閑話・世界情勢
短い退屈な閑話なので、間に公開します。
次は普段通りにいく予定。
ツンダーク・サービス後期に最も話題になった出来事のひとつとして『西の国』の民主化が挙げられるだろう。
だがこの民主化、住民レベルからの革命などで行われたものではない。政情不安定につけこんで内政仕事に入ったプレイヤーたちが何年もかけ実権を握り、ついに王侯貴族を追い出して新政府樹立を宣言したものにすぎない。つまり乗っ取りから始まったトップダウンの政治体制変更である。彼らの新政府樹立宣言はツンダーク・サービス終了の前年に行われたのだが、多くの住民は眉をひそめているのが実情だった。
メディアが未熟なうえに識字率も低い『西の国』では、プロパガンダは吟遊詩人によって行われていた。だが王族を悪者扱いし、政治を民衆の手にと繰り返すプレイヤーベースの吟遊詩人の人気は、ある時点から急速に低下していった。彼らは確かに王族や貴族を茶化した演目を好んだがそれは娯楽の話であり、本当に彼らが去る事を望んでいる者などいなかった。その違いを無知のせいだと考えていたプレイヤーたちの作戦が失敗するのは、いわば必然だった。
内政プレイヤーたちは「いつまでも自分たちがいるとは限らない」と最初から考えていたから、学校をはじめとする人材育成のシステムもしっかりと稼働させていた。そして若手の貴族や有識者で、これと思う人々に地球の政治の知識を教授し『異世界人がいなくとも政治改革を進められるように』しっかりと教えこんでいった。実際、プレイヤーの一部が欠けていったサービス後期にさっそくこの成果は生かされており、彼らは見事に西の国を民主主義国家に生まれ変わらせたわけだ。
だが、ツンダーク・サービスの終了前半年くらいになった頃、次第に問題も明らかになってきた。
まず、学校に来ない子どもたちが出始めた。
読み書きができると就ける仕事が増える。そのメリットはすでに認知されていたにもかかわらず、出席率が落ち始めたのだ。何事だろうかと家庭訪問を行った教師プレイヤーによって、その理由が明らかになってきた。
なんと『ラーマ神』を軽んじる発言を繰り返す教師プレイヤーに対し、子どもたちが反感を抱いていたのだ。
ツンダークは地球とは違う。神と民の距離が地球とは違うわけだが、学校教師をするほどツンダークに馴染んでいるプレイヤーにすら、それを理解しない者がいた。この問題は深刻で、むしろこの問題に関しては、教師プレイヤーで子供たちに慕われている方が珍しいという驚愕の結果となった。
次に、人口の流出が初めて確認された。
当初、これらは王侯貴族やその関係者だろうとされた。彼らは新政府には居場所があまりなく、あっても新政府関係者の中には陰口を叩く者もいた。だからそのストレスにより移住していったのだろうと、あまり気にされなかった。
やがてそれが違うと気付き始めた時には、もう遅かった。
はっきり言えば『西の国』の民主化は失敗だった。それも、完全民主化の後に破綻するという最悪の展開に向かいつつあった。
この辺、民主化を担った立場にいたのが、リアル学生世代ばかりだったのが最大の敗因だったろう。彼らは、かつて大学紛争などを起こした世代と同様、理想のために理想を語れる世代の者たちだった。だがそれゆえに、地球とツンダークにおける社会構造や民意の違いという、誰でも気づきそうな問題を問題と考えなかった。そして取り返しのつかない失敗を犯した。
いい例が、彼らのやろうとした『サイゴン政策』である。
民主化した西の国にとり、そのさらに西に面するサイゴン王国は厄介な存在だった。両国は長年敵対していたが行き来がないわけではなく、むしろ友と書いてライバルと書くような関係だった。だから追い出された旧西の国の王侯貴族を自国に迎え入れ、さらに辺境伯を通じて西から西の国を元に戻そうと画策を開始していた。
民主政府では当初、サイゴン王国にも内政プレイヤーを送り込み、同国に産業革命を起こさせようとした。近代的な経済圏が確立してしまえば、民衆を圧迫している王政政府なんか自然と追い出される、そう考えていたわけだ。
だが、これらの行動は思惑通りには進まなかった。現場を理解してないのだから、それは当然の結果だった。
ツンダークの特徴として、王族も民衆も神の前では平等という点がある。地球でもこれらの事はお題目として語られるが、あいにくツンダークではそれがリアルな事実なのである。王族が城で偉そうにしているのは、彼らが政治という仕事を神に託されているからだ、という気持ちが民にも、そして当の王族たちにも存在した。たまにお馬鹿がいるのも事実だが、全体としては間違いなくそうなっていた。
そんなわけで、プレイヤーたちが考えるよりもツンダークの王政政治は遥かによくできていた。そして民衆も大きな不満があるわけでもなかったのだが、プレイヤーたちは遅れた政治機構、すなわち民衆は不幸であり不満がたまっていると盲信していた。そしてそのズレが、数々の失敗を引き起こした。
最後に、彼らはサイゴン経済を揺るがす方針をとってきた。つまり、西の国で作られたハイテク商品をサイゴン王国に送り込む事で、西の国に依存する経済圏をつくりあげようとしたのである。仮にそれが妨害されたとしても、自由貿易をさまたげるのかと文句をつけ、最終的には挙兵をも厭わぬ覚悟でいた。
だが、これすらも彼らは失敗した。理由は簡単、彼らの作り上げたものはサイゴンで売れなかったのだ。
その理由も単純明快だった。西の国から来る商人たちは、西の国のサイゴン侵略の手先と、当の民衆が判断してしまったのだ。
上の政治なんて一般人にはどうでもいい事なのは言うまでもない。だが、得体のしれない外国人や異世界人に主権を譲り渡そう、なんて考えるほどの無知や大馬鹿者はサイゴン王国にはほとんどいなかったというわけだ。
これら内政プレイヤーサイゴン侵略失敗は、プレイヤーたちの間ではあまり大きなニュースにならなかった。内政系プレイヤーがツンダーク国家の民主化に挑戦している話は確かに聞こえていたが、そもそもMMORPGの中でまで、どうして地球史の劣化コピーみたいな事をしなくちゃならないんだというプレイヤーが圧倒的に多かったからだ。要するに、それだけマニアックな行動だったというわけだ。
だが反面、ツンダーク人たちの間では非常に大きなニュースになった。
西の国が異世界人に乗っ取られたというニュースは各地に広がり、人材や物資の動きに変化を起こし始めていた。プレイヤー側から見ると協力的な現地商人の出現や政党の設立など、よい話ばかりが耳に入っていたが、元々周辺国から西の国に出稼ぎにきていたツンダーク人にとっては不穏なネタとしか見えなかった。特に年単位のタイムスケールではそれが顕著だった。
やがてそれは少し未来、いわゆる居残り組の取り込み問題で致命的に表面化するのだが、それはまだ未来の話。
ただ、ひとつだけ理解してほしい事がある。
確かに、西の国の内政系プレイヤーたちは、ツンダーク人の政治社会を遅れた旧世界のものと馬鹿にしていた。そして「人々の幸せのためには」と勝手な判断で民主化への道を進ませようとした。
確かに、それは余計なお世話であり、ツンダーク国家群の歴史の中では害悪だったのかもしれない。
でも彼らだって、人々の幸せを願っていたのは間違いない。それは事実だったのだ。




