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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
87/106

試練の山

 エムドラ山。ツンダーク人たちには神の山として信仰される山である。

 この山は神獣の神事が行われるが、その事はプレイヤーには知られていなかった。wikiにも『西の国の首都近郊にある山で、地元の信仰の対象になっている。絶対に強引に突破するなかれ』としか書かれていない。そしてクエストも設定されておらず、入山しようとしても警告される。かりに無視して侵入しようとすると、急速にライフが奪われて死に戻りになってしまう。

 だが、そんな山にもかかわらず、エムドラ山は一度、プレイヤーの攻略祭りの対象になった事がある。強引に突破を試みたプレイヤーが死の間際に、中に神殿らしきものがある事、中に巫女さんもいた事を画面ショットつきで掲示板に流したのだ。たちまちのうちに、この手の解析好きなプレイヤーが集まってきて、二週間ほど、この山のまわりはプレイヤーであふれた。

 だが結局、神殿がある以上の事は何もわからなかった。

 しかもこの時、いわゆる『エムドラの裁き』と呼ばれる事件が起きてしまった。

 概要だけを簡単にいうと、地元の神官らしきNPCが普通に中に入っていくのを見ていたとあるプレイヤーが、彼らの神官装備によりダメージを免れているのではと考えた。そして結界から出てきた神官を殺害し、その装備を奪うという暴挙に出たのだ。

 しかしこの行動は、おそるべき結末になったのだが……まぁ今はいいだろう。とにかくその後、エムドラ山に見向きするプレイヤーはいなくなり、今に至る。

 さて。そんなエムドラ山の道なのだが、

「……モンスターが全然いないねえ」

 おかしな話だった。

 確か情報によると、ナルナルという変な名前の雑魚モンスターが大量に湧いていて、お山に向かおうとする関係者以外を襲うという事だった。当然、モフ子たちは襲われないにしても、その姿を見る事くらいはあると思っていたのだが。

 だが、その気配すらない。

 代わりにたくさんいるのが野生動物だ。鹿やらウサギやら、草食動物がやたらに多い。しかもエムドラ山に近づくほどに増えていく。

「もしかして、ナルナルとかってモンスターもサービスの一環だったのかな?」

 思えば、神の山に近いのにモンスター、それも同一種が大量に沸きまくるなんて不自然ではないか?まるで、西の国にきたプレイヤーに手頃な稼ぎ場を提供するかのようではないか?

 それに。

「やっぱり地元の人情報は強いなぁ。昔はナルナルなんて見なかったって言ってたもんね」

 多少はモフ子もこの結果を予測していたらしい。

 ナルナルとやらがゲーム用モンスターならば、サービスが終わった今、消えたのはむしろ当然だろう。

 さて。

「おおー。凄い鹿だねえ」

 時おり、やたらと巨大な鹿がいる。

 日本、それも本州にいると気づかない事が多いが、鹿は本来かなり大型の動物だ。

 今でも、育ちきったオスのエゾシカは国産の大型四輪駆動車と出会い頭に衝突、これを廃車にさせてしまうほどの大きな身体を持っているが、今モフ子が見ている鹿たちは、そのエゾシカ種よりははるかに大きい。あえて日本の鹿にたとえるなら、新潟や長野あたりで発掘された氷河期以前の鹿のサイズに匹敵するかそれ以上だろう。肩までの高さでも三メートルにも達する、堂々の巨大鹿だ。

 そんな鹿が、ところどころにいる。どうやら彼らが一種のガイド役になり、たくさんの動物たちが、プレイヤーなき野原に戻ってきているようだ。

「ふむふむ……ってリトル?もしかしてアレ食べたいの?」

「……」

 リトルが鳴かなくなった。戦闘態勢に入ったようだ。

 んん、とモフ子は少し悩んだが、一応警告する事にした。

「あのデカいのは普通の鹿じゃないと思うよ?神域のかも。手を出したらまずいんじゃないかなぁ?」

 普段なら平気で狩ったかもしれないが、今は儀式の前だ。うかつな事はできないだろう。

 リトルはモフ子の言葉を理解してはいない。だが禁止とかお預け、遊ぼう程度のニュアンスはちゃんと伝わるのが経験上わかっている。

 モフ子だって、もしリトルがなんの意思も通じない獣だったら、何年も大陸奥地をさまようなんて無理だったろう。彼らは種を越えた相棒であり、共に手を組んで駆け抜けてきたのだから。

 そんなリトルだったが。

「グウ」

「へ?あんたわかってるの?わかってて、それでもなお食べたいの?……うーん」

 モフ子は少し悩みつつ周囲を見ていたが、

「わかった、じゃあ、あのちょっと間抜けそうな子にしなさい」

 何があったのか知らないけど、少し足を痛めているらしい個体に目をつけた。

「ニャー」

 リトルは小さく鳴くと、その巨体からは信じられないような完全無音で、ゆっくりと進んでいった。

 

 

 そして数分後。

「はいはい、あんたそれ食べてなさい。あたしは保存食料作るからね」

 生活魔法は本当に便利だとモフ子は思う。

 これほどの大型獣の解体をひとりでやるなんて、リアルなら、たとえ経験があったとしても気が遠くなるだろう。なのにツンダークでは生活魔法で皮が剥げるし、なめしも容易だ。さらにアイテムボックスに大型のフックと手製の吊り下げ台を入れてあるので、それを使えば血抜きも簡単。まぁ、さすがにこのクラスだと魔力を食いまくってしまい、モフ子では一発で青色吐息ではあるが。

 リトルもモフ子に文句ひとつ言わず、もらった脚などの部位を食べている。もとより一度に食べきれる量ではないし、モフ子がやっているのが保存用の作業である事も知っているからだ。

 そして。膨大な血の臭いに惹かれてやってくる、有象無象の生き物たち。

「うげ。血虫まで来た」

 残念ながら、モフ子には血を全くこぼさずに解体なんて無理だ。そういう特技をもつ人たちがいれば教わりたいのだけど、あいにくモフ子はまだ出会っていない。

 ちなみに来るのは虫だけではない。

 リトルがいるおかげで小型の肉食動物などはやってこないが、おこぼれ目当ての小動物はやってくる。たとえばザールネズミ。ザールとは荒野の事で、人里でなく野原に穴を掘り、なんでも食べて暮らしている小さなネズミ。今もそうで、リトルがこぼした細切れやなんかを、リトルを刺激しないよう上手に失敬して食べている。器用なものだ。

 ところが、今日はまたずいぶんと珍しい客が混じっていた。

 小人。それも、北欧あたりのファンタジーな物語に出てきそうな、肩に乗りそうな小さな小人だ。

 おそらく貫頭衣の類と思われる簡素な服を着て腰のあたりで縛ってある。乱雑に見えるがベルトの造作などは緻密なもので、おそらく生活レベルは高い。服装がシンプルなのは文化的なものなのかもしれない。

「おやおや。これは珍しいお客さんだなぁ」

「……いや、珍しいのはあんたの方でしょ。とりあえず、こんにちはでいいのかしら?」

「これはご丁寧に。いやいや珍しいのは君の方さ。見たところ、これからお山にいくんだろ?なのにどうして狩りなんてしてるのさ?」

「あたしに聞かれてもね。うちの子が食べたいっていうから」

「それを止めない時点でキミも大概じゃないのかい?普通はそこで止めると思うけど?」

「む……もしかして、殺しちゃまずかった?やっぱり」

「ああ、すごくまずいね。普通なら」

「普通なら?」

 小人はモフ子の言葉に、大きく頷いた。

「普通なら神域の動物殺したって時点でまずいよ。そいつらは殺した動物に変えられて、同じ罪人に殺されるまでさまようのさ」

「……そうなの?」

 状況を想像したモフ子が眉をしかめた。

 そんなモフ子を見た小人は少し不思議そうな顔をしたが、さらに続けた。

「だけどキミは問題ないみたいだね。そもそも半分こっちの住人だし」

「へ?どういう事?」

「気づいてないの?」

「は?えーと……って、ひゃあっ!」

 突然に尻尾をなでられて、モフ子がとびあがった。

「な、ななななな、何すんの!」

「あはははは、悪いな!ちょっと確認したかったからな!」

 いつのまにかモフ子の後ろにも小人がいた。

「か、確認?」

「おう。これ神獣の尻尾だよな!すげえのつけてんなおまえ!」

「……へ?」

 言われた言葉に、モフ子が首をかしげる。

「つけてるっていい方は正しくないよジョーロ。彼女は半神半人(はんしんはんじん)なのさ」

「へぇ」

「え?え?」

 この人たち何いってんの、状態で首をかしげているモフ子。

「キミが珍しいって言った意味、わかったかい?

 ここのお山には神獣候補と、その引率たる巫女や神官が世界中からやってくるんだよ。もうずーっと昔からね。

 だけどね、引率者が半神っていうのは珍しいんだよ」

「そうなの?でも」

 単に尻尾と耳と足が変わってるだけで、それ以外は普通に人間なのだが?

 しかし、そう言うと小人は首をふった。

「たとえばさ、死ぬようなものじゃないけど毒を飲まされたとするだろ?全身にぱぱーっとデキものができちゃったとして、そのデキものは、その人の皮をとりかえたら治るもんなのかい?」

「それは……」

「無理だよね。デキものは結果であって、体内の毒を何とかしないと意味がない。そうだよね?」

「うん」

「デキものをその尻尾に例えるのはどうかと思うけどさ、ある意味その尻尾や耳や足も同じなんだよ。

 キミは、その身体の半分はもう人間じゃあない。尻尾だの耳だのはその結果なわけだね。まぁ、きっとキミはわかってて言ったんだとは思うけど」

「……うん」

 自分でも気づいていた。気づいていたが、知らぬふりをしていた。

 旅の途中で、いわゆる獣人タイプの人間も見たが、自分とはやはり違っていた。外見的には同じような者もいたが、それはすなわち「そういう姿の人間」に他ならない。当然だが変身などもしない。

 やはり、自分は普通ではないのだと。

 だが。

「……うん。つまり問題ないって事だよね?」

「は?」

 小人の目が点になった。

「なるほど、そういう事だったのねえ。なんか自分の身体が得体のしれない事になってるっていうのに、どこぞの(ババア)は微笑むばっかで肝心のとこは教えてくれないし、なーんか疑心暗鬼になってたのよねえ。

 なるほど半神なのか。ふむふむ、納得」

「ちょ、ちょっとまって。言った事わかってる?キミ、半分人間じゃないって言われたんだよ?そのババアってラーマ神様の事?バチあたるって!」

「あははは、それならもうとっくに当たってるし」

 にやにやと『なんか長年の疑問晴れたぁ!』と言わんばかりの晴れやか顔のモフ子。

「ん、言ってる間にも仮処置おわり!」

 簡単な保存措置の終わった肉塊をアイテムボックスに収納する。

「……もう行くのかい?」

「うん、行くよ。じゃあね小人さん、いろいろありがとう!いくよーリトル!」

「そうか……うん、気をつけてね」

「またなー」

 ふたりの小人はモフ子たちを見送りつつ並んだが、その時、

「……ありがとね、見逃してくれて」

「!?」

 モフ子の小さな声に気づいた小人たちは、まさかとモフ子を見て。

 だがその頃にはもう、モフ子は小人たちの事なんか気にしてない様子で、リトルの身体の血を拭いたりしつつも歩き始めていた。

 

 

 

「気づかれてたんだねえ」

「そりゃ気づくだろ、オレたちが『執行人』って事くらい。半神だってんならなー」

「……それもそうだね」

 別に礼を言われるような事は彼らはしていない。

 そもそも、勝手に神域に入り獲物を狩った者を動物に変えるのが彼らの仕事だ。でも、そもそも半神であるうえに身体の半分が人間でないモフ子は対象にならない。しようにもできない。

 半分こっちの住人、という彼らの言葉は嘘ではなかった。

「まぁ、あの子とはまた会える気がするぜ。次あった時も人間として会話できるかどうかは知らねえけどな」

「だねえ。さて、帰ろうかジョーロ?」

「だな」

 ジョーロと呼ばれた方の小人は、結局名乗らなかった方の小人の後ろに回ると、いきなり尻にタッチした。

「きゃああああっ!な、何やってんのよあんた!」

「それを言いたいのはオレなんだけどな。なんであの子の前で男のふりした?」

「気が付かなかった?あの子絶対、かわいいもの好きよ?隙を見せたら捕まったかも」

「いやぁ……それはそれでまずいんじゃないか?可愛い男の子好きだったらどうする?」

「それはないわ」

「いやに断言すんだな?」

「あたりまえでしょ?あの子にとって『可愛い男の子』ポジは、あの虎ちゃんだもの」

「……は?」

 ジョーロは相棒の言葉が理解できず、しばらく目を白黒していた。


まだ登山口にたどり着いてない……。


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