獣の国のモフ子
じわじわ復活中。
短いですが、切れ目なので。
リトルが吹き飛ばされた瞬間、何かがモフ子の中でパリンと割れた。
「!?」
急激に自分が歪んでいく、いつもの感覚だった。あっというまに自分が自分でなくなり、何か別のものになる。そのはずだった。
だが、そのわずかな時間だけ、まだできる事があった。
神気が流れ込み、変わりはじめた足を全力で踏みしめた。軽くなっていく斧を握り直し、全力で目標に向かって突撃した。
「っ────!!」
全力でユベル・カイに叩きつける寸前、相手に気づかれた。全力で鼻面に一撃食らわせるはずが、ちょっと傷を負わせただけに終わった。
だが、爬虫類の無表情にもハッキリと、驚いているのがハッキリとわかるのを確認し、モフ子は内心、ニヤリと笑った。
(ああ……変化、して、行ク……)
急速にとろけ、変型していく自分の心に、モフ子は逆らわず、流れにまかせた。
……あれ?
ここ、どこだっけ?
……あれ?
あたし、なんだっけ?えっと……あれ?
……あたし、だれ?
「おい、起きろ!」
「ひゃっ!」
いきなりおこられて、びっくりした。そっちをみた。
……ああ。カレがいる。よんでる。
そうか。あたし、たたかう。
「おい、行けるか?」
「……うん、いける」
「よし、いくぞ!」
「うん」
ああ、うん、そうだ。
カレ、つよい。あたしより、つよい。
カレ、たたかいかた、おしえてくれた。
あたし、たたかう!
『グオオオーーーーッ!』
バケモノ、ほえてる。カレ、あたし、たたかう。
「よし!」
「うん!」
その獣の心がモフ子かどうかといえば、それは間違いなくモフ子だった。何度となく繰り返された変身は意識と身体の融和性を高めていて、もはや意識を失う事はなくなった。自分以外の存在に操られなくとも、活動可能になったのだ。
だが、だからといって人間モフ子と同じく活動できるかといえば、それは無理な話だった。
なにしろ肉体的には獣人ですらない、もはや全くの異生物。ゆえに思考力は低下し、行動原理は単純化する。普段からその姿のリトルと違い、獣の脳に最適化されていないのだから、それはどうしようもない事だった。
もし何もない状態なら、彼女は巨大な猫と同じ。つまり元の獣人の姿に戻るまで、ただ怠惰に過ごしていたろう。
だが、そうさせない存在がいた。リトルだ。
リトルは、野生以下の怠惰な猫状態の彼女のケツを叩き、走らせ、働かない頭に戦いを仕込んでいった。
そもそもリトルにしてみれば、変化しようがモフ子はモフ子だった。ただ獣の姿のモフ子がアホの子なのはきちんと理解していたので、自分が普段のモフ子に教えられている戦い方を、当然の如く獣のモフ子に仕込んだ。それだけの話だった。
それは厳しいものだった。もしモフ子の意識がなかったら、変身のたびに逃げ出していたかもしれない。
だが、どう変化しようとモフ子はモフ子なので、リトルから離れはしない。太い前肢でパシパシ殴られても、軽くふっとばされても、時には後ろから首根っこに噛み付かれてマウントとられても、モフ子は非難するようにニャーと鳴きはするが、リトルには牙を剥かない。逃げてもいかない。
結果、主従がまるで反対なのだが、それなりに連携ができあがったのだった。
『グゥ……グガ、ガ、ガァ』
巨大な竜が何か言っているが、今のモフ子の頭ではさっぱり理解できない。ただ気配が変わったので、戦いはどうやらすんだらしい。
「ああ。わかった」
そして、今のモフ子には逆にリトルの言っている事がよくわかった。
「よし、さぁいくぞ。あっちだ」
「?」
「いいからこい。ほら!」
「あい……」
命じられるままに、モフ子はリトルに従って歩いて行った。
竜の化け物の部屋から出てしばらく歩くと、何か白装束の生き物がたくさんいる部屋に出た。オスもメスもたくさんいて、中には耳の長い……ウサギと思われる女もいた。
それを珍しげにモフ子は見ていたのだが、
「さ、こちらにどうぞ。この先はふたり別々ですよ?」
「……」
指し示される入り口は確かに2つあった。
「そうか、別々か。ほら行け」
「えー」
「えー、じゃねえ。ほら行け!」
「わ、わかったよぅ」
リトルに叱られ、モフ子はのろのろと入り口から入っていった。
余談。
入り口から入っていく牝獣を見守る雄獣と、そして巫女姿のウサギがいた。
「ふむ。あいつ四本足だと強くなるが、アホすぎていけねえ」
「あら、キミは彼女が人間の方がいいの?」
「よかねえな。カタチが違いすぎて交尾もうまくできねえ」
「あらストレートね」
「何かおかしいか?あいつはオレのだぞ」
「育ての親じゃないの?」
「意味がわからん。親?あいつはオレを産んだ女ではないぞ?」
「実の肉親でなきゃ禁忌なしか。なかなか業が深いわね猫」
「そうか?おまえらほどじゃないだろ、ウサギ?」
「……なんですって?」
一瞬、リトルと巫女ウサギの視線が緊張感を帯びた。
「ったく……でもまぁ、そういう事なら手はあるわよ?」
「あ?」
「わたしが、この姿のために使ってる人化の法、あなた知りたくない?」
ウサギはそう言うと懐から鉄扇を取り出し、ちゃりん、と音をたてて広げた。
「……血臭のする武器なんぞ広げるな、ウサギ」
「あらごめんなさい、これはわたしの一部だからね。大切なひとの作ってくれた宝物なの」
その使い込まれた鉄扇には、ツンダーク語で『メイナ』と記されていた。
(あとがき)
犬は力によるボスを中心とした群れを作り、猫は血族を基本とした群れを作る。しかし、ならば猫における肉親の禁忌ってどうなってるんでしょうね。遺伝的に直系が好ましくないのは本能的に避けるだろうと思うんですが。
モフ子はリトルの育ての親ですが血はつながってないわけで、リトルはモフ子を自分のものだと考えています。これは動物園などでも現実に起きている事で、イルカなどはお気に入りの異性の飼育係をめぐり、刃傷沙汰を引き起こす事すらあるといいます。




