戦いの門(2)
遅れました。
戦闘開始となったが、ユベル・カイは襲い掛かってくる様子はなかった。
気配はバリバリにある。だがモフ子はなぜか『あ、これは来ないな』となかば本能的に気づいてしまった。だからモフ子は油断こそしていないものの、こっそりと緊張は解いていた。
「……」
『……』
しばらく両者はソレっぽく対峙していたが、やがてユベル・カイの方が『やれやれ』とためいきをついた。
『少々気配を盛り上げたくらいではひっかからぬか。さすがにいい目をしている』
「バレましたか」
『あたりまえだろう』
ユベル・カイは目を細めて苦笑した。
『おまえはもちろんだが、小僧もひっかからんとはな。よくぞ、そこまで育て上げたものだ』
「あたしと組む以上、最低でも人間のあたし以上に育てるのは当然でしょ?」
小僧とはリトルの事らしい。まぁドラゴンの歳からすればリトルは当然お子様だろうが。
『ふむ。それはまぁ理屈としては正しいが、おまえを人間の基準にするのはいささかどうかと思うがな?』
「なんで?猫科のハンターなら見敵必殺は当然でしょう?」
『確かにな。さて、それではどうしたものかな?』
そんな言葉を話していた次の瞬間、
「!?」
突如としてユベル・カイの右の口が開き、そこから激しく炎が吹き出した。
◇ ◇ ◇
いくら高評価とはいえ、半獣の小娘に十歳そこそこのサーベルタイガーである。いくら神獣要素が入っているといっても両者とも子供であり、自分の敵ではない……ユベル・カイはそう考えていた。ついさっきまで。
ユベル・カイの吐き出した炎を二人は瞬時に避けた。ここまでは計算通りだったが、
(速い!?)
二人は、ありえない速さでいきなり左右にパッと分かれたのだ。
(これは……)
ただちに追撃を開始。雷をまとった爪を振り回し、追い込みにかかった。
彼我のサイズがここまで違うと、当然だが攻撃力そのものは大きい方が有利だ。一撃当たっただけでも殺しかねないが、なに、このフィールドにいる限り死にはしないのだから問題ない。
だが、相手が素早いとそうはいかない。人間でいえば、飛び回る蝿を手で捕らえるようなものになってくるからだ。
(ほほう。大したものだ!)
小僧の方はともかく、まさかモフ子までその素早さで動くとは。
あの手この手で追い詰め、捕えようとするが、実に巧みに逃げられる。そして逃げた先から攻撃してくる。一発一発の攻撃力が小さいのが残念だが、手数の多さと自分自身が喰らわない巧みさは見事なものだ。小さな羽虫が巧妙に手の間をすり抜けるように、しかも一人と一頭が連携しつつ、絶妙のタイミングでこちらの注意を奪い、攻撃を加え、そして去っていく。
(……これは予想以上かな?)
人と虎。全く構造と概念の違う形なのに、それをとことん有効活用した戦術だった。
(この!……ぬう、そう来たか!ならばこうだ!)
次第にユベル・カイも手加減を忘れ、なかば全力で彼らの迎撃にあたり始めた。
打ち下ろす爪をぎりぎりで回避する。さらにその回避先に攻撃しようとすると、脇から出てきた相方がその妨害をする。それをさらに叩こうとすると、回避したはずのもう片方が手を出してくる。
(連携の練度が素晴らしいな)
愚直なまでに繰り返し、繰り返し染みつけた連携なのだろう。
つい先日まで戦っていた異世界人たちもなかなかのものだったが、それとはまるで異質。たった二体ゆえに数の多いパーティのような小細工が効かず、しかしその問題点すらもあざ笑うかのような高速連携。
「くっ!」
『ほう!』
「っくぅーっ!わかっちゃいるけど全然きかないし!」
『ふふふ。ところで攻撃力の方はどうだ?動きはよいが、今のままでは先に体力が尽きてしまうだろう?』
「確かに……うん!」
指摘してやると、モフ子はピタリと動きを止めた。
そして。
(ほほう)
モフ子が魔法を使い、小僧に強化をかけたまでは良かった。そこまでは普通だった。
だが驚いた事に、小僧の側からも同じ魔法が発せられ、モフ子に強化がかかったのだ。
『獣魔法か?それは珍しいな』
わずか十歳そこそこのサーベルタイガーに強化魔術を習得させ、あまつさえ、それを仲間にかけさせるとは!
「いくよっ!」
(!)
そして、今度は先ほどの速さそのままに、力強い猛攻となった。
「てい!たぁ!ぬぁ!」
『ほうほう、これは強いな。もはや人の打撃とは……むっ!』
「ガウッ!」
『時間差か!?』
強さだけでなくバリエーションも変えてきた。
どうやら、強さが変化する事で反射やその他が変わる事も織り込まれているようだ。パターンの豊かさにユベル・カイは内心、舌を巻いた。
派手な必殺技のひとつもない、見てくれは地味で、地味で、地味すぎる戦闘。だがその実は変幻自在で、攻めようとすれば躱され、遮られ、避けようとすれば止められ、攻められていく。確実で安定しきった、盤石の連携。
しかも、ろくな合図の送り合いもせずにそれをやっている。つまりそれは、その変幻自在の戦闘の全てが、彼らの日常そのものという事か。
たったふたり、半獣女と虎だけの旅路の中で、どうしてここまで鍛え上げたものか。
(実に興味深いが……これはあくまで彼女主体のものだ)
それはユベル・カイが本来やるべき試験の本題ではない。本試験の真髄はあくまで、小僧側を中心としたもので評価せねばならない。
『よし。ではそろそろ見せてもらうぞ。おまえたちの本気を』
「!?」
ユベル・カイはただそれだけを宣言すると、一瞬だけ全力を出した。……小僧のみに向けて。
「ギニャッ!!」
「!?」
あっさりと一撃で吹き飛ばされた小僧が壁に激突し、崩れ落ちた。行動不能にはなってないはずだが、モフ子の獣化を引き起こすには充分なダメージのはずだ。そして、獣化した彼女の戦闘力は爆発的に上昇する。
だが獣化すれば司令塔としては機能しなくなる。
(さて、どうする斥候へ……何!?)
変身中のはずのモフ子に目を向けたユベル・カイの眼前にあったのは、怒りの形相で斧を叩きつけてくるモフ子だった。
(なんだと!?)
思わず回避したが、鼻先に斧がかすめた。
『!』
しかも、はじめてダメージが出た。わずかに出血する。
『まさか……まさか変身しながらも攻撃してくるのか!?』
着地したモフ子の身体が急速に獣形態に変わっていくのを見て、ユベル・カイは思わず戦慄した。
過去にも獣化するタイプの引率者はいた。だが、いくらなんでも変身中すらも自ら攻撃してくる者はいなかった。
そもそも、身体が変化中だというのに自在に動けるものなのか?
いや、そればかりか。
「がぁぁぁぁっ!」
「ガウっ!」
変身が終わったかと思うと、今度は小僧の方から叫びが上がった。なにごとかと思えば、
(何……まさかこれは!)
動きが変わった。
いや、モフ子が獣に変わったのだから変わるのは当然なのだが、変わり方が違う。
そう。
(信じられん。獣形態でも連携を……いやこれはまさか)
それはつまり。
(小僧が司令塔になって、連携維持だと!?馬鹿な!)
信じられない光景に、ユベル・カイは思わずフリーズしそうになってしまった。
無理もない。
サーベルタイガーというのは単独で狩猟する生き物であり、基本的に連携という概念はない。だが知能は高いわけで、実際、だからこそ人間であるモフ子とコンビを組み生活し、あまつさえ連携も可能なわけだが。
だが、戦闘指揮者であるはずのモフ子が獣化したというのに、代役で連携を維持するなどと?
これは、言葉にするほど簡単な事ではない。
まず、人プラス獣でなく獣二頭になる事。この違いは小さくない。
そして、獣化したモフ子に人間状態での知恵が望めない事。この反動は大きいもので、はっきりいって獣化状態のモフ子の精神は野獣そのもののはず。他者との連動などありえない。
にも関わらず、二頭で完全無欠に連携をとっていた。
そればかりか。
『その状況で強化魔法だと!?』
ユベル・カイの動きが遅くなったと見たのだろう。一瞬立ち止まったかと思うと、お互いに強化魔法をかけた。
そして、
「ガァァァァァァァ!」
「がぁっ!」
わかる言葉に直せば「いくぜ!」「いくわよ!」とでも言っているのだろうか?
次の瞬間、ユベル・カイはとんでもない猛攻にさらされる事になった。
結局。
いい一発を食らいまくったユベル・カイが「うむ、これなら満点どころかノマをつけてやってもよい」と大満足でオーケーを出したのは、二分後ほどだった。
『よしよし、そのまま次に行くがよい。出口は向こうだぞ』
「ガウ」
モフ子が獣形態だと小僧の方が話を聞く、というのも常態化しているらしい。もう戦闘は終わりと見たのか、まったりと座り込もうとしたモフ子に「ガウ」と一声命じると、あーもーわかったよーと言わんばかりの態度で牝獣も立ち上がった。きちんと関係もできているらしい。
(サーベルタイガーは基本、血族で群れを作るはず……すると二頭の関係は)
仲良く部屋を出て行く二頭をみればまぁ、言うまでもないのだが。
『きちんと関係もできており、連携も完成済みか。なるほど、後の試験は要らぬとあの方がおっしゃるわけだな』
フフフと満足そうにつぶやくユベル・カイ。
部屋はただ、静寂だけがあった。
ノマをつける: ノマは花の名で、お祝いなどに使う。転じて、ハナマルをつけるの意味。




