なぞの森にて
サトル君たちの時にはあまり出なかった、武器防具の話です。
レベルなぞ確認し、一息ついたところで、モフ子は装備の確認もする事にしたのだが。
「げっ!斧の耐久性が!」
いつのまに耐久度が10を割ってたんだろう。これはまずいとモフ子は眉をしかめた。
ちなみに、こんな感じになっている。
『よく研がれた片手斧』耐久度 6/62 戦闘力(参考値)22 製作評価6
ただの鋼鉄製の片手斧だが、大変よく研がれており威力が高い(鋼鉄の片手斧の標準値は17)。ただしその代わりに最大耐久度が低下しており、早めのメンテナンスが必要。
「おっかしいなぁ。まだ問題ないはずなのに」
そういって、むむっと眉をしかめて愛用の片手斧を見返す。
「まだ大丈夫だよねえ。確かに何か微妙にゆがんでる気がするし、少し刃こぼれしてるみたいにも見えるけど」
いえ、それはもうダメというんです。すぐにも手入れしなくては。
斧という武器は叩きつけて使うものだ。だから確かに頑丈にできてはいるのだが、それでも限度というものはある。
なお余談であるが、モフ子の鍛冶の才能はもちろん、医者が黙って首をふるレベルである。以前リーダーに「おまえ、もしソロをやる事があったら町につくたびに鍛冶屋に見せるんだ。いいな?」と激しく念押しされた事がある。それほどにモフ子は激しい戦闘を好み、なおかつ武器のお手入れが全然ダメなのである。
なお余談だが、ダガーのお手入れは比較的まともだったりする。あくまで比較的だが、少なくとも実用には足りている。
その経験がどうしてメインウエポンの斧に生かされないのか、さっぱり謎である。本人いわく「斧はナイフやダガーとは違うんだよ。素人が手を出しちゃいけないんだ」……やっぱり何か間違っているような。
まぁいい。今はそれどころではない。
「ダガーと弓は大丈夫か。鎧はどうかな?」
皮鎧にブーツ、籠手も問題ないようだ。まずいのは斧だけだった。
「でも、これはまずいね……。予備の斧あったっけ?」
アイテムボックスを探すと、大昔にゲットした鉄の斧がまだあった。一応使えるが、なんとも心もとない。
「うん、仕方ないな。森の中を探索してみよっか」
何が仕方なくて、そして、どうしていきなり森の中なのか。さっぱり謎である。
しかし、切羽詰まった時にフィーリングとかヤマカンで適当な真似をやらかすのはモフ子のお家芸であった。そしてどういうわけか、その意味不明な行動が窮地を抜け出す事が多いのもまた、モフ子のいつものパターンである。もはや才能といってもいい。
そんなモフ子が衝動的に、森を探索する事を思いついた。おそらく、森の中で鍛冶師に遭遇するとか、行き倒れの冒険者に遭遇して使い古しの斧でももらえるのだろう。
まぁ最悪の場合でも予備の斧がある。なんとかなるさとモフ子は軽く考えた。
危機に陥れば陥るほどに図太く、楽天的になる。
それは確かにモフ子の取り柄であり、そして同時に厄介な欠点でもあった。
「よし、森の奥いくよー」
「にゃあ」
モフ子がお気楽な反応なので、遊びにいくとでも思ったのだろう。リトルの反応も妙に軽いのだった。
「なんか変だね」
そんなこんなで森に分け入ったモフ子とリトルなのだが、さすがに森の中では脳天気ではない。森の中に漂う奇妙な違和感にモフ子は眉をしかめ、むむっと周囲を見渡した。
「こんな町の近くに森なんておかしいとは思ってたけど……本格的に妙なのにぶつかっちゃったかな?」
そう言いつつ近距離の見えるマップ画面を開く。が、それを見たモフ子の眉がさらに吊り上がった。
「なにこの地名表記……精霊領域?迷いの森?どういう事?」
あわててメニューをたぐる。地名欄にヘルプがあるようなので、それを引き出してみた。
『精霊領域』
神域と並ぶツンダークの異空間エリア。もとは普通の森なのだが、強大な精霊、または自然神が中央にいるため周囲の空間が歪み、閉じた領域を形成しているもの。
人間の力で出入りはできないのだが、精霊種や神獣、あるいはその子を連れている場合、うっかり迷い込んでしまう事がある。
大人しく出て行けば危険はないが、土地の精霊種や神獣を怒らせると何が起きるかわからない。死にたくなければ、すみやかに退去しましょう。
なお、土地の主は大抵、中央の大きな建物にいます。間違ってそちらに行ってしまったならば、くれぐれも礼儀を忘れないように。
「……とりあえず危険はないのね、うん」
死にたくなければすみやかに退去、のところで盛大や冷や汗をかいたモフ子だったが、見ない事にしたようだった。
「なるほど。この妙な感じってつまり、ここの主がいるって事なのね。えっと方向は……」
どうやら行ってみるつもりのようだ。
「リトル、あんたどうする?」
当然ながら相棒にも声をかけるのだが、
「……にゃー……」
さすがにヤバいのがわかるのか、リトルは見るからに腰が引けていた。
「そっか。じゃあ、ここにいなさい。どうせ、この森には強いモンスターなんていやしないから安全でしょ」
動物やモンスターは強さに敏感だ。リトルがこうもビビるくらいなのだから、強いモンスターなんてこの森にはいないだろう。
そんなわけでモフ子はリトルを置いていこうとしたのだが、
「にゃー……」
「……」
後ろから聞こえてくるリトルの声が「つれていけ」と言っているようにも聞こえる。
むむっとモフ子は少し悩み、そしてリトルの元に戻ると、
「大人しくしてる事。やばいと思ったら、あたしを置いてでも逃げる事。できる?」
「……にゃー……」
「よし。……なんかまた大きくなったかな。一応まだ猫サイズだけど」
そう言うとリトルを抱き上げ、すたすたと中に向かって歩き出した。
「うわぁ……これはヤバいわ。いったい何がいるんだろ?」
「……」
中に向かって進むと、違和感はますます強烈になっていく。
リトルはもう全く動かない。モフ子の腕の中で丸くなったっきりだ。よほど怖いのだろう。
まぁ、そこまで怖いのに逃げないあたりは凄いとモフ子は思っているのだが、その評価は少し間違っている。リトルが逃げないのは、逃げるよりモフ子と一緒にいる方がいいと思っているだけの話で、別に強いわけではないのだから。
森はいよいよ深くなっていた。深くなっていたのだが、それ以上に景色がおかしくなりはじめていた。
「これ……まわりの植物が大きくなっている?」
生えている植物群は変わらないのだが、全てがいちいち大きくなっていた。まるでファンタジーな巨人の国に迷い込んだかのよう。
「まぁ、ファンタジー世界だけどね」
自分の連想にクスクス笑いつつ、モフ子は足を進めていく。
やがて、森の向こうに広い空間があるのに気付いた。おそらく目的地だろう。
さて、どうしよう?素直に進むべきか、ここからでも警戒しつつ行くべきか。
一瞬、モフ子が躊躇した、その瞬間だった。
『迷う事はない、来訪者よ。我に害意はない。そばに来るがよい』
「!!」
そんな言葉が、直接頭の中に響き渡った。
「……気づかれてた?」
『ふふふ、森がわが巣そのものゆえな。まぁ心配はいらぬ。そもそも害意があれば、我はいつでもおまえを喰えた。つまり、今おまえが生きている事自体が害意なき事の証明である』
「……りょーかい。じゃあ、行きますね」
『すまぬな。我はいささか大きすぎるゆえ、こちらから行く事はかなわぬのでな』
精霊だか神だか知らないが、そんなにデカいのかとモフ子は思った。
広い空間は、どうやら上下にも広がっているようだった。上には空が見えているが、どうも通常空間のそれとは違うようで、メニューにあるツンダーク時計と見えている風景が全然咬み合わない。そして下の方にもかなり広くなっているが、どうも何か巨大なものが地面に半分埋まるようにして存在しているようで、どこかに降りなくちゃならない、というわけでもなさそうだった。
森が切れて空間に出る前、一瞬だけ躊躇した。
今、両手にはリトルを抱いている。もしこの状態で戦いになったら文字通り手も足も出ない。逃げるしかない。
「ええいままよ、女は度胸!」
ふむ、と気合をいれて、すたすたとその広い空間に出て。
そして。
「…………え?」
そして、モフ子はそのまま目が点になり、その場にフリーズした。
「な……え……」
『ようこそ、神獣を目指す幼子とその母よ。わたしはアトラ。長き時を生きる蜘蛛の神である』
そこにいたのは、途方もなく巨大な蜘蛛だった。
巨大な、という表現ももはや烏滸がましいかもしれない。それは節足動物どころか、陸上の生命体の常識すらも軽くぶっちぎってしまっていた。東京ドームほどもあろうという激烈に巨大な女郎蜘蛛なのだが、信じられない事にその大きさでなお、脚を広げたサイズではなかったのだ。
モフ子は反射的にステータスを確認しようとした。
だがステータスが見られない。よほどの高レベルなのだろう。
仕方ないので特殊なアイテムを使い、レベルキャップ破りをして強引にチェックしてみた。
すると……。
『アトラ』種族:蜘蛛神Lv2437
地質時代の長さを生きていた蜘蛛神。既に捕食によるエネルギー補給では足りないので、地脈からエネルギーを集めて生きている。
なお、人間が彼女と遭遇した場合、戦いを選択するのは下策中の下策である。
神といっても蜘蛛であり戦闘力は決して大きくない。だが耐久性がおそろしく高い。現ツンダークの刀剣類では、たとえ神剣を使ってもダメージを与えられないだろう。強い冷気の魔法で動きを鈍らせる事はできるようなので、遭遇したら、ありったけの冷たい魔法で動きをとめ、速攻で逃げる事をおすすめする。
本質が営巣型の蜘蛛であり、積極的に動きまわるという概念がない。また、気に入った土地に営巣してしまうとその中でしか活動しなくなる。ある意味、ひきこもり体質でもある。
危険な存在ではあるが、当人は実はいたって穏やかな性格である。もしも遭遇したら、勇気をもって話しかけてコミュニケーションをとったほうがよいだろう。
繰り返す。彼女と戦うのは最悪の選択肢である。対話を試みるか、さもなくば逃げる事を強く、強く推奨する。
(な、なにこれ!?)
内容にも驚いたが、それ以上にレベル表記に目が点になった。バグっているのかと思ったくらいだった。
ちなみに現時点のツンダークではレベル三桁のモンスターすら確認されていない。後に判明した情報でも、三桁という時点で規格外級であり、メインクエストのボスだの、海やら北部大陸の奥にいる禁忌のモンスターだの、そんな奴らばかりであった。もちろん四桁なんて「公式には」いない事になっている。
しかし目の前に、現実として存在するのだ。
ためいきが出た。
だが、ここまで差があると逆に落ち着いてしまうのがモフ子だ。これで戦うとかおバカの選択でしょうと苦笑いすると、がんばって笑って挨拶した。まぁ、さすがにちょっと引きつっていたが。
「えっと、なんか失礼しちゃってすみません。改めてこんにちは」
『驚いただろう?この身は最終進化を残したままなのだよ。せっかくの客人なのに迎えにもいけない。情けないことだよ』
「最終進化ですか?」
アトラなる蜘蛛神の言葉に気になる部分をみて、モフ子は質問してみた。
『我らは長き時の果てに強大に成長するが、この巨体のままでは問題がありすぎるのだよ。そもそも既に獲物をとって喰う事もままならず、地脈からエネルギーをもらい生活している状態だしな。
ゆえに最終進化では、この肉体を一度捨てるのだ。おまえのように波長のあう者……まぁ、大抵は好奇心旺盛な人間が釣られてくるのだが、人間の心身と融合し、交わる事でわたしは完成するのだよ』
「人間ですか……にんげん!?」
ゲゲッと思ったモフ子だったが、
『心配はいらない。おまえは既に別の色に染められている。とても残念だが、わたしが侵食する隙はないようだ』
「そ、そうですか」
色ってなんの事だろうと思いつつも、嘘ではないと直感したモフ子は、小さくためいきをついた。
『しかし、こうして出会えたのも何かの縁というものだろう。
そういえば先ほど、森の入り口で何やら困っていたようだが?いったい何があったのかね?』
「あ、それはですね」
メインの斧がボロボロになっている事、耐久度が危ない件を実物を見せながら説明した。
ふむふむと蜘蛛神は話を聞いていたが、
『斧か。斧なら森の民が昔、奉納してきた時のものがあるが。持っていくかね?』
「奉納……それってもしかして凄い高級武器なんじゃないですか?」
『よくわからないが、竜種くらいなら一撃で倒すとか』
「そういうのはすみません、むしろいりません。嬉しいんですけど害になっちゃいますから」
『ほう。なぜかね?』
技術と武器の間にもバランスがある、というのがモフ子の考えだった。
実際、ゲームでは強すぎる武器を使っていると技術の伸びが遅れる事が多い。簡単に倒せるからだ。モンスター一匹倒して経験値いくら、みたいな原始的なゲームなら知らないが、このへんは熟練とスキルを重視するのがVRMMO時代のトレンドだった。訓練でも実戦でも、使い込むからこそ技術は向上する。実にリアルで合理的だ。
はたして。
『なるほど、技術と武器のバランスか。武器を使わないわたしには非常に興味深いな。
では、その斧と同じくらいの強さの武器ならよいのだな?』
「あ、はい。すみませんワガママ言って」
『気にする事はない、むしろ面白いからね。人間の戦闘技術の話など滅多にきくものではないしな』
「そうなんですか?武具を奉納するような人たちがいたのに?」
『彼らは一方的に崇めるか、わたしの渡すものを受け取るだけなのだよ。雑談してくれる者は滅多におらぬ』
「それはそれで寂しいですねえ……」
そんなモフ子の反応に、蜘蛛神はクスクスと笑い始めた。
「へ?あたし何か変な事言いました?」
『いや、変ではない。興味深くはあるがね。……よしみつけた。これならどうかな?』
見ると、眷属らしい子蜘蛛……それでも日本の一戸建てくらいはあるが……が一本の銀色の斧を咥えてもってきた。前の脚を器用に使ってモフ子の前に置いた。
「これは……凄い。凄いけど、確かにこれならいけそうです」
ステータスを確認したモフ子がうめいた。
『森の片手斧』耐久度 299/299 戦闘力(参考値)27 製作評価7
森の民が使うミスリル製の斧。ミスリル製にしては戦闘力が低いが、通常の三倍という耐久性が全てを物語る。道具としてガンガン使いまくってほしいという製作者の心意気が見えるようだ。
獣人の剛力にも余裕で耐える。
ミスリル自体はプレイヤーにも発見されているが、軽くて丈夫な金属なので、耐久性を保ちつつ戦闘力を稼ぐ方向でプレイヤー製は作られている。この斧は正反対に、耐久度に振られているという意味で非常にレアだった。
だが、片手斧使いであるモフ子にはこの価値がよくわかった。
「凄い、凄いです!で、でもこれ本当に、もらっちゃっていいんですか?」
『欲しかったのだろう?』
「そ、それは……はい」
素直でよろしい、と、蜘蛛神は楽しげに笑った。
『それにね。使う者がいない道具とは、さびしいものだよ。死蔵するより使い手がいる方が斧も幸せだろうさ』
「なるほど」
『ところで、おまえの場合、交換しなくちゃならないのは武器だけではないのではないか?』
「へ?」
なんの事だろうとモフ子は首をかしげたのだが、
『その鎧。それから手足を包むその防具もそうだな。ったく、「のたくるもの」の体液なんぞ塗りつけおってからに』
「へ?あー、この鎧ですか?」
『人間は基本的に、メスが飾り立ててオスを誘う種族であろう?ならば、そのような汚らしいものを平然と身につけてはマイナスになろう。違うかね?』
「あー、それはそうなんですけど……これが一番機能的ですし。見た目より性能かと」
モフ子の防具類は革製なのだが、それでは攻略チームの斥候としては弱すぎる。だから、ヨロイイモムシの体液を塗りつけ、染み込ませたものを使っていた。この巨大な芋虫の体液は、よく乾かすと猛烈に硬化し、以降は濡らそうがどうしようが、同じ体液をあてない限りは決して軟化しないという大変便利なものなのである。
だがまぁ確かに……というか、皮鎧に虫の体液という組み合わせがよろしくないのか、どうしようもなく汚らしいというか、百歩譲っても美しくない。それも確かに事実だった。
『見た目より性能か。なるほど一理あるな。
実際、どうしても、その鎧を使わねばならないというのなら、それは仕方ない。だが……さて、どうかな?』
その言葉と共に、また子蜘蛛が何か運んできた。今度は宝箱のようだ。
「これは?」
『その中にあるのは奉納されたものではない。わたしが作ったものだ』
「作った!?」
『おかしいかね?これでもわたしは営巣する種類の蜘蛛なのだよ。今では大きくなりすぎて巣作りもできないが、おかげさまで余った蜘蛛糸で細工物などしていてね。子蜘蛛たちにもやらせておるが。ほれ』
「……おぉ」
宝箱を開けると、そこには短めのキャミソール、ホットパンツ、それからグローブとブーツがあった。
「すご、可愛い!」
『気に入ったかな?』
「はい!……あ、でも性能は……って、ええ!?」
見た目の可愛さに惹かれつつも性能チェックをしかけて、その目が丸くなった。
『精霊のキャミソール』耐久度 --/-- 評価8
蜘蛛の精霊により編まれた魔法のキャミソール。
ふわふわで柔らかく、乙女の素肌をやさしくガードする。へそが出るほども短いし肩も露出してしまうが、精霊の魔法がかかっており、鉄鎧以上の防御力を誇る。
なお、胸まわりが丹念に仕上げられており、装着者の胸にあわせて変型、型崩れを防ぎます。ミドルティーンの貴女におすすめ!
『精霊のホットパンツ』耐久度 --/-- 評価7
獣人用に製作された、精霊製のデニム風ホットパンツ。獣人用なので、後ろに丸いしっぽ穴があいているのが特徴。もちろんしっぽのない種族には無意味な機能だが、デザイン的理由でわざと履く女の子も多い。
なお、見た目はただのデニムパンツだが以下略。
『精霊のグローブとブーツセット』評価7
獣人戦士用に作られた戦闘用籠手と具足のセット。ホットパンツとデザイン的にあわせて作られていて一緒に装着するとカワイイ。キャミソールと組み合わせると活動的な中にも可憐な感じを演出できる。
「……神様たちのコメントってどうにかならないものかしら?」
そんなことを言っていると、なぜかメニューに『ピコーン』と新着メッセージ案内が来た。なんだろうと開いてみると、
『もっとカワイイ文面の方がいい?』
「……」
思わずイラッとくるのを抑えつつ、モフ子はメッセージを閉じた。
見なおしてみると、どれもこれも防具属性のようだ。しかも、どう見てもカワイイ衣装にしか見えないのに、防御力も今使っている鎧より高い。
「凄いですね」
『性能的には大丈夫かね?』
「全く問題なしです。あ、これ、メンテナンスはどうするんでしょう?」
『材料を思えば、わたしのところに持ってくるのが最もよい。非常時には魔織師に依頼してもよかろうが、材料が調達できない場合はどうしても間に合わせになってしまうだろう。基本的に鍛冶でなく織物である事に注意してほしい』
「なるほど。ちなみに使える素材は?」
『最低でも、そなたらの言うところの「モストスパイダー」の糸を使えばよい』
「わかりました。ありがとうございます、何から何まで」
『いやいや。これも縁だろうからね』
貰い物をしたりした事ですっかり打ち解けたモフ子は、その後もしばらく蜘蛛神と話をした。
だが、そのうちにリトルが空腹を訴えたので、そろそろおいとまする事にした。
「機会あれば、またおじゃまします。今日は本当にありがとうございました」
『なに、かまわないさ。……機会あれば、か。次にわたしが居ればいいのだが』
「……はい?」
『ああ、いやなに、予感さ。「もうすぐ」だという気がするのだよ』
「もうすぐ、ですか?何が?」
『言ったろう?最終進化さ。わたしの依代となる者がきて、そして自由な肉体を得る。そうなる日がね』
「そうなんですか?そうなったらなったで、お祝いしたいですけど」
『ありがとう。でもね、その後も「わたし」が「わたし」でいられるかどうかはわからないのだよ』
「……どういう事です?」
『ん?言わなかったかね?最終進化とはつまり、融合なのだ。ひとの肉体を一方的に強奪するのでなくね。
ゆえに、最終的な支配率がどうなるかは誰にもわからない。わたしが完全に消える事がない代わりに、相手の影響も排除できないのだよ。だから「わたし」でいられるかどうかはわからないわけだ』
「そうですか……」
モフ子は少し考え、そして頷いた。
「わかりました。でも、だったらなおのこと、またお会いしまょう」
『ほう?よいのかね?再会したわたしは、おまえを食べようとするかもしれないぞ?』
そういう蜘蛛神を、にっこり笑ってモフ子は否定した。
「いえいえ、わかりますよ。そもそも、そういう性格の人と融合しようなんて考えないでしょう?えーと」
『アトラだ』
「すみません。ええ、アトラ様の性格なら」
『ほう……わたしの性格に対して、そういう方向で太鼓判を押してきた人間は初めてだな』
「そうなんですか?あー、今までの人たちは一体、どこ見てたんでしょうねえ」
『ははは!まぁ、おまえの観点ではそうなのだろうな。
さて、そろそろ行くがよい。おまえの幼子がそろそろ怒り出す頃だ』
「あ、そうですね」
腕の中で、リトルが「ハラへったよー帰ろうよー」と不満げに動き出していた。
「それじゃあアトラ様、また」
『ああ、またな。不思議な小さき者よ』
◇ ◇ ◇
モフ子が去った後、蜘蛛神アトラはじっと沈黙していた。
(そもそも、そういう性格の人は融合しないなんて考えないだろう、か。そういう信頼を示された事はなかったな)
アトラは人間スケールでいえば「荒ぶる神」に属する。つまり怒らせれば祟り神にもなりうる存在なわけで、祀り上げる者はたくさんいても、寵愛を受け取る者はいても、対等に話し込むようなおバ……もとい、お気楽な者はまずいなかった。ごくまれに酔っ払ってクダをまく者がいたくらいで。
(良い未来が見えるとは、よいものだ。ふふふ……さて、その日を夢見て今は眠るとするか)
そう考えると、蜘蛛神アトラは来るべき出会いに備え、再びの眠りに落ちた。
で、この蜘蛛神さんが……(略)




