狩り
さてさて。
極悪カラスことマメンチ・ブラックバードを狩る、という依頼を引き受けたモフ子とリトル一行。
リトルを狙う危険な者たちがいる事も承知の上で引き受けたわけだが、やる事はミンスターの町からの移動中にやった狩りと別に変わらない。つまり、常に周囲に注意しつつ、余裕を残しつつ狩る。それだけ。
それでいいのかと言われそうだが、少なくともモフ子とリトルの場合はそれで良かった。
モフ子は決して無理をしない。いついかなる時も。どんな状況であっても。
そも、大きな戦闘力を持たない彼女が攻略チームに籍を置いていたのは、彼女の生還率が異様に高かったからだ。専業の盗賊に迫る隠密能力を持ち、そして戦闘回避の小道具程度には足りる戦闘力とスキルをもつ。そして、とにかく執拗なまでに生還にこだわるので、死に戻ると消えてしまうようなレアアイテムが出ると確実に彼女が運搬役に指定された。複数チームで攻略していても名指しで指名されるほどであり、つまり、彼女がそれほどにも「絶対に生きて帰る女」と信頼されていたわけだ。
その磨きあげた能力を今、彼女は自分自身とリトルのためだけに使っている。
「ん」
出発していくらもたたないうちに、突然モフ子は歩みを止めた。リトルに「ちょっと休憩しよう」と街道から外れた樹の根元に座らせ、そして街道から見えない方向からリトルにもたれかかった。
そして、耳と全神経は街道を往く男女のグループに向かっている。
『それで……今……いるはず……』
『……女……』
メンバーのひとりがリトルに気づいたようだ。指さして何か話している。
だが、しばらくして、そのままどこかに去っていった。
(ふうん)
モフ子がいると気づいてわざと見過ごしたのか、それとも素で気づいてないのか。
だがモフ子は特にそれらを気にする事もなく、しばらくして「よし」と起き上がった。
「さ、いくよー」
「ニャ」
「……いいけど、あんたその鳴き声まるっきり猫よね」
「?」
大きくなってくるに従い、だんだんと鳴き声に迫力が出てきた。だが相変わらず普段の鳴き声は基本ニャーである。要するに猫声で可愛い。
モフ子としては可愛くてOKなのだが、本当にそれでいいのか。
育ててる身としては将来を心配せざるをえないので、考えてしまう。ニャーは人間受けはすると思うが、サーベルタイガーのメスにはウケるもんなんだろうか?と。
そんなモフ子の疑問。それに答えてくれる者はいなかった。少なくとも今は。
アンカノース山。プレイヤー的には別名、無意味の山。
なんで無意味かというと、まずゲーム『ツンダーク』における経験点の説明が必要だろう。
ツンダークの経験点システムは、基本的に通常の野生動物や人間を対象外にしている。もともと敵を殺す事は経験点の絶対条件ではないのだが、特に人間や野生動物相手だと、全くといっていいほど経験点がもらえないのだ。要するに、モンスター相手にそういうゲーム行動をとれという事だろう。実際、ヘルプや説明にもツンダーク元来の野生動物や人間を狙うのは無意味で、場合によっては犯罪者にもなると記されている。
もちろん、経験点のもらえない相手でも、武器や魔法のコントロールの習熟という数値に出ない範疇でのメリットはある。しかしその条件で修行をしたがる者はツンダーク人ならともかく、プレイヤーにはほぼ皆無だった。「どうせ修行するなら経験点ももらえた方がいいに決まっている」というわけだ。
この点、ツンダークに参加したプレイヤーの大多数が意外にも効率厨だったわけだが、これは驚くにはあたらない。少なくともプレイヤー全員のゲーム体験を見つめてきた統合AI『ラーマ』は、プレイヤーの大多数が程度こそあれ効率厨の気があるのをβ初期にしっかり見抜いていた。
実は日本人、意外とがめつい?
いや、その認識は間違っている。少なくとも『ラーマ』の結論は違っていた。
プレイヤーの性格統計で『ラーマ』はこう結んでいる。「プレイヤーの大多数は、経験点が得られない行動を『サボりのようなもの』『みんな経験稼いでるのにボクだけ遊んでていいのか?』などと認識しているようだ。ゲームプレイ自体が遊びの延長であるにもかかわらずサボタージュを好まず平均値を稼ごうとするあたり、少々過剰なくらいに秩序を好む真面目人間が多いのだと思われる」
……要するに、日本人はゲームでも秩序を好み、まじめに行動するという事である。
確かに、MMORPGですら整然と行列を作り、秩序を守ろうとする傾向があるのは日本人に多い特色だという。どこにあっても無秩序になりにくいのは美点なのだが、反面、平均値でいたいという強迫観念から効率厨になりやすいという事か。
ちょっと身につまされる話ではある。
さて、話を戻そう。
まぁそんなわけで、この『無意味の山』にはプレイヤーがいない。町からの距離も半端なので、試し撃ちのバカすらも出没しない。せいぜいツンダーク人の行楽客と猟師が出入りする程度の静かな山だ。
ところがこの山こそが、問題の極悪カラスの一大生息地なのである。
ここでもう一度、マメンチ・ブラックバードについて説明しよう。
ツンダークにもカラスはいて、それは地球のカラスと全く変わりがない。ところが、このマメンチ・ブラックバード種だけはカラスと思えないほど異様な姿を持っている。だがこれにはもちろん理由がある。実はこの鳥、全身に浮遊の魔力を帯びるという奇妙な進化を遂げたせいなのである。
基本的に鳥のあの姿というのは、いかに身体を軽くし、なおかつ翼を支える筋肉を発達させるか。この一点に特化した結果といっていい。
では、筋肉がなくとも飛べるとしたら、どうなるか?これがすなわち、マメンチ・ブラックバードの特徴というわけだ。
まず大きさ。かなり大きい。翼長、つまり翼を広げた時の幅はなんと2mを越える。
というか、ほとんど翼だけである。羽毛に浮遊の魔力を浸透させて飛ぶので、凧のように翼が大きい方が有利なためだ。
ところが逆に、胴体などの肉体部分は小鳥サイズでしかない。
当たり前だが、弓や魔法で翼を狙っても通りすぎるだけであり、倒すならこの小さなボディを狙うしかない。あるいは針金のように細く伸びた首の上にある頭を狙うか。目と目の間に正確に撃ち込まないと、まず確実に外してしまうが。
そう。
もうわかったろう、この鳥が嫌がられる理由が。
見た目はデカいのに有効な的は異様に小さい。そして苦労して撃ち落としても食べる部分はほとんどないし、魔力だけは大きいから、怒らせると集団になって魔法攻撃してくるのだ。
これらの特性のため、β初期の頃、イライラしながら撃ち落とそうとしたプレイヤーが何人も殺された。特に初期のプレイヤーは魔法防御がなきに等しいから、最低の初見殺し、極悪カラスという名前をこの鳥はもらう事になったのである。
ちなみにツンダーク人の現地名は魔法カラス。実は、その浮遊する羽飾りで子供のおもちゃを作るもので、ツンダーク人には悪評ではない。また骨の断面は貝とも違う不思議な光沢を持っており、楽器や家具などの飾り職人が、バインディングやインレイといった飾りに埋め込むのにも使っている。もちろんプレイヤーの生産職も気付きはじめてはいるのだが、本格的に利用するのは、まだまだ先の話だろう。
「……いるいる」
南側のゆるやかな斜面。マメンチ・ブラックバードの大コロニーが広がっている。
なんとなくペンギンの育児コロニーを連想させる混雑っぷりに、モフ子はフムフムと視線を巡らせ、個体を確認していった。
「できれば、子育て中じゃないのがいいねえ。……ああ、あの集団がいいかな?」
ごそっと群れている一団を発見。
喰うところのない鳥に関心がなく、のんびりモードのリトルに「おいでおいで」をして呼び寄せた。
で、ぼそぼそと指示する。
「リトル。あたしが合図したら魔法妨害かけるんだよ。わかった?」
「ニャ……」
あいかわらず、わかってるんだかいないんだか。
とはいえ、そのリトルの反応から「OKらしい」と飼い主はしっかりと読み取り、「よろしくね」と言い、そしてタイミングを待った。
「よし…………今!」
合図を出した瞬間、モフ子は自分の耳を塞いだ。
その瞬間、リトルの口から猫族とはとても思えない、奇妙な音が吹き出した。
『キィィィィィィィィィィィィィン!!!』
それは甲高いサイレンのような、あるいは女の悲鳴のような音だった。至近距離にいると皮膚がビリビリと震えるほどに物凄く、さすがのモフ子も耳を塞いだまま、それでも苦笑しながら耐えていた。
「おし、もういいよー」
そんな大音響の中でも本人(?)だけは違うのか、モフ子の一言でピタッと声は止まった。
「ん、おけ。ちょっと待っててね」
まわりにいたカラスどもは、一匹残らずひっくり返っている。ピクピクと震えている個体までいるのがちょっと哀れだ。
「ああ、やっぱ魔法生物系だとこうなるんだなぁ……」
ダガーを腰から引き抜くと、子供のそばにいない手頃な個体から殺していく。ほとんどが昏倒しているのだから簡単なお仕事だ。で、殺しては紐で結び、数えながら束にしていく。
やがてモフ子のそばには、約30羽ぶんの束ができた。
「とりあえずこんなもんかな。欲かいたら……おや、さすがに復活しそうだ」
ぶるぶると震えて復活する個体が出始める中、モフ子は全ての束をアイテムボックスに突っ込んだ。そして、リトルが既に引っ込んでいる小さな穴に戻ってきた。
次の瞬間、カラスたちはギャーギャーと騒ぎ出した。狼藉者を探しているのだ。
「さて。30分ほどのんびり待って、それからまた忍び足で帰りますかねえ」
「ニャ」
リトルがさっきやらかした奇声をサーキュレイトボイスという。周辺のマナを激しくかき乱す事で詠唱妨害するというユニーク能力だ。特に今回のような魔法系生物だと失神させる事も可能で、使い方を間違えなければ非常に役立つものだ。
ただし明確な欠点もある。
まず、連発すると喉を痛める事。人間でも激しい奇声は声帯に負担をかけるが、このへんは同じという事なのだろう。リトルはそれでも平気で連発しようとしたが、モフ子が「ダメ!」と叱ったので、非常時以外は連発しないとふたりの間で合意がとれている。そのへんは、おかん……もとい、保護者の面目躍如である。
次に、そもそも人間の魔法使い相手だと使いにくい事。確かに詠唱妨害になるが、詠唱破棄しているとタイミングを誤る事もあるし、そもそも低位の攻撃魔法を連発された場合、それをいちいち防ぐわけにはいかない。
つまるところ、人間むけの能力ではないという事なのだろう。
なお、30分待つといったのはカラスたちが落ち着くのにかかる時間もあるが、別の理由もあった。彼らカラスはハイレベルの隠密行動者以外の者には反応するので、探知機にもなるのだ。その探知機が落ち着かない状態で無理に動く事はない。そういう事だ。
「にゃー」
「あいよ。んー、ま、いっか」
「ニャ」
リトルが空腹そうなので、匂いのしない野戦食を出した。もちろんリトル用に塩分が少ないものだ。
乾燥肉のブロックをとりだし、弱い生活魔法で水分を浸透させる。そのままでもリトルなら食べられるが、カラカラの乾燥肉なんて味気ないものを食べさせたくない、というモフ子の親心によるものだ。
そんなモフ子の気持ちを知ってか知らずか、リトルはいそいそとブロックを食べ始めた。
「……ゆっくりね。時間はあるから」
リトルの、そんな無邪気なさまをモフ子はうっとりと見つめ、そして首のところをゆっくりとなでた。
しばらくたち、外の大騒ぎがゆっくりと静まってきた。
「よし」
やがてモフ子は立ち上がると、ぽんぽんと腰を叩いた。
「さて、いくよリトル……リトル?」
「……」
リトルはじっとモフ子を見ていた。その顔がモフ子には「いくのか?」と言っているようにみえた。
「ん。あんまりお客さん待たせちゃ悪いでしょ?それに」
「……」
「どうしてだろね。なんかワクワクするんだけど?」
「……ニャ」
もし、ここに二人を見ている第三者がいたら。その者はきっと、同じ表情をする人とサーベルタイガーの子が見えているはずだった。
『戦いだ!』
にやり。
モフ子の表情がゆっくりと、楽しげな笑いに変わった。




