新天地へ(2)
「ぬおおおおおおっ!」
「『極大火炎砲』!!」
「『ミカサ斬り』ぃぃぃぃっ!」
「ふう……」
結界の外では、目を釣り上げた男たちが全力攻撃中。そして結界の中では、女がひとりでお茶をすすっていた。
休息結界というのは本来、フィールドやダンジョンの中などでご休憩に使うものだ。あらかじめ決めた仲間以外は侵入不可能な防壁を作り上げるものだが、術者より強力な者が結界破りの呪法を使えば破壊は可能なもの。つまり、本来はそれほど強力なものではない。
「くそぅ、なんだこの結界は!?こんな、こんな絶対防御じみた結界など」
「えー、うそでしょ?こんな簡単な結界、異世界人の攻略組なら一発だよ?何やってんの?へなちょこ」
「な、な、き、貴様ぁぁぁっ!」
ますます激昂する男たち。油だけ注いで平然としているマナ。
「うわ、お茶うけ切れちゃった。むう、こっちは子どもたちのだしなぁ。アイタタタ」
いや。ちょっとだけ困っているようだが。
さて。どうしてマナの結界がここまで強力なのか?
第一に、マナがβ時代からサービス終了まで、常に回復術師だった事。
マナはβからの長期ユーザーでただひとりサブキャラを持っていない。つまり本当にβから今まで回復術師だったわけで、その練度は半端なものではない。回復魔法や、それに関連する補助スキル群はその全てがレベルどころか各種パラメーターまで執拗なまでの努力と工夫でカンストしきっており、これ以上を求めるなら人間やめるしかない、というレベルに達していた。
第二に、新住民たちの問題。
彼ら新住民はスペックこそ高いが、プレイヤー時代の記憶等はもたない。だから、プレイヤー個人むけの祝福……たとえばテイマーのように個人の資質に依存する職業や、スキル『限界突破』のようにゲームプレイを熱くするために用意されていた祝福の類だ。これらは新住民には当然、一切与えられなかった。またプレイヤー時代の記憶がないので、有効な戦い方などもわからない。
そして第三に、装備。
新住民は、かつてのプレイヤーが持っていたレア装備などは持っていない。つまりアイテムでの防壁破りも不可能。
結論。
彼らが『新住民』である限り、いくらがんばろうとマナの防壁を物理的に破る事は不可能なのだった。
さて。
マナは、ただ茶をすすっていたわけではない。お茶うけのひとつの包み紙を開けると、なぜか折り鶴をつくりはじめた。
そして折り鶴が完成すると、小さく呪文を唱えた。
「ん」
ピクッと反応し、生きた鳥のように動き出した折り鶴にマナは小声で命令すると、これを解き放った。折り鶴はフワフワゆっくり羽ばたくと、頼りなげに神殿の方向にむけて飛んでいった。
だが。
「ふぬっ!ふぬっ!たぁーーーっ!」
「『日○剣、愛○富士山返し』!!」
「……」
だが、そんなマナにも彼らは気づいていない。防壁破りに夢中のようだ。
「……神様ってほんと、何考えてこんな設定したんだろ?」
思わず眉をおさえてしまったマナだった。
◇ ◇ ◇
さて。こちらは神殿から出て移動中のモフ子とリトル。
「まったくもう。鬱陶しいなぁ」
さっきから数度にわたり声をかけられていた。相手は兵士、役人ぽい人間、そして、明らかに新住民ぽい粗野な冒険者風の連中。何かのアイテムで瞬時に属性を判定しているのか、いとも簡単にモフ子に声をかけてくる。
確かにまぁ、異世界人かどうか判定するだけなら難しくない。というのも、そういうアイテムが実際にプレイヤー系のコミュニティで試作された事があるからだ。
メニューシステム上でのプレイヤーとそれ以外の扱いの違いから解析し、誰でも使えるマジック・スキャナーが試作された。もっともプレイヤー的には意味のないものだったから、一部のクリエイター以外は「へぇ」と思ったにすぎなかったが。
そんなネタアイテムだが、西の国政府には実に有用な代物だろう。
「しっかし、これは洒落にならないね。マジで急いだほうが……って、ありゃ?」
そんな時、どこかで見たような子供たちと、それから男性の姿をモフ子はみつけた。
「あれ?あれって、マナティの旦那さんと子供たちじゃ……」
「ニャ」
「え?あ、ちょっとまってリトル!」
モフ子が悩むより先にリトルが走りだした。やれやれと思いつつもモフ子も走りだし、同時に声をかけた。
「えっと、マオさーん!」
「え……あ!?」
「リトルだー!」
「こんにちはー!」
子どもたちもたちたち笑顔になり、彼らは合流した。
「やあどうもモフ子さん、試練は無事に終わったんですか?」
「はい、おかげさまで。それよりご無事だったんですねえ。今、そちらに伺うところだったんですよー」
「……いや、それは」
「!」
マオの表情が曇ったので、モフ子はすぐに状況に気づいた。
「マオさん。マナティはおうちに?」
「……」
マオは首を動かさない。おそらく、子どもたちに動揺を伝えまいとしているのだろう。
だが、その顔だけでモフ子には充分だった。
「了解、わかった」
「ニャ」
「よろしくリトル。マオさん、みんなの行き先は神殿だよね?」
「そうだが……まさか」
「リトル、神殿までだって。みんなを頼んだよ?」
「ガウ!」
「マオさん、リトルが護衛でついてくから。なりたてとはいえ神獣の護衛だからね、心配ないよ!」
「待て、まさか君は!」
モフ子の意思にあわて、止めようとしたマオ。しかしモフ子は一瞬、ぐうっと獣のような唸りをあげた。
「……モフ子さん?」
「あんたのためにやるんじゃないよ。マナティは……あの子は、このツンダークで一番古い友だちなんだ。
それに、これはプレイヤーの問題でもある。…………正直、戦ってるところをあんたたちに見せたくない」
「……わかった。でも気をつけて」
「ありがと」
モフ子はそう言うと、
「頼むねリトル」
そう言うと、モフ子はアイテムボックスの中、一番古いエリアに残っていた『超スタミナ薬』というのを選択し、そして適用した。
瞬間、頭の中にメニュー由来のメッセージが流れる。
『スタミナ回復力が一時的に二百倍になりました。五分後の回復停止にご注意ください』
さらにアイテムボックスから『探索強化・ほむらぶ印』を選んでこれも適用。
『探索範囲が二分間、二十四倍になります。また遠距離でも敵とフレンドを明白に識別可能です』
「よし、じゃあ行くよ!またあとで!」
その瞬間、モフ子は弾丸の如き速さで駆け出した。
そもそも、モフ子は西の国に土地勘がない。はじまりの国からいきなりシネセツカにふっとばされたのだから当然といえば当然だ。転移門で西の国に移動できたのだって、かつて所属していた攻略組時代に仲間が到達しており、これをパーティ内特権で適用していたためにすぎない。
そんなモフ子が単体で、しかも大急ぎで友達のところにたどり着くにはどうするか?
ひとつには、半獣化した身体能力をフルに活用する事。無限のスタミナと猫科由来の活動力があれば、都会の町中もジャングルのように駆けまわる事が可能。
ひとつには、探索技能を拡大する事。現在、フレンド登録しているプレイヤーはマナのほか数名だけなので、探査範囲を広げれば、相手を光点として認識できる。
「いたっ!あそこかっ!」
だが目の前には、モフ子に気づいたらしい武装した兵士たちが。
「『筋力増大』!」
で、その上を飛び越していく。
「ぬおっ!」
「ごめんねえっ!」
ひとんちの馬車の上に飛び乗ってしまい、謝りながらもさらに飛ぶ。
「や、ほ、とぁ、なんと、よっ!」
「こら待てえっ!」
追いかけてくる面々が増えたが、彼らにはとても追撃できない。
平面のはずの道路を斜めに、時として立体に動きつつ最短コースで進んでいくモフ子を捕えるには、同じ機動をするか、それとも連携をとって先回りして捕まえる必要がある。走り回るしかない彼らには、小鳥を捕えるよりも難しい話だった。
それは、単純な問題だった。
そこいらにいる家猫だって、瞬間的には時速六十km以上で走り、垂直の壁だって駆け上がれる。だからこそスズメやネズミも穫れるのだ。
だけど、それは一瞬の事にすぎない。猫科の動物の筋肉は基本的にスプリンターであり、持久性がない。だからこそ、モフ子たちだってシネセツカの大平原を「てくてく歩いて」旅していた。
で、ここに超スタミナ薬が登場する。これはディーテ時代、危険なモンスターからひとりで逃げ出すために常備してあった薬のひとつだ。もちろん普通のものではなく、裏ルートで仕入れた異様に強い薬。一説には、錬金術と何かを駆使するある種の裏ワザと課金チートを組み合わせたとも言われていたが、よくわかっていない。まぁ、現物を見るとそこには、やっぱりおなじみのアニメ調のマークがあり、げんなりしたのだが。
まぁ仔細はともかく、この超スタミナ薬を使うと、人間でいうと百メートル走の全力疾走を五分続けても息も切れないというヤバイ感じになる。
この凄い薬と、今の半獣な体力を組み合わせるとどうなるか?
もちろんリバウンドがあり、翌日むちゃくちゃ眠くなるのだけど、たったひとりの古い友達の危機となれば放置できるわけもない。
「よし、もうちょっと……!」
マナのいるらしい屋敷が見えたが、とんでもない事になっている。なんと二十人はいようかという完全武装の男たちがズラリ取り囲み、総攻撃を繰り返しているのだ。今のところ結界か何かに阻まれているようだが。
「結界術か。でも、いつまでも保つわけないよね?」
見たこともないほど強力な結界だ。
(相手は基本的に人間。だったらおそらく、仲間以外を拒否する系統……安息系か何かよね。んでたぶん99レベルで)
99となると、もはやモンスターもボス敵以外は破れない。人間でも99を破るには通常戦力では無理で、限界突破スキルか神器がいるはず。
つまり、新住民には破れないだろうとモフ子は予想した。
(新住民の中身が別人でしょ。だったら、キャラクタ関係ない個人向けの祝福とかは引き継いでるわけないもんね)
あまり難しい分析は苦手なモフ子だったが、祝福などのロジックについてはよく理解していた。そういう「限界を超える系」のスキルは特殊なものばかりで、特定の条件を満たせば誰でもとれるってわけではなかったのだ。
「よし」
とにかく、外で攻撃している連中を潰す事にした。
警告?退去勧告?そんなものはない。
たったひとりの回復術師の女に対し、当たれば即死するような攻撃を二十人ばかりの大の男が繰り返している。その時点でモフ子的には完全に有罪だった。それに一対二十、しかも相手の実力もわからないのに簡単に勝てると思うほど、彼女は思い上がってもいなかった。
(とりあえず、三匹ばかり減らす)
走りながら斧を構えた。
ターゲットが決まった。一番近くにいる大剣使いと片手剣の男ふたりだ。
(まずは一匹)
走ってきたエネルギーを斧にたくして、一番ごつい男の後頭部に攻撃する。
「!?」
鈍い音がして、その男は頭から盛大に血を吹きつつ棒立ちになった。
そして、ゆっくりと倒れた。
「え……!?」
状況がわからず、思わずフリーズした男たち。その隙をついて次に襲いかかった。
「ぎっ!」
首に撃ちこむつもりが、勢いあまって首を飛ばしてしまった。それも悪くないが、次の攻撃につながらない。
「ふんっ!」
三人目が防御してきたので、その防御ごと蹴って結界に叩きつけた。
そして、遅ればせに頭上から一撃。
「……!!」
「よし、三匹オワリ!」
三人とも倒れた。その身体からはまだ血が噴き出している。
「曲者!何者だ!」
返答せずに斧を構え直した。
「あたしの友達を、しかも完全武装の野郎二十人で潰しに来るとは、いい度胸じゃないか……」
モフ子の瞳が人間のそれから、縦に割れた獣のそれに変わる。
「……皆殺しにしてやる!!」
その瞬間、モフ子の口が耳元まで裂け、牙が覗いた。
戦いが、はじまった。
マナ「おぉぉぉ、モッちゃんかっこええ!……えーとカメラは確かここに……おし、撮影撮影♪」




