危機そして交差(1)
ちょっと長い?
あと、あまり楽しくない部類のシリアスネタをたくさん含みます。ごめんなさい。
ネットゲームを研究する専門の社会学者が頭を悩ませる話として、ネットゲームにおける民度と治安の問題がある。
実はネトゲにおける民度とは一定ではなく、プレイ人口や料金スタイル、その時の社会情勢など、さまざまな要因が絡み合うと言われる。何が原因で荒れるのか、何がきっかけで安定化するのか。同じネトゲでも時代と時期により治安は変わる。人口の安定した末期には問題も概ね落ち着くというが、これすらも定かではないという説もあるほどだ。
正直なところ、このあたりの法則性を社会学者が確定するには、まだまだ長い時間を必要とするだろう。
ただひとつ言える事は、ツンダークは最初のテスト開始から今まで、滅多に見られないほどプレイヤー間の治安が良かったという事だ。AIの作りし世界という技術的側面が興味を集めていたからなのか、それとも他の理由があったのかはわからない。だがそれは事実。
そう。例のテイマー狩り事件を唯一の例外として。
「なんだって?シーフがやられた?」
「はい。当人いわく、隠密を見破られたうえに、連れのモンスターが森から魔物の大群を呼び寄せたとかで。当人はボロボロにやられた挙句、ホームに死に戻りだそうです」
ざわ。ギルドホームの空気がその瞬間、ざわめいた。
攻略ギルド『青い槍』。ツンダーク最大最強であり、常に一位争いに名を連ねる攻略トップグループのひとつである。
ついさっきまで、彼らは攻略についての報告や情報交換を続けていたのだ。常に最前線にいる事が誇りの彼らは研鑽を怠るという事がなく、そして常にライバルたちの動向にも目を光らせていたのだが。
最後にテイマー関係の情報を求めたところで、にわかに会議の空気は変わった。変わらざるをえなかった。
「あのベテランが新人に見破られた?いったいなんの冗談だ?」
やられた事は問題ではない。そもそもシーフは戦闘職ではない。戦えと指示はしていないが、そもそも隠密行動でスニークしている賊という時点で殺されても文句は言えないのだから。
だが、見破られた事実だけで驚くには十分だった。
「やはりテイマーか。あの子の時にそっくりだ」
「あの時以上じゃないですか?当時はこっち側のシーフだって低レベルだったわけですし」
「まずいな。これは来週の攻略前に、何とかしなくちゃならないかもしれん」
白いプレートメイル。背中にしょった巨大な矛。流れる銀髪。嫌味なほどに色白のイケメン。
そしてなぜか、時々、きら~ん、きらきらと光る歯。
ギルド『青い槍』のトップ、『ボコボコ王子』氏である。
当人いわく「残念なイケメン目指しました」という容姿は本当に美しく、そして強い。一番得意が矛のためダンジョンでは剣士に譲る事もあるが、野戦における強さは銀髪の呂布とまで言われたほど。単にスペックだけでなくリアルな足さばきや動きも堂にいったもので、本人は否定しているがリアルでも道場にかよっていた事がある、ともされる。
なのに、である。なぜかキャラデザ時に取得した「光る歯」「オスカル」というふたつのネタスキルが全てを台無しにしているのでも有名だった。
彼の白い歯には、ちょっと洒落にならない伝説がある。とある暗いダンジョンで皆が隠れ潜む中、わずかなヒカリゴケの光を反射して、きらーんと美しく輝いてしまったのだ。もちろんリアルではありえない。「光る歯」スキルの効用であろう。
で、それを見つけたモンスターの大群が押し寄せてしまい、つきあいきれんと逃げ出した皆の前でボコボコになって死に戻りしたという。そう、『ボコボコ王子』なる情けない名前は、その時のさまからついたものだ。
だがしかし、当人は妙にうれしいようで『ボコボコ王子』と自分から名乗るありさま。まぁ、トップクラスのギルドとなった今、戦績はトップじゃないのに彼がいるだけで知名度が全然違い、そのおかげで交渉がスムーズに進む事もあるというのだから、世の中わからないものだ。
「王子。ひとついいですか?」
「何かな?」
最近ギルドに加わったらしい魔術師のひとりが質問してきた。
「どうしてテイマーをそこまで問題視するんです?それだけ危険な職業って事なんで?」
「ああ、君は最近の人だっけ?」
ふむ、と王子は周囲を見渡した。
「この中で、テイマーを問題視する理由について知らない人いるかな?いたら手をあげて?……ほう、やっぱり多いな。いいよ、手降ろして」
皆が手をおろしたのを確認すると、王子は立ち上がった。
「おっけい、じゃあここで説明しておこう。でないと、どうして同じプレイヤー、しかもたかが新人ひとりをそんなに危険視するのか、それについてわかってもらえないと思うからね。
レイちゃん、悪いけど投光機オンにしてくれる?そっちのスクリーンに写して。うんそう、β時代のテイマー戦争のスクリーンショット、うん、了解」
部屋が暗くなり、壁のスクリーンに何かが映った。
「なにこれ?」
「え?」
口々に疑問の声があがった。
それはそうだろう。そこに写っていたのは、見渡すかぎり地平線まで埋め尽くす、恐ろしい数のモンスターの群れだったからだ。
「これはね、β時代に起きた戦いの記録だよ。戦ったのはウチと、あと当時から続いてる4つの攻略ギルド、それから素材提供のために、まだ生まれたばかりだった工房ギルドもひとつ参戦してくれた」
「これ全部と戦ったんですか?総数はどれくらいなんです?イベントにしても勝利条件は?」
一匹一匹は倒せないモンスターではあるまい。猛獣の類が多いようだが、犬猫やウサギのような普通の動物もいる。たまに洒落にならない大型の魔物も見えるが、数さえどうにかできれば、トップクラスのギルドなら対抗できない事はあるまい。
そう。数さえ何とかすれば。
「まず言っておくが、これはイベントではない。ただのケンカだ。それも相手も複数ではない。たったひとりのプレイヤーだよ」
え?という声が漏れた。
「あの……今なんて?」
「ひとり……たったひとりって……うそ!?」
数だけ見れば、魔王軍もかくやという途方も無い大軍団である。
これを、たったひとりのプレイヤーが率いていると?
「いや、ちょっと待ってんか」
少しなまった言葉遣いのプレイヤーが、ふるふると首をふるように反応した。
「相手がプレイヤーならケンカにならへんやん。ツンダークはPK禁止やろ?」
「その通り。だけどね、モンスターはプレイヤーじゃないんだよ。そして、モンスターに指示にしてプレイヤーを殺させる行為もPKにはならないんだこれが」
「……」
王子は皆の声が静まるのを待ち、そして静かに言った。
「ケンカの理由についてはわかっている。当時、我々の中にバカがいてね、テイマーやっていたひとりの女の子をからかったんだよ。そんな弱っちいのと何やってんだ、オレが手取り足取り教えてやるよ、みたいなロクでもない事を言ってね。それも、かなりしつこく」
「……サイテーやな」
「まったくその通りだよ。反論の余地もない。やらかした犯人には正式に警告もした。まぁ、もうツンダークから去ってしまったようだけどね。
だがあの時は当然、そんな事わからなかった。オレたちが見たのは首をすっ飛ばされた仲間と、怒り心頭の女の子とウサギだった。オレたちは意味もわからず、ただ事情を知るために彼女を確保しGMコールしたんだ。彼女の話もきかずにね」
「……」
「今にして思えばGMの判断は的確だった。女の子に対してしつこく言い寄っていた奴の台詞はちやんと記録に残っていた。不愉快だと音声をブロックした女の子に、テキストメッセージまで送りつけてたんだな。それらが全部じゃないが、ある程度記録に残っていた。正当防衛と結論を下したGMは問題なしと判断して、その場を去った。さらに死に戻りの当人は警告措置になった。
だけど、オレたちはそこでもうひとつ大きな問題がある事に気づいた」
「つまり、それがテイマーのツレのモンスターがPKの規制対象になってへんって件やろ?」
うむ、と王子は大きく首肯した。
「ちなみに、相手がテイマーと知ったのもこの時だった。テイミングの成功条件は当時も、それどころか今もってすらも謎のままでね。明らかにウサギが即死攻撃したようだから、よくボーパルバニーなんかペットにしたなって言ったら、フィールドラビットを育てたら変異したって言うじゃないか。ペットが成長して変異したなんて知らない、おまえテイマーかって話になったんだな」
「ふむ」
いつのまにか、その奇妙な訛りの少女が代表質問するようなカタチになっていた。
だが、バラバラに質問されるよりも話が早いし、実際彼女の質問は的確すぎる。おさげにメガネという古臭いスタイルから想像するに、おそらくその言葉遣いも何かのプレイなのだろう。
変わった新入りだなぁと王子は思いつつ、そのまま進めた。
「それで、なんでケンカになったん?」
「うちの連中のひとりがテイム条件について尋ねたんだな。何しろテイムについては謎だらけだったしね。PK対象にならないってやばすぎる問題があるのなら特に、情報共有は絶対必要だって判断したんだな。だが、女の子は情報提供を拒んだ」
「拒んだんか……?」
ふむ、と、おさげの質問者は少し考えこむ。そして、
「テイマー専業やったんかその子?」
「よくわかるな。なぜそう思った?」
「ただの想像や。けど、もし想像通りなら拒否するのはむしろ当たり前なんやないか?」
おさげの顔が少し、俯き加減になった。
「専業でスタートして、たったひとりで、がんばってノーヒントでテイムの方法探したんやろその子。どんな苦労したかなんて想像もできへんけど、なんぼか嬉しかったろうと思うわ。
それを吐き出せ、言われてもなぁ。ちなみに条件は何をつけたん?それなりの報酬は提示したんやろ?」
「いや、してない」
「……は?なんで?」
「当時、情報を求めた奴はオレじゃないんだが……話によると、危険情報なんだから問答無用で開示しろって詰め寄ったらしい」
「……」
「何かな?」
「それが本当なら、ウチ、ここ入ったの間違いやったかもしれん」
「手厳しいね、けど反論はしないよ。君の言うとおりだし、いくらなんでもこれは酷すぎた」
「で?その子はどうしたん?」
「そんなにテイマーの条件が知りたいのなら、自分を殺して聞き出してみろって言い切ったらしい。で、歩き去ったって」
「歩き去った?誰か止めようとは?」
「しようとしたが、回り込もうとした奴は全員即死でホーム送りになった」
「何それ。だって戦えるのはボーパルバニー一匹やろ?あんたらなら楽勝やん」
それは違う、と王子は首をふって否定した。
「ダンジョンにいるボーパルバニーってLv1かせいぜい5未満なの知ってるか?しかも基本スペックもそう高くない。
彼女が連れていたメイナってウサギはボーパルバニーとはいえ、フィールドラビットの最低レベルからじっくり育て上げた叩き上げだった。ちなみにフィールドラビットからの進化は、推測だけどLv50ないし100だって言われてる」
「……つまり、もしかしたらLv50、最悪の場合はLv100越えのウサギって事か?」
「そうだ。しかも体力は中堅戦士なみで、さらにクリティカル持ちのな」
「……ボス級やん。どんなウサギやそれ」
「ひとりでぶつかる相手ではないな。今のオレたちなら勝てるだろうが、それでも油断すれば即死しかねない」
ごくり、と喉を鳴らす音がした。
「いい機会だから覚えとくといい。これはテイマーだけじゃない。たとえば、高位モンスターの眷属になっているモンスターは低位でも信じられないほど強い事がある。そいつの庇護下で地道にレベルアップを重ねて、満を持して上位個体に進化しているためだ。まぁもっとも、当時のオレたちもそんな事知らなかったんだけどな」
「……」
沈黙があたりを包んでいた。
誰もが首をかしげ、あるいは悩んでいた。疑問があるのだが、それをどう口にしていいかわからない。そういう感じだった。
彼らの疑問は、別のひとりの言葉によって氷解する。
「GMの見解は?」
「!」
ああそれだ、という声や、ざわざわと小声で議論するような声が広まった。
「プレイヤーじゃないからPKにならない、それは確かにわかる。けど、プレイヤーと契約したモンスターならプレイヤーの一部として扱うとかさ、そういう流れになりそうなもんじゃないの?
なのに、なんでだろ?GMの見解はどうなってるんだ?」
「わからないんだ」
「え?」
「この件に関しては、制作元のジーヴァ・ソフトもその後ろにいる研究機関とやらもハッキリした返答をしていない。彼らいわく、PKや住人の権限をはじめとする要素はゲームシステム以前の基本世界設定として実装されていて、その全てを管理しているのはつまり、例のAIらしい。ツンダーク世界全体を統括しているっていう」
「それで?いや、不具合は不具合だよね?」
「それがな、AIシステム側は『それは不具合ではない』と答えたらしい」
「なんですかそれ!?」
信じられない、という反応だった。まぁ当然といえば当然である。
「オレに言われても、なんだが。とにかく当時、通称ラーマ……知ってるよな?AIの名前だが、あれ本体から運営が受け取ったっていう返答があるんだ。かなり無理言って直接見せてもらったんだけどな。まぁ、ちょっと貼り付けるからこれも見てくれ」
ピピッと音がして、モンスターの群れのスクリーンショットからテキストの文面に切り替わった。
それには、こんな事が書かれていた。
『テイマー職のモンスターがPKの対象にならない事についての返答』
返答: テイマーになる人物には特別な適性が求められる。ゆえに制限を必要としていない。
理由: テイマーは『モンスターと共に生きる者』というテーマから作成された実験的な職種であり、誰でもテイマーになれるわけではない。全てのプレイヤーはVR登録時やキャラクタ作成時にその性格や性質も把握したうえで職業の提案が行われるが、テイマーはこの中で性格的な向き、不向きを審査される。これに合格とみなされなければ最初から選択肢に出てくる事はない。
(あとから二次職として選択可能になる事もあるが、この時はモンスター側から転職または二次職取得を提示されるレアケースを除き、ステータス上の恩恵を受けるのみでテイムはできない)
詳しい条件については省くが、テイマー職の条件を満たすプレイヤーは特徴として他プレイヤーとの諍いを好まず、モンスターとのふれあいを好む者となる。無理に争えば大変なストレスになるケースも知られている。過去のVRMMORPGの記録においても、この性格の持ち主が自ら問題を起こしたケースはほとんど知られていない。これはツンダークシステム登録時の性格診断上の結論と一致している。
破られる事のない柵を設置する必要性を認めない。この理由からテイマー職にPK禁止の必要性を感じていない。
また、これはシステム上の理由になるが、テイマーとその仲間モンスターの取り扱いは、プレイヤーとは違う派閥(Faction)にテイマーを分類する事で成立している。詳しい説明はできないが、これをプレイヤーの派閥と同義に扱う事は不可能である。
以上の理由により、テイマー職に関するPKの問題は問題なしと中央制御AIは結論を下している。なお本決定は、現役テイマーによる一方的な大量PKなどの問題が発生した場合には、ふたたび再考の対象とする。
以上
「……」
文面を見た者たちの意見は様々だった。
「なんていうか……このゲーム運営しているのが人間じゃなくてAIなんだって、今実感したわ」
「そうだなぁ。なんていうか、とんでもなく違和感あるっつーか、それでいいのかって言いたくなるような」
「性格診断で決定て……言っちゃなんだけどうちら客なんだけど?バカにしてない?これ」
「いや、オレに言われてもな。それに繰り返すけど、お客様に見せる回答ではないというのを無理やり見せてもらったんだ。少なくとも運営に罪はないだろう」
「ふうむ。これ見る限り特殊な実験職って事だろ?実際、テイマーって公式Webにも出てないわけだし」
「だからってテイムモンスターがPK対象になってないって、どういうんだよそれ?」
「普通に考えれば単なるセキュリティホールだよねえ?どうなってんだか」
しばらく、様々な意見が飛び交った。
こんなのありえないだろという意見。実験というのならアリなのではないかという意見。中には激昂して、俺もうやめるわとそのままログアウトしてしまう者までいる始末だった。
「……」
それらの光景をじっと見て、聴いていた王子だったが……ある程度静まったところで再び語り出した。
「で、だ。まぁ、そのプレイヤーとの結末はさきほどの画面の通りになった。テイムモンスターっていうのはペットと同じでな、死に戻りはないらしい。壮絶な戦いになったが、結果としては手打ちに近い状態となった。つまりこっちも体力も、魔力も、アイテムすらも尽きて武器防具も全部ボロボロ。ほとんどの者が死に戻りになって、残った数名も戦える状態ではなくなった。
向こうはこっちを全滅させられたはずだが、こっちが止まったところで向こうも戦闘停止したよ。いわく、もう人前には現れない。あなたたちなんかどうでもいいが、死んでいったこの子たちの死を無駄にしないためにも、なんて言ってたな」
「うわぁ……」
最後の言葉を聞いたところで、何人かが眉をしかめた。
「自分に酔うタイプかな?」
「リアルとゲームの区別ついてないんじゃね?テイムだなんだったって所詮ゲームのしかも動物じゃん?プレイヤーは中の人がいる、つまり人間だぜ。切り分けつけろっつの」
「それはお互い様じゃね?ここでリアルの話すんなよ無粋だなオイ」
「なんだと?」
再びいろんな声があがり……そして喧々囂々(けんけんごうごう)の末、また静まった。
ある程度静かになったところで、王子も再び言葉を再開した。
「この事件以降、オレたちは他のギルドとも色々話してね。とりあえずテイマーをやろうとするプレイヤーに再考を促すようになったんだ。運営側が直さない以上、ソーシャルな手段……つまり自分らでやるしかないと思ったからね。
まぁツンダークをやめるっていう意見も当然出たんだけど、AIで構築・運営されている仮想世界なんて他にないからな。可能性に興味があって未来を見てみたいって奴とか色んな奴が中心になってさ。wikiであまり情報を出さないように、そして」
「それでもテイマーになったと思われる人には近づいて、そして転職を勧めてきた?」
「ああ、そういう事だ」
「あのう……」
新人メンバーの中で、ずっと質問しなかった黒髪ロングの眼鏡っ娘がおずおずと手をあげた。
「何かな?」
「あの。わたし、町で変なうわさ聞いたんですけど。その」
「テイマー狩りだね?」
「はい」
眼鏡っ娘の言葉に王子は大きく頷いた。
「その噂は、うちじゃないけど意図的に流してるグループがあるんだ。いくらなんでも不穏すぎるんでやめたほうがいいと忠告しているんだが、これが抑止力になって引いてくれるんなら、それでいいじゃないかってね」
「……けど、それで実際にペットを殺された人がいるって」
「いや、悪いけどそれは初耳だ。誰からそんな話聞いたの?」
「誰って言われても……噴水のとこにいたら、そんな話し声聞こえただけだし」
「噴水?はじまりの町の中央通りの噴水かな?」
「んー、よくわかんないけど……たぶん」
「そうか」
王子はフム、と少し考えこむように腕組みをした。
「噂に便乗したバカがいた可能性か。確かにないとは言い切れないな」
「あの……」
「ああごめん、話の途中だったか。で、なに?」
どうも、この眼鏡っ娘は少しおどおどと話す傾向があるようだ。さっきの娘といい、これも何かのプレイだろうか?
いやいやと疑心暗鬼になりつつも、王子は質問をなげかけた。
「それでも、その、続けるんですか?」
「……つまり、そういう二次被害が出たとしても、テイマーを志す人に再考を促すのをやめないのかって事かな?」
「はい」
少しだけ時間があった。
「そうだな、確かに再考の必要はあるかもしれないな」
王子は頷き、そして皆をもう一度見回した。
「みんな、どうだろう。今いちどここで採決をとってみないか?時間のない人はいるかい?できれば投票形式にしたいところだけど、時間がないなら挙手にしてもいいよ、どうする?」
「……」
「返事がないなら投票にさせてもらうよ。えーと、用紙を作るから少し待ってくれるかな?」
約30分後。その場にいたメンバーの投票で、以下が確認された。
とにかく当人にコンタクトをとる事。
そして状況を誠意をもって話し、そして転職を勧める事。
本人の性格が問題なさげだったら再考すべきではないか、という意見もあった。だがそれは却下された。理由は「それはAIとやらの判断と同じ間違いだと思う。ここは性善説で動くべきではない」と。
みんな悩んだ。
本当は自分たちユーザーが出張る問題ではない事。
自分たちの主張もまた、自分勝手かもしれない事。
だけど、もし何かが起きてしまったら、みんなで攻略なんかしている場合ではなくなってしまうかもしれない事。
だが「放置は危険すぎる」という意見で一致、そして決定に至ったのだった。
集会が終わり、しばらくして。
ギルドホールには、ボコボコ王子と黒髪ロングの眼鏡っ娘だけが残された。
眼鏡っ娘は見た目のイメージに反して錬金術のスキルを持っているようだった。近くで採取してきたという薬草を携帯セットでせっせと調合しているさまは初心者には見えない。いろんな意味で怪しすぎた。
だから王子は、その疑問をそのまんま言ってみた。
「えっと、ほむらぶ君だっけ?君はどう思ったかな?」
「……」
眼鏡っ娘は動きを止めなかった。ただ背中を向けたまま、ぼそっと告げた。
「やっと気づいてくれたのね。そのまま最後までボケられたらどうしようかと思っちゃった」
「いやいやちょっと待って、君男性だよね?なんでその声なの?」
どこぞの声優じみた可愛い声に、改めてためいきをついた。
「もちろんロールプレイよ。大切な存在の姿を借りるんだもの、声も、しぐさもそれっぽくしないと冒涜というものでしょう?」
「オレに同意を求めないでほしいんだが……」
眼鏡っ娘は束ねていた髪をほどき、眼鏡を外した。そして携帯セットをしまい込むと、作業していたテーブルに腰をひっかけ、脚を綺麗にそろえて座った。
「なぁに?似合ってるかしら?」
「いや。そのポーズをリアルでどうやって練習したのか今、想像してしまって……」
「あなたね。湖を行く白鳥が水面下でしてる苦労なんて、いちいち想像するのは無粋というものよ」
口調まで何やらアニメの女の子のようだが、これ以上突っ込む無意味さは王子もよく理解していた。
「そんな事より、わたしに聞きたい事があるんじゃないの?そう思ってわざわざ残ったんだけど?」
ちなみにだが、ほむらぶ本来のアバターはもちろん男性である。これはセカンドキャラで、お遊び半分で作った錬金術師である。まぁ、凝り性でゲーマーの当人の性格を象徴するかのように、錬金術技能単体でならきちんとカンストしているのはご愛嬌である。
なお、本人は見事な変装のつもりだが周囲にまるわかりなのはここだけの話。なぜか?彼が愛してやまないアニメキャラによく似た姿だからだ。むしろ親しい者ならわからぬはずがない。優秀なのか阿呆なのかよくわからないとは彼の事であろう。
「テイマーの件だけど、君はどう思う?」
王子はほむらぶ本体の職種を知っている。狩人だ。狩人もまた盗賊同様に隠密のエキスパートであるし、その特技を生かして彼が取引する獲物には『情報』も含まれる。
そんなほむらぶは一言、こう言った。
「どう思うも何もテイマーでしょ。自分の結論を確認したいわけ?」
「そうか……」
王子はじっと考えこみ、
「君はオレたちの選択をどう思う?それを確認するために潜入したんだろ?」
「どうって……そうね。あなたの方針がそのまま通るなら、別に問題ないわ」
「ふむ」
少しだけ王子は頷きかけて、そして「ん?」と眉をしかめた。
「それはどういう意味だい?そのまま通らない可能性があるって事?」
「ええ。あまり考えたくない事態なんだけど、遅すぎた恐れがあると思う」
「そのココロは?」
「おさげ・眼鏡・関西弁の子がいたでしょう?あれ、あなたが危惧してた急進派のセカンドだと思う」
「……ちなみに、なんでわかるか聞いていい?」
「わたしの記憶違いじゃなきゃ、あれ20世紀の終わり頃に流行ったエロゲの委員長キャラだと思うのね。あのギルドの情報屋ってその年代のはずだし。まぁ内容まではさすがに知らないけど」
「いや、それがわかる君は何者だよ」
やれやれと王子は頭をふった。
「まぁいい、ありがとう助かった。急ぐように追加指示を出すよ」
「いえいえ」
そう言うと、ほむらぶは口にポイッと丸薬を放り込んだ。
「ん?今のはなに?」
「透明薬。ほら」
たちまち、ほむらぶの姿が霞んで消えだした。
「これは……」
「レシピは公開予定だけど、カンストしてないと作れないと思う。欲しかったら連絡してね、それじゃ」
言い終わる頃にはほむらぶの姿は消えて、やがてコンパスからも消えてしまった。
「……いやいや悩んでる場合じゃないぞ、すぐ緊急連絡だ!」
そういって王子は、ぱちんと頬を叩いた。
だが彼らはほむらぶの危惧通り、少しばかり遅すぎた。
ボコボコ王子の危惧した先走りっぽい集団が、彼らより先にサトルたちに接触してしまったのである。