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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
75/106

ゾアントロピー(1)

ちょっと長めかな?

説明多くてすみません。あえてそのまま流してみます。

 本来の依頼仕事はもう終わったので、後は帰るだけだった。

 モフ子は上級レベルの隠密行動スキルを持っているし、リトルは完全無音・無気配の移動能力をもつ野生動物だ。魔法ガラスたちのコロニーに無駄な迷惑をかけないよう、そろっと逃げ出すのはお手の物だった。

 そうしてコロニーの外に出、帰路につく。

「……あれか」

 麓から登ってくる四名の男女が見える。明らかにツンダーク人とは違う装い。つまりプレイヤーだ。

「聞いてた数より少ないな。別ルートで来る奴は……いないみたいね。さすがに知ってるか」

 この山、ちょっと理由があって、山道から外れるには専用の対抗装備が必要なのだ。だが彼らがそれを持っているとは思えないし、かりにそれを使えばどうしても目立ってしまう。

 ゆえに、あの登ってくるメンツだけで全員なのだろう。

(もしかして、気配殺してるつもりなのかな?)

 バレバレなのにも気づかず、抜き足差し足……あまりにも滑稽だとモフ子は思った。

 だがしかし、モフ子のその感想はちょっとばかし勘違いがあった。

 彼女の『獣人化』は平時のステータスにも影響を与えている。隠密行動Lv61も一般的には充分に高いのだが、実質の彼女の隠密行動能力はLv80相当にも到達している。つまり現状、モフ子を出し抜こうと思えば、油断させるか、あるいは現プレイヤー最高の隠密プレイヤーでも連れてこないと無理なのだ。

「ふむ」

 どうしようかとモフ子は思った。あのレベルの隠密性なら、やり過ごして帰るのはおそらく余裕だろう。

 でも、今後も延々とまとわりつかれるのはさすがに鬱陶しい。ツンダークは猛烈に広いので活動拠点を移せばしょっちゅう追いまくられる事はないとは思うが、別の問題がある。

 そう。彼らはツンダーク人の事を、シナリオ通りに動いているゲームキャラとしか思ってないのだ。

 モフ子とリトルは問題なくとも、行き先々で一般人に彼らがどんな迷惑をかけ続けるか。

「リトル、あんた戦う?回避するなら、これが最後のチャンスだよ?」

「ニャ?」

 モフ子の質問に、問い返すような声をあげてくるリトル。

「……いや、ちょっとまってリトル。あたしも戦えって事?それ無理だよ」

「ニャ?」

「いや、ニャじゃないって。あたしと彼らは同じ『プレイヤー』なの。戦おうとしても禁止されて戦えないんだよ?」

「ニャ?」

「いや、戦わないんじゃないの。戦おうにも戦えないの。そういう呪縛っていうか制限みたいなのがかけられてるの!」

「ニャ」

「わかってんのかねこの子は。てか、あたしを戦力に入れてたんなら、ここはひとまず撤退したほうが……」

 撤退したほうがいいんじゃないか、とモフ子が言いかけた瞬間だった。

 突然、メニューが『ピコーン』とシステムメッセージ着信を知らせてきた。

「え?こんな時にメッセージって……え?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ったく、よりによって『無意味の山』のクエストとはね。そんなもん存在したんだ」

「wikiにもないですよね。隠れクエストですねえ」

「載せようがないんじゃないかしら。狩人ギルドのクエストなんて一般プレイヤーは受けられないわけだし」

 山道に到達していたのは四人のプレイヤーだった。

 まず、サンディがいる。モフ子の顔を知っているのだから当然の動向だ。ちなみにプレイヤーとしての彼女は米国人風の金髪女で結構グラマーだ。重装の大剣使いという、いかにもストレス発散したいですってテンプレのような容姿だがレベルも決して低くない。一応は上級プレイヤーの中に入れるだろう。


「でも事実、ディーテ、もとい、モフ子か。そいつは受けてるわけじゃん?そもそも、そのギルドでおまえも受付嬢やってたわけだし」

 次に、テンプレな西洋戦士のイメージだろうか、細い剣と短剣のようなものの二刀流の男。軽装だ。短剣の方は鍔の部分が広くなっていて、おそらくは盾のように相手の剣を受ける役割も果たすのだろう。名前はEgCHIと書いてあるが、皆にはエグチとかエッチと呼ばれている。銀髪にオッド・アイという中二病のテンプレ装備もバッチリである。ちょっと軽薄な感じもある。

 そのエグチ君にサンディが返答した。

「あのね。メニュー解除しただけで誰でもギルドに入れるわけないでしょ?真正面からプレイヤーが登録しようとしても蹴られるだけよ。あの女がどんな手を使ったかは知らないけどさ」

「思えば妙な話よな。なんで、誰も受けられないクエストなんて存在するんじゃろ?」

 今答えたのは三番目。ハゲデブの魔法使い。チャラい美男子型でないのが実力派を思わせて少々厄介だ。おそらくは複数の属性を扱ってくるだろう。口調が僧侶っぽいので僧侶プレイという話もあるが、そもそもツンダークには神官はいても僧侶はいないので少々間抜け。名前はバマツ。

「そこがリアリティって奴なんじゃないか?書き割りの裏側もそれっぽくしているんだろう」

 最後は、モフ子に似た多目的戦士タイプ。ただし彼は槍を使う。小柄な事もあり、足軽君と呼ばれているが能力はもちろん雑兵ではない。名前はナベシマ。冷静な分析を得意としている。

 さて。それはいいのだが、全員ちょっぴりお疲れの様子である。

 そもそも全員揃ってないのには理由があった。先に集合場所の現地視察に行ったメンツから緊急連絡があったためだ。

 

 いわく、現地は他者が使用中であり集会場所には適さない。

 いわく、自分たちは急用で参加できない。

 

 確認しようにも次の瞬間にログアウトしてしまった。一応メールは飛ばしてあるが、しばらくは連絡がつかないだろう。

 ちなみにサンディはこの時、彼らが『住人側』の施設に入り込んだのではないかと思った。

 メニュー解放者の行動範囲は一般プレイヤーより大きく広がる。たとえば道具屋と知り合って泊めてもらったり、ツンダークサービス公式では無かった事にされていた旧帝国関係の施設利用などだ。これらの時、他のプレイヤーには彼らは認識不可能になり、ログアウト表示になってしまうのである。

 だが、このタイミングでそんな所に入る必要があるのだろうか?

 唯一の可能性として、例の錬金術師の家の近くに未知の設備……そう、正式にツンダークサービスに組み込まれてない何かを発見した可能性だ。単なる遺跡などならログアウト扱いになるのはおかしいので、メニュー解除しないと入れないような所に何かがあった、という可能性か?

「ねえ」

「ん?なんだサンディ?」

「今さらって質問だけど。急用でログアウトした二人って、最後に何を探してたって?」

「ああ、なんか最初、コウモリがどうとか、ちょっと調べるとか言ってたな。浅いけど変な洞窟だとか。キノコだらけだとか」

「キノコだらけ?」

「錬金術師の家の近くであろう?素材のキノコ栽培でもしておるのではないかな?」

「洞窟でわざわざ?」

「知らぬか?リアルの話じゃが、洞窟や昔の防空壕、廃棄された古い隧道(ずいどう)で何かを栽培する、というのはよくある事なんじゃよ」

「へぇ……隧道ってトンネルの事だよね?そんな再利用方法があるんだ」

「いかにも。ただ閉鎖するのももったいないが、放置すると子供が肝試しに使って怪我をしたり、不心得者のたまり場になったりするでな。しかも年間とおして環境が安定しておるとなれば、再利用しない手はなかろうよ」

「なるほど!さすがバマツ、坊さんは博識だねぇ!」

似非坊主(えせぼうず)だと知っておろうに。やれやれ」

 ちなみにトンネル再利用の件は実話である。前の章だとゴスロリ吸血鬼がピクッと反応したところだが、ここにはトンネルマニアはいないので、それ以上の話にはならなかった。

 さて。

 彼らの推測は半分が正解だった。彼ら先遣隊は洞窟を根城にしていたツンダークコモンコウモリの群れに襲われたのだが、もちろん雑魚敵のコウモリにやられる面々ではない。ただちに始末した。

 ところがその中の一匹が生き延びたばかりか、彼らの目の前で進化、逆に彼らを撃退してしまったのだ。

 さらに、デスペナルティを食らいつつも怒りの反撃をしようとしたところで、ゴスロリ幼女と古代衣装のアダルトな女性に捕獲され、ツンダークサービス対象外の遺跡の奥に連れ去られてしまった。

 この件で彼らを責める事はできまい。むしろ敢闘賞である。なぜなら「ここにくるな」という意味合いのメッセージを仲間に送る事に成功したのだから。後日サンディたちは彼らの功績を知る事になるだろう。

 さて、話を戻そう。

 急遽、予定を変更して彼らはモフ子を追ってきた。サンディの記憶によれば狩人ギルドで指名依頼が行われたはずで、それは無意味の山での鳥の捕獲であった。よりによって何故極悪カラスの討伐なんかと彼らは思ったが、捨てる神あれば拾う神もあるのだろうと話を落ち着けた。まぁある意味間違いではないが。

「さっき、なんか上の方で大規模なマナの乱れがあったようじゃの」

「へえ。なんだろ?」

「何かのアイテムでも使ったんじゃないか?極悪カラスなんて面倒くさいもんの討伐、まっとうな手段でやるとは思えないし」

「合理的だけど、あの女らしいわ。攻略チームの斥候やってたらしいし、wikiに出してない隠しアイテムとかいっぱい持ってそうよね」

「うはは、それ美味しいな!」

「そういや賠償の話忘れてたな。ペット潰したらその後、サンディや俺たちへの迷惑料って事で、有り金とユニークアイテムを全部提出させようぜ。実際問題、それくらいさせないと今回の件は全然割に合わないしな」

「それってゲーム内通貨相当だけですよね?足ります?」

「む?他に手段があるというのかな?」

「いや。サンディは特に、直接謝罪と賠償してもらわないと気が済まないんじゃないの?リアルの住所と名前が必要じゃないです?」

「それはさすがにやり過ぎではないか?こっちが恐喝扱いにされかねんと思うが?」

「まさか。暴力に訴えるとか一切しないし。ネットじゃごまかして逃げた前科持ちなんでしょ?リアルを押さえないと絶対また逃げられますよ?」

「なるほど一理あるな。だが適当言われてもわからないのではないか?運営はそれに応じないだろうし」

「あ、それ僕わかります。皆さんプレイ記録とってますよね?それをもらえます?必要なら即、警察で手続きしてきますよ」

「警察で?」

「はい。事件にしちゃえば警察は動かざるをえないんです。掲示板のトラブルとかで犯人の特定を手伝った事あるんで。裁判所経由で命令されたら、日本でサービスしているのなら、少なくとも日本法人は捜査に協力せざるを得ないんですよ。

 正直、事件にしたら早いですよ。あっというまに特定できます」

「ほほう、詳しいな。さすがナベシマン!」

「その言い方やめてくださいよ。戦国ゲームの武将じゃないんですから」

「ああ、たしかにな。すまぬ」

「あははは」

 さて。三人よれば文殊の知恵というが、この者たちは悪い方向に突っ走り始めたようだ。

 彼らが言っているのは、そのまんま恐喝という名の犯罪である。ツンダークの中なら罰せられるのはツンダークの中だけであろうが、リアルでそれをやると間違いなく前科がつく。しかも彼らは全員、贔屓目に見ても社会人なのだから、おそらく現実になれば洒落にならない。

 集団で展開される論理というのは、個人なら決して踏み込まない領域を踏ませてしまうものだ。

 おそらくサンディ個人なら怒るだけですんだろう。中二病のエグチ君だけでも、妄想全開に懲罰という名のリンチを想像するだけで終わったろうし、坊さんもどきのバマツ氏だけなら、そもそもそういう発想には至らなかったろう。ただひとり、丁寧語で対応しているナベシマ君も、彼だけならそんな手段には訴えなかったろう。

 だが全員が揃った時、暴走は始まった。さながら、一杯では体調を崩すだけなのに、四種あわせたら確実に服用者を殺す毒薬のように。

 さて、そんな時だった。

「ん、ターゲットが近いぞ。どうやら先方は下山中らしい」

「本当に早いわね。こんな短時間で何羽仕留めたのかしら?」

「アイテム利用なら大量にゲットしたのかもな。そのへんも当然吐かせるとして」

「当然でしょ。どんな手使ったかしらないけど、こっちがゲーム不能になりかねないくらいの事をやらかしたんだもの。しかも小さいとはいえギルド一個まるごとだよ?持ち金どころか、本人のアカウントごと全て寄越すのが道理でしょ?ツンダークで得たすべての知識とか情報つけてさ」

「おいおい、それはさすがに賛同できんぞ」

「あくまで比喩ですよ。でも実際、それくらいの重罪人ですよ彼女。今回の件にしたって、運営の方はうまくごまかして問題ないって事にしながら、こっちをツンダーク中の全国家や組織から指名手配させたんだから。しかもプレイヤーの生産者グループまで引き込んで」

「そうよ、冗談じゃないわ。リアルでその汚い引き篭もり顔拝んで、土下座させなくちゃね」

「おぅ、女は怖いねえ」

「何言ってるの。刺々しい日常の癒やしにネトゲでまったりしてるっていうのに、こんな不愉快させられたんだもの、これくらい当然っていうか足りないわよ。相応のツケを払ってほしいとこだけど、リアル土下座で勘弁してやろうってんだから優しいもんじゃないの」

「……さて、そろそろ見えてくるぞ」

 さすがにドン引きしたのか、男たちは目の前のターゲットに意識を戻した。

 

 

 

 自称・モフ子なるその女とサーベルタイガーが現れた時、彼らは奇妙な違和感を覚えた。

 まずモフ子も、そしてサーベルタイガーも彼らを全く恐れても、驚いてもいなかった。むしろ、待ちかねたものがようやく来た、そんな顔をしているような気がした。

 だが、それだけではない。

 特にモフ子の方に何か、得体のしれない違和感があるように彼らには思えた。

 とはいえ、

 それを吟味する時間は無かった。会話が始まってしまったからだ。

「あら、こんな所に皆さんなんの御用です?」

「おぅ、言ってくれるねえ。何人ものプレイヤーをアカウント削除に追い込んだ張本人で、おまけにここにいるサンディにPK行為を働いたあげく、ゲーム中とはいえ無実の罪で全世界に指名手配した犯人のくせに」

「それだけじゃないですよエグチさん。僕らのギルドもあちこちから敵対表明されて酷い事になってますし!」

「おっとそうだな、もちろんそれもだ」

「あらら、大変ですねえ。ご苦労様です」

 のほほんとモフ子が返してきたのに、さすがに全員が眉をつりあげた。

「ふざけるな!誰のせいだと思ってんだ!」

「そうよ!ふざけんじゃないわよ!」

 サンディが怒りの形相でモフ子を睨みつけた。

「どんな手使ったかしらないけど、さっさと馬鹿げた工作をとりやめて、あれは自分のせいですって出頭する事ね。

 いい?これは脅しじゃなくて本当の警告よ。

 もし従わないのなら、今までのプレイ記録を全部持って警察に駆け込むわ。こういう事に詳しい人がいてね、警察で正式に事件にしてしまえば、運営は裁判所命令という形で協力せざるをえないの、わかる?貴女がどこの引き篭もり女かしらないけど、成人しているなら留置所に叩きこまれて前科がつくし、未成年なら親も裁かれる。仕事があるなら職場もクビになるかもね。

 そう、今のあなたの生活のすべてはめちゃめちゃになる。それくらい理解できるわよね?」

 うっふふと楽しそうに笑う。自分が上位のうえに正しく、相手を合法的に踏みつけていいと喜ぶ女の醜い顔だった。

 だが。

「はぁ。どんな手でくるのかって期待してたけど、その程度かぁ。つまんないの」

「……は?」

 モフ子が困ったようにためいきをついたので、サンディは眉をしかめた。

「そうね。じゃあ、今あんたが言ったレベルの話で解説してあげましょうか?

 まず、ツンダークを運営しているのは日本の会社ではなく、日本法人もないのよ。連絡先はあるけど、そこってただの広告代理店でゲーム本体の権利なんて誰も持ってないの。日本警察が動いたところで、そういう事がありましたって本社に伝える事くらいしかできないのよね。これについては知ってた?」

「え……」

「外資系だって言いたいんだろ?」

 サンディが詰まったところを、情報源であるナベシマ青年が引き取った。

「甘いな、営利企業なら当然イメージを気にする。日本警察が大きく動けば、海外の会社でも問題にして当然だよ。それが法外な提案なら別だけど、明らかな犯罪プレイヤーの情報だもの」

「ええそうね、営利企業ならね。で?ツンダークの運営元は営利企業なのかしら?」

「は?」

 何をバカな、と言いかけるナベシマ青年に、モフ子は平然と畳み込んだ。

「ツンダークの運営元とされているジーヴァ・ソフトは、ただの連絡先と課金プレイヤーむけ業務を担当しているにすぎない。運営AIである『ラーマ』の管理、そしてこの世界そのものを支えている団体は非営利でね、その資金源も含めて商業ベースとは別になってるの。知らないの?最先端の攻略チームならここまでは誰でも知ってるはずだけど?」

「……ここまでは?」

「ええ、そう」

 モフ子は、にんまりと楽しげに笑った。

「ちなみに、運営元の所属とされる合衆国(ステイツ)に話つけても無駄よ?」

「……」

 妙に流暢な合衆国(ステイツ)の発音にバマツ氏が眉をよせた。

 だが会話はそれとは関係なく続く。

「ツンダークの運営元は、いかなる地球国家の影響も排除したクリーンルームでAI研究するって目的に特化してるの。具体的には、あらゆるシステムと組織を国家の影響の及ばない場所に配置してあるのよ。他のすべての窓口はトンネルにすぎないから、最悪でも別のところにすげ替えられるだけ。誰も干渉できないわ。

 そんなわけで、どんな捜査の手も届かないわけだけど……」

 そこまでモフ子は言うと、やれやれと肩をすくめた。

「そんな巨大スケールの話をするまでもなく、あんたの罪はあんたのものよサンディ・ミヤウチ。

 狩人ギルドの職員をしていながら、そこにやってきた者の個人情報を非合法組織に流した。しかも、それが正しい事だと言い切り贖罪の意思もなかった。おまけにツンダーク土着の人間たちを人形劇の書割とまで言い切った。

 あんたの罪はそれだけよ。

 でも、その内容ゆえにツンダーク土着のすべてのギルドが自分らの敵と判断した。当たり前の話だと思うけど?

 で、その犯罪のどこにあたしが出てくるのかしら?

 こういうのって、言いがかりって言うのよね。まったく、勘弁してほしいもんだわ」

「ふざけんなよ、おい!」

 怒りだしたのはエグチだった。

「おまえのせいで引退したプレイヤーも一杯いるんだろうが!良識ってもんがないのかよ!」

「あら、それを問題にするなら、あんたたちもペット排斥派だよね?あたし知ってんだけど?ボコボコ王子さんちのギルドの影にかくれて、こっそりプレイヤーのペット殺しを延々続けてたのって、あんたらだよねえ?

 ちなみに、あたしが把握してる限りの殺害数もあげてやりましょうか?あんたら凄いよねえ。涼しい顔して、こっそりウチの何倍殺してた?一桁違ってるよねえ?こわいこわい」

「!?」

 サンディたちの間に一瞬、動揺が走った。それはもちろん、知られているはずのない事だったからだ。

「知られてないつもりだった?ばっかだねえ。壁に耳あり障子に目ありって言うじゃん。

 それにしてもねえ。自分たちの事を棚に上げて、良識がないのかな?

 むしろ、こうやって言いがかりをつけられている時点で、被害者はどう見てもあたしなんだけど?」

 そういって、モフ子はフウッとためいきをついた。

「んー、もう少し建設的なお話もできるかと思ったんだけど、ここまでか。さ、帰るよリトル」

「ニャ」

 そういってモフ子はサーベルタイガーと共に彼らの横をすり抜け、そのまま去ろうとした。

「……」

 その瞬間、ナベシマ青年が動いた。音もなくスッと武器を抜くと静かにリトルの背後にまわり、大きく振りかぶって、

 

 

 

 「────あ?」

 

 

 

 一同はその瞬間、何が起きたのかわからなかった。

 ナベシマ青年の眉間にダガーが刺さっていた。明らかに脳に到達している深さだった。

 それは、ありえない事だった。

 超人的な力と、ありえないレベルの投擲の技術。そのふたつをもってしてもなお、後ろむきに小さなナイフでなくダガーを、しかも革兜をかぶった人間の眉間に脳に達する勢いで叩きこむとか、絶対にあるはずのない一撃だった。

 そして、そのままナベシマ青年は倒れた。

「な、なんだ。死んだ?」

「いやまて、おかしい。死んだら死んだで、なんで死に戻りしないんだ?」

 ナベシマ青年は倒れたまま動かない。消える風でもない。

 そして、モフ子がクスクスと笑い出した。

「貴様!PKの現行犯のくせになんで笑ってる!?」

「そうよ!どんな抜け道使ったか知らないけど、これで確定じゃない!」

「PK?なんのこと?あんたたちはリトルを殺そうとした。だから反撃した。それだけの話でしょ?」

 くふ、とモフ子は楽しげに笑った。

「あたしは、このリトルを育てよという使命をこの世界の神様から直接受け取った。聞いてるでしょう?」

 そういって、片手斧を腰から引き抜いた。

「プレイヤーだから?なんの話?この子を殺そうとする者は、誰であろうと(・・・・・・)排除する。当然でしょう?」

「き、斬れ!殺せ!」

 だが、彼らの戦闘開始よりもモフ子が飛びかかる方が早かった。

「チィッ!こ、こ、この、こ、この!」

 意外にも飛び出して攻撃を防いだのは、一番チャラい感じの中二病・エグチ青年だった。

「なんつー手数だ。本当に斧なのかアレは?」

 斧という武器は重さで攻撃する関係上、剣よりどうしても重く、遅くなる。ましてやモフ子は女なのだ。

 なのに、一方的にエグチ青年が押されている。二刀流の上に、どちらかというと切れ味重視の細剣なのに。

「くそ、くそ、む、この、てぃ、だあぁぁぁっ!」

 左手の奇妙なダガーがモフ子の斧とかち合った。だが、

「うげっ!」

 バキッと強烈な音がしたかと思うと、そのダガーはへし折れてしまった。

「くそ、なんでミスリルなのに!ありえねえ!」

 彼のダガーはいわゆるソードブレイカーの一種だった。斧に対して使うものではないが、ミスリル製なら壊せると踏んだようだった。

 だが結果は逆。ソードブレイカーの方が壊れてしまった。

 ちなみにミスリルは軽くて硬い金属である。だが、その強さのせいで逆に、ぎりぎりの強度で切れ味を求める鍛冶師が多い。

 そう。彼らは「ミスリル本来の頑丈さをとことん追求した武器」なんて、お目にかかった事がなかった。

 ミスリルを使って鋼鉄の剣とそっくり同じものを使った場合、頑丈だが軽すぎて、ちっとも効かないものになってしまう。だからこそ切れ味をアップさせ、強度を下げて作るのだが。でないと鋼鉄よりも確実に大きな剣になってしまうからだ。

 だがモフ子の斧は、このセオリーに正反対から異を唱えたもの。つまり、鋼鉄製と大差ない重さと攻撃力を維持しつつ、残りをすべて頑丈さに割り振った「存分に殴りあってくださいね」という性質のもの。

 そして、そうこうしているうちにも、二刀流の片方をなくしたエグチ青年は一気に追い詰められる。

「くそ、クソクソ、ぐ、うわぁぁっ!」

「させるか!」

 もう少しで殺されるというところで、僧侶が巨大なメイスで殴りかかった。モフ子はそのメイスに蹴りをいれ、角度を変えて後ろに飛び下がった。

 戦闘は一旦落ち着いた。

「はぁ、はぁ、」

「エグチ、早く予備武器を出せ。これは三対ニでも不味いぞ」

「ああ。畜生、なんて化けもんだ」

 いくら遅いからといって敵のメイスを足場代わりにするとは。本気で洒落にならなかった。

 だが、彼らには彼らの切り札がまだあった。サンディだ。

 ここまでサンディが攻撃に参加してないのには理由があった。サンディは組んずほぐれずの戦闘が苦手で、むしろ一撃必殺の大出力型だったからだ。

「人間と思うな!これはボス戦じゃ!二匹(・・)とも倒せ!」

「了解!」

 いきなりのPK破りにすっかりペースを乱されていたが、本来彼らは弱くない。たちまち体勢を整えると、今度は逆にモフ子を襲いはじめた。攻撃可能ならこっちのものと言わんばかりに。

「ギシャアアアアアッ!」

 リトルが威嚇して飛びかかるが、サンディにいなされる。

 彼女はどうやら攻撃こそ遅いが、その隙を狙ってくる敵をいなす(・・・)術には長けているようだった。軽く蹴ったり剣の横面で叩いたり、ダメージはほとんどないがタイミングを乱され、リトルはどうしてもモフ子の補助に入れない。

 おそらく、そうやっているうちに仲間が攻撃に入り選手交代するのだろう。仲間を信用しているからこそできる連携だった。

(よし、勝てる)

 三人のうちの誰かが、そんな気持ちを抱いた。

 実際、今までがおかしかったのだ。モフ子は規格外なのかもしれないが、たかが軽戦士(・・・・・・)である。元斥候兵の彼女は立ち回りこそ器用であっても高い戦闘力があるわけではない。だから、戦闘にさえなってしまえば、こちらの勝ちは揺るがないはずだった。

 戦闘にさえなれば。

「このっ!」

「ギャウゥアギャワァギャアァアアアア!」

「うるせえこの馬鹿猫っ!」

「死ね!」

 そして、その一瞬はやってきた。やってきてしまった。

 頭に大剣の一撃を喰らいかけたモフ子。怒りの絶叫と共に襲いかかったリトルと、それをメイスで殴り飛ばしたハゲ坊主。

「……!!」

 そしてそれが、モフ子の視界に入った。その瞬間、

「ぐぉ……ぐぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 そんな物凄い声と共に、全員がまるで爆発でも喰らったかのように吹き飛ばされた。

 いったい何が起きたのかと頭をふる一同。

 だが。

「え……ちょ、えぇぇぇぇ!?」

 サンディのとんでもない叫びを聞きつけ、ぎょっと一同がその方を見て、

「!?」

 

 

 全員、言葉を失った。


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