突入前日(3)
ディーテとマナの出会いはずっと昔。まだβ初期の時代にさかのぼる。
『誰かと組まなくちゃいけないんだけど……』
『あっそう。頑張ってね……って、離してくれない?』
『行かないでよぅ。ひとりにしないで。せめて初級脱出するまで』
『なんであたしが面倒見なくちゃいけないわけ?』
『……(ノД`)シクシク』
『そんな捨て犬みたいな顔で泣かれても』
『……』
『だぁぁぁもうっ!』
たったふたりのチームは、マナからのアプローチで始まった。
そもそもディーテが軽戦士になったのは攻略チームに参加したからではない。なぜか執拗に回復術師にこだわり、回復一本槍だったマナと組むにはどうしても前衛が必要だったが、だからといって剣だけでは戦う相手が限られてしまう。つまり、サポーター的に選んだ職業だったのだ。
だが結果的に、この選択はディーテにもプラスになった。
この頃のツンダークの流行は、単体の技能をガンガン上げる事だった。だから単機能型のプレイヤーが多かったのだが、マナのサポートをするために全力以上に頑張った結果、ディーテは片手武器、弓、ダガーの3つにある程度長けて、そして見敵必殺の隠密行動力もあるキャラクタに成長していった。
これは裏返すともちろん器用貧乏といえるのだけど、こういう万能職は地味なために顧みられない事が多く、慢性的に不足するポジションでもあったのだ。ゆえに成長するに従い、回復専業で伸ばしまくっていたマナとは別の意味で、声がかかる事が増え始めた。
やがてマナが初級回復術師を脱出、中級になったところでふたりのチームは任務完了となった。
そのまま組んでいっても良かったが、そもそもマナとディーテは目指す方向性が違っていた。ただお互いが気に入っていたもので「いつか機会があれば一緒に戦おうね!」と握手をし、別れた。
その後、ディーテはメインシナリオ攻略系のチームに。そしてマナはフロンティア系……つまり、まだ知られていない土地を冒険していく冒険者タイプのチームに別れたのだが。
「悪夢の残滓ってクエスト知ってる?ほら、幽霊が出るやつ。あれでケンカになっちゃってねぇ」
「あれか……話だけは知ってる。幽霊を殺せるやつだよね?」
「うん」
ツンダークにはアンデッドはいない事になっているが、ひとつだけ幽霊の出るクエストが用意されていた。これが『悪夢の残滓』。もちろんゲームサービスとして用意されたものだった。
ちなみにこの幽霊はイベント固定の存在で会話も可能なので、wikiではモンスターでなくNPCに分類されている。
この幽霊は「死してなお、心残りで四散せず残った魂が魔力を帯びたもの」とされており、回復師か神職が回復魔法をかける事で昇華するか、あるいは彼らの心残りの源である指輪を受け取り、これを海に投げ捨てる事で彼らを慰め、そしてクエスト終了となる。悲しいがどこか心優しくなれる、そういうクエストだ。
ところが実はこの幽霊たち、魔法攻撃で倒せば経験値が入るのだ。そして指輪も結構いい値で売れるが、彼らを昇華させるとただのボロボロの指輪になってしまう。
「つまり、マナティーが普通に昇華させようとして、でもその人たちは皆殺しにしようとしたのね」
「うん。私、そういうのイヤだったんだ。あんな悲しげに泣いてる人たちを皆殺しにするなんて。でも」
「所詮ゲームじゃんって言われてムッときたんだね。うん、マナティーらしいや」
「だ・か・ら。マナティーやめてって言ってるでしょ、デッちゃん?」
「あんたもね。そもそもあたしゃモフ子だっての!」
「モッちゃん?」
「それも勘弁して……」
「( ̄д ̄)エー」
「エーじゃない!」
「むう」
「まったくもう。でも気持ちはわかるね。あたしもその状況なら昇華させるね」
「でしょう?なんでも経験値経験値って、それでいいのかって言いたいよね?」
「うんうん」
ちなみにモフ子の場合は当然、マナとは違う合理的理由での昇華推奨だった。でも結果としては似たようなものだ。
「経験値にこだわるあまり本質忘れるって怖いよね。そういうのって結局、オレはこの扉を選ぶぜ、みたいな常識的な選択肢で失敗する元だもんね」
「モッちゃんの言いたい事もわかるよ。供養とか全員でする必要ないし、休めるもんね」
「うん。しかもマナティーみたいな人の気持ちを汲む事もできる。大切な事だよね」
「うんうん!」
性格も行動原理も違うふたりであるが、基本的にウマがあうのだろう。お互いを尊重しつつ咄嗟にベストの妥協点をはじき出す、そういう事にも慣れていた。そしてそれゆえに、ふたりはなかよしだったのだ。
「それでその人たちと別れて、西の国を目指したのね?」
「ええそう。それでだん……マオと出会ったってわけ」
「ほうほう旦那様(´・∀・`)」
「なぐるよ?」
その旦那様はというと、のほほんとしたいつもの妻と少し違う、やたらと活発な姿を見て目を細めていた。なんだかとても溺愛らしい。
ちなみに現時点で年上に見えるが、これはマナがプレイヤーであるせいだろう。おそらく出会った頃には同年代に見えていたと思われる。ちなみに、日本なら俳優で通せそうないい男だった。一番下らしい赤子を背中にしょっているが。
ふむ、とモフ子は思ったが、ひとつだけ確認したい事があった。
「ねえ、あなた。マオさんって言ったよね?」
「ああ」
「ひとつ確認したいんだけど……あなたマナの事、どう思ってる?」
「どう思ってる、とは?」
「マナは異世界人だから、今までは歳をとらなかった。でもこの先はわからない。言いたい事はわかる?」
「……そういう事か」
うん、と青年……マオは大きくうなずいた。
「いつまでも若いままではいないって事だろ?うん、マナにもその話は聞いた。オレはいい事だと思うぜ」
「いいこと?」
「ああ。だってそれは、一緒に爺ちゃん婆ちゃんになれるって事だろ?」
「そうね。でも」
「あー、女として若くきれいなままって話はわからないけどさ」
マオはそう言うと、少し眉をしかめた。
「考えてみなよ。自分の家族が全員いなくなって、ひとりぼっちになっても変わらなかったとしたら……それは悲しい事だと思わないか?」
「……」
モフ子はマオの言葉を聞き、そして少し考えた。
「それを言うって事は……つまり」
「ずっと一緒にいられるのかって言いたかったんじゃないのか?異世界人とうまくやれるのかって」
「うん」
はっきりとモフ子が肯定すると、青年は少し心外そうに眉をしかめた。
「なんでオレがマナを手放さなきゃならない?ふざけんな、逃げたって縄かけて連れ戻すぞ」
「……」
「……あー了解。いろいろとごちそうさま」
照れて真っ赤になったマナと見比べて、モフ子はためいきをついた。
ところでリトルはというと、子どもたちの遊び相手になっていた……といっても子供たちが一方的にリトルにまとわりつき、それをリトルがいなすという形だったが。
試練の前という事もありモフ子はイタズラを心配したのだが、どうも子どもたちの方は動物慣れしているようで、怒らせない限度を心得ている感じがした。二歳くらいの子もいるし、そのへん意外だったのだが、
「ご近所に虎つれてるおうちがあるの。リトルちゃんみたいに大きくないけどね」
「なるほど。って納得してていいのかな?」
「何が?」
「いや、何がって。小さい子もいる街の中に猛獣って」
「ツンダークでは問題にされてないね。たぶん街にいるモンスターが無害だからだと思うけど」
「そっか……」
確かに、今となってはモフ子にもわかる。
ペットやテイマーの動物たちは人間を襲わないのだ。同種でも空気が違う。安全だと本能的にわかるから子供だって平気で近づく。
「はぁ。ほんっと、何見てたんだろうねえ……」
「ペット狩りの事?」
「うん」
モフ子がペット狩りに加わっていた時代をマナは知らない。その頃は二人の道は違っていたし、マナはちょうどその頃、先刻のイベント関係で仲間と険悪になり、彼らと同調するか、それとも自分の意思を通して道を分けるかに悩んでいたのだから。
「それがモッちゃんの運命だったんだねえ。たぶんモッちゃんは最初から神様に魅入られてたんだよ」
「……どういうこと?」
眉をしかめたモフ子に、マナは「あくまで憶測だよ?」といいつつ言葉を続けた。
「未来は過去に影響を与えるって言葉知ってる?ツンダークの言い伝えらしいんだけど」
「なにそれ?」
それではまるで、過去が未来に影響を与える……つまり因果律の奇妙なパロディではないか?
「うん、普通はありえないと思うよね。でもね、ラーマ神様が関わるとありうるんだって。ラーマ神様は時間も空間も超えて存在し、因果も越える存在だからって」
「……それ、おかしな話ね」
「おかしい?」
「うん」
モフ子は大きくうなずいた。
「そんなに全てを自在にできる存在なら、こんな半端な干渉じゃなくて、この世界をもっときちんと導けるんじゃない?実際、不合理も多いし余計な人も亡くなってるわけでしょ?」
ぶっちゃけた話、今日モフ子が殺した青年だってそうだ。彼が神様の行動に対してもう少し敬意をもつ青年だったら、褐色の乙女を笑い飛ばし、道を遮ったりはしなかったろう。たとえモフ子個人に反感を抱いたとしても。
人はひとりでは生きていない。
おそらく、あの場にいた誰かが青年の父親に、犯人がモフ子である事を知らせるだろう。そしてあの子の親ならばおそらく、職権を乱用してモフ子を捕縛、いや殺しにやってくる可能性は否定できない。
でも、だからといってあの場でも皆殺しはありえなかったと思う。
モフ子とリトルの全力であたれば殲滅はできたろう。
しかし彼女らは別に神の戦士でも殺人鬼でもない。
モフ子にはモフ子の使命があり、それはリトルを育て上げ、試練の山に無事送り届ける事。この身は、この力はそのためのものであって、戦意なき者を皆殺しにするためにあるのではない。
そんな事を許す神が、本当に万能といえるだろうか?
「んー、こういう考えはどうかな?」
そんなモフ子の主張に、マナは一石を投じてきた。
「まず、神様は人間じゃないわけで、その考えの全てが理解できるわけがないと思うの。えっとね、こんな話知ってる?」
「?」
「テイマー事件の時……そう。ディーテが行方不明になった元のあの事件ね。あの時に穏健派の中でね、仮想世界ツンダークを制御する統合AI『ラーマ』についての情報交換がなされてたんだって。要は、なんでテイマーみたいな存在を放置しておくのかって話から出たらしいんだけど」
「うん」
「その時の穏健派たちの結論が『よくもわるくもラーマは人間ではない。ゆえに、非常に優れているのかもしれないけど、人間的な考えによる良心を期待するのは間違っている』ってものなの。意味わかる?」
「おいマナ、それは」
マナの発言の危険さに、話を聞いていた夫が眉をしかめたが、
「大丈夫。この言葉は結局『神様には神様のお考えがある』って言葉と同じ意味だから。それに居残り組でもない、もう消えちゃう異世界人の発言だしね」
「……そうか。すまん話の腰折った」
「いえいえ」
夫の言葉に妻は柔らかく微笑み、
「だからねモッちゃん。そこは悩んでも仕方ないのよ。人間とは全く次元の異なる、生命体かどうかすらもわからない超次元の存在について、人間のスケールで推し量ってもそれは無理があると思うし」
「……」
それでも沈黙しているモフ子に、マナはやれやれとためいきをついた。
「モッちゃん。ひとつ聞くけど、今モッちゃんがしなくちゃならないのは悩む事?」
「違う」
そう言ってモフ子は、子どもたちのおもちゃになっているリトルの方を見た。
「うん、そうだね。今モッちゃんが考えなくちゃいけないのはリトルちゃんの事。彼を無事に送り届けて使命を果たす事だよね?そのために、ずっと今まで頑張ってきたんでしょう?」
「うん」
「だったら、それでいいんだよ」
「……でも」
「いいの!」
「……」
「はぁ。しょうがないねえ」
マナはクスクスと笑い出した。
「そういえば旦那様。そろそろいい時間じゃないかな?」
「ん、そうか?そうだな」
太陽がじりじりと地平線に近づいていた。
「よし、そろそろ火を起こすか。材料は用意できているのか?」
「もちろん。あとビール出していい?」
「ビールか?……まぁいい。でもサーベルタイガーには飲ますなよ?文字通りのオオトラになっても知らないぞ」
ちなみに日本語でも酔っぱらいを虎に形容する事があるが、ツンダークでも同じである。
しかしそれより、モフ子には聞き捨てならない発言があった。
「ビール?エールじゃなくてビール?」
「うん、ビールだよ?最近、居残りの酒職人さんが開発したんだよ?それも日本人おなじみのラガービールをね!」
「うわぁ……」
「あれ、モッちゃんもしかしてビール飲んだ事ない?こっどもー♪」
「いやぁ、あたし16歳だし」
「それ会った頃の話だよね?だったら今は四捨五入すると、さ……」
「ちょ、歳の話はやめい!」
「はいはい。で、余裕で成人してると思うけど?」
「……うーん」
ニコニコと楽しげに笑うマナに、思わず眉をしかめたモフ子だった。




