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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
71/106

お風呂とお漏らし

 依頼を受けたのはいいが、もちろんモフ子がまずやる事は決まっていた。お風呂である。

 ついでに泊まっていってはどうだと言われたが、とりあえず保留した。例のサンディ女史の件がどう転ぶかわからないし、あんなのに気を使うくらいなら、リトルとふたりで夜空の下の方がいいと思っていたからである。

 そんなわけで。

「あぁぁぁぁぁ、気持ちいいよぅ……」

 いそいそと身体を洗い終わったモフ子は、幸せそうな顔で湯船にまったりと浸かっていた。

 それは日本の風呂によく似ていた。給湯設備も電気もガスもないツンダークでどうしてこんなものを、と考えたモフ子であったが、レイラインがどうの、今後経営予定の公衆浴場を見越した大規模魔術回路による太陽エネルギー集約・蓄積システムがどうのと意味不明の専門用語の連続にあっさりと追求をあきらめ、すなおにお風呂を堪能させてもらう事にした。

 そういう小難しい話は魔術師とか魔技師の間で存分にやってほしい。そう本気で思うモフ子だった。

「……」

 で、そんなモフ子の横で伸びているリトルがいる。

 猫が水を嫌がるのは日本では常識だが、あれは家猫が砂漠生まれであるのが原因とされており、また身体が小さいから濡れると冷えやすい等、いくつかの理由もある。まぁ、それでも馴らす事は可能なのだが。

 ところが同じ猫科でも野生種ではガラリと事情が変わる。たとえば虎は避暑や消臭のために水に入るし、時には泳ぎを楽しむ事までするらしい。他種族に比べて生体構造も非常によく似ているとされる猫科の動物群の中でさえ、身体のサイズや生活史が違うだけで、ここまでの相違が出るのである。

 で、リトルの場合はどうかというと……サーベルタイガー種は決して水を嫌わないが、ひとが飼う個体は水を嫌う事がある。理由は簡単で、人間は見た目を整えるためにペットに水をかけようとするからだ。そしてこのせいで、サーベルタイガーは水を嫌わないが、あまり好きとも言えないという誤解が定説になってしまっている。

 その話を聞いたモフ子はもちろん、機会あるたび執拗にリトルに水浴びさせまくった。それも、ただリトルに浴びさせたのではない。自分自身が濡れネズミになるのも厭わず、必ず一緒に入ったのだ。「大丈夫、こわくないよ」と一緒に水を浴びて身体を洗ってやり、水に入るのは怖いことではない、という事をリトルに教え続けた。

 その結果が、こうしてモフ子と当然のように一緒に入浴するリトルだ。まぁ風呂場の熱気にはちょっぴり参っているようで、広い湯船の横で絨毯のように伸びているが、それでもモフ子から離れようとしないあたり、水浴びには同席するのが当たり前というのが認識らしい。一応リトルはオスなのだが……。

 だが、性別問題を指摘したところでモフ子はきょとんとするだけだろう。モフ子にとり、リトルはオスだが『異性』と認識されていないからだ。幼稚園児の息子と女湯に入る母親と心理的にはあまり変わらない。

「それにしても、でっかくなったねえ」

「……」

 大きな湯船の横で「ん?」と顔をめぐらすリトル。

 確かに大きくなった。体長や体高でもすでに山猫サイズになっているが、そのサイズでまだ子供なのだ。当然、四肢の太さや頭の大きさが全然違うわけで、重さは推定でも20kgには達しているだろう。

 思えば、ミルクが尽きるまでの成長速度が凄まじかった。朝と夕方で大きさが、重さが全然違うという異常事態が一週間も続いたのである。日本猫の成獣より小さかったのが一週間で10kgを越えたのだから、その速度は明らかにおかしいだろう。体内に取り込んだものと質量的に釣り合っていない。

 そして一ヶ月たった今や、リトルはモフ子が抱きまくらにするほど大きく成長していた。

 サーベルタイガー種は成獣になると、モフ子くらいの体格の人間なら騎乗できる大きさに達する。地球でいうとライガー種に匹敵する大きさである。しかもこのサイズで虎のように基本が孤独性のハンターなので、スペックがいちいち異様に高い。

 しかもご存知のように、高レベルに成長したモンスターは自然界にいる同族とは比べ物にならないほど強くなるのである。さらに飼い主が脳筋なもので、かわいいリトルの成長を心から喜び、訓練も怠らず、そして共に笑い泣き、そして戦う。

 モフ子はまだ気づいていないが、リトルは成長の速さだけでなく、強さも現時点で十二分におかしかった。だがその事にモフ子が気づいていない。これは無理もない事で、自然種でなく訓練しながら育てたサーベルタイガー種の平均的な強さなんて、そもそもモフ子は知らなかったのだから。

 そして、知ろうが知るまいが事態は止まらない。

「……」

 べたーっと伸びていたリトルが突然、何かを感じたようにピクッと動いた。

「どうしたの?おしっこ?こんなとこで漏らしちゃダメだよ?」

 リトルが急に動き出したのを小用かと思ったモフ子が釘をさす。

 だが、リトルはモフ子の言葉に反応せず、そのまま座り直した。猫でいう、いわゆる『香箱座り』に近い座り方だ。

 次の瞬間、しゅうううっとリトルの身体から強烈に湯気があがる。乾燥魔法で重い水を飛ばしたらしい……といっても風呂場で完全に飛ばすのは無理だが。

「……リトル?」

 モフ子は、そんなリトルの突然の行動に首をかしげた。

 だが言葉は疑問符だが、身体は音もなく、するりと湯から出た。何も身につけてない褐色の肌がつるんとしていて、張りのある身体から弾かれた水がどんどん流れ落ちていく。

 次の瞬間、モフ子の身体からも強烈な湯気があがった。リトル同様、表面の水分が一瞬で吹き飛んだのだろう。

「……」

「……殺気?なんだろね?」

「……」

 ひとりと一匹は、入り口のドアの方を見て、じっと沈黙していた。

 

 

 

 同じころ。ギルドの執務室にて。

 ギルドマスターとふたりの用心棒が、受付嬢のサンディに尋問していた。

「サンディ。おまえ、なんでモフ子を門前払いにしようとした?」

「ふたりに申し上げたはずですけど?彼女の事を冷やかしか、子供の背伸びと判断していたと」

「ほう?ステータスチェックをちゃんとしてたのにか?すぐわかる嘘はよせや」

 キリーはサンディの言葉を却下した。

「それに、おまえがやったのはステータスチェックだけじゃねえよな?そっちについては何もないのか?おまえには報告義務があるはずだが?」

「……」

「サンディ」

 キリーの声が低くなった。

「もう一度いうぞサンディ。モフ子について何をやったか、逐一報告しな。でなけりゃ」

「……でなけりゃ、どうするんですか?」

「言ってほしいのか?サンディ」

「……」

 サンディは動かない。

 だが、その笑顔の質が変わった。少なくとも、ギルドマスターに対する受付嬢のそれではなくなった。

「なるほどな。わかった」

 キリーにはその顔だけで充分だったらしい。

「サンディ、ギルドホームは色んな意味で特別製でな。特にセキュリティについては通常ありえないほど厳しいんだ。その説明は前にしたよな?

 そしてそれは、異世界人のメニューシステムってやつにすらも適用されるわけだが。

 ……ここまでいえばもう、当事者のおまえにはわかってるだろうが、あえて言おう。

 おまえ、彼女の名前と情報を異世界人の……プレイヤーギルドに流したな?彼女がプレイヤーと知った時点で」

「……ええ」

 サンディはそれだけ言った。ただその顔は「それがどうしたの?」と言わんばかりだった。

「自分がやった事が重大な職務規定違反だとわかってるなサンディ?」

「ギルドマスター、大事の前の小事です。彼女は指名手配中の重罪人ですよ?犯罪者を通報する事の何がいけないんですか?」

「話にならんな」

 ふう、とキリーはためいきをついた。

「その指名手配とやらも、重罪人という評価も、一部の異世界人が勝手に言っている事にすぎない。我々ツンダーク人のいかなるギルドも、いかなる組織も彼女を犯罪者と認定していない。むしろ彼ら異世界人グループの方が、我々の方では危険組織として要注意対象になっている。もちろんウチもそうだ。

 にもかかわらず、狩人ギルドおよび錬金術師ギルドの受付嬢であるおまえが、それらの組織に情報を流した。

 これはハッキリ言って、除名がどうのの問題ではすまされない。

 サンディ・ミヤウチ。これが最後の質問だ。何か申し開きなり、言いたい事はあるか?」

「……なにこれ、バカみたい」

 サンディは苦笑いした。それは明らかな嘲笑を含んでいた。

「あのねえ。こんな事NPCなんか(・・・・・・)に言っても意味ないんだろうけどさ、プレイヤー同士の問題に首を突っ込まないでくれないかしら?ギルドマスターも二人も、そりゃあここ(・・)じゃ私の雇い主で上司って設定(・・)なわけだけど、結局は人形劇の書き割りでしょうが?リアルな人間関係のいざこざに、なんでキャラクターなんか(・・・)が口を挟んでくるの?

 はぁ……ちょっとひどいわこれ。運営に文句言わなくちゃね」

 その自分の発言もイライラの発露でしかないとわかっているのだろう。その辛辣な言葉と裏腹に、サンディの発言には自分自身への自嘲も感じられた。

 実際、「ゲームキャラ相手に何やってんだろ私?」という態度を隠しもしていなかった。

 そして、そんなサンディを見たキリーは、悲しげに眉をよせた。

「……それがおまえの本音か、サンディ。そうか」

「何よその目。あぁもういいわ、こんなバイト選んだ私がバカだったのね」

 サンディは不快げに眉を寄せると立ち上がり、アイテムボックスから一枚のスクロールを取り出した。

「こんなとこにいる私の方が悪いんだろうけど、とっっっても不愉快だから、この建物ごと綺麗に消してあげるわ。ええ、くだらない人形劇はもうおしまい。さあ、ごみはごみらしく燃やしてあげ──」

「もういい、わかった。さらばだ」

 スクロールが動き出す前にキリーが手をあげた。

 その瞬間、サンディの姿が幻のように消えてしまった。

「消えた?」

「ギルドマスター権限でここから永久排除したんだ。でも、異世界人相手はこれじゃ足りないからな。徹底的にやる。見てろ」

 そう言うとキリーは、デスクに手を置いて『呼びかけ』を開始した。

「『こちら、はじまりの国、はじまりの町の北にある仮設狩人ギルド・および錬金術師ギルドのマスター、キリーである。同マスター権限で全てのギルド、および関連組織に緊急連絡を行う。本件を再優先で実施されたし。

 プレイヤー名「サンディ・ミヤウチ」を全てのギルドから永久に排除されたし。

 この者、ギルドの運営情報を危険組織として要注意対象のプレイヤーギルドに意図的に漏洩した。内容は、これら危険組織から追われている無実の少女の個人情報であり、少女を組織的に狩り出すことが目的と思われる。

 さらにその件について尋問したところ、ツンダーク人を人形劇の書き割りと言い切り、プレイヤー同士の問題に首を突っ込むなと言い放った。そのうえ、職員および被害者の少女ごと、当ギルドの建物を魔法のスクロールでまとめて吹き飛ばそうとした。

 緊急措置として、この者は当ギルドから永久排除した。だが言動内容からいって今後の活動を制限する必要があると思われ、今回の連絡に至った。

 この者はいわゆるメニュー解除者であるが、メニューから離れて自由に活動するには極めて不適切と思われる。ただちに各施設からの排除、およびメニューシステム内部への封じ込めを強く求める』」

 少し待つと、あちこちから呼びかけが返ってきた。

『冒険者ギルド・グランドマスター了解。排除設定完了した』

『商人ギルド・グランドマスター了解。排除設定完了しました』

『狩人ギルド・グランドマスター了解。排除設定完了したぞ』

『錬金術師ギルド・グランドマスター了解。排除設定完了しましたよー』

『こちら中央神殿情報部です。巫女のひとりから、異世界人の生産者ギルドに情報を流してよいか、との問い合わせがきていますが?』

『こちら錬金術師ギルド・グランドマスターです。その巫女って異世界出身のミミさんですよね?だったらかまいません。彼女、今もそこの実質ギルドマスターなんで。許可してください』

『了解。あとラーマ神より今、お告げがありました。その人物は今後、メニューに封じ込めで一切キャンセル不可能にしたそうです』

『ああ了解。すると該当者は、もう永久にお客様枠から出られないわけですね?』

『はい、そうなります。あと中央神殿から順次、各国家群にも名指しで通達が回ります。一日以内に全てのツンダーク国家にも連絡完了するでしょう』

「『了解です。ラーマ神様、および皆さんの迅速な対応に心から感謝を。ありがとうございます』」

 そこまで挨拶すると、キリーは通信を切った。

「ギルドマスター、今のって」

「聞いた事あるだろ?各ギルドの連絡網だよ。これでサンディは永遠に追放となった」

「そうっすか」

「ああ」

 そう言うと、キリーは悲しげにうめいた。

「正直自分が情けないよ俺は、ここまで見る目がなかったなんてね」

「サンディってギルドマスターの推薦でしたもんねえ。でもアレは仕方ないんじゃ?」

 メニュー回避の方法はwikiには載ってなかった。だが偶然(・・)気づいたユーザーは当然いて、それらのユーザーは次々とツンダーク生活に埋没していった。

 だが、そのすべてがモフ子たちのような、あるいは他のプレイヤーたちのような人物ではなかった。

 ソーシャル型のネットゲームには特に多いが、リアルな日常と違う空間を一種の癒やしのように考えているプレイヤーは昔からいた。それらのプレイヤーは攻略もせず、何かに打ち込む事もせず、ただまったりと、日々に溺れるように過ごす事だけを好む者が多い。モフ子のようにどっぷりとツンダーク世界に入り込むタイプを異世界型と呼ぶならば、サンディはいわば『耽溺型(たんできがた)』のプレイヤーと言えた。

 彼らは危険な人物ではない。だがツンダークをリアルと考えていない者が多いため、今回のようなケースになったら間違いなくリアル側につくという問題があった。まぁ当たり前だ。彼女たちにとっては所詮ゲームの話なのだから、リアルが優先なのは当たり前の話だろう。

 そして、サンディがそういうタイプと見抜けなかったのは、確かにキリーの失敗と言えた。

「らしくねえな大将。失敗は誰にだってある、あんたの口癖じゃねえか」

「……大将はよせ。俺たちゃもう現役の冒険者でも狩人でもねえんだぞ?」

 そういって、キリーはためいきをついた。

「しかしま、ありがとよ」

 そんな会話を横で聞いていたスキンヘッドの男が、今度は「ふむ」と考え込んだ。

「どうした?」

「いや。思えばサンディって、一度も飲みに行かなかったなと」

「酒が嫌いなんだと思ってたけど、たぶん違ってたのかもな。俺たちツンダーク人が同じ人間に見えてなかったから、だから一緒に酒とかありえなかった……そんなところか?」

「なんだかな。はるばる異世界から遊びにきてるくせに、ずいぶんと寂しい奴だなぁ」

「全くだな。ま、ほむらぶみたいなのが増えてもちょっと困るが」

「ほむらぶかぁ。あいつ本当いい奴だけど、酒入ると笑っちゃうほどオヤジ化するからなぁ……ああ、そういやあの話知ってるか?」

「なんだ?」

「いや。はじまりの町の方の古株に聞いた話なんだけどな、実はほむらぶって女なんだと」

「……なんだそりゃ?そんな馬鹿な話があるかよ」

「いやいや、知ってるだろ?異世界人って複数の容姿を持ってる事があるって。

 それでなんだがよ、はじまりの町の方のギルドの娘の話じゃ、いかにも男って感じに会話してるんだけど、どうも違和感あるっていうんだよ。ペットの猿とやりとりしてる時も、どこか女っぽい感じが見え隠れするって。だから本当は女で、わざとああいう姿で男のふりしてんじゃないかって話があったんだけどよ」

「へぇ。でもよ、単にパンナなんじゃねえの?異世界人にもパンナいるって聞いたぞ?オカマだかオナベだかいうらしいが」

「いやいや、それがな。女版ほむらぶを見たって目撃証言が本当にあるんだとよ。それが結構いい女だって話でよ」

「えー、嘘だろ?あのキモデブのほむらぶだぞ?何かの間違いだろ?」

「いやいや、証拠はあのペットの猿だよ。同じリュックしょって、あの猿がちゃんと大人しく入ってたって」

「へぇ、マジかよ。でもなんでキモデブの姿なんて使ってるんだ?」

「噂だけどな。実は女好きって話で」

「……やっぱり男なんじゃねえか?」

「いやいや」

 

 

 

 その晩。安全が確認されたギルドホームに、モフ子たちは泊まる事になった。サンディがプレイヤーであった事、そして情報漏洩が起きたらしい事と、重ねての謝罪の後の事だった。


(あとがき)

 猫が箱みたいな形に座る、いわゆる香箱座りは、周囲に警戒しつつ浅い眠りに入る時の姿勢でもあります。実際に観察してもらえるとわかりますが、香箱座りで眠る猫の耳はちゃんと周囲の音に反応しています。ぴくっと耳が動くのが面白いです。是非お試しを。

 ただし、あまり物音をたてて安眠妨害するのもかわいそうなので、ほどほどにしましょう。

 

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