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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
95/106

事態急変

 モフ子とリトルが姿を消した後の神殿。そこには巨大な龍のようなものが姿を現していた。

 現していたといっても、全体が降臨しているわけではなかった。それはあまりにも巨大であり、神殿の建物にはとても全体が収まる様子がなかったのだ。ゆえに山頂の空間が歪み、そこから彼の、八つもある巨大な頭のうちのふたつが姿をのぞかせている。そんな状況だった。

 ラーマ神は、いろんな姿で人の前に現れる。

 この巨大な八つ首の龍もまた、ラーマ神だった。ただ神殿の者たちがあまりにもラーマ神を神聖視するため、いつしかこのような異様な姿で降臨するのが伝統になってしまっていた。

 さて、それはいい。

『まったく、おまえたちは……』

「申し訳ございません。ただいま全力で探しておりますれば」

『必要ない』

「は?」

『は、ではない』

 やれやれと困ったように、首のひとつが天を仰いだ。

『おまえたちの日頃の信心は感銘に値する。だがな、同じ民を序列化したり、組織上の便宜にすぎない巫女や神官の位を権力と勘違いしたり……。挙句の果てに、新しい神獣とその眷属をもろとも怒らせるとは。

 いったい何をしているのだ、そなたらは。日頃の賢明さ、冷静沈着さはどこにいった?』

「はぁ……申し訳ございません」

 (ラーマ)の首のひとつが、悲しげに首をふった。

『思えば、こたびの神獣は「新住民」や「居残り組」と同じく、この世界に注がれる新しきもの。今までと同様にそなたらに預けようとしたのが、そもそもの間違いよな。その意味では、そなたらを選んだ我もまた同罪であろうよ』

「そんな!ラーマ様がそのような事を!」

『ふむ、そうか』

 そう言うと、首は神官たちの方に向き直った。

『ならば組織の再編を命じる。

 人選等はおまえたちの裁量に任せるが、ひとつだけ。

 今回問題を起こした担当巫女とその上司、それに異世界人由来のウサギ巫女「メイナ」をこの山の外に追放するよう指示した神官、そしてこれに同意する者はこの山に残してはならぬ。全て追放せよ』

 (ラーマ)は、きっぱりと言い切った。

『神官も巫女も我の前では平等な帰依者であり、その地位は便宜上のもの。これは基本中の基本であり、ここが理解できない者、立場を権力と履き違えるような者こそ、この山に入れておいてはならぬ。改めて徹底しろ、よいな?』

「はっ!」

 そこまで言ったところで、(ラーマ)はもう少し言い足した。

『次にもし同様の問題が起きたら……その時は、おまえたちを神職の責務より解放し、試練の山は別途作成する事にしようぞ』

「!?」

『これは脅しではない。もし今回のような件が繰り返されれば、速やかに実行に移す事となろう。……ゆめゆめ忘れるな』

「ははっ!!」

『それともう一件。……彼らは放っておけ』

「は?」

『自力で神域をこしらえる力があれば、神殿のバックアップはいらぬであろうよ。助けを求められぬ限りは自由にさせておくがよい』

「なんと自力で神域を?」

 うむ、と(ラーマ)は大きくうなずいた。

『育成役も本人も規格外とはいえ、よくぞここまで育ったものよな。……どうだ、規格外であろう?』

「ですな……なるほど、我らが誤りでございました」

『うむ。人は誤るもの、ただし繰り返すな。よいな?』

「はっ!」

 (ラーマ)は、そんな神官や巫女たちの姿を見て、やれやれと苦笑するかのように微笑んだ。

 それはモフ子たちが神域にこもった直後。つまり一ヶ月も前の事だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて。こちらはモフ子たちである。

 神殿の者たちにそんな事があった事もつゆ知らず、そして興味もなく。すでに神事は終わっているわけで。目覚めたモフ子たちは軽い朝食をすませた後、とりあえず町に戻り、お世話になった町の神殿で神官に報告した後、友達(マナティ)の一家を尋ねるつもりだった。

「半月以上だからね。マナティんちが結局どうしたかもわかんないし、確認しておかないと」

「ニャ」

「……」

 そうだな、それが当然だと言わんばかりのリトルを見て、ちょっぴりためいきをつくモフ子。

 自分も、そしてリトルも以前と変わったようには見えない。まぁリトルが神獣になった事もあり細かいステータスは劇的に変わっているし、立場も仮パートナーの仮がとれてパートナーになっているし。

 でも、何かが違う気がするのだ。決定的な何かが。

「あいたっ!」

 突然、後頭部をピシリと叩かれた。確認するまでもない、リトルの尻尾だ。

 みると、リトルがじっと見ていた。何ぼやぼや考えてんだ、とっとと歩けと言わんばかりに。

 どうやら、いつのまにか足を止めていたらしい。

「何よ」

 お返しとばかりに尻尾で反撃しようとしたら、くるくると器用にまきとられた。

「え?」

 さらに、きゅううっとしめつけられた。

「ちょ、やめ……やだ……んんっ!!」

 尻尾から送られてくる刺激にモフ子は思わず悶絶しそうになり、こてんとコケてしまった。

「はぁ、はぁ、……なによ」

 ひっくり返って空を見ていると、じっとリトルが覗きこんできた。さっさと立てと言っているようだ。

 何だかムッときたモフ子は、思わず駄々をこねてしまった。

「やだ。もう歩かない」

 モフ子の言葉を正しく翻訳すると、今ので腰が抜けたのでちょっと待って、である。

 どうやら尻尾は弱点らしい。

 もっとも猫の多くがそうであるように、しつこく攻撃すれば激怒して逆効果になるのだが。ただリトルが相手なので、そういう攻撃性に火がつかないのだろう。

 さて。

「……」

 リトルの方はというと、そんなモフ子の本音なぞモロわかりだった。基本的に動物である彼は、目先の言葉には惑わされない。

「お?」

 口と尻尾を器用に使い、モフ子を自分の背中にかつぎあげてしまった。

「おお……気持ちえぇ……」

「……」

 もふもふのリトルの背中で恍惚としつつも、二度と離れぬと背中にしがみつくモフ子を確認すると、リトルはゆっくりと、町に向って歩みを進めていった。

 

 

 

 そんなこんなで数時間。町の入り口に戻ってきた。

 だが、想定外の……いや、ある意味予想通りのものが、モフ子の前に立ちふさがった。

「異世界人、モフ子だな?」

「ん?」

 兵士らしい二人組の男が、町の入り口で行く手を塞いだ。

 もう少しリトルの背中にいたかったなぁ、と思いつつも、モフ子はリトルの背中から降りた。剣呑なものを感じたからだ。

「ひとにものを尋ねる時は自分から名乗るものよ。いったい何事?」

「繰り返す。異世界人のモフ子だな?こちらはアーティファクトを使ってデータ確認している。ごまかしはきかないぞ」

「あのねえ、いきなり上から目線で何言ってんのさ」

 ぼりぼりと面倒くさそうに頭をかきつつ、モフ子は文句を言った。

「あんた、自分の身になって考えてごらんよ。無意味にいきなり、しかも無関係の人間に頭ごなしに怒鳴りつけられて、友好的な応対する人間がどこの世界にいるかってーの。

 繰り返すよ。

 ひとにものを尋ねる時は自分から名乗りなさい。

 でなきゃ、そこをどきなさい。

 こちとらエムドラ山の神殿のお仕事がすんで、それをこちらの神殿に報告に行く最中なのよ。あまりしつこく進路妨害するなら、ラーマ神殿の人間に対する反逆行為と判断するけど?」

「なに、そうなのか?」

 ラーマ神殿と聞き、男のひとりが態度を改めた。

「それはこちらも把握してなかった、いきなりで悪かったな。こちらには指名手配書と鑑定ツールしか回っていないので、逃亡者だと思ってしまったんだ」

「ああ、そういう事。でもいいの?そんなにあっさり信じて」

「本当はよくない。だが」

 そう言うと、男はモフ子とリトルを見比べた。

「褐色の乙女の噂くらいは聞いている。そしてこの雰囲気。それでだいたいの事情は読めたからな」

「通してくれるかしら?」

「もちろんだとも。さ、通るがいい」

 そうして男たちは脇にどいたが、一言だけ添えてきた。

「どうやら、上層部の誰かがお前さんを捕獲しようと躍起になっているらしい。町では兵士、駐在員、役人、ゴロツキ等に注意したほうがいい。あと、できればあまり長居はするな。できるか?」

「神殿に報告した後は、友達の安否を確認するだけだからね。それがすめば行き先がどこであれ、すぐに出て行くと思うわ。それより、そっちは上に報告するんでしょう?それ遅らせられない?」

 モフ子は何となく感じていた。男たちは『褐色の乙女』に好意的だが、おそらくは職務上の命令には逆らえないのだろうと。

 でも、好意的ならば交渉くらいはできるはずだ。

 そうしたら、もうひとりの男が口を開いた。

「本来なら、異世界人モフ子を見かけたら確保、あるいは即座に報告となっている。

 だがオレたちは今日、二日酔いで頭が回らない。神殿帰りの小娘や虎と世間話をしたが、それが手配中の人物であると気づくのはたぶん、次の担当と交替した後だろうよ」

「そ……ありがとう」

「なんの話だ?ほら、さっさと行きな。こっちも交替まで時間がないんでな」

「うん!いこ、リトル!」

「……」

 モフ子は二人に礼を言い、中に入った。

 

 

 

「おおモフ子殿。儀式の方はつつがなく終わりましたな?」

 神殿につくと開口一番、そんな感じで出迎えられた。

「よくわかるわね。無事終わったって」

「おふたりの雰囲気が違いますからな。それに昔から、無事に戻るのは儀式に成功した場合で、ただし一ヶ月程度はかかるのが褐色の乙女の試練の常でして」

「へぇ」

 ちなみにモフ子の半月と、この一ヶ月というのは暦の違いであり矛盾しない。

 メニューシステムはプレイヤー向けなのでグレゴリオ暦なのだが、ツンダークでは当然、こちらの暦が使われている。ツンダーク暦は太陰太陽暦であり、(さく)の日、つまり新月を月初めとするのも変わらない。一ヶ月は二十三から二十八日といったところであり、二十日まわれば、だいたい一月と表現する。

 そう。モフ子の頭は今もグレゴリオ暦中心で一ヶ月は三十から三十一日そこそこなので、二十日くらいだと半月ちょい、半月オーバーなどと認識してしまう。つまりズレが生じるのである。

 話を戻そう。

 試練をすると一ヶ月あまり経過するという事は……つまり、この一ヶ月のズレはリトルの神域のせいでなく、元々あの山中の時間がズレているという事になる。

 ふむふむとモフ子は興味深くその話を心にとどめた。

「おかげさまで。細かい情報とか本当にありがとうございます。助かりました」

「ほほう、これはご丁寧に。いいんですよ、それも我々の仕事の一つですからな」

 余談だが、日本式のおじぎは、ツンダークでは最上の敬意や謝意を現す事になる。日本のそれの意味を強化する形というべきか。

 軽く頭をさげるだけにしろ、ふかぶかとおじぎをするにしろ、元日本人である異世界人の多くは、頭を下げる事に抵抗がない。それどころか、礼儀として普通に頭をさげる。

 ごく普通にやっている事なのだが、それらの多くはツンダーク人にとても好意的に映る。

 小さなことだが、そういう積み重ねも居残り者への人々の好意に一役買っていた。

「それで、ひとつ聞きたいんですけど」

「もしかしたらですが……異世界人の皆様に対する、西の国政府の対応ですかな?」

「はい」

 やはり何かあったのか。モフ子は眉をしかめた。

 神殿のまわりに何故か、あの日のようにテント村があったのだ。だが今度のテント村は以前と雰囲気が違っていた。

 つまり。以前には無かった難民くささが漂っていたのだ。家財道具も一緒、という感じの。

 そして、町の入り口にいた兵士。これで何もなかったらウソだろう。

「西の国政府の名で、国内にいる全ての居残り組異世界人に招聘がかかっておりますな。目的は国家直属の要員とするためでしょう。未確認ですが、すでに犠牲者が出ているという話もありまして」

「犠牲者?」

「町で道場を開いていた武道家の方です。強制的な招聘に行くの行かないのともみ合いになり、止めようとした奥様を公務執行妨害として招聘に来ていた者が斬り殺したそうです。それで武道家の方が激昂したのですが、おそるべき力をもつ兵士たち十数名で彼を袋叩きにして、隷属の首輪をはめて連れて行ったとか」

「なんですって?その武闘家も異世界人なんでしょ?どうして」

「新住民というのをご存知ですかな?モフ子どの」

「……ああ」

 言われて思い出した。ゲームサービスの最後にアナウンスされていたという、居残りの話だ。

「でもそれって、その人たちもあたしたちと同じ異世界人って事なんじゃ?」

「身体はそうですが、心は違うようですな。異世界人由来の強い身体をもち、されど心はこの世界の人間なのだそうで」

「……」

 予想以上の厄介事に、モフ子は眉をしかめた。

「まずいわね」

「え?」

「町の中にあたしの友達がいるの。いや、もう逃げちゃったかもしれないけど」

「ふむ……いや、もしかしたら、まだいるかもしれませんよ?」

「そうなの?」

「はい」

 神官はうなずいた。

「その方はご家庭をもち、社会生活を営まれているのでしょう?

 勤め先やら交友関係やら、人間はそう簡単には動けませんし。それに、政府の動きが過激化をはじめたのは、実はここ数日の事なのですよ」

「ここ数日?」

「はい。まぁ、政府としても対応が決まっていなかった、という方が正しいのかもしれませんが」

「……そっか」

 どちらにしろ、急がなくては。

 モフ子は立ち上がった。


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