夢魔、案内す!
「生き恥を晒したわ」
魔王城に帰ってすぐ、私はドゥヴォルにそう言った。
「ほう、手強い相手に出会ったか」
金髪の美青年は冷たい瞳でそう言った。
私は大衆の目前で、発達途中な胸を丸出しにしながら、気付かず可憐な微笑を浮かべてしまった記憶を思い出し、顔を真っ赤にする。
すべてはあの兵士たちの仕業だ。
「あんな奴ら、手強くないわよ!」
私はガラスのヒールを床に突き刺すような勢いで謁見の間を歩いて行き、ふかふかの玉座にドカッと座った。
従者のように付いて来たドゥヴォルは、やはり私の隣に立って、一緒に扉側へ向き直りながら遠い目をして言う。
「ロウラよ。強敵というものはな、己を磨くためのものだ。強い者と戦うことで、自分の欠点を知ることができる」
(自分の欠点を知る……)
私は自分の胸を見た。
そしてドゥヴォルを見た。
玉座から立ち上がり、身体を横回転させて後ろ廻し蹴りを放つ。
遠くを見つめるドゥヴォルの顔面に踵がめり込み、長身が見事に吹っ飛んでいく。
私は再び玉座に座った。
ちょっとスッキリした。
「ねードゥヴォル」
「なんだ?」
鼻血をハンカチで拭きながら、平静に訊き返すドゥヴォルに、私は小声で言った。
「巨乳にして」
「ん?」
ドゥヴォルは、よく聞こえなかったというように訊き返した。
私は恥ずかしさを殺して叫ぶ。
「巨乳にして!!」
「なんだ突然?」
ドゥヴォルはくだらないものを見下すような目で私を見た。
私は立ち上がってドゥヴォルに詰め寄る。
「不老不死にできるなら、巨乳にぐらいできるでしょ!?」
ドゥヴォルは秀麗な顔立ちを不快そうに歪めて、
「なんだそのくだらん願いは? ロウラ、いくら貴様でもそれはチープすぎるぞ」
「乙女の夢よ!」
私は怒鳴って、さらにドゥヴォルに顔を近付けた。
私の小高い鼻と、長身なドゥヴォルの顎がくっつきそうだ。
「なんなんだ一体……」
心底嫌そうなイケメンに、私は怒りをぶつけて訊く。
「できるの!? できないの!? どっち!?」
ドゥヴォルは困った顔をして、
「くだらなさすぎて答えたくも無いが、できんな」
「役立たず!」
私はドゥヴォルに背を向けて、寝室へと向かった。
寝室は、私好みな部屋になっていた。
宝物庫にあったマジックアイテムで飾り付けたインテリアの数々。
シャンデリアには魔法の光が灯り、オープンラックには並べられた無数のアクセサリーが輝いている。
床には真っ赤な絨毯が敷かれ、壁には巨大な鏡。
そこに映る美少女が私だ。
古今東西探しても、これだけ美しい少女はいないと断言できる。
胸は発育途中だが。
「くっそー」
私はガラスのヒールを脱いで、ベッドに横たわった。
味わったことのない胸の重みが恋しかった。
その時、扉からノック音が聞こえた。
ドゥヴォルだろうか。
「なに!?」
身体を起こして怒鳴るように訊くと、廊下から綺麗な声が聞こえてきた。
「失礼します」
上質な木でできた扉が開くと、紫色の髪を伸ばした若い美女が入ってきた。
巨乳だ。
「誰よ? あんた」
訝しげな視線を向ける。
「私の名はリリィ。サキュバスです」
私はその蠱惑的な瞳から谷間むき出しの巨乳へと視線を移し、鼻を鳴らして再び顔を見る。
「サキュバスが私に何の用よ?」
「浴場の準備が整いました」
私は瞳を大きく開いて感心する。
「あら、気がきくじゃない」
私はベッドに座ったままガラスのヒールを履き、勢いよく立ち上がって扉まで歩いて行く。
「ご案内致します」
「よろしくー」
部屋から出ると、リリィに連れられて、真紅の絨毯と魔法の蝋燭が照らす長い廊下を歩いていく。
時おり外で響く雷鳴を聞きながら、長い階段を下り、ガーゴイルたちが並ぶ廊下を歩いて、不気味な絵画のある部屋を通り、一度外に出ると魔王城周辺の絶景が見えた。
まだまだ歩く。
「ねぇ」
「はい?」
歩きながら、
「まだ?」
「はい」
「……」
大広間に入ると、一度私が倒した漆黒の騎士が立っていた。
道を譲って敬礼をしてくる。
豪華な両開き扉を潜り、左右を巨大な松明がいくつも照らす長い廊下を――
「長いわっ!」
私は怒鳴った。
リリィが立ち止まってこちらを振り向く。
釣り鐘のような横乳の膨らみに、斜めな機嫌がさらに傾いた。
「なんなのよ、この城! 住みにくいじゃないッ!」
「勇者に攻略させないためのダンジョンですので……」
「まどろっこしいわねー」
私はリリィの側に寄って、
「目を瞑って、浴場を思い浮かべなさい」
「あ、魔王様それは……」
「いいから早くっ!」
「……では……」
リリィが目を瞑るのを確認して、私は彼女の額に手を当てた。
私の全身を紫色の煌めきが、流れ星のように纏わりつく。
「空間の扉を開くわよ」
「……」
何も言わないリリィと共に、私たちは光に包まれていく。
しかし、不思議な力によってかき消された!
「をいッ!!」
私は何かに叫んだ。
「この城では空間転移ができないようになっているんです。ほら、勇者たちがズルをしないように……」
「私がズル(?)できなくてどーするのよ!?」
私に詰め寄られ、リリィは困ったように笑う。
「ロウラ様はまだ魔王になられてまもないので……」
「なら先に言いなさいよ!」
「私は言おうとしたのですが、魔王様が……」
「もういいわ!」
責任を問われる前に話を切り上げて、
「もっと早く浴場には行けないわけ?」
リリィはニッコリと笑って、
「私が空間転移いたしましょう」
「できるんかいッ!!」
私は目くじらを立てて叫んだ。
「ええ、すでにこの城の〝アンチ・マジック・システム〟に登録していますので」
「ならさっさとしなさいよ! それになんかハイテクだしッ!」
リリィは少し困ったように、
「魔王様にこのお城をご案内することも兼ねまして……」
「二度と通るか、こんなダンジョン!!」
魔王の叫びが城に響いた。