美術少女
無色。
私の存在は何の色もない。
彼は赤。
彼女は黄色。
あの人は青。
あの子は緑。
私は無色。
真っ白なキャンバスを見て白の絵の具を塗りたくるのが私という存在。
でも本当は白にすらなれない透明。
私が描きたいと思う人はそんなんじゃないのに。
あの人は綺麗だ。
沢山の色を持っているんだ。
柔らかい笑顔は太陽の色で。
少し崩した制服は溶けるような海の色。
部活をしている時は周りまで燃やすような炎の色。
眠そうな声は新緑色。
素敵な人だ。
あの人に憧れてあの人の持つ色に憧れる。
あの人を忠実に描こうとすれば粗さが目立つのだ。
足りない。
私の持つ色が足りないから。
白いキャンバスの上に描かれていた彼の姿はまた白い絵の具で塗り潰される。
描き直して描き直して。
それでも完成はしなくて。
何が足りないのかわからなくて。
夕暮れの美術室で一人キャンバスとにらめっこ。
彼に出会ってから描き続けるのは彼一人。
躍動感はどこから?
彼らしさはどこから?
いつもいつも彼のことを考えて彼を描く。
キャンバスの上で動き回る彼の世界は本当の彼の世界よりも狭くて小さい。
私の限界。
「あ、それ、もしかして俺?」
バァンッと大きな音を立ててキャンバスが後ろに倒れた。
持っていたパレットも絵の具のついた面を下にして落ちてしまう。
声の主は。
確認したくても体が硬直して動かない。
喉が急激に乾いて唇がカサつく。
心臓が鷲掴みにされたみたいに痛い。
「ごめん、驚かせた?!」
いつも通りの彼の声。
パレットを拾い上げ床を見つめている。
心臓をゆっくりと元の心拍数に戻すように息を吸い込んだ。
絵の具の匂い。
慣れ親しんだ匂い。
それに混ざって彼の制汗剤の匂いがした。
猫っ毛の黒髪に触りたいと思った。
「拭けば取れるかな?」
すっと顔を上げられたら鼻が擦れそうな距離。
ドクンと体中の血液が逆流した感覚に襲われる。
もっと近づけば……君の色が表現できますか?
影が重なる。
触れ合ったのは一瞬の温もり。
それはピンクかオレンジか。
どちらにせよ暖かい色のはずだ。
「え、あ」
夕日に照らされる彼の顔は赤面してるのか夕日の色なのか。
今ならどんな絵も描けそうな気がする。
なんで彼が描きたかったのか。
なんで彼じゃないとダメだったのか。
わかった気がした。
今なら自分が無色じゃないって言える。
だって私の気持ちがわかったから。
伝えたい。
表したい。
表現したい。
唖然とする彼を前に椅子から立ち上がりキャンバスを起こす。
「待ってて下さい。聞きたいこと言いたいことありますよね。ごめんなさい」
パレットをしっかり受け取って私はそう言う。
今度は落とさないようにしっかりと。
彼の目を見据えて私は笑う。
「次の賞必ず取ります。そしたら言いますから」
自信過剰な発言だと思う。
でも今の私はそれくらい自信に満ち溢れているのだ。
彼もそれを感じ取ってくれたのかパチパチと数回瞬きをして笑った。
そしていつも通りの私が好きな笑顔のままで「待ってるよ」そう言ってくれたのだ。
数ヶ月後私はこの暖かいほのかに甘いピンク色の想いを彼に伝えていることだろう。