突入前日(4)
地球のキャンプ等のバーベキューの感覚からいうと、夕刻になってから火を起こすのは遅すぎる事が多い。なぜならそのペースでいくと、肉や野菜を焼けるようになる頃には暗くなってしまうので、明かりが必要になるからだ。また夕刻の時間帯には虫が大量に現れる地域もあり、もう少し早い時間か、あるいは最初から明かりと虫対策を用意して夜間にというのがベストだろう。まぁ後者は、翌朝早く出発したい人のいる地域のキャンプではオススメできないが。
しかしツンダークのキャンプの場合、いくつかの理由でこの制限がない。
まず、生活魔法のおかげで火おこしと、そして灯火類の事情が全く異なっている事。
そして、早朝に出たい人たちとバーベキューを楽しみたい層のキャンプ地がダブらない事。
ツンダークの長距離移動は馬車による場合が多い。つまり早朝に出たくとも馬車が出ない事にはどうしようもないのだ。そして、登山家などがいないわけではないが、危険度が違いすぎるので単独の登山家がまずいない。冒険者などを雇ってベースキャンプを設営する事が多く、従ってバーベキューするような人たちとは居場所が噛み合わない。
ついでに言うと、今回のようなケースはお祭りなどと同じで、通常の感覚はあまりあてはまらないわけで。
「ささ、どうぞ。かんぱーい!」
「かんぱい……」
禿頭の中年男がやってきてマナやマオと話していたかと思うと、なぜか乾杯になった。モフ子は慣れない乾杯にビクビクものである。
「モッちゃん、本当に慣れてないねえ。こっちで飲み会しなかったの?」
「無理。わりと最近まで南シネセツカにいたんだよ?」
「南シネセツカ?あんなとこまでプレイヤー進出……」
「攻略プレイヤーは進出してないし、wikiにも情報ないよ。でも本屋さん探すと、プレイヤーメイドと思われる南シネセツカの地図本あるけどね」
「それってつまり……」
「たぶんだけど、錬金術師だと思う。南シネセツカで異世界人を見たって話を少しだけ聞いたけど、女の錬金術師だったらしいし」
「そっか。でもその人、情報共有しなかったんだね。モッちゃんも?」
「あたしは連絡方法全然なかったもん。そもそも人間の住処にほとんどいなかったから地名もへちまもなかったし」
「……そりゃ共有も何もないねえ。でもたまには町にもいってたんでしょう?」
「ギルドのあるような町に着いたのって、あっちに吹っ飛ばされてから五年後くらいだよ?」
ちなみに最低ランクのギルド支所の設置条件は、隔絶した離島を除けば人口百人以上の集落である。もちろん設置されない事もあるが、非常時の緊急連絡なんかに使える事もあり、街道をまともに旅していたら一週間もあれば、どこかのギルド支所にはたどり着けるはずだった。
それなのに五年もギルドのある町に出てないというのは……。
「どこかの村か何かに定住してたの?」
「んにゃ。野に山に旅ぐらしだったけど?」
「モッちゃん……どんだけワイルドな生活してたの」
「あー……そこはできれば触れないでほしいんだけど」
「……」
情報共有以前の問題だった。
「まぁそんなわけでさ。あっちにプレイヤーなんて全然いなかったし、いたとしても、乾杯するような人なんているわけがないよ」
「そっかー」
リアルでも、確かにマナやモフ子たちの世代では飲み会が減っていた。それに、ツンダークのヘビープレイヤーのような者たちは、あまり積極的にそういう場に出ないという傾向もおそらくあっただろう。
だがそれでも、めったに人前に出ない生活というのは極端すぎた。
さて。
モフ子が持ち込んだ巨大な肉はマオの手で見事にカットされ、彼らが持参していた肉や野菜と共に焼かれていた。彼らの家では、こういう屋外料理は男が仕切る決まりになっているようで、マナがマオに指示や判断を求め、マオがまず客人であるリトルとモフ子に出し、それから子どもたちに……と、それぞれの量などを計算しつつ振舞っている。
「にひひひ、やっぱりおいしいねぇ」
マナはまったりとお酒を飲んでいる。酔っているかとおもいきや、あまり変わらないタイプのようだ。そして、リトルと遊びたがり自分のぶんを忘れがちの小さい四男に食べさせる事も忘れていない。
そして、大人が酔うと子供たちは嫌がるものだが、態度も変わらず、プンプンとアルコール臭をさせるほどには飲んでいないせいなのか、子どもたちも普通に従っていた。
空はいつしか夜になり、周囲も陽光でなく、思い思いの灯火の魔法やランプの明かりに変わった。そして思い思いの場所で話し込んでいた。
「音楽がないね」
こういう場になると、リアルで演奏していた者や、サブに吟遊詩人を持つ者がひとりはいる者だが。
でも、マナがモフ子の言葉に首をふった。
「今夜はさすがにやめてほしいよ。日本の歌なんか聞かされたら、どう反応すればいいかわからないもの」
「それは……」
「ここにいるプレイヤーは皆、ルビコン川をほぼ渡り終えちゃった人たちばかりだとは思うよ?
でもまだ、目の前に橋は残ってる。メニューには『ログアウト』がまだあるんだよ?
……それがとうとう、今夜で消えてなくなるわけだけどさ」
今までは、何かがあれば帰る事もできた。ログアウトという方法で。
だけど今夜を最後に、ここにいる者たちは皆、永遠に元の世界には戻れなくなるのだから。
「そっか。ま、それもそうかもね」
「モッちゃんはドライだねえ。それとも虚勢はってる?」
「んにゃ。あたしは十年以上前にもう、ログアウトできなくなってるし」
「……なにそれ?」
「ああ、詳しくはね」
と、そこまで話していた次の瞬間だった。
いきなり、そこにいたすべてのプレイヤーたちから「え?なにこれ?」「げ、やめろよなんだこれ」のような不快げな声が響き渡った。
その理由は、彼らのメニューから響いてきた、以下のメッセージにあった。
『こちらは西の国のプレイヤー協会ギルド、自分は代表のボコボコ王子です。このメッセージは運営に頼んでオンにしてもらいました。鬱陶しかったら拒否してくれてもかまわない。そして、もしよかったら少しだけ耳を貸して欲しい。
今、接続しているキミ。キミは居残りの手続きをしてしまったかな?
いや、手続きをするしないは自由だ。だけど、ひとつだけ言いたい。
自分たちは、このツンダークで何をしてきたかな。生産組は少し違う意見かもだけど、基本的には戦いにあけくれていたんじゃないかと思う。ぶっちゃけ、殺して、殺して、殺して、殺しまくるっていうのがこのツンダークでの生き方だったと思うんだよね。
そんな自分たちのコピーをこの世界に残す。本当にこれは……』
モフ子は速攻でキャンセルした。
「何よこれ。何よこれ!」
「あーマナティ?どうどう」
何かムカついているらしいマナを鎮めつつ、まわりを見回した。
見渡すかぎり、不快さを隠していないのはおそらくプレイヤーだろう。そして、それの対処に困っているのはその家族や連れだと思われた。
「えっと、いきなり何があったんだい?」
マオが、不快さを隠そうともしないマナに不安を覚えたのだろう。モフ子に問いかけてきた。
「西の国のプレイヤー協会ギルドの代表とかって人物が、今ツンダークにいるすべての異世界人に強制メッセージを出したんですよ。どんな手を使ったのか知らないけど」
「へぇ。内容は?あまり楽しいものじゃなさそうだけど」
「単刀直入にいえば、異世界人は自分の世界に帰れ、ですね」
「うわ。それは」
「強制ではないって呼びかけてますけど、このタイミングですべての異世界人に呼びかけるって時点で誠意もへちまもないですね。だって、文句が来る前に本人は異世界にトンズラしちゃうわけだし」
「ほう?その人は残らないんだ」
「怒って追ってくる人が出る事も計算ずくなんですよ。それで居残りが一人でも減るなら彼の思うつぼってわけです」
「……もしかして、知ってる人なの?ずいぶんと詳しいみたいだけど」
「通称ボコボコ王子といって、異世界人では穏健派、または中立派を自称していた人ですね。でも実際は、言葉巧みにひとを載せて犯罪に走らせたりして、自分はちゃっかり安全圏にいる。そういう人です。一番厄介な人物ですね」
「うわ……異世界人にもそういう人いるんだ」
「ふふ。マナて……マナみたいなタイプの子を見てると信じられないでしょうけど、異世界人だって同じ人間ですよ?腹黒もいますよそりゃ」
「なるほど」
しばらくそんな話をしていると、今度こそ運営側のメッセージが流れてきた。
『ツンダークサービス停止三分前です。皆様、本当に今までありがとうございました。終了記念イベント等行わない方針ですが、せめて最後の星空をお楽しみください。これは地球の星空の映像ではなく、ツンダーク世界オリジナルのものです』
「また何か来たのかい?」
「はい。あと三分で、この世界と異世界のつながりを切るそうです。最後のひとときを夜空でお楽しみください、だそうです」
「なるほど」
そんな話をしていたところ、どこかから楽器の音が聞こえてきた。
「え、音楽?」
「このタイミングで演奏始めるとか。誰だオイ」
だが、その演奏は地球側のものではなかった。
「あ、この歌知ってる。町でよく聞くよね」
「うんうん、とても優しい曲だよね」
「ああこれか。『旅人を迎える歌』だよ」
マオの声が聞こえたのだろう。あちこちのテントから「え?」という声が聞こえてきた。
「この歌はね、異世界人を迎えるってラーマ神様の告知がなされた時に、はじまりの国の吟遊詩人が作ったって言われてるんだよ。内容は、ちょっと古い時代の共通語なんだけど
『遠くから来た人よ、あなたの旅に祝福あれ。
そしてあなたの未来に少しの涙と、そして安らぎとぬくもりあれ』
ってとこかな?」
「それって……異世界人のために作られた歌って事?わざわざ?」
「あ、ええ。そうです」
驚き顔で問いかけてくる女性に、マオは微笑んで答えた。
「そんな。でも、あんなに、あちこちで響いてたのに。てっきり流行歌かと」
「似たようなもんですよ。だって、あなたたち異世界人のおかげで、世界はこんなに賑やかになったんですからね。来る前なんてみなさんはもちろん知らないでしょうけど。
もっと我々を知ってほしい。もっと我々と仲良くしてほしい。
この歌には、そういう願いが込められているんですよ」
「……」
誰かが演奏にあわせて、歌い出した。
古語なので意味はわからない。でも長いツンダーク生活で、耳にこびりつくほど聞いた歌だった。
その歌にあわせて、誰かがギターの音を重ね始めた。
それにあわせて、別の誰かが笛の音で歌い始めた。
音は次第に大きくなり、ついにはテントサイト自体を揺らす、合唱と合奏の渦になっていった。
「♪〜」
ちなみにモフ子は手製っぽい木製の楽器を鳴らしていた。実は自分で作ったウクレレもどきなのだが、ひどい苦労したわりに全く売れないのでアイテムボックスの底で眠っていたものだ。
彼らの『プレイヤー最後の夜』は、こうして音楽と共に終わり。
そして『異世界人』『居残り者』としての、はじめての朝がやってきた。




