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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
68/106

方針

ようやく移動方針が決定します。

「なんか、唐突にいろんな事が起きすぎだよ……もうちょっとスローにいきたいよね」

 一心不乱にミルクを飲むリトルを横目で見ながら、モフ子はぼやいた。

 蜘蛛神と別れ、再び森の入り口にまで戻ってきた。武器や防具をもらえたのはいいけど、当然だが場面は振り出しである。とりあえずの行動を決めなくてはならない。

 ならないのだが。

 とりあえず友達に連絡をとろうと考えたモフ子は、いきなりそこで頓挫してしまった。

「フレンドリストが……全滅してる。なんで?」

 いきなり全てのフレンドリストが白紙になっていた。わけがわからない。

 メニューの中に簡易ビューアがありオフィシャルサイトとwikiは確認できるが、こちらにも特に不具合の話はナシ。

「うーん……」

 とりあえず運営に不具合報告をして、別の連絡方法を考える事にした。

 フレンドリストが使えないという事は、目の前でしかチャットできないという事だ。となると、後は直接あって話すしかないのであるが。

「いきなりリトル見せたら……どんな反応するかわからないのが怖いなぁ」

 そもそも、いきなり直接会うのが危険と考えたからこそ、チャットで事情を伝えようとしたのである。これでは本末転倒というしかない。

 ぐぬぬぬと悩んでいたモフ子だったが、

「……ま、いっか。とりあえず着替えて見ますかね。せっかくもらった防具一式だし」

 武器と同様に防具にも『慣れ』がある。きちんと慣らしておかないと何が起きるかわからないというのはもちろん事実だが、煮え立った頭を切り替えるのにも有用だろう。

 着替えなんてアイテムボックスを使えば一瞬でも可能だ。だがツンダークは妙なところがリアルで、未知の服装は必ず一度、マニュアルで装備しなくちゃいけない事になっている。

 誰も見ていないのをいい事に、するすると古い鎧を脱ぎ捨てた。

「ん?なんか肌焼けてない?」

 その時、妙に自分の肌が焼けている気がした。

 いや、やっぱりそうだ。気のせいにしては焼けすぎている気がする。

 少し悩んだが、いくら森の側とはいえ半裸で悩んでいるのは危険だった。出歯亀でなくモンスターを警戒しつつ、ホットパンツ、キャミソール、そしてブーツとグローブという順番に装着していった。細かいところを調整したり、一瞬でピタッと気味が悪いくらいにフィットする胸まわりに慌てたり、とりあえず装着完了した。

「鏡……あるわけないか。よし、『幻想鏡(ミラーイマージュ)』」

 幻惑魔法の初級である鏡魔法を使う。実用性はあまりないが、女性プレイヤーの取得者が非常に多い魔法のひとつである。

 果たして、モフ子の前には大きな姿見が現れた。魔法は初級だが技量はもう初級ではないので、小さな鏡でなく堂々たる姿見で現れたようだ。

 だが。

 鏡に映った自分を見たモフ子は、とても堂々としてはいられなかった。

「…………これ誰?」

 そこにいたのは、活発そうな褐色の肌の……そして、知らない女の子だった。

 銀髪ショートだったはずの髪が栗色になっていた。長さはそのままだったのだが、露出の多いキャミソール&ホットパンツ姿が活発さをさらに強調しており、以前の「深層の令嬢がボーイッシュなショートにして鎧を着込んだ姿」という以前のコンセプトは影も形もなかった。ただその露出の高さから、悪くいえば大昔のRPGによく出てきたテンプレの元気系少女であるとも言える。

 いやいや。今重要なのはそこではない。

「なんで顔まで別人なのよ」

 人相も違う。アジア系とも欧州タイプともつかない無国籍で、灰色だった瞳はなぜか紫がかった黒に。

 これで名前も装備も違い、プロフィールも違ってしまっては、誰ももうモフ子が何者であるか気づくまい。共通点なんてせいぜい、斧がメインウエポンという事くらいだ。

 どうしてこうなった。

「えっと……もしかして、このセットを着ると見た目が変わっちゃう?」

 なんたって精霊だか神だかの作ったものだ。ありえない話ではない。

 しかし。

 急いでセットを脱ぎ捨てようが、元の鎧を着込んでみようが全然変わらない。鏡の中の女の子が慌てているだけだった。

「どういう事?……あのー、アトラ様?もし聞こえてたら教えてほしいんですが」

『何かね?』

 ごく普通に聞こえていたらしい。

 だが今のモフ子にツッコミをする余裕はない。とにかく質問をぶつけてみた。

『そういう付呪をした覚えはないな。そもそも、我のところに来る前から、おまえはその容姿だったが?』

「そうなんですか?」

『うむ。といってもわたしには人間の顔など、とんと見分けがつかないが……肌の色や目の色までも違うとなると、さすがのわたしでも区別がつくからな。その意味でも否定しておこう』

「なるほど……」

 という事は、残るはひとつしかない。

「ラーマ様……。名前やプロフィールだけでなく、容姿まで変えちゃったと?」

 がっくりと膝をつくモフ子。

「な……何勝手な事してくれちゃってんのよぉぉぉぉっ!!」

 顔は女の命である。それはよくも悪くも愛着があるという事でもある。

 確かにアバターの顔はつくりものだが、元のディーテの顔は自分なりに工夫したつもりだった。何しろリアルの自分の顔を元に「もし自分が北欧系のクールな女の子に生まれていたら」というイフの元に改変して作り上げたものだ。悪く言えば魔改造、よくいえば限りなく暴走したお化粧の果てなのだが、目尻の形ひとつまで大変な手間をかけた事は間違いない。

 それをあっさり変えられてしまった。

 よく見れば今の顔も、元のモフ子のイメージをきちんと引き継いでいる。それは「もし彼女がツンダーク人だったらこんな顔だろう」というイフをよく反映しているとも言える。しかも中の人がコンプレックスを持っていた目のまわりの美化なぞ完璧に。

 だが、リアルタイムで脱力中の彼女にそれが伝わるわけがない。

 しかもタイミングの悪い事に、がっくりと膝をついたタイミングで運営からメールが届いた。

『ご質問の件、判明しました。不具合ではなく名前が変わったのが原因です』

「……どういう事?」

 メールを開き、詳細を見てみた。

『ツンダークのフレンドリストは「名前」ベースで個人を区別しており、さらにフレンド登録は一方通行でなく、相互リンクになっております。かりに片方のユーザーが消滅した場合、該当のフレンド登録は無効になり、自動的にゴミ箱に捨てられます。

 では何故(なぜ)、通常は問題ないかというと、『旧名』表記が存在するからです。たとえ名前を変更しても、旧名を頼りにお互いのリンクが成立します。このためフレンドリストは問題なく継続されると同時に、名前が変わったので再承認する事が何度となく推奨されます。そして、全員が再認証、もしくはアクティブユーザーの全てが再認証してから一定期間がたつと、自動的に旧名表記はプロフィールから削除されます』

「ふむふむ」

『ところがモフ子様のケースは旧名が存在しません。確認したところ、データの強制変更を受け持ったラーマによる意図的な操作と判明しております。理由は「悪意あるユーザーからの保護」であり、これがフレンドリストが消滅した原因と推測されます』

「……」

 どこまで勝手なんだ神様。メッセージを読んだモフ子は瞬間的にイラッと来た。

 いや、よく考えると神様なんだから多少勝手なくらいが当たり前だろう。だがモフ子は先ほどからの事態の連続でムカついていたので、当然そこまで頭が回らなくなっていた。

 モフ子は迷わずメール・メッセージでなく、GM(ゲームマスター)コールのボタンを押した。

 しばらくお待ち下さいのテロップが流れ、そして少したってからGMのパネルウインドウが開いた。

『はい、こんにちは。先ほどの件ですね?』

「……なんでラーマ様が出てるんですかね?」

『もちろん、間に運営を挟むよりもいいと思ったからだけど?貴女たちの事は他人ごとじゃないしね』

 どこの世界にGM代わりに出てくる神がいるのかと。

 しかもご丁寧にゲーム会社の名前入りスーツまで着ている。モフ子のイライラはさらに募る。

「神様、実はヒマ?」

『いえいえ。こうしている間にも並列で28名ほどとお話中で、さらに44名の夢枕に立ってますけど?』

「……あー、それは前言撤回。ごくろうさまです」

 とりあえずお仕事を持ち出され、少しだけ頭が冷えたようだ。

『ありがとう。で、名前変更の件だっけ?』

「容姿もなんですけど。いったい、これどういう事なんですか?」

 モフ子の指摘に、ああとラーマ神は頷いた。

『まずモフ子ちゃん、この情報見た?』

 そう言うと、いきなりモフ子側でウインドウが開き、テキストメッセージが流れた。

 そのメッセージをつらつらと読み始めたモフ子だが、

「ペット急進派プレイヤー『ディーテ』、猫を拾うって、……なんですかこの情報?」

『貴女の行動を見ていたプレイヤーがいるようね。貴女本人に声をかけないで他人だけで情報を共有するあたり、ちょっと、いただけないものを感じるわね』

「……」

 促されるままに続きを読んだ。

「本情報の確認後、我々はディーテ嬢に確認をとろうとしたが、その直後にプレイヤー情報自体がロスト。フレンドも全部解除された。運営側は情報提供に応じてくれないが、どうも追求逃れのために全くの他人になった模様。またその方法が不明で共有されておらず、攻略チーム連盟では、ディーテ嬢が先日のペット襲撃の際にも、他のメンバーに罪を着せて自分だけ逃走した可能性が高いと判断、ディーテ嬢とそのペットの猫を第一級の危険プレイヤーとして指名手配した……」

 読みながら、だんだんとモフ子の声が震えてきた。

「なんですかこれ……ふざけんな!」

『落ち着いて、ちゃんと対処はしてるから。うふふ、それにしても人気者ねえ』

「いやいや、これってアンタが勝手な事したのが原因だよね?さっさと対策とってよ!」

 よくもわるくもモフ子は脳筋である。しかも頭にきているわけで、原因が誰かを逃す事なく、神だろうとなんだろうと構わず文句を言い放った。

 対するラーマ神は苦笑した。まるで怒る仔猫を「よしよし」となだめる飼い主のように笑顔を絶やさない。

『もちろん対策済みよ。はい、これ見て?』

「えーと……ディーテ嬢と猫にまつわる真実。過激派チームと和解?何これ?」

『貴女の元キャラの容姿をちょっと借りてね、貴女の所属していた過激派のチームに遊びにいったの。これは今朝の映像ね。ほら』

「……」

 映像は、かつてモフ子も所属していたグループの詰め所。かつての自分そっくりの女の子が仔猫と共に訪れ、グループの筆頭の女の子たちとわいわい、きゃいきゃいと楽しげにやっている。

「いや、あのね……あたしのいないとこで、何色々やっちゃってんのかって言いたいんだけど」

『ごめんなさいね。でも、おかげで貴女のいたグループやチームは全部味方についてくれたわね。今の名前も伝えてあるから、いつか、ほとぼりがさめた頃に接触もあると思う。

 貴女に化けて会った事は謝るわ。でもわかってちょうだい、時間がなかったのよ』

「……いやま、別にわかってやってるならいいんですけど」

 基本、モフ子はどちらかというとお人好しでもある。事後とはいえきちんと謝ってきたラーマ神に、さらに怒りをぶつける気にはならなかったようだ。

 ラーマ神はモフ子の怒りが(しず)まってきたのを確認すると、さらに言葉を続けた。

『まぁ、そっちは問題じゃないわ。それより厄介なのは、あなたの元の同僚さんたちじゃないのよ。別のグループなの』

「別のグループ?」

『ええ。これを見て』

 ラーマ神が示したのは、何やら眼鏡の委員長風の女の子の映像だった。

『ボコボコ王子って人のグループはご存知かしら?』

「えっと、中立派だね。それがどうしたの?」

 ボコボコ王子というのはテイマーを危険視する中でも中立派といっていい連中であり、テイマーやペットの危険性を言葉で啓蒙(けいもう)する事を(よし)としている。

『彼女の小グループは元々どちらかというと強硬派だったの。ボコボコ王子って子がうまく誘導して中立グループの中におさめていたらしいんだけどね。

 でも、貴女の件をどうするかを巡って対立して、とうとうグループとして完全に離反したみたい。

 彼女たちは中立グループにも人脈があるから、それを利用して貴女を悪とする噂をばらまいてるわ。相当に厄介な人たちね』

「……あのー」

『なぁに?』

「それも結局、元はといえばあんたのせいだよね?」

 それをモフ子が指摘すると、いたずらっぽく神様(ラーマ)は笑った。

『否定はしないわ。でも、できる手は打ったし、残ったものなら貴女たちでも乗り越えられるはずよ?』

「……」

『それとも、上から下までお膳立てしないと動く気はない?』

「それはないです!ただ」

『ただ?』

「……ただ」

 そこまで言うと、モフ子は腕の中のぬくもりに目をやった。

 わずかな時間で、明らかに一回り大きくなったリトル。だが安心しきってモフ子の腕の中で眠っている姿は、確かに仔猫のそれだった。

 この子を失うわけにはいかない。このぬくもりを。

 短い期間とはいえリトルに湧きつつある情が、モフ子の足をためらわせる。

『……』

 そして、そんなモフ子の姿を見つめる神様(ラーマ)は無言で静かに、そして「うんうん」と優しげに微笑んだ。

『なるほど状況はわかったわ。でも大丈夫、彼女たちが貴女の名前を知ったとしても、見つからない方法はあるもの』

「見つからない方法?」

『ええ』

 画面の中で神様(ラーマ)は大きくうなずいた。

『今後の予定はどうなの?誰を頼り進むつもりなのかしら?』

「あ、はい。狩人の人に相談してみようかと」

『プレイヤーでなく、ツンダーク人の狩人って事ね?いいわね、よくその方法を思いついたわ』

「……はい?」

 眉をしかめたモフ子に、よくできましたと言わんばかりに頷いた神様(ラーマ)

『プレイヤーで知っている者はまだ少ないようだけど、ツンダークの人々もギルドを作っているわ。もっとも彼らの場合はプレイヤーのそれとは違って、主に職業別で作っている組合みたいなものなんだけどね』

「へぇ……」

 モフ子の知らない事だった。もちろんwikiにも出てはいない。いずれ解明されるのだろうけど。

『基本的に異世界人、つまりプレイヤーは彼らのギルドには入れない。ツンダークの住民でないと問題が起きる事があるからね。まぁ例外も少しいるけど、それは貴女のように特殊な立場にいる子たちって事。会っても気にする必要はないわ』

「なるほど」

 ふむふむとモフ子は頷いた。

「そういえば。今のあたしたちの現在地から一番近いとこで狩人さん居ます?」

『あら、自分で探すんじゃないの?』

「あたし一人ならそうします。でもリトルが小さいうちは無理しませんから」

 きっぱりと断言するモフ子に、神様(ラーマ)は大きくうなずいた。

『そっか。そうね、一番近い狩人ね……あいにく、そこの近郊にはいないわね。東に行きなさい』

「東?」

『ええ、はじまりの町の北の方なんだけど、できたばかりの小さな村があるの。攻略プレイヤーと距離をとりたい一部の生産職プレイヤーがツンダーク人の職人ギルドと連携をとって作ったところでね。今では職人、錬金術師、商業、冒険者の各ギルドが拠点を置いてる。おそらく遠からず、村から町になるでしょう』

「そんなところで大丈夫なの?」

『ギルドは組合員を守るわ。ギルドに所属して仕事している限り、それが一番安全よ』

「……」

『大丈夫、わかってるでしょう?その子のためでもあるのだから』

「……なるほど。信用するわ」

『ええ。それじゃあね』

 そう言うと、神様(ラーマ)の映像は途切れた。

「……ギルド、かぁ」

 膝の上のモフモフを抱きしめる。

「なんか、知らない事ばかりだなぁ」

 自分たちが井の中の(かわず)だった事に、はじめて気づいた。

 何が攻略チームだ。何がプレイヤー間の情報共有だ。

 それは結局、異世界人……招かれたお客様としての範疇の話でしかなかったのだと。

「……みゅう」

「ん?おなかすいた?」

「……」

 抱きしめたモフ子の腕の中で、リトルはゴロゴロと機嫌よさ気に喉を鳴らした。

 まるでそれは、次第にプレイヤー世界から外れていくモフ子の現状を喜んでいるかのようだった。


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