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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
81/106

エムドラ山の麓

「それじゃ、お世話になりました」

「ああ、気にせんでいいんじゃよモフ子。おまえさんが『褐色の乙女』なのは皆が知っとる。試練の時が来たのならのぅ」

「寂しくなるが、仕方ないさね。おつとめ、しっかり果たすんじゃぞ?」

「もう、おばちゃん。あたし別に刑務所入れられるとかじゃないんだからぁ」

「ふふふ」

「ははは」

 大勢の者たちがモフ子たちを見送ってくれた。モフ子は半泣きになりながら、ひとりひとりに挨拶をして回った。

 だが、笑っている者たちの目にも涙が光っていた。それはモフ子の未来に涙しているのだった。

 

『世に「褐色の乙女」あり。それは神獣の子を養い育て導き、そして、目覚めし神獣に永久(とわ)に仕え行く者なり。

 故に、乙女が道を(さえぎ)るな。それは神が行く道なり。

 故に、乙女が道を(うらや)むな。それは、人の道から外されし化生(けしょう)なり』

 

 送り出す者たちは皆、モフ子が永遠に人としての幸せを得られないと知っていた。

 だから、楽しげに朗らかに笑うモフ子の笑顔に涙し、そっと見送るのだった。

「行き先はやっぱり、エムドラ山なのかしら?」

「ご存知なんですか?」

「うちの家は、過去にも褐色の乙女を預かった事があるのよ。西の国のエムドラ山で神獣の儀がある、そう言っていたと記録にあるわ」

「そうだったんですか……」

「あとね、これ」

 そう言うと、エリファスはポケットから小さな羊皮紙のメモらしきものを取り出した。

「え?これって」

「エムドラ山の麓に廃坑があるんだけど、そこで過去に産出していたらしい鉱物のリストよ。貴女の言っていたものがあるんじゃないかと思って調べておいたの」

「み、見せてみせて!」

 モフ子はエリファスのメモを受け取ると、まじまじと読んだ。

「……あ、石英あるんだ。やった、なんてタイムリー!」

「せきえい?」

「二酸化ケイ素の結晶体だよ。あー……石英にちょっぴり不純物が混じってて、きれいな色と形に固まったものが水晶なんだけど」

「え?エムドラ山に水晶があるの?」

「んにゃ、そんなきれいなものがあったらとっくに掘り出されてるでしょ。ただ雑多なくず鉱石に混じってるだけだと思うよ」

 ふむふむ、とモフ子はそれを見る。

「前にナキールの方でガラス工房みたんだけど、今のツンダークでは石英ガラスがまだ未発達みたいなんだよね。可能性あるかも」

「水晶からガラスを作るの?そんな事できるの?」

「できるよ。ただし色々工夫しないとダメだけどね」

「……もしかして貴女、それを知ってるの?」

「さすがに試行錯誤になるけどね。知ってるってだけで、本職のガラス職人でもなんでもないんだし」

 ニヤ、と笑った。

「うん、楽しみ増えたよ!ありがとエリさん!」

「そ。ま、少しでもお役に立てたなら嬉しいわ」

 石英は鉱物としてはありふれたものだ。だが鉱物である以上は埋まっているものなわけで、廃坑や洞窟で普通に確認されるなら、生産職でないモフ子には非常にありがたい事だった。

 ちなみに石英(厳密には粉末状態になった珪砂)は、いわゆるクリスタルガラスの材料のひとつでもある。カリウム、炭酸ナトリウム、そして最後に酸化鉛や酸化チタニウム等を用いるのだが、彼女はそこまでの知識はない。

 ただしモフ子には時間があった。今までの旅の中でいろんな素材を使い、魔法を駆使して試行錯誤を続けていたのだ。既に高温で息を吹き込む事でガラス細工を行う手法を自力で確立していたが、そのレベルならツンダーク土着のものの方がはるかにレベルが高い。つまり、ハイレベルな粘土遊びの域をまだ出ていなかった。

 それが改善されるかもしれない。

 石英を溶かすには摂氏二千度という高温が必要だ。このジャンルはツンダークの鍛冶師にはまだ特殊分野であり、だからまだ石英ガラスは登場していなかった。モンスターの多いツンダークでは鍛冶仕事というと武器防具であり、どうしてもガラスは後回しになっていた。

 だが、光ファイバーの例でもわかるように、ガラスは近代文明に必須のものだ。

 汎用魔法を使って手に職をつける。それはエンゲル係数の高さで悩んでいるモフ子の作戦のひとつなのだが、石英ガラスやクリスタルガラスが扱えるようになれば、きれいなガラス細工がたくさん作れるだろう。

 それはモフ子なりの貧乏脱出作戦でもあった。

 

 ……そもそも、鉄を溶かす腕前があれば、鍛冶関係でその技術を売れたろうにというツッコミは無粋だろうが。

 

「じゃあ、行きます!本当にありがとうございました!」

「気をつけてなー」

「息災でなぁ!」

「変なもの食べておなか壊すんじゃないよー!」

 決して派手ではないが、心からの見送りだった。モフ子は内心、感動で泣いていた。

(ツンダークってほんと、みんな優しいよね。なんでみんな、こんないい人なんだろ)

 その原因はモフ子自身なのだけど、彼女はそれを自覚していない。

 いわゆる、居残り組と呼ばれる者たちの多くに共通するのが、人間面での素直さだった。

 

 

 

 転移門。

 旧帝国が作り上げし遺構の中で、現在も実用品(・・・)として活動を続けている、惑星ツンダーク最大のシステムのひとつである。動力源としてゴンドル大陸塊北部大陸の内惑星機関発電所を利用しているこのシステムは、この惑星そのものが活動停止するか消え去る遠い未来まで動き続ける事が可能である。

 なお現在、他恒星系へのルートは閉鎖されている。これは惑星ツンダーク上の帝国政府が消滅しているためで、万が一にも他の文明圏から惑星ツンダーク上に転移事故で迷い込む事がないよう、安全装置によりしっかりとロックされている。

 かつて、この転移門と、そして今はなき軌道エレベータの権利をめぐり、このツンダーク上で血みどろの戦いが繰り広げられた。軌道エレベータは月鉱山との接続に必須であり、月から産出されるレアメタルの数々は、帝国が消滅してもなお、生き残りたちが作り上げた国々によって大切に利用されていた。

 だが、虚しい争奪戦の結果は、帝国の残り火とも言えた、数多の技術やデータを無意味に失わせてしまった。そして軌道エレベータは倒壊し、月にありし貴重な資源をツンダーク上で活用する望みは、ほぼ永久に絶たれてしまった。

 そして、残された人々が憎しみと欲望の果てに、わずかな帝国の残滓を巡って争っていたその時。その声は響いたと言われる。あまねく、ツンダーク上にある全ての人々に。

『おやめなさい。いつまで戦い続けるですか貴方たちは。豊かなこの惑星が滅び、全てが死に絶えるまで続けようというのですか?』

 荒んでいた人々の心に、その声は響いた。

 そしてそれが、愛しき民たちと語らうを好む慈愛の全能神『ラーマ』が、ツンダークの人間たちに語りかけた最初(・・)の出来事だったという。

「こんにちは」

「やぁモフ子、やっぱり行くのかい?」

「うん!」

 サイゴンの転移門を守る衛士たちにも、モフ子は知れ渡っていた。

 だが。

「モフ子、ちょっとまずい事になってる。西の国側の担当が今朝は来ない。しかも、こっちから問い合わせに行った奴が帰ってこないんだ」

「え……」

「まさかとは思うが、西の国側が何者かに占拠されたかもしれん」

 転移門は現在、ラーマ神の名の元に管理されている。各国の衛士が守ってはいるが、各国の思惑で利用してはならない事にもなっている。そして管理国は、管理を任されているというプライドをもって、生え抜きの精鋭を配置しているものだ。

 実際、今モフ子と話している衛士たちも非常に強い。半端なプレイヤーが容易に倒されてしまうほどに。

 それが破られた?

「まさか……西の国が転移門を押さえにかかってる?」

「信じがたい事だがな。西の国の自治政府の頭にいるのは異世界人だ。同じ異世界人で、しかし褐色の乙女であるおまえの前で言うのもなんだが」

「わかってる。神様の指示なんて鼻で笑う連中って事だよね?」

「ああ」

 眉をしかめた衛士に、モフ子はにやりと笑った。

「戦闘態勢で転移門に入るよ。あとは状況次第でいく」

「そうか、行くか。どこかのギルド関係が情報を集めるのを待つ手もあるが」

「うん。わかるけど、そういうの好きじゃないの」

 そう言うと、腰の片手斧をパンと叩いた。

「それに、あたしはもうこっちの人間なの。転移門を封鎖するような奴、ほっとけないじゃん」

「そうか……では、せめてこれを持っていけ」

 衛士はポケットから丸薬の袋をとりだし、モフ子に渡した。

「うわ……ほむらぶ印」

「オレの知る中で最強の対魔薬だ。たとえ異世界人の攻撃魔法でも防ぎきるぞ」

「ありがと」

 効力的には嬉しいのだけど、デザイン的には嬉しくないピンクと紫のアニメ調の袋を受け取った。

「オレは持ち場を離れられないからな、せめて使ってやってくれ」

「わかった。じゃあいくよ」

「ああ」

 モフ子は転移門の前に立った。すると頭の中に声が響いた。

『ここは転移門です。現在、あなたが利用できる転移先は二箇所。中央神殿ゲート、および中央西部ゲートです』

「中央西部へお願い。あと、この子、リトルも一緒にね」

『パートナー動物は転移の対象にできません』

「ラーマ神が使えって言ったんだけど?それでもダメなの?」

『少々お待ちください……失礼しました。一緒にこちらにどうぞ』

「ありがと。なんでもいいけど、あんた本当に(ゲート)なの?……実は精霊とか神様がしゃべってるんじゃないの?」

『気のせいです』

「……怪しい即答っぷりだねえ」

『おはやくどうぞ』

「ふうん……おいでリトル」

「ニャ」

 クスクス笑いながら、モフ子はリトルを伴い、ゲートに入った。

「ねえお姉さん、ゆうべ何食べた?」

『昨夜は(ごほ、げほん!)……て、転送しますので、おしずかに』

「はーい」

 転送は一瞬だった。きらめく光が世界を覆い、次の瞬間には西の国側のゲートに移動していた。

「……ふうん」

 ゲートの左右、そして出入口は、ずらりと軍隊らしきものが囲んでいた。

「転移門を無断で利用した者よ。所属と氏名を明らかにせよ。プレイヤーであればアバター名を述べよ」

 おお、来た来たと内心ニヤけつつ、モフ子は笑った。

「ラーマ神の名の元に拒否する。立ち去れ下郎、ここは世俗の者が武力で囲ってよい場所ではないぞ!」

「なんだと?」

 前に出てきた者の情報を取得する。そもそも斥候兵だったモフ子にはたやすい事だった。

 

 

『ユーグ・メリクル』種族:人間 戦士Lv44 性別:male

 肩書:西の国・陸軍特殊部隊第二隊長

 特記事項1:第六回・西の国武闘大会、ツンダーク人部門優勝者

 特記事項2:西の国・官僚の子供(父親名:ヴィード・メリクル)

 西の国の新世代で、プレイヤー学校で教育を受けた世代。

 官僚の息子であるが、よくある貴族の息子のような無能タイプではない。特に軍人としては非常に有能。また戦闘力も確かで、下手なプレイヤーでは返り討ちにあうレベルである。

 現在、西の国の特命で、名を隠してゲートの閉鎖業務についている。

 

 

「なるほどねえ。西の国政府の命令で転移門の占拠かぁ。転移門を独占しようなんて、西の国は世界征服でもしようってのかねえ」

「な……!」

 ざわっと兵士たちに声が広がったが、指揮官らしい青年は肩をすくめた。

「つまらない言いがかりはやめてもらおう。我々が西の国の軍隊?そんなわけがないだろう?」

「あ、そう。西の国・陸軍特殊部隊第二隊長のユーグ・メリクルさん?ああ、お父さんは西の国の官僚なんだ。へぇ、親の七光りで武闘大会で八百長勝ちして、それで隊長さんかぁ。あははは、ご立派な人生だねえ」

「……なんだと?」

 どうやら、優秀らしいが挑発には脆いらしい。所詮はお子様か。

「ま、ラーマ神様を怒らせて何するつもりか知らないけど、そっちは、あたしの範疇じゃないな。

 で、どうする?素直にここを通すなら許してあげるけど、通さないっていうんなら」

「ほう?どうするつもりだ?たったひとりと虎一頭で我々に立ち向かえるとでも?」

「あー……弱いものいじめする趣味ないんだけどなぁ。

 もう一度だけ警告するけど、本当にいいの?

 さっきも言ったけど、あたし、ラーマ神様の命で行かなくちゃいけないとこがあるのよね。それを妨害するっていうんなら、そりゃあもちろん殺して押し通るけど、それでもいいの?」

「ふ……ははははっ!何を言い出すかと思えば、バカバカしい!」

 青年(ユーグ)はモフ子を小馬鹿にしたように笑い出した。

 ちなみに、一部の兵士はモフ子の容姿を見て褐色の乙女と気づいたようだ。これはまずいと青年にサインを送ろうとしているのだが、青年は若さゆえか神軽視の科学教育の成果なのか、そのサインに対し「ふざけんな、黙れ」な内容のサインを返すだけだった。

 そして、モフ子には、どこぞの中二病主人公のように上から目線で「お説教」する趣味はなかった。

「あー、うん、わかった。そんじゃ押し通るね」

 そう言うと腰の斧の引き抜き、

『腕力強化、最大』

「!?」

 モフ子の雰囲気の変化に青年が気づいた時にはもう遅い。

「この……!」

 だが青年も負けてない。ほとんど一瞬で抜刀し、モフ子の斧の攻撃を受け止めようとしたが、

「!!」

 おそらく青年の身体には、岩の塊と激突するような衝撃が襲っただろう。

 青年はその剣ごと押し切られ、何かが潰れるような「ぐしゃ」という異音をあげつつふっとばされ、転移門のフロア出口の扉に激突、そして崩れ落ちた。

 そしてその重さで、音もなく出口の扉がゆっくりと開いた。

「はい、おわり。他に妨害しようって人はいるかしら?」

「……いえ、どうぞお通りください」

「そう。悪いけど、アレ片付けといてね。神様の場所にあんなゴミ置いといちゃダメだよ?」

「は、はい」

「それと、……さっさと転移門まわりの兵は引いとくのね。あたしが神様の試練終えて戻ってきてもバカやってたら、見つけ次第皆殺しにするよ?」

「……」

「返事は?」

「……」

「それが返事ね。そう、ちょっと試練の前にやる事増えたか。いこ、リトル」

「ガウ」

 モフ子はリトルを伴い、固まっている兵士の間を堂々と通って行った。出口で、既に瀕死状態と思われる青年を見て「あ、まだ生きてた」といって一発蹴りを入れ、とどめまでさして。

「……」

「……」

 兵士たちは互いの顔を見合わせ、そしてためいきをついた。



 生き延びて復讐させる事も考えたんですが、とどめを刺させました。

「殺して押し通る」と宣言した以上は宣言通り、殺して押し通る。前の章でも一度あったパターンですね。


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