存在
腕時計はすでに時を刻む事を辞め、ガラクタになってしまっている。
使い古され、一度も洗わず汚れた白のTシャツと、黒のハーフパンツ。それしかこの部屋にはない。
勿論、俺が着ていた服だ。
真っ白で煌々(こうこう)と蛍光灯が光り、継ぎ足される食べ物と何本ものペン、それにトイレ。それ以外何もないこの殺風景な部屋。その中に俺はたった1人で暮らしている。
いや、暮らす事を強いられているのだろうか?よく分からない。
自分の名前さえあやふやだ。確か、『西村幸一』だったはずだ。
元々メンタルは強いつもりの俺だが、流石に1週間誰とも接していなかったら、発狂してしまった。
そして腕時計も壊れていた事に気付いた頃に、ハッと我に返った。
そして今に至る。
幸一は誰かの気配を感じた。
それは日に日に強くなり、今やはっきりと感じる。しかし、目には映らない。
確かにいるはずなのだが、それは何時も幸一の背中の方から感じるのだ。
それが、幸一が三回寝る前までの話だ。
「ああああああああ!」
幸一は遂に耐えきれなくなったのか、叫びだした。
更に、頭を掻き毟り、部屋の中をぐるぐると走り回りだした。
24畳半の正方形の部屋を3周ほどして落ち着いたらしく、部屋のど真ん中で仰向けに大の字になって寝転がった。
しかし、幸一の表情には疲れではなく怯えがはっきりと出ていた。
「何なんだよ、ちくしょう!うああああ!」
そのうち、のたうち回り始めた。
幸一には今、人の気配を感じている訳だが、一向に姿を現さないそいつに、再び気が可笑しくなってしまったのだ。
「なんだよ!なんだよ!なんだよ!」
「出てくんなら出てこいよ!」
「ああああああああああ!」
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!」
暫らく暴れる内に、トイレに頭を突っ込んだが気にする事無く、叫び続ける。
「消えろおおおおおおおお!」
遂には額を壁に叩きつけ始めた。
何度も何度も、思い切り叩きつけた。
暫らく叩きつけて疲れたのか、また大の字になって寝転がった。
顔には血の赤と疲労の色が強かった。
「ハア、ハア……クソ!」
むしゃくしゃして、そばにあったペンを天井に向かって投げつけた。
疲れて、弱った体では5メーターある天井には届かなかった。
すぐに落ちてくるペン。
それが床に落ちた瞬間、少しだけ衝撃が床を伝わった。
仰向けに寝転がる幸一にも勿論それは、微弱ながらも感じた。
「ひゃああおえええっぴ!」
悲鳴を上げながら反射的に、全身全霊を注いで後頭部を床に打ち付けた。
鈍い音と一際甲高い声を最後に、幸一は動かなくなった。
西村は隅で蹲っていた。
この部屋には誰もいない。
温かいご飯を作ってくれる妻も、笑顔で俺を癒してくれる息子も、困った時に助けてくれる親友も、誰もいない。
そんな事はとっくの昔に気付いていた筈だが、先ほど我に返って、再び思い知ったのだ。
無駄に広い酷く殺風景な空間。
それがより一層と孤独感を引き立てた。
小さい頃から、母親が買い物に出掛けて居なくなるだけで泣き喚いていた西村は、今もその寂しがり屋で怖がりの性格が続いている。
次第に涙目になる西村。
大企業の係長になるぐらい、いい歳したおっさんだが、どんどんと涙が出てきていた。
拭っても拭っても、溢れてくる。
今、西村の目には、ペンが髪の毛に見え、食べ物が顔に見え、トイレからは何か得体の知れない物が出てくる様に見えている。
自分が息をする度にそれらが違う位置にあるように見え、余計怖くなる。
「うううううう……」
部屋の隅の暗い部分がどんどん広がっている、様に見える。
「ううううう!来るなあ!」
声を荒げ、より小さくなる西村。
何かが出て来そうな恐怖で全く眠れない西村。
お腹が空いても、体が竦んで食べ物の所まで行けない。
かなりの時間をそうしていたが、やはり空腹には勝てず、勇気を振り絞り、食べ物へと突っ込んで行った。
背中を必ず、床か壁に付けながら食事をした。
腹一杯食べて急に睡魔に襲われた西村。
「寝てはダメだ。殺される」と思いながらも結局、西村寝てしまった。
そして次に目を開けた時、西村は心底後悔した。
真っ暗なのだ。
そばには食べ物があることが辛うじて、触って分かった。
ああ、そういえば蛍光灯は切れるんだった。やられた。ちくしょう。
そう思う幸一だが、もう遅い。
「ああああ!くそう!何だよこれ!」
手足をバタつかせるが只疲れが溜まっていった。
「助けてくれ!おーい!」
力の限り叫ぶが、一向に助けが来る気配は無かった。
「なあ!頼むよ!誰か見てんだろ?!」
「ここから出してくれ!お願いだ!」
「せめて明かりだけでも点けてくれ!」
「なあ、本当に。俺死んじまうよ……」
それから幾つもの時が経った。
そばには次々にダメ食べ物が継ぎ足されるので、それを食べて死なない程度にずっと過ごしてきた。
その間一度たりとも明かりは点かなかった。
西村は常に真っ暗で誰もいない恐怖と戦い続けた。
西村がいなくなってから3年。遂に西村のいる場所が特定できた。
とある森の奥まった所にあるでかい建物。
いや、オブジェとも言えるような物であった。出入り口が無いのだ。
しかしこの中には西村と思しき生体反応があるのだ。
すぐに救出活動に入った。
慎重に壁を壊していく。
そして穴が開き、中を確認すると、痩せ細った西村が、光り輝く蛍光灯の下で佇んでいた。
西村はしきりに自分の名前を呟いていた。
Thank You For Your Time!
『誰かいる』か、『誰もいない』の恐怖はどちらがより怖いだろうか。
というのをテーマに考えてみました。今回も15分ぐらいで考えました。稚拙ですいません。
お願い
僕はばりばりの大阪人です。大阪弁で喋ります。気を付けていますが、大阪弁や変な言葉があればお申し付け下さい。
その他、ご意見ご感想、誤字脱字文法の誤りなどがあれば、どんどん言ってください。マイナスな事でも構いません。
最後に
自分なりの解説を少し。
一人称から三人称に変わる部分がありますが、あれは勿論同じ人物です。そして、その次の寂しがり屋の方も同じ人物です。
西村幸一のifルートです。分岐ともいいます。
ただそこに至るまでは一緒なので、省かせて貰いました。すいません。
それから、寂しがり屋の方は最終的に狂ってました(分かりづらくてすいません)が、あれは幻覚で明るいのに真っ暗に見えていました。(体験した事がある人には分かると思いますが、長時間眠った後は、起きた時に、目を開けてるつもりで開けてなくて、真っ暗に感じるあの感じです)
更に、名前を呟いているのは、名前を言う事で、その名前の人がそこにいる気がしていたから、というわけです。
解説しないと分かりづらいのはどうにかしないといけませんね。すいません。
始終謝ってすいません。
最後までご精読頂きありがとうございます。