戦いの門(1)
やっと熱がさがった……で、書き終わってまたベッドに逆戻りです……。
やっとの事で、モフ子とリトルは登山口に到達した。
「あー、なんか古語で書いてあるね。登山口ってこれでいいのかな?」
神殿で写させてもらった古語のメモとひきあわせて、フムフムと頷く。
「問題ないみたいだね。入ろっか」
「ニャ」
そんな会話を交わすと、ふたりは中に入っていった。
馬車でも通れそうな太い道だった。周囲ものどかで、これから厳しい試練に向かっていく道だとはとても思えない。
ちなみに余談だが、この『古語』もプレイヤーの間にはほとんど知られていなかった。wikiにも『古代文字。詳細不明』としか書かれていない。調査していたプレイヤーの中にはメニュー解除していた者もいただろうに、この手の詳細は共有されてなかった。
実のところ、古語といっても文字は一種類ではない。現在のツンダーク語は第六期公用語と呼ばれているが、六期という事はもっと古いものもあるわけだ。いわゆる旧帝国語もそうだし、ここの神殿に使われている文字は第一期……すなわち、現在知られている古代文字の中で最も古いものが使われているのだそうだ。
とはいえ。この二人にとっては古代文字がうんぬん等どうでもいい事だろう。平和な山道風景にモフ子は表情までのんびりしてきているし、危険がない事がわかるのか、リトルもヒラヒラと飛ぶ蝶を目で追いかけたりしている。
そんな時だった。唐突にモフ子たちの脳裏に声が響き渡ったのは。
『よくぞ来たな。挑戦者よ』
「!?」
『我はこの奥で待っている。さぁ、来るがよい』
「いや、来るがよいって……」
激しく嫌な予感がした。
モフ子はこの脳裏に響き渡る声に覚えがあった。ずーっと昔、まだ『ディーテ』だった頃にその声を聞いた覚えがあった。
それが誰かは、あいにく覚えていない。だが、それが神種や神獣種の発する思念である事も今のモフ子は知っていた。
ディーテ時代に遭遇済みの、しかも規格外の化け物?
「……まさか」
行きたくない。絶対にやばい相手だった。
でも、行かないわけにはいかない。
「リトル……いくよ。でも油断しないで」
「ガウ」
つい先ほどまでの平和な空気が嘘のように、緊張の面持ちで二人は進んでいった。
少し進むと目の前に鳥居のようなものがあった。もちろん日本の鳥居ではないが、その役割はおそらく同じようなものだろう。
その鳥居もどきをくぐった瞬間、
「!?」
ふたりは全く知らない場所に突如として移されていた。
……いや、厳密には、
「ちょっ……ここってまさか……やっぱり」
『ほう?ここがどこか知っているのか?』
聞こえてきた声に、モフ子は内心、冷や汗が流れる思いだった。
「うわぁ……マジで?ほんとに?」
嫌だなぁ、見たくないなぁという顔をしながら、その声の主がいるはずの方を見た。
そして。
「……伝説古代竜」
『ほう?』
そこにいたのは、とんでもなく巨大なドラゴンだった。
厳密にいうと、それはドラゴンというよりヒドラであろうか。3つの巨大な首を持つドラゴンの姿は、見る者に何よりも破壊と暴力を象徴させる。しかもその恐ろしげな容姿で、おまけに、どっかりと座り込んだ状態ですら、頭までの高さは優に30メートル以上あった。
伝説古代竜。つい昨日まで『メインクエスト』のラスボスだったはずの存在。それがなぜか、そこにいた。
『おまえは異世界人か。ふむ?しかし……どれ、ちょっと見せてみよ』
「え、え?……っ!?」
いきなり巨大な頭のひとつが近づいてきたかと思うと、その巨大な瞳にじっと見つめられた。
その瞬間、モフ子の意識はブレて吹き飛ばされた。
「……ぁ……?」
気がつくと、リトルのぬくもりの中だった。どうやらリトルがベッドになってくれていたらしい。
『すまないな、強すぎたようだ』
「……あー」
どうやら、場所は変わらないようだった。目の前にはやはり伝説古代竜がいた。
『どうも状況が掴めないのでな、少し記憶を見せてもらおうとしたのだが……悪かった。あやうく、おまえの人格を破壊してしまうところだった』
「勘弁してよ……もう」
モフ子の口から、思わず本音が漏れた。
『まぁ、まずは自己紹介しよう。我の本当の名はユベル・カイ。古い言葉で、力を確かめる者という意味だ。伝説古代竜というのはまぁ、言わずともわかると思うが、おまえの語彙でわかりやすくいえば、接待用のアルバイト上の名前といったところか』
「なるほど。とてもわかりやすいです」
わかりやすすぎて俗っぽいです、とまでは、さすがのモフ子も言えなかったが。
『だが、おかげで状況は掴めたぞ。久しいな斥候兵?まさかこんな形で再会するとは思わなかったぞ?』
「え?」
予想外の言葉に、モフ子は思わず顔をあげた。
「覚えて……るんですか?」
『おまえのようなタイプの戦士は、まず忘れぬよ』
ユベル・カイは、まるで友人のようにモフ子に語りかけてきた。
『突出した強さも何もなく、ただ気配を殺す事と行動の巧みさだけを武器に、あのダンジョンを自在に徘徊していた。その器用さ、用心深さ、そして大胆不敵さ。実に素晴らしいではないか。
戦いを挑んできた戦士は多かれど、たったひとりという者はそう多くはない。
ましてや、あのような限られた力でとなると……な』
「でも、あたしは一度も直接戦ってませんよ?」
『それはそうだろう、直接戦うのは斥候の役目ではないからな。
だが、おまえとて、途中で出会った伏兵をやむなく自力で倒しておるではないか。あれだって本来、斥候兵ひとりで相手するようなものではないぞ?』
「あー……あの隠密殺しですか。毎回苦労させられましたよアレは」
『いかにも。一人こそこそ逃げ出すような者や、単独で後方に戻ろうとする斥候兵を潰すためのものだからな。……おまえを止めるには少々力不足だったようだが』
「いやいやいやいや、とんでもないですが!毎回毎回、本当に」
『大変といいつつ、それでも何とかすんでいたのはおまえだけなのだよ。おまえ以前もおまえ以降も、あれを無事切り抜けた斥候も隠密もおらぬ』
「へ?そうなんですか?」
『うむ』
モフ子はかつてのディーテ時代、いくつも攻略チームを手伝って斥候兵をやっている。最初はもちろん当時の所属チームと共にだが、後にそのチームと仲の良かった合同チームに斥候職がいないので請われて一回限定で参加など。ラストダンジョンからアイテムと情報もって単独帰還できるという実績まで作ってしまったため、実に都合十六回もラストダンジョンを単独行動する羽目になった。
ちなみにモフ子は知らなかったが、これは全プレイヤー最高記録である。メインクエストを単独踏破した勇者ですら、こんな回数の生還記録は持っていない。もちろん死に戻りの記録なら一桁違うのがいくらでもいるが。
『さて。懐かしい再会もよいが、そろそろ本題に戻ろうか。
引率者が神職でない場合は神獣の儀そのものについて、まず説明する事になっているのでな。まず、そこからいこう』
「あ、はい。助かります」
うむ、とユベル・カイはうなずくと、話を続けた。
『神獣の儀というのは大きく3つに分かれており、その一つが力の儀であり、我がその担当となっておる。おまえたちの目標はただひとつ、我が満足するような攻撃をあててみせよ。ただそれだけだな』
「当ててみせる、ですか?」
『もちろん、我を倒してもよいが……さすがにこちらは本業なのでな。お客人むけの接待と違って手抜きはできぬぞ』
「全力で遠慮します」
『うむ。賢明だ』
モフ子は直接戦ってはいないが、戦いを隠れて見ていた事はある。
あの戦いをリトルと二人だけでやるってだけでも無理ゲーなのに、あれを手抜きと言われたら。命がいくつあっても足りないだろう。
『力の儀が終わったら、次は心の儀だ。これは両者別々におそらく、夢を見るような感じになるだろう』
「夢を見る?」
『そうだ。おそらくは過去の情景を見る事になる』
「目標みたいなものはあるんですか?」
『ない。これはどういうコンビかによるのだが、おまえたちの場合は、単に見るだけでいいそうだ』
「……」
『そして最後はこの山の山頂だ。そこで正式に神獣の儀が行われ、それで儀式は全て完了となる』
「すみません、ひとつ質問」
『何だ?』
手をあげたモフ子に、ユベル・カイは少し首をかしげた。
「力の儀はともかく、他の儀式に試験的要素がない件について聞きたいんだけど?」
『ん?言いたい事がよくわからぬが……ああそうか、おまえは神獣の儀を、何かの試験のように考えているのだな?』
「え?違うの?」
『どうしてそこに至ったのか、経緯を思うに興味深い質問ではあるが……まぁ結論からいうと違うな』
ユベル・カイはモフ子の問いに簡潔に答えた。
『神獣の儀は一種の通過儀礼にすぎない。あえて言えば、おまえは神獣となるべき仔をここまで導いてきたわけだが、そこに至る年月と行動の全てが試験と言い換えてもいいだろう。つまり現時点でおまえたちは合格という事だな。
それでもあえて力を示させるのは最終確認のようなものと思えばいい。夢を見せるのもな。そもそも不適合者なら、ここに至る以前に悪い運命に追いつかれ、脱落しているだろうからな』
「そうなの?そんなものでいいの?」
『ふむ、あいかわらず謙虚な娘よな。仲間の栄誉のために身を削って斥候兵をしていた頃と、基本的に何も変わっておらぬか』
「え?あたしはそんな、いいものじゃないですよ?」
『ふむ?そもそも贖罪の結果が今なのに、かね?』
「……はい」
モフ子が今の運命に巡りあったのは、ペット殺しなんかに加担し、過激派と呼ばれるほどに駆け回っていたためだ。
そう。
本来自分は、神獣の儀なんてきれいな場所に居ていいような女ではないのだと、そうモフ子は思った。
『なるほど、そういう経緯があるのは知っている。だが、おまえはその後の自分の行動を評価した事があるかね?』
「え?」
思いがけない言葉に、今度はモフ子の方が首をかしげた。
『なるほど。おまえは大した事ではないと思っていたのかもしれないな……。よい。ならば、ここで少しだけ見せてやろう。記録に残っている限りの事だが』
そんな声が聞こえたかと思うと、モフ子たちの視界は一瞬で暗転した。
『見えておるか?十年ほど時間をさかのぼっておるが』
「これは……あー、覚えてる覚えてる、モフモフの村じゃん」
『正しくはネコット村という。うまくコミュニケーションがとれなかったようだな』
見知らぬ大陸に吹き飛ばされたモフ子たちが、現在地もわからず放浪してた頃に出会ったコボルトらしき種族の村。
「言葉わかんなかったしねえ。あー、リトルが仲立ちしてくれて、ニュアンスとかは微妙に何とかなったんだけど。
そういや、わんこなのにネコネコ言うから変な子たちだなって思ったけど?」
『ネコではなく、ネ・コットだな。第一期共通語の方言だろう。狼の村、あるいは狼の集落。そういう意味になる。まぁコボルト族は村に名前をつけないから、彼らの村といえば全部ネコット村なのだがな』
「あら、普通の名前だったんだ……。おぉ、ごめんねモフモフちゃんたち。お姉ちゃんが悪かったよぅ orz」
『ちなみに、おまえと話してたコボルト族は全員、おまえより年上なのだが』
「うそ!?」
懐かしさがモフ子の中にこみあげてきた。
「なんか、村が化け物に襲われてる時にあたしたちが遭遇してさ。ごはんにしようって倒したら、見たこともないモフモフがいっぱい集まってきてビックリしたよぉもう」
ちなみにこの時に撮ったスクリーンショットは、ちゃんと掲示板にも書き込んだ。が、事故でふっとばされちゃって現在地がわかりませんというモフ子の発言から半信半疑となり、結局、フロンティア攻略をしていたプレイヤーがコボルト族の存在を確認した二年後まで、都市伝説的情報として扱われる結果となった。
で、この時に偽画像作成乙とか散々叩かれたモフ子は以降、たとえきちんと情報が揃っても決してデータをアップしなくなったのだが……まぁ、それはまた別の話。
『おまえたちはこの時、コボルト族の頼みをきいて周囲の危険なモンスターを一掃しているだろう。ペット殺しを問題というのなら、これはその逆、つまり善行のうちに入らないのかね?』
「いや、あれは単に行き掛けの駄賃ってやつで。なんか可愛いモフモフが困ってるっぽかったから、アレ倒して、オッケーって倒したってだけの話で」
『そうか?では、そういう事にしておこうか』
ユベル・カイの声は、なんだか楽しそうだった。
そして次の瞬間、モフ子たちの視界は元の場所に戻った。
『ネコット村の件はほんの氷山の一角にすぎない。
おまえたちはその何年もの旅路の間、色々な場所で色々な者たちの役に立ってきた。それらの善行……まぁ、おまえの基準でいえば小さな親切にすぎなかったのかもしれないが、それらだって立派に評価のうちなのだよ。』
「……」
『納得しきれておらんか。まぁいい』
そう言ったかと思うと、ユベル・カイの発する気配が変わった。落ち着いた優しげなものから、鋭く厳しいものに。
「!」
モフ子もリトルも、それには瞬時に反応した。
『うむ。では、とりあえず始めようか。準備はよいか、ふたりとも』
「いつでもいけるよ。リトルは?」
「ガウ」
「おっけー!」
『よし。では始めようか』
巨大な竜の身体がその瞬間、薄闇の中でゆるりと動いた。
???「モフ子よ、本当にみていたよ。きみのすばらしい、戦いを!」
あのセリフ大好きなんですよねえ。心震えたのを今も覚えています。




