。


 その日、デリカ国内に、王が中二病の女に蹴られて急性ショック死したという噂が流れた。 

 



 

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