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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
96/106

新天地へ(1)

 ここは西の国首都某所。元プレイヤー・マナとその旦那であるマオの家である。

 もっとも、首都といっても彼らの住居はかなりの郊外にある。ふたりの職業がハンターであるためだ。マナは異世界人の回復職であるがサブ職で屋外行動に使えるスキルを多数取得していたし、マオは元々が生粋のハンター。マオの才能が良かったのか異世界人とのコンビはいい結果を生むのかわからないが、長年のコンビはマオの方も強大なハンターに変えており、彼らは大物退治などの褒章や、マナの異世界人側の伝手による収入、それから商業ギルドとのつきあい等で、ハンターとしては相当によい生活を維持していた。

 なのだが。

「これは困ったなぁ」

「んん、これは仕方ないんじゃないかなぁ。うん、何とかわたしのアイテムボックスに入れてみるよ」

「しかしマナ、食料とか衣類もあるんだろ?何とかなるのか?」

「たぶん。ちょっと工夫するけど」

 大きな荷物の前で、ふたりはためいきをついていた。

 2日ほど前、彼らはこの国を最終的に見限り、移転を決めた。そうなると早いもので、子供たちには荷物をまとめるよう指示し、自分たちは付き合いのあるギルドに出向き、それとなく事情を話した。特にギルドは国家にしばられない組織であるため、どこに行こうとお世話になるからだ。別に手続きとしては行き先の国ですればいいが、担当官などに親しい者もいたし。

 だが、思いもよらぬ問題が彼らに立ちふさがった。

 そう。マナ以外の人間は転居なんて未経験だったのだ。

 旅行や転居における荷物の量は、本当に千差万別である。

 よく言われる言葉に「素人は足し算で、玄人は引き算で荷造りをする」と言われるが、まさにその通り。素人は、あれもこれも必要と持ちたがって荷物がふくれあがり、旅慣れている者は「これはいらない、あれもいらない」と切り捨てるからだ。本当に慣れている人が慣れきった土地に赴く場合、巨大なカートをヒーヒー言って引いている人の横で、のんきに手ぶらで歩いている事すら珍しくない。慣れているというのはつまり、そういう事だ。

 だが、マナがためいきをついたのは旦那の荷物だった。

「相変わらず多いよね。」

「すまん」

 

 マナがマオの家にお嫁入りを決めた時、マオの両親はまだ健在だった。彼らはマナをマナちゃん、マナちゃんと大変気に入ってくれて、マナもその頃にはもう実の両親のように懐いていた。得体のしれない異世界の娘をこんなにかわいがってくれる。それがとても嬉しかった。

 そんな、ツンダークにおける両親のような人たちが他界したのは結婚後。旦那になったマオの顔を見た後、まるで糸が切れたように次々と倒れてしまったのである。

 元々彼らは没落貴族同士であり、しかもふたりとも歳をとりすぎていた。マオは地球の感覚でも信じがたいほどの高齢出産の子供であり、しかもお金のない状態でマオを育てるため、本当に命をすり減らしていたらしい。

 マナの治療により延々と生きながらえる事も可能だったのだが、ふたりはそれを拒否した。そして死の床で、こんな事を言ったのである。

『マナちゃん、あなたはこれから、マオの子供を育てなくちゃいけないのよ。あなたの素晴らしい上級回復師の力は、そのために使ってちょうだい』

『そんな……お母さん!』

『ふふふ……マナちゃん、やっとお母さんって呼んでくれたわね……』

『!』

『いいの、わかるわ。マナちゃんがこの世界に来たのは、異世界のご両親と何かあったから。そうなのでしょう?』

『それは……』

『ふふふ、わたしたちはマナちゃんが思ってるほど善人じゃないのよ。特にマオの事になるとね。

 もしかしたら、ちゃんと相談に乗ってあげれば、マナちゃんは異世界に帰れたのかもしれない。

 でも、その可能性を潰したのは、わたしたち。

 だって、こんないい子がマオのそばにいてくれたらって思ったら……ねえ。

 わたしたちはある意味、マナちゃんの未来を壊し、帰り道を塞いだのかもしれないわ。わたしたちのエゴでね』

『……』

『でもね、マナちゃん。あの子は違う。あの子は本当にマナちゃんが好きで、マナちゃんと家庭を作っていきたいと思っている。それを忘れないで』

『……はい。わかってます』

『うん、うん……ごめんねマナちゃん。そして、本当にありがとう』

 マナはそんな両親を、恨む気にはならなかった。むしろ、こんな優しい家族と共に暮らせる幸せを噛み締めていたし、決断力のない自分の帰り道をふさぎ、あの(・・)地球の両親の元に帰る気を亡くさせてくれた二人に、感謝の気持ちしか持っていなかった。

 そんなこんなで、今のマナたちはいる。

 

 話を戻そう。

 問題は二人が亡くなった後だった。

 名前だけでも貴族である以上、いざという時に王に謁見するための衣装が存在した。これは武士の剣のように大切なものであり、しかも両親の形見。簡単に処分するわけにはいかなかったのだ。

 ハンター稼業に不便な都心の屋敷を捨て、今の家に越してきた時にもそれはしっかり持ってきたのだが。

「必要な時はちゃんと役に立つんだもの。持っていかないとね」

「まぁなぁ」

 確かに邪魔な荷物たちだが、これでイザという時にはちゃんと役立ったのだ。

 民主国家になってしまった今、ほぼ形骸化しているとはいえ、ちゃんと貴族院も存在している。だから、これらに移転の手続きをする際にもしっかりとマオが着用したのだ。まぁ、馬子にも衣装という感じではあったのだが。

 ついでにいうと、異世界人として魔織のローブをまとい、完全武装したマナが妻として同席した事が意外な効果を生んだ。

 モンスターの多いツンダークでは、貴族が武装する事に悪印象をもつ者はいない。半裸の狩人姿はさすがに認められないが、もともと魔織のローブはこの世界では貴族が使っても全然おかしくない高級品。つまり、正装と認められていた。

 しかも、希少な上級回復師、そして異世界人。さらに、貴族の妻としては稚拙ではあれど、ちゃんと旦那様を立てている事が、また印象の後押しをした。

 西の国の旧貴族層では異世界人の評判は決してよくなかったのだが、きちんと末席とはいえ貴族の妻しており、しかも小さな体で頑張っているマナの姿は大変に好評だった。この影響は決して小さくなく、土地の購入などの際にも、本当に力になってもらえたのだ。

 マナは、ああだこうだと工夫していたが、何とかそれら荷物をアイテムボックスに収納した。

「入ったよ。でも、そろそろ余裕がなくなってきたよ。もう家の荷物は入れない方がいいね」

「わかった。子供たちの方も見てこ……!?」

「……あら」

 ふたりはその瞬間、家に近づいてくる不穏な気配を感知した。

「マナ」

「パパ、子どもたちを奥へ。いざとなったら隠し通路から逃して神殿に走らせて」

「おまえはどうする?」

「時間を稼ぐ」

「しかし!」

「パパ」

 言いすがろうとするマオに、マナは首をふった。

「適材適所だよ。うちの子たちは、あれでウサギなみに抜き足差し足できるからね。ちびちゃんだけは無理だけど、パパなら守れるでしょ?」

「だがおまえは回復師で戦闘は!」

「わたしが回復師になった本当の理由、パパ知ってるでしょう?……大丈夫、一日や2日じゃビクともしないから」

「……わかった」

「うん、よろしくね」

 

 

 

 マナが玄関を出て門に向かうと、門の外には完全武装の集団がいた。

「異世界人マナだな?」

「いいえ、マオ・ファーレン男爵の妻、マナ・ミドウ・ファーレンよ。下級とはいえ貴族の館に完全武装で押しかけるとは、いったい何事なのかしら?」

 いつもの、ぽやぽやっとしたマナはどこにもいない。きりっとした顔で理論武装してくる才女の顔がそこにあった。

「ほう、男爵ね?」

 男たちは嘲笑うようにマナを見た。

「貴族の妻なら国家に忠誠を誓うものだろう。さ、おとなしく来るがいい」

「なんの話?わたしは貴族といったのよ?貴族が忠誠を誓うのは貴方たちクーデター政府ではないわ。そのくらいの事も理解できないの?」

「は?くーで……なんだと?」

 男たちにはクーデターという語彙がなかった。

 実は、彼らこそ新住民、つまり、プレイヤーのデータを元にして作られた『新しい住民』だった。したがって身体レベルや魔力は高いのだが、知識としては真っ白に近い。ツンダークの人間として生きるに問題ない、という程度の知識と、自分たちの出自くらいしか知らないのだ。

 ゆえに彼らは、論破には弱かった。

「貴方たち、ちゃんと学校行ってるの?あったま悪いわねえ」

「何だと!?国家の指示に従わず、税金も収めぬ無頼の輩の分際で!」

「はいはい、ダメねこりゃ。神様も、もう少しまともな頭をつけてくれればいいのに」

 ふう、とマナはためいきをついた。

「まともな会話ができそうにない相手だから、それなりの対応をさせてもらうわね。悪く思わないでね?」

 クスクス笑ってそう言うと、マナは門に手を触れた。

「『休息結界・レベル99』」

「な……!?」

 次の瞬間、マナの家をぐるりと囲む門塀がそのまんま、大きな結界に変貌した。

「なんだこれは、結界!?」

「バカな、この家には結界師などいないはずだ!くそ、仕込みか!?」

「……」

 ああなるほど、とマナは思ったが、もちろん何も言わなかった。

 元はというと、マナが回復術にこだわっていたのは上級回復術だけが目的だった。

 回復職というと一般にはヒール・キュア・リカバリーのイメージが強いが、対魔結界、拠点防御などの結界術、そして、縛鎖(ばくさく)術の類も回復術のカテゴリに入る。そう、回復魔法という名前に騙されがちだが回復魔法の本来の姿は、仲間を守り、その安全を確保するための魔法群なのである。

 つまりそれは、マナのあこがれ。

 そう。これら結界術や縛鎖(ばくさく)術の数々の中には、まるでアニメの魔法少女みたいなものさえあったのだ。

 これにビビっときてしまった。

 ゆえに彼女は回復師を選んだ。それは親友にすらも話してない、マナだけの秘密だったが。

「さて」

 ふわぁぁ、とマナはあくびをした。

「これを破らないと、わたしは捕まえられないよ?もっとも、いくらレベル高くてもこの結界を破れる人がそこにいるとは思えないけど、ねえ?」

 クックックッ、と、バカにしたように笑う。

「き、きき、貴様ぁっ!」

「攻撃だ!この女に自分の立場を思い知らせろ!」

「おおぉ!」

「……」

 あっさりと釣られて攻撃を開始した男たちを、マナは目を細め、微笑みつつ見ていた。



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