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鉄道戦争

作者: さきら天悟

「日本の鉄道は素晴らしいですね」

A国経済大臣は日本企業のプレゼンテーションに対し感嘆の声を上げた。

その直後、大臣に眼鏡の痩せた男が耳打ちをした。

「でも。む~ん」

大臣は渋い顔をしていた。

「でも、中国や韓国企業とは大きな価格差があります」

彼は腕を組んだ。

「私とても安全性と正確性の面で日本企業を採用したいと思います。

しかし・・・」

大臣は視線を資料に落とし、口をつぐんだ。

親日家の大臣はA国を縦断する鉄道と首都の交通渋滞を緩和するための鉄道網を

日本企業に受注させたかった。


眼鏡の男が立ち上がった。

彼は財務官僚のトップでA国鉄道網整備プロジェクトのリーダーだった。

「私はA国の財政を司る者としてはっきり言います。

日本企業が提案する安全性や正確性に価値を見出せません。

A国が経済発展するためには膨大な予算が必要となるからです。

ですから、安全性は少し劣るかもしれませんが、

、中国企業を採用するしかない、としか今は言えません」

官僚は天井を見つめた。

「日本政府のODAが受けられれば・・・」

彼は本当は中国企業を採用したくなかった。

彼らは中国から労働者を連れて来るため、現地での経済効果が薄かった。


「もう一度予算を見直してみます」

日本企業の面々は肩を落としていた。

その様子は中国と韓国企業に勝ち目がないのを予感させた。






「こちら名探偵藤崎誠事務所。

なんだ、お前か~」

与党若手政治家の太田からの電話だった。藤崎とは官僚時代同僚だった。


『どうせ、暇なんだろう。

ちょっと何かいいアイデアないか、考えてくれないか』


「もう借りは返したろう」


『そうなんだ。

今度、政府広報のCMにあの女優がきまったんだ。

忙しそうだから切るぞ』


「ちょっと待て。

話はなんだったかな~」


太田は日本企業がA国に鉄道網整備事業を売り込む計画、

そして予算面で折り合わず、政府に援助して欲しいと泣きついてきた、と事情を説明した。

『だが、こっちも金がない。何かいいアイデアはないか』

太田には解決策を見い出せなかった。

しかし、藤崎を始めいろいろな人材との関係を築いていた。

そういう面で、藤崎が認めるできの良い政治家だった。


「金は必要ない」

藤崎は言い切った。


『どういうことだ』

電話の向こうの顔は見えないが、たぶん太田はいぶかしがっていただろう。


「日本の鉄道の価値を分からせればいいんだろう」


『ああ・・・』


「名探偵にお任せあれ。

それじゃあ、沖縄に行こう」


『沖縄?』

唖然とした太田の声が電話から漏れ聞こえた。







「ワァオ、ビューティフル!」

A国経済大臣は声を上げた。

A国の海岸の綺麗だが、南洋の島独特の美しさがあった。

いつも渋い顔をしている眼鏡の財務官僚も目尻が緩んでいる。

太田の提案で日本での予定を一部変更して沖縄を訪問することになった。

藤崎はA国経済大臣が日本を訪れることを既に考慮していた。


「日本でも違いますね」

財務官僚は漏らした。

彼らはこれまで東京でA国支援の要請を日本政府と交渉していた。

分単位のスケジュールをこなしていた。

交渉は大方で折り合いはついたが、鉄道網整備に関しては暗礁に乗り上げていた。


「すみません、不手際があって」

太田は同行していた藤崎を睨んだ。


一行は海岸まで民間のバスとタクシーを乗り継ぎやってきたが、

どちらも予定の時間を大きく遅れて着いた。

これは藤崎の指示で手配した結果だった。

太田はこれを予想していて、ハイヤーを手配すると言ったが、

藤崎は受け入れなかった。


「いえいえ、お気になさらないでください。

わが国では当たり前のことです」

太田がイライラしているのと対照的にA国の二人は気にならず、

グリーンに輝く海に見とれていた。


一行はこの調子で沖縄の観光をした。

太田は始終イライラしていた。




「太田さんは、まさに日本人ですね。

いつも時間を気にしてイライラしています」

A国大臣はナイフとフォークを置き、太田に微笑んだ。

A国訪問団をホテルのディナーで歓待していた。


「いつもはこんな調子じゃありません。

本当に不手際が多くてすみませんでした」

太田は苦笑いを浮かべた。

太田は隣に座る藤崎を肘で小突いた。

そろそろ種明かしをしろというように。


藤崎が立ち上がった。

いつもより身なりの良いスーツを着ていた。

「そうです。まさに太田はがむしゃらに働く日本人の象徴です。

そして、この太田を作った一つの要因が鉄道なのです。

ご存知のように日本の鉄道は時刻に正確です。

そして、この電車に子供の頃から乗る日本人は時間厳守を叩きこまれるのです。

ですから、鉄道の時刻の正確性が日本の象徴でなく、

逆にこの鉄道の正確性が日本人の精神を作っているのです」


「それはおかしいですね」

眼鏡の財務官僚は声を上げた。

「ここには時間の正確性がありません。

ここは日本ではないのですか?」


その時、太田の顔つきが変わった。

太田も藤崎の意図が分かったようだ。


藤崎は窓から見えるモノレールを指差した。

「沖縄には鉄道がありませんでした。

あのモノレールは最近できたものです」


大臣は晴れ晴れとした顔をして頷いた。


しかし、財務官僚は眉間にシワを作り、太田を見つめた。

「コスト的にA国の鉄道を日本企業に任せる事はできません。

しかし、A国の経済発展を導くには日本の鉄道を導入すべきだと分かりました。

A国にも日本の精神を叩きこんでいただきたいと思います」

財務官僚は笑顔になった。


「名探偵にお任せあれ」

藤崎は右手を胸にあて深く頭を下げた。

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