その写真をTwitterにあげたら炎上するかもしれない類の話
頭の中にあった話を書こうと思って、手を動かしたら、それとは違う話になりました。どういうことなんでしょうか?
「あの、僕と結婚してください」
準くんは突然そんな事を言った。
「ぺぺっ!」
私はあまりに突然のことで切り干し大根を噴出してしまった。
その時、私と準くんは定食屋さんでご飯を食べていた。定食屋さんで。昼だ。昼時だった。昼時のごくごく普通の定食屋さんの座敷だった。座敷は靴を脱がなくてはいけないので、昼時は人気が無い。「昼飯食うのに靴なんて脱いでられねえ」っていう人はテーブル席で食べてさっさとお会計して行ってしまう。私と準くんは別に急いでいなかったし、特に急ぐ事も無かったので、座敷に上がって食べていた。そういうわけで、その時座敷には私達以外誰もいなかった。本当に良かった。僥倖だったと思う。
「どうしたの?」
準くんは私が射出してテーブルに被弾した切り干し大根を見てから、私に視線を戻して「え?」っていう感じの顔をした。
「き、記憶喪失なの?」
準くん今、私に対してなんていったか覚えていないの?私は口にペーパーナプキンを当てながら思った。
ちなみに私は塩さば定食を食べて、準くんはしょうが焼き定食だった。そして私は塩さばの一部を彼に譲渡して、その代わりに彼のしょうが焼きの豚の一部を貰って食べていた。で、私達はまあ所謂、そのような関係だった。
「どうしたっていうの、急に?」
私は射出された切り干し大根をナプキンで包んで、それをギュッて握り締めてから準くんを見た。
「どうしたって何が?」
きっ、貴様!
「さっき、私になんて言ったの?」
あなたは、結婚しようみたいな事を言ったと思うんですけど。
「亜美さんに結婚したいって言いました」
準くんはしょうが焼き定食の付け合せのキャベツに塩をかけながら言った。
「言ったよね!」
ほーらみろ!お前、ほーらみろこらあ!私はどーんっていう感じで指を指した。準くんにどーんってした。ちなみに言わなくてもいいだろうとは思うんですけど、私が亜美です。アイアム亜美。
「言いました」
「どうして急にそんな事を言ったんですか?」
こんな定食屋さんで。昼時の、昼時の定食家さんで、お互いに対面に座りながら、定食を食べているこのタイミングで!ちょっと、ねえ!ちょっと耳をすませたら、テーブル席のほうにあるテレビから、ヒルナンデスの音とか聞こえてきているこんなタイミングでえ!
「えええ、でも女性自身とかにはやっぱり男性から言って貰いたいみたいな事が書いてあったから・・・」
じょ、女性自身!?
「何処で読んだのそれ!」
私はたまに読むけどね、でも準くんは別に読まないでしょう?女性自身はさあ。あなたはアフタヌーンとかしか読まないでしょう?あとGファンタジーとかしか。
「あのこないだ美容室に行ったら、置いてあって・・・」
あーそうかー。美容室には置いているかもだねー。っていうか置いてあるよねー。分かるわー。女性自身はおいているわー。あと、文春もあるし、家庭画報もあるかもねー。
「・・・それで言おうって思ったの?」
定食家さんで?
こんな昼時の定食家さんで?何?君は何?『プロポーズは男性からして欲しい』っていうその部分しか読んで無いわけ?その部分以外は何も目に入らなかったわけ?え?それともそこに『彼からプロポーズをされなかったので、冷めてしまった』みたいなことでも書いてあったの?離婚したとかそういう話でも書いてあったの?恐怖譚とか書いていて、それで「大変だア!」って思って、とにかく結婚してくれって言わないといけない!っていう気持ちで言ったの?強迫観念とかで言ったの?とにかく言わなきゃって思ったの?
「はい、そうです」
準くんはまっすぐと私を見ながら言った。穢れなき眼だった。いや、わかんねえけど、実際は穢れてるのかもしれないけど、とにかく私のほうをまっすぐに見て彼は言った。私の目を、あるいは私のおでこの辺りを見て言った。その辺を透視でもしているんじゃねえかと思えるような目で言った。
「そ、そうですか・・・」
私は私で気がつくと、両手をギュッてやってひざの上において、対面に座った彼の話を聞いていた。で、何でかしら無いけど、手の中になんか紙を握っていて、「何だこれはっ!」って思ったので、その辺にぺってやったんだけど、ソレがなんか手汗で湿っていた。
「それに・・・」
それにしたって、定食屋さんって・・・昼時の定食屋さんってこたぁ・・・なくない?いや、私だって別に、千葉の浦安市の例のあのランドでやれとか、お台場の観覧車の一番上のところでやれとか、東京タワーとかスカイツリーのところでやれとか、誕生日にやれとか、そう言う事を言っているわけじゃないんだけど・・・、でも、その、せめてさ?せめてね?その、夜景の綺麗なところとか、そういう感じは・・・そういうムードを考えた事とかは、まあ、私も一応その、女性というサイドの人間ですから、その、そういうのはですね・・・。
私がそんな事を考えながらちょっと水を飲んだところで、
「亜美さん、待ってるかなーって思って」
「ぶぼばっ!」
飲んでいた水は私の体の自分でもわからないところに潜り込んだ。鼻がツーんとした。溺れたかと思った。死んだかと思った。一瞬、戦争で死んだおじいちゃんと、こないだ死んだおばあちゃんの顔が見えた。
「げほ!げほげほげほ!?」
「亜美さん、大丈夫?」
大丈夫じゃねえよ。馬鹿野郎、何言ってんだこのやろう。殺すつもり!?さっきから殺すつもりで言っているの!?ねえ?殺したいの私の事を?ねえ準くんねえ!
「うう・・・ま、待ってねーし!」
「うん、それでね、僕としてはその、そういうのは言わなくてもいいかなあー、きっと亜美さんは頭もいいし分かってくれてるよなあー、今更そんなの言わなくてもなー、って思っていたんだけど、でも、その、やっぱり言った方がいいんだよね?こういうのは?」
準くんは、そう言うと無垢な目をして、まるで小動物のような、こちらに哀願するような目を向けた。何その目?私がモルモットを使って何かの研究をする立場の人間だったとしたら、そんなの一切かまわず何かしらの薬液を注射器でぶち込むだろう。
「・・・どうしてここで?」
とりあえず、本当にとりあえず、とりあえず仕方なく、仕方なく私は大人になって彼に問うた。とにかくそれは、それだけは、はっきりさせないといけないと思ったので『この昼時の定食屋で、どうして、それを、その発言をしたのか?』というのを、とにかく問うた。
「えっと・・・」
準くんは、そう言うと、突然、その席に備え付けてあった箸入れを掴み、その中をがさがさとし出した。え?何?って私が思っていると、
「あ、あった」
と言って、準くんはそこから何かを取り出して、それを、
「はいこれ」
と言って私に差し出した。
「なんすか?」
「指輪です」
うん、そうだね。私は思った。それは指輪だった。確かに指輪だった。準くんの手のひらに乗っていたのは紛うことなく、確かに指輪だった。輪切りにしたちくわとかじゃない。ポテコでもなかった。笛ラムネでもなかったし、オニオンリングでもなかった。だって指輪だったから。
「これは・・・どうしてここに?」
どうして定食屋さんの箸入れの中に指輪が?
「サプライズです」
「サプライズ?」
主人公が人を殺しまくる映画?
「サプラーイズ!」
準くんは、低音ボイスでそう言った。何の真似だ?
「・・・」
「それにこれ、これ見て!」
準くんはスマホを取り出し、一枚の写真を私に見せてきた。
「・・・これは?」
それは、準くんがこの定食屋さんの箸入れに指輪を仕込んでいる写真だった。
「どうでしょうか?亜美さん」
準くんは真面目な顔をして言った。
「前もって来てたの?」
「来てた」
ドヤ顔するな。
「・・・とりあえず、これ、この写真はツイッターとかにアップしないでね、炎上するから・・・」
ちょっと前に流行ったバカッターみたいになるからね。
「え、これでもなるかな?」
「店に言ってるの?ここに隠すって」
「言ってないけど・・・」
「じゃあ炎上するだろ!」
私は怒った。
「ひい!ごめんなさい!」
準くんはすぐに謝った。
「あと、御結婚の件ですけど、少し時間をもらえますか?考えさせてください」
私はとりあえずむすっとした顔をしてそう言った。バカッターみたいな真似して、このやろう、馬鹿野郎、私は怒っています。という態度をしたつもりだった。
「あ、はい・・・」
準くんは指輪をテーブルにおいて、正座になって、しゅんとしていた。
「・・・夫婦別姓とかそう言う事も考えないといけないでしょ・・・」
「はい、そうですね」
本当は怒ってなどいない。いや、勿論、こんな事をしたのは多少怒るべきなんだけど、でも、その、なんというか、私の為にしたことみたいだし、まあ・・・その・・・。
「すいませんでした・・・」
準くんはそういって頭を下げた。
嗚呼・・・、
準くん、私もあなたに謝らないといけないことがあるんだけど・・・、そう思うと多少良心が痛んだ。
本当は待ってた。
待ってたんだよ、私。
でも、どうしよ、気を抜いたら顔が、ダメダメ、ここは抑えないと、準くん私待ってたんだよ。定食屋さんだろうと、何処だろうと、まあ関係なくてさ、本当はただ、待ってたんだ。だから今、嬉しいんだよ。
ダメだって、ああでも、にやけちゃう。
にやけちゃう、ダメだって。
テーブルの下で、私は自分の右の手の甲を左の手でつねって必死で耐えていた。
タイトルが決まらないでいたんですけど、意外と気に入っています。