狩人ギルド(2)
「ああなるほど。ラーマ神に託されたってわけか」
「それだけでいいんですか?」
「ん?驚くことか?神様に頼まれものって話なら、こっちも誠意くらいは見せないとな」
リトルの事情を話した途端、あっさり納得されたのに、モフ子は少し拍子抜けした気がした。
どうもツンダークという世界では、神様の距離が近い。だから神様に頼まれたといえば多少の無理も押し通せる、そんなところがあった。
そんな社会なら当然、神様の用事を偽る者もいるのではと思いがちだけど、逆にそれはないという。神様の距離が近すぎるからだ。うかつに神を騙っていたら、その神そのものが出てきて断罪されかねないというわけだ。
これは確かに怖い。
悪人だってもちろんツンダークにはいる。いるが、神関係に手を出そうという大馬鹿者がいないのはそのせいだった。せいぜい、プレイヤーのふりをしたお馬鹿な家出人のお子ちゃまが出現するくらいのものにとどまっている。
「ま、そういう事情なら、喜んで狩人ギルドに受け入れよう。ちょっとまってな、今、証明タグを発行するから」
そう言うと、中年男は机上の何かを操作しはじめた。どうやら魔法陣のようだ。
「ああ、俺はキリー。ここの狩人ギルド兼錬金術師ギルドの統合ギルドマスターだ。改めてよろしくな」
「はい、あたしはモフ子です。改めてよろしくお願いします」
「礼儀正しいな。ふふ、サンディはその上品さを勘違いしやがったのかもな」
「?」
「物腰が上品でサーベルタイガーの子を連れてて、しかも腰には、いかにも業物なピカピカの斧持ちときた。半端に見る目のある者なら、どこぞの跳ねっ返りお嬢が家の斧を持ち出してきたと勘違いするかもしれねえって事さ。
ああ、もちろん、おまえさんが悪いわけじゃない。そもそも、獣戦士のお嬢なんているわけないからな。ったくサンディめ、普段はそんな間抜けやらかす娘じゃないんだが」
「獣戦士のお嬢なんていないって……どういう事です?」
「ん?ああ逆に聞こうか。獣戦士ってどういう状況で就く職業か知ってるか?」
「いえ……」
「獣戦士っていうのはな、普通は最低でも軽戦士で戦いの実績を積み上げた者がなるもんだ。それもただの実績ではダメで、しかも、パートナーとなる魔獣との信頼関係も重要なんだよ。
だけどモフ子、おまえさんは違うな。ピンとくるんだよ。これはワケありだろうってな」
ニコニコと微笑みつつ、キリーは机上の操作を続ける。
「実際、おまえさんみたいな組み合わせで一番よくあるケースは、魔獣の方が特別な子供って事だよ。そういうのは神様に託されたって立場の事が多いんだ。それこそ褐色の乙女みたいにな」
「褐色の乙女?」
「知らないのか……ああそうか、おまえさん異世界人だったな」
ふむ、とキリーはしばし手を止めて、そして再び話しだした。
「ここの人間なら子供でも知ってる昔話さ。神様にサーベルタイガーの子供を託された少女の物語でな、少女は世界中を旅しながらその子を育てて、ついには立派な神獣にするのさ。そして……まぁ、少女も英雄であり巫女というべき存在となる。そんなよくある物語だな」
「へぇ……そんな物語があるんですか」
最後をぼかすようなキリーの物言いが気になったが、とりあえず納得した。
「そうとも。聞いたことなかったか?おまえさんの組み合わせなら、子供や年寄りが間違えそうなもんだが。乙女さんとか言われたり、妙に親切にされた事はないか?」
「そういえば、ここにくる旅の途中で、親子連れの商隊さんにやたらと親切にされたけど。小さい女の子がやたらとキラキラした目であたしとリトル見てたし」
「ああ、間違いなくそれだな。親はともかくその女の子は、間違いなくおまえさんを伝説の乙女だと思ってたろうさ。親の方も、少なくとも『託された子供』と見てたって事だろう」
「……勘弁して」
「ほう、いやかい?」
「言わなかったっけ?あたし元々銀髪に灰色の目だし肌も白かったんですよ?この子を託された時に、神様に勝手に変えられちゃったんです」
「……なんだって?」
今度はモフ子でなくキリーの方が目を剥いた。
「それはますます笑えないぞ」
「はい?」
「そうか、知らないんだからな。……あのなモフ子ちゃんよ」
「モフ子でいいです」
「そうか、ではモフ子。おまえさん一度でいいから乙女伝説の本読んどけ。ここのライブラリにはないが大きな町の図書館にはあるし、なんならその辺の民家にもたぶんあるだろうからな」
「?」
「つまりだ。褐色の乙女って生まれつきの褐色じゃなかったんだよ。かの乙女が褐色の肌と紫がかった黒い瞳を持っていたのはな、ラーマ神が運命をたくした特別な子供って印なんだ。使命を受け取る前は白い肌に銀髪だったって話だぜ?」
「!?」
今度はモフ子の方がギョッとする番だった。
「いや、でもそれは」
そもそもツンダーク人って、褐色の肌と紫がかった黒い瞳いっぱいいるじゃん。モフ子はそう言おうとしたのだけど、
「ツンダークの人間に褐色の肌と紫がかった黒い瞳が多いのは、そういう『託された子供』の子孫がたくさんいるからさ。褐色の乙女は『託された子供』の最初のひとりと言われていてな。以降、時代を問わずぼちぼち現れてくるんだ。忘れられるほど珍しくはなく、そして、縁起がいいからって貴族や王族からも声がかかったりするレベルでな」
「……」
「そういうのを数千年、もしかしたら万年やってんだ。まぁだんだんと薄くはなるんだが、それだけの数はいたって事さ」
「……そう」
はじめて知った事実に、モフ子は頭痛がする思いだった。
「おまえさん、その商隊以外にも、西の国のお嬢とか間違えられなかったか?
間違えようもないほどに濃い褐色の肌、紫を帯びた黒い瞳、ましてやサーベルタイガー連れだからな。西の国のちょっといいとこのお嬢さん、あるいは本物の託された子供と見られるのも無理はない。俺でもそう考えたろうしな」
「……なんてこと」
この容姿自体が刻印みたいなものだったとは。
「ところで話は変わるが、おまえさん実際に狩りはするのかい?」
「は?あー、そりゃ狩人の人にはもちろんかなわないですけど、弓は使います。これです」
アイテムボックスから愛用の弓を出してみせた。
「狩猟弓じゃないか。結構使い込んでいるね。これは新品から使っているのかい?」
「はい。以前、はじまりの町で木工職人から買いました」
「なるほど」
「ただ、そうですね。一時期は陽動とか火矢に使ってばかりだったんです。リトルと二人になってから再開した感じですかね」
狩猟弓は狩人たちが好んで使うものだ。戦闘用の力はないが、そのぶん速く撃てる。
「まぁ順当なとこかな。しかしこれだけだと力不足じゃないかい?」
「あー、確かに。ふたりぶんの食事を得るには足りないですね」
モフ子はおかげさまでここ一ヶ月、変な技術も身につけた。素材の目利きとか。あと、海水から塩をとりだしたりとかもそうだ。
理科の好きな子でよかった、過去のあたし偉いとモフ子は内心、自画自賛していた。
実はツンダークの科学分野は地球に比べると歪に進化している。特に塩関係がそうで、ヨーロッパのように岩塩の鉱脈があったりするせいか天日干しの技術が全く伸びていないのだ。モフ子は魔法と若干の理科の知識を応用する事で、単に煮沸するより段違いに高速で水分を蒸発させ、塩をとりだした。そして岩塩の出回ってない地域でその塩を売りさばき、路銀と食事代を得ていた。
ひとは塩がないと生きられない。何が幸いするかわからないものだ。
「そうか。しかし、ちょっとなら強化できそうだな、貸してごらん」
「え?」
ほれ、と微笑みながら手を出すキリーに、ちょっと悩んでからどうぞと弓を手渡す。
キリーはデスクの下から革ひもらしいものと道具を取り出すとモフ子の弓にまかれている革ひもを外し、何やら位置決めしてキュッキュッと巻き始めた。
「えっと、あの?」
「さすがに獣戦士に初心者巻きはないだろ。俺だって最近ご無沙汰とはいえ狩人だからな。いくらなんでも看過できん」
「……」
「ここにくる前に狩人に会ったか?」
「はい」
「これ見て何か言われなかったか?」
「ギルドに登録したら弓をみてもらえって。能力に見合わなくなってるからって」
「ああ、正解だ。……よしこれでいい。持ってみろ」
「はい」
言われるままに弓を受け取ったモフ子だったが、予想もしない感触に目を剥いた。
「え……別の弓みたいになってる!?」
「狩猟弓は革の巻き方で大きく性能が変わるのさ。もちろん熟練技なんだがな」
弓のスペックが、こんな感じに変化していた。
『大物狩弓』耐久度 99/99 戦闘力(参考値)16 製作評価5
戦闘力が大幅強化された狩人弓。
剛力の元となっている革に高級品を使い、力巻きという特殊な巻き方をする事で通常の狩猟弓の倍近い性能を叩き出す。これ以上は弓の素材そのものを変えねばならないが重くもなるため、あえてこの弓を使い続ける、またはサブウエポンとして長く愛用する熟練狩人も多い。
なお、メンテナンスは木工職人では不可能。自力でマスターするまではプロの狩人に依頼すべし。
「す、すごいすごい!ありがとうございます!」
「この程度で喜んでもらえるなら本望だよ。さて」
そこまでいうとキリーはデスク上に手をやり、小さな箱からちょっと長いクレジットカードくらいの黄色い札を取り出した。
「よし、タグに書き込みもすんだな。受け取るがいい。これが狩人ギルドのタグだ。いつもはしまっておいて、必要な時だけ提示すればいいよ」
「はい、ありがとうございます」
モフ子はありがたく受け取ると、アイテムボックスにそれを収納した。
「そういえば、キリーさんは斧や装備にはあまり言及しないんですね?」
「斧はひと目で業物とわかるし、その服だって見る者がみれば一流の魔織物なのは一目瞭然だ。まっとうな狩人や冒険者なら軽視する奴はいないだろうよ。さて」
そこまでいうとキリーは、少し表情を改めた。
「獲物がちゃんとしたところで、君らにひとつ依頼をしたいんだ。頼まれてくれるかな?」
「依頼ですか?内容によります」
「当然だな」
うむ、とキリーはうなずくと、説明をはじめた。
「まず狩人ギルドについてどう思う?不自然な気がしなかったかい?」
「不自然ですか?えっと……」
考え込もうとしたモフ子にキリーは笑うと、言葉を付け足した。
「いや、簡単な話だよ。狩人って普段は山や里住まいだよね。町なんかメンテナンスでもないと出てくる事はないはずだ。
なのにどうして町にギルドがあるのかって、考えたことはない?
あと、年会費とか狩人からとれるもんなのかって」
「あ……確かに」
言われてみれば、とモフ子は思った。
狩人は町の住人ではない。だから現金だってたくさんあるわけではないし、そもそも定期的に町に出てくる者も少ないだろう。
なのにどうして町にギルドがある?
その疑問に対し、キリーは「それはね」と説明をはじめた。
「狩人ギルドはね、商人ギルドと錬金術師ギルドが運営してるからなんだよ。
狩人が得ている獲物、狩人が活動しているフィールドにはね、商人や錬金術師が必要としているけど得にくいものがあるんだ。それはわかるよね?」
「あ、はい」
「で、狙いの獲物がない季節の狩人、それから現金収入が必要になった狩人向けに依頼を出したり、もってきた素材を引き取ったりしているのさ。それらを喉から手が出るほどほしがってる商人や錬金術師に、少しでも安定供給できるようにね。
そんなわけで、狩人ギルドは町にあるんだ。わかってもらえたかな?」
「はぁ……なるほど、狩人を必要とする人たちによって運営されてるってわけですか。ふむふむ」
「狩人ギルドの仲介は彼らにもメリットなんだ。バカ高くは売れないけど必要以上に安く買い叩かれる事もないし、だいいち、狩人ってのは狙った本命の獲物以外は興味がないって奴が多いのさ。で、そういう者に対して、本命がいない時の小遣い稼ぎを提供できるってわけさ」
「おぉ……なるほど合理的!」
「うんうん、そうだろう?君なら一発で理解してくれると思っていたよ」
にこにことキリーは上機嫌だった。
「依頼の話に戻るよ。狩ってほしいのはこいつ。これの羽根と骨をなるべく多く頼みたい」
「これ……げげ、極悪カラスじゃん」
「ほう?マメンチ・ブラックバードを君らはそう呼ぶのかい?」
キリーの広げた図には、やけに奇妙な姿の黒い鳥が描かれていた。
マメンチ・ブラックバード。別名を針金カラスといわれるこの奇妙な鳥は、真っ黒い姿と針金のような首や手足をもつ大型のカラスっぽい生き物だ。弱そうな姿なのに物理・魔法どちらの防御力も高く、しかもあなどれない攻撃力ももつため、たかが鳥とあなどって攻撃した初心者プレイヤーを大量に死に戻りさせた恐るべき経歴を持っている。いわば初見殺し。
ちなみにモフ子もかつて、この鳥に殺された経験がある。極悪カラスなる名称も当時のものだ。
「これの羽根と骨なんて、いったい何に使うのさ?」
「羽根は天然の付呪がかかってるんだ。たくさん使うと馬車を浮かせる事だってできる」
「それはすごい」
モフ子も初耳だった。
「骨は細工ものに使うんだ。細かいところは俺にもわからないが」
「そうですか……わかりました」
「やってくれるか。すまないがよろしく頼むよ」
「ええ。了解」




