城内、支配す!
ドラゴンの石像の口から、大量の湯が流れ落ちている。
熱い飛沫は音と共に石造りの広大な浴場に舞い上がり、湯気は高い天井まで満ちている。
私は自然温泉を模した浴槽の上で、仰向けになりながら温かいお湯の上に浮かんでいた。
もちろん全裸である。
文句なしのナイスバディだ。
年齢の割には。
「リリィ」
「はい、なんでございましょう?」
私の呼びかけに、艶やかな声が訊き返す。
「アンタって、なんでそんなに巨乳なのよ?」
「はい?」
リリィは目を丸くした。
私は湯船の上から起き上がると、ピンク色の長い髪が背中に張り付くのを感じながら、浴槽の縁まで泳いでいく。
「聞こえなかった?」
浴槽の縁に両腕を重ねて、その外に立つリリィを睨み上げた。
見上げるリリィは服の上からでも色気を醸し出していて、巨乳の膨らみの向こうで困ったような顔をする。
「なぜ、と訊かれましても……」
困ったような笑顔のまま答えないリリィをしばらく見上げていたが、私はくるりと身体を回して浴槽の縁に座った。
「サキュバスだからかなぁ」
可憐な私の唇から言葉が溢れる。
「魔王様は、まだお若いですから。もう数年もすれば、もっと大きくなりますよ」
その言葉に、どれ程の責任感を持っているのだろうか。
笑顔のリリィを三白眼で睨め付けた私は、ため息をついて立ち上がった。
浴槽から上がって、リリィに渡されるバスタオルを片手で静止し、足元に広げた魔法陣から乾いた温風を呼び起こす。
さらに右手に乾いた熱気を召喚、長い髪を乾かした。
「流石です!」
リリィが色気のある笑顔で褒めちぎる。
私の視線はどうしてもその下にある胸にいってしまう。
脱衣所に出ると、リリィがナイトウェアを着せてきた。
(ああ、魔王も王様じゃんね)
王侯貴族は従者に自分の着替えをさせるらしいので、私もそれに倣ってみるものの、上から覗けるリリィの深い谷間に視線が吸われ、また気分が凹まされた。
ナイトウェアに身を包んだ私は、大鏡でその姿をチェックした。
うん、いつも通り可憐な佇まいだ。
縛っていないピンクなロングも似合ってるし、ホントは巨乳にだって負けないはず。
「では、寝室へ参りましょうか」
そう微笑むリリィに、私は思い出したことを訊ねる。
「そういえばさ、さっき言ってたやつなに?」
「さっき、ですか?」
リリィは少し考えて、
「私の巨乳ですか?」
私は全力で殺意を押し殺した。
「違うわよ。私の魔法がかき消されたやつ」
「アンチ・マジック・システムですね?」
笑顔で言うリリィに、
「そう、それ」
リリィは優しい表情で私に言った。
「では、これからコントロール・ルームにご案内しましょう」
紫色の転移魔法陣の上に、私たちは姿を現した。
かなり広い空間は、巨大な魔力炉から漏れる光に照らされて明るかった。
魔力炉から伸びているたくさんのホースは、やはりたくさんの金属の装置に繋がっている。
「こちらが魔王城のコントロール・ルームになります」
「へー、なんかすごいじゃない!」
初めて見る凄い部屋に、私は楽しくなった。
「そうなんですよ。たとえばこれが魔王城の上空に雷雲を発生させる装置です」
「へー」
どうりでいつも空が暗くて、雷が光っているわけだ。
「そしてこちらが城内に徘徊する魔物のレベルを決める装置です」
それを聞いた私は、すかさず言った。
「最強にしなさい」
「え、しかし魔王様……」
私は右手を何度も払うような仕草をして、
「いーのよッ! 私が魔王なんだから。だいたい、城の守りに雑魚モンスターばっかりいてもしょうがないじゃない」
「……かしこまりました」
リリィは装置を操作して、再び私の側まで歩いて来た。
「他にもイロイロとあるのですが……」
「その辺はいいわ。とりあえずそのバンジーマジックシステムってのはどれなのよ?」
「アンチ・マジック・システムはこちらです」
リリィはごつくて大きくて、見るからに物々しい装置を手で示した。
「こちらの水晶玉に魔王様の魔力を込めてください。そうしたら登録されます」
「どれどれ……」
私は近付いて、緑色の半球体に手を伸ばす。
「デリケートなので優しくしてあげてくださいね」
見た目はごつい装置なのだが。
私は言われた通り、水晶玉にわずかな魔力を込めた。
「これで登録完了です」
「へー、便利じゃない」
私は満足そうな顔をして、くびれた腰に手を当てた。
「じゃあ早速空間転移するわよ」
「はい」
リリィが笑顔で言う。
私の周囲に紫色の流れ星がいくつも回り始める。
床に魔法陣が走り、私とリリィを光が包み込んだ。
視界が暗転し、私たちは私の寝室に立っていた。
「おー、いいじゃない! ランチ・マティック・システム。便利ねー!」
「アンチ・マジック・システムです。お気に召しましたら幸いです」
私が満足感に浸っていると、廊下の方から地鳴りのような音が聞こえてきた。
「何よ、この音」
「あ、魔王様、これは……」
言い淀むリリィを無視して、私は廊下に繋がる扉を開ける。
そこには、廊下にギリギリ入る大きさのドラゴンが、狭そうに這っていた。
「何よ、これ!」
私は目尻を吊り上げて声を上げる。
「魔王様が、城内の魔物のレベルを最大にしたので……」
「だからって、廊下塞いでどーすんのよ!」
「ですから私は……」
「言い訳はいいわ!」
責任を問われる前に話を変える。
「さっさと常識的な魔物になるように調整しなさい!」
「は、はい……!」
リリィは慌てて姿を消した。
少ししたら、目の前を這っていたドラゴンが姿を消して、代わりに甲冑を着た騎士や、山羊の頭をした魔物たちが姿を現す。
続いて廊下の床に魔法陣が現れ、リリィが戻ってきた。
「誰よ、城の廊下にドラゴンなんて配置できるようにした馬鹿は?」
呆れる私に、
「先代魔王ドゥヴォルザルク様が、魔王の城にはドラゴンが相応しいとおっしゃって……」
「あいつもアホなのね。ただの自意識過剰じゃない!」
私は目蓋を伏せて、少し大げさに首を振った。
「自意識過剰……ですか?」
何かに引っかかるように、そう口にするリリィ。
「まぁいいわ、とにかくお城の中で空間転移ができるようになったし。私はこれで寝るわ。おやすみ」
そう言って私は部屋に入った。
「はい、おやすみなさいませ」
私は後ろ手に扉を閉めた。
背中にリリィの優しい視線を感じながら。