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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
78/106

新生活

新しい土地の話です。

 シネセツカ大陸塊北部大陸。サイゴン王国首都・インシュン。

 雑多な民族がひしめきあう都であり、同時に、中央大陸塊西大陸の『西の国』と並びプレイヤーを多く抱える国のひとつである。だが、いろんな意味でサイゴン王国は『西の国』とは異なっている。まぁツンダークの一般的国家では『西の国』の方が異端なのだが。

「ユッターン。ユッターンはいらんかね?」

「安いよ安いよー!南方産のツバルオレンジだよー!食べごろだよー!」

「みる・まふ・ろっく、ぱらはね・きんか。ぺって!」

 見渡すかぎりの巨大な露店市。さまざまな店が道端にずらりと並び、思い思いの商品を売っている。中にはどこの田舎の商人なのか商品どころか言葉すらもさっぱりな者までいるが、そういうところにも、それらの意味のわかる者が顔を出しており、全体的に活気にあふれているようだ。

 そんな中を、ひとりの小娘が歩いている。

 褐色の肌の小柄な娘で、巨大なサーベルタイガーを子分のように連れている。

 娘の耳は人間のそれと違い、猫のようにふさふさの耳だ。また、身長の3分の2はあろうかという長い尻尾も後ろに伸びている。その先には誰がつけたのか、赤いリボンまで結ばれている。

 猥雑でゴチャゴチャした市場にサーベルタイガーの巨体は邪魔だし、それにおそるべき猛獣に違いないのに、市場の者たちは娘とサーベルタイガーを見ても、微笑むだけで怒りも、そして恐れもしない。

「ファンドルチキンの照り焼きはいらんかね?焼きたてだよー!」

「おばちゃーん!」

 やたらと割腹のよいチキン料理店のおばさんに、娘は声をかけた。

「モフ子じゃないか。今日は仕事終わりかい?」

「うん。おばちゃんいつものちょうだい!」

「あいよ。ああ、ちょっと裏に入りな。そこに突っ立ってるとリトル坊が邪魔者にされちまうからね」

「はーい」

 娘、モフ子は常連のようだった。裏に入るとリトルは「ここがオレの定位置」といわんばかりにどっかり座り込み、さらにそのリトルにもたれるようにして、モフ子も座った。

「食事はしてきたのかい?あんたもリトル坊も、うちのチキンじゃ足りないだろう?」

「してきたよー。でもその後、暴走牛を止めてぇ、盗賊十人ばかし切り捨ててぇ」

「わかったわかった、あいかわらずだね。で、小腹がすいたと?」

「うん!」

 モフ子たちの仕事は、どうやらこのあたりの警備のようだった。

 普通、インシュンの警備職は特徴的な腕章をつけている。だがモフ子とリトルはどういうわけか、その腕章と同じデザインの首輪をつけていた。もちろんサーベルタイガーであるリトルが腕章をつけられないためだろうが、なぜか人間のモフ子まで首輪をさせられているのが、ちょっとおかしい。

「それで、なんでそんな不満そうなんだい?」

「いやぁ、あたしの首輪を腕輪にしてくれっていったら、リーファさんにダメって言われてさー」

「そりゃ仕方ないだろう。虎に変身して腕輪ぶっ壊しちゃったんだろう?首なら壊れないだろうしさ」

「う……それはそうなんだけど」

 うーんとモフ子は不満気な顔をした。

「にゃ?」

「ん、ありがと」

 そんなモフ子に「元気だせ」と言わんばかりにリトルが頬ずりしてきた。

 

 

 

 モフ子たちがインシュンに流れ着いたのは、半年ほど前になる。

 ずっと前、とある事件の際、モフ子は見知らぬ土地に飛ばされた。全く知らない土地で困り果ててしまった。現在地がわかったのは三ヶ月後だったが、あまりにもあり得ない場所だった。

 シネセツカ大陸塊の南部大陸、別名ナキール大陸。しかも、そのど真ん中。

 現在地不明だったのも無理もない。この当時のシネセツカ大陸塊といえば、北部大陸にプレイヤーの手が入っていたかどうかすら怪しいもの。ましてやナキール大陸ともなれば、少なくとも公式には、そのほとんどが白地図のままなのだから。

 なのに海岸線近くならともかく内陸の奥となっては。

 長い旅が始まった。

 この十年近く、モフ子はほとんどプレイヤーに会わなかった。

 プレイヤーと会うようになったのは北部大陸に移動してからだが、その頃にはすっかりツンダーク人に混じってしまっていた。

 褐色で半獣で、サーベルタイガーを連れたモフ子をプレイヤーと見るツンダーク人はまず居なかった。もちろん言動などから「実は異世界人か?」と疑われた事はあったものの、彼女の容姿が明らかに昔からいる『褐色の乙女』と相棒の神獣の子そのものであり、その点に間違いがないのはすぐに判明したからだ。

 彼らの言い分はこうだった。

『神様から使命を受けた女の子なのだろう?ならば出身がどうとか関係ないだろう』

 実際彼らにとってはそうだった。

 出身がどこだろうと、何の種族だろうと、ラーマ神が使命を託したという時点で彼らには同じ事。人間だろうとウサギだろうと巫女は巫女というのと同じ事で、『褐色の乙女』というのはこのうえもない身分証明だったわけだ。

 時には、親切なキャラバンに随行し。

 時には、家屋ほどもある巨大な(ふき)の葉の下で雨宿りし、「あたしらコロボックルかい」と苦笑してみたり。

 時には、夜空を見上げて。

 時には、絶景に目を見張って。

 ひとりと一頭の旅は、果てしなく続いた。

 インシュンに辿り着いた時には金欠だった。荒野ではお金なんてなんの意味もなかったわけで、多くなかった備蓄は北部大陸に渡ってから次第にジリ貧になっていた。主に食費で。リトルはもちろん、モフ子本人も以前より大食いになっていたからだ。狩りで食っていた時には気づかなかったが。

 そして、インシュンの警邏(けいら)関係を仕切る貴族に拾われ、お屋敷に泊まりこみで警備の仕事をするようになったのだが。

 で、今に至る。

「ほい、おまちどう。仲良く食べなよ」

「はーい!ほら食べるよ?」

「ガウ」

 仲良く鳥料理を食べる少女とサーベルタイガーは、当然だが通りかかった者たちの目を引く。立ち止まった者たちに周囲の者たちは商品を売り込む。当然売上げも伸びる。

 モフ子たちがこのへんで可愛がられる理由は、単に厚意だけではないようだった。

 実際、モフ子たちのエンゲル係数は高い。稼ぎのほとんどは食費に消えており、それらの大部分はこの市場で散財しているのだ。それらの散財とは別に、ちゃんと雇用先の警備団でも食事をもらっているにもかかわらずである。

 彼らにとってモフ子とリトルのコンビは、お得意様であり看板娘でもあった。

 と、そんな時。

「こんにちは。うちの子たちは来てますか……って来てるわね」

「ま、まぁエリファス様!こんな所へどうも……」

「ああいいの、あなたたちは商売を続けて?邪魔をしにきたんじゃありませんからね」

「あ、はい」

 いかにも貴族の奥様、という感じの上品な女性が現れた。

 エリファス・ラマ・インファン。ここインシュンの都をだいだい守っている、インファン家の第一夫人であり、インシュンにおけるモフ子たちの保護者である。

「あ、エリさん!」

 雇い主の存在に気づいたモフ子が、あわてて食べるのを中止しようとする。まぁ、職務的にはサボって食べているのと同じだからだ。

「ああ、いいのよそのまま食べてて。大した用じゃないのよ」

「すみません」

「うふふ。もうひと回りは終わっているのでしょう?確かに褒められた話じゃありませんけどね」

 この市場だって職場の一部だし、モフ子たちが警邏(けいら)ついでに大量に食べているのは有名な話だ。本当はよくないのもモフ子たちは自覚しているし、ちゃんと実績をあげており、そして悪事に走っているわけでもない。

 だから、エリファスもあまり問題とは考えていなかった。そんな事より本題だ。

「ねえモフ子ちゃん、異世界人がいなくなるってお話は聞いてるかしら?」

「……いなくなる?」

「ええ」

「えーと……どういう事なんでしょう?」

「あら、貴女のところには来てないのかしら?異世界人をこの世界に招待する『サービス』とやらが、もうすぐ終わるって話なんだけど?」

「えーと……ちょっとまってくださいね」

 残っていた自分の鳥を食べてしまうと、モフ子は何もない空中に視線を泳がせた。

「えーと、メインメニュー、ログ、お知らせ……あー、あるねえ」

「あるねえって……貴女たちにとっては一大事件じゃないの?」

 呆れたようにエリファスが苦笑したが、モフ子は「ああ、そういう事ですか」とうなずいた。

「あたし、もう十年以上帰ってないですから。帰れない事も知ってますし」

「え、そうなの?」

「はい」

 エリファスは首をかしげた。

 実のところ、プレイヤーがこのツンダークに来ているのは『夢を見ているようなもの』というのがツンダーク人の認識だ。実際、VRシステムでダイヴする感じは夢に入っているのに似ているといわれ、不眠症の治療にもVRが使われるというから、おかしな話でもない。

 夢を見ているという事は当然、本来の肉体は異世界にあるはずだ。十年も眠ったままで大丈夫なものなのか?

 それに、帰れないとは?

「詳しく聞いていいかしら?それとも、こんな場所で話すのはまずい事?」

「いえ、大丈夫です」

 モフ子はきっぱりと言うと、傍らでまだ食べているリトルを見た。

「リトルを託された時に、日本……ああ、ここで言えば異世界ですね。異世界にあった、あたしの家にラーマ様がいらしたんですよ、人間の姿で。そこで色々ありまして」

「……よくわからないけど、じゃあモフ子ちゃん、貴女は夢を見ているのではなく、本当にこっちに移住してきたって事?十年以上前に?」

「はい、たぶん。まぁ、あっちの肉体がどうなっているかとか、そういうのはわからないですけど」

「……そう」

 エリファスはモフ子を少し憐れむように見ると、頭をなでた。

「寂しくない?あちらのご両親は?家族やお友達は?」

「うちの家はもうバラバラだったので。親しい人はこっちにしかいないですし……その、エリさんみたいに頭なでてくれる人も、あっちにはもういなかったから」

「……そう」

 この会話で、エリファスは本当の意味でモフ子の立場を理解した。

(この子……ラーマ神様に拉致されたんだわ。異世界から)

 褐色の乙女は、つまるところ神獣に仕える者だ。

 今は飼い主だが、リトルが神獣になれば立場は逆転する。そしてその後はほとんどの場合、神獣の所有物として長い、長い時間を過ごす事になる。その神獣の思うがまま。この大地を放浪し続ける神獣もいれば、神域にこもる神獣もいる。そして乙女たち(神獣がメスの場合は少年だが)は、神獣の意思のままだ。故郷に帰る事もできない。

 それらの存在は珍しいが、しかし驚くほどの存在ではない。エリファスが出会った『託された者』もモフ子が最初ではないし、彼らは基本的に皆、インシュンにいる間はエリファスの家で預かってきた。それもまた彼女の家の伝統的な仕事だったのだ。

 だが、異世界から拉致されてまで褐色の乙女にされたというケースは、さすがに前代未聞だった。

「そう。困った事があったら、いつでも相談してね?」

「はい、ありがとうございます!」

 にこにこと笑うモフ子の笑顔が、余計にエリファスには心痛かった。


次は閑話。『世界情勢』です。


(※コロボックル: アイヌの小人伝説で「蕗の葉の下の人」という意味とされている。

 コロポックルも同じ意味。アイヌ語にはpとbの区別がないそうなので。

 なお北海道にあるラワン蕗は、でかい葉は大人でも傘の代わりになる巨大なものです)


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