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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
64/106

モフ子誕生

 多くの場合、夢はいつだって理不尽だ。大勢の前で演説するのに何故かパンツを履いてない夢とか、妙なところで奇妙だったり、おかしかったりする。それが夢というものである。

 だから、目の前であの老婆が優雅にお茶を飲んでいる夢であっても、別に彼女は驚かなかった。

「こんにちはお嬢ちゃん。また会ったわね」

「えーと……ラーマ様でいいんでしょうか?」

 それは神様の名だが、ここは夢。彼女は全く躊躇しなかった。

「あら、いつバレたのかしら?」

 くすくすと笑う老婆、もとい神様も神様である。神様に「大物」という表現が適切かはわからないが。

「はぁ……ひとつ質問なんですけど、なぜあたしなんですか?」

「なぜ、とは?」

「あたし、ペット否定派で殺しまくってきたんですけど。なんであたしにあの子を?」

「ああ、そういう事ね。いえ、貴女を選んだのはあの子そのものよ。私はただ、選定の手伝いをしてあげただけ。貴女が見た、あの巫女もね」

「手伝い?巫女?」

 ええ、と老婆(ラーマ)は静かに笑った。

「私の小瓶を受け取ったでしょう?あれを持っている事が重要だったの」

「……あれですか」

 あの、異世界式哺乳瓶ともいうべき変な小瓶を思い出す。

「巫女というのは、貴女も見たでしょう?あの牙猫……あらごめんなさい、貴女たちはサーベルタイガーと呼ぶのよね?あの子よ」

「あれが巫女……巫女!?」

 という事は、あのサーベルタイガーの戦いと死は、偶然の産物ではないという事だろうか?

 いや、でもしかし。

「でもあの子って死んじゃいましたよね?あれに何か意味があったんですか?」

「え?ああ大丈夫よ、死んでないわ。死んだように見えたのは幻影よ」

「そうなんですか?」

「ええ。彼らも、帰ってみたらアイテムボックスの死体が消えているのに驚いたでしょうね」

「はぁ……」

 意味がわからない。

「納得がいかないって顔ね?」

「ええ。要するにあの戦いと死は、手の込んだ茶番って事ですよね?なんの意味があったんですか?」

「あら率直ね。うふふ……」

「あ……」

「いいのよ。そう思うのも無理もないわ。それに事情をきけば、貴女は不愉快になるでしょうしね」

「不愉快になる?」

「ええ」

 彼女は俯いて少し考え、そして眉をしかめて顔をあげた。

「わかったかしら?」

「つまり、あたしにあの子を保護させるための演出だったって事ですか?まさか」

「ええ、そうなるわね」

「悪趣味じゃないですか?」

「あら?元とはいえ『ペット排斥派』の女の子を母性本能に目覚めさせるには、これ以上ない演出だったと思うけど。どうかしら?」

「それは……」

 そう言われると、彼女には何も言えない。確かにそれは事実だった。

「あの子にはね、やってほしい事があるの。まぁそれは今じゃなくて、もっと大きくなってからの話なのだけどね。

 とにかく今は、一日でも早くあの子に育ってほしい。

 貴女に売ったミルクはね、特別製なのよ。カモシのミルクなのは間違いないんだけど、神域で育ったカモシのミルクなの」

「神域?」

「ええ。神や神獣などだけが住む特別な領域って事。

 でもここで大切なのは、あのミルクがとても滋養にいいって事よ。

 本来なら、あの子の目が開くだけでもまだ10日はかかる。でも私のミルクをたっぷり飲ませていれば、今日のうちにも目が開くでしょう。そしてその後も、びっくりするような早さで育っていくのを見る事になると思うわ。

 でも、それでいいの。

 貴女は戦士で、そして敵は多い。せめて目は開いてくれないと動きがとれないでしょう?」

「ちょっとまってください!」

「何かしら?」

 彼女は慌てて言葉を続けた。

「だから、なんであたしなんです?他の人ならそもそも、そんな配慮いらないじゃないですか!」

「いいえ、貴女でなくてはダメなの。始まってしまった今ではそもそも変えようがないしね」

「意味がわからないんですけど?そもそも、あたしが選ばれた理由ってなんなんですか?」

「それは本当に色々あるんだけど……ああ、そうね。じゃあ、中でも一番貴女が納得しやすい理由を出しておきましょうか?」

「え?」

 老婆が右手をスッとあげて、そして彼女の額に人差し指を置いた。

「あ、あの?」

「貴女はさっき、たくさんペットを殺したのにって言ったわよね?」

「はい」

「実際、それも理由のひとつなのよ。

 ペットって簡単にいうけど、人の手で守られ、育てられた個体は高い確率で生き残るの。そして、いずれその個体は上位種に進化をして、そしてこのツンダーク世界を支える精霊や神種の一柱になる。

 つまり『後先考えない身勝手なプレイヤーの危険物を排除する』っていう貴女の行動は現時点でも充分、このツンダーク界に被害を与えちゃってるわけ。わかるかしら?」

「……すみません」

 さすがにこれは、今の彼女にも理解できた。

 ペットたちは確かにレベルが高かった。そのままプレイヤーのそばにいても上位種になれるわけではないが、そもそも自然界にいたならば、あんな高確率でハイレベルの存在になれるはずがない。

 なるほど。人間相手もそうだが、それ以前に、この世界そのものに対して自分は大迷惑をかけていたというわけか。

「すみません、ほんとにすみません。謝っても取り返しつかない事ですけど」

「いいのよ。知らずにやった事ですし、それに、別の形とはいえ取り返せるんですもの」

「……別の形?」

「ええ、そうよ」

 にっこりと老婆は笑った。

「あの子にはね、強い加護が与えられているの。きちんと育てれば、ほぼ確実に神獣に進化し、最終的には森を統べる上位神に到達するでしょう」

「神獣……上位神?」

「ええ」

 どこか納得のいかない、夢見るような顔の彼女を見つつ、老婆はくすくすと笑った。

「そうね。それと、もうひとつ付け加えておこうかしら。

 貴女はこの事を、罪深い自分に与えられるには過ぎた恩恵って思ってるようだけど、それは全くの逆なのよ。本当よ?」

「逆、ですか?」

「ええ、そう」

 老婆は、どこか憐れむように彼女を見た。

「簡潔にいえば、貴女の全てはあの子のために使われる事になる。貴女の意思とは全く無関係にね。もう逃げ道はないし、決定も変えられない。ええ、私にだって無理よ?私はこの世界の全てを統括している存在だけれど、ひとりの人間、一匹の動物まで干渉しているわけではないもの。それにはそれぞれの担当がいて、私よりも彼らの意向が優先。ずっとむかしに、そういう風に決めてしまった。

 そして、彼らは言うの。この者ならぴったりだって。

 詳しい説明は端折るけど、あの子を最後まで育て上げるには特別な才能が必要なの。しかもその人材は、一度あの子の担当に据えてしまえば、もう永遠に外す事はできない。ほとんどの場合、育った子は育成役を手元から逃さないからね。

 だからこそ、敢えて言うわ。

 あなたにあの子が与えられたのは恩恵ではない。むしろ呪いかしら」

「呪い、ですか?」

「ええ。だって解除できないし……それに、あの子を見てどう思った?」

「……えっと」

「素直な感想でいいわ」

「あー、うん。すごく可愛いって」

「でしょうね」

 うん、と老婆は納得げにうなずいた。

「逃げようと思わない。これって、これ以上ない鎖だと思わない?」

「…………あー、はいはいはい、なるほど、そういう事ですか!」

 ぽん、と手を売った。ようやく理解できた、という顔で。

「確かに、力で無理やり縛られるよりずっと恐ろしい牢獄ですよね。そもそも逃げようって気にならない」

「ええ、そういう事よ……ごめんなさいね」

「いえ、謝っていただく必要はないんですけど」

「……はい?」

 ここで老婆は、彼女の斜め上の反応に逆に驚く事になる。

「つまり、まぁ……あの子の面倒をあたしが見るようになったのは、あたし自身のせいなわけで。やっぱりそれはある意味、懲罰みたいなものですよね。うん、それはわかります。だって、あんな事しちゃってたんだもの」

「えっと、それは」

「いえ、いいんです。気を使ってくださるのは嬉しいですけど、わかりますから」

「……」

「それに、なんていうかよくわからないけど……嬉しいです」

「嬉しい?」

「はい。あんな可愛い子を育てる事で罪滅ぼしになるっていうんなら……はい、いくらでもやりますから!」

「……そう」

 老婆は、彼女の表情やら雰囲気をじっと読んで……そこに無理も緊張もないのを見てとると、小さくためいきをついた。

(なんていうか、すごくおバ……もとい、単純思考な子なのね。まぁ、こんな性格だからこそ任せられるって事かしら?)

「あの、何か?」

「え?ああごめんなさいね。ちょっと考え事をしちゃったから」

 老婆はそう返した。

「さて、そんなわけなんだけど……何か質問あるかしら?」

「あ、はい。えっと要望と質問があります」

「何かしら?」

 彼女は大きく頷くと、姿勢を正した。

「まず、あたしの顔と名前『ディーテ』が売れすぎだって事です。それも悪い意味で」

 ペット排斥過激派の急先鋒だったのだ。関係者には目立ちまくりだし、そもそも運営のブラックリストにも載っているはず。

 その彼女がサーベルタイガーの子なんて連れていたら、問題にならないはずがない。

「あたしは弱いつもりはありません。それに鍛えます。でも、ずっと守りきれるかというと、冷静に考えて難しいと思います」

「狙われやすいって事ね。で、質問の方は?」

「あたしはプレイヤー……異世界人です。リアルの生活があるからログアウトする事があります。ログアウトしている間、あの子はどうなるんですか?」

 ログインしている間は守れても、ログアウトしている時にやられてしまったら目もあてられない。

「ふむふむ」

 その話を聞いていた老婆は、にっこり笑って提案をしてきた。

「ログアウト問題の方は、今から手配をしましょう。これはすぐには即答できないけど、何とかできると思うわ。

 とりあえず現時点では、貴女がログアウトしている最中は神域で私が直接預かるわ。これでいいわね?」

「あ、はい。すみません」

「それから……名前と顔は変えられるわ。スキルも職業もね。一度全部リセットして別の存在にしてしまいましょうか?」

「……は?」

「は、じゃないの。それが一番安全でしょう?」

「それはそうですが……」

 名前はともかく、顔もスキル構成も職業も全部変えられるなんて初耳にもほどがあった。

 だがそれを彼女が言うと、

「ところで、あの子には名前をつけたの?」

「あ、はい。リトルはどうかと」

「リトルね。うん、いいんじゃないかしら?じゃあ、ちょっとまってね」

「え?待つって、あの?」

 そして老婆はしばらく沈黙したと思うと、

「はい、変えたわ。どうかしら?」

「え、どうって?」

「ステータス変わってるわよ。見てみなさい?」

「え?は、はい……え?え?えええええっ!?」

 言われるままにステータス画面を開いた彼女は、目が点になった。

 

 

 

『モフ子』職業:獣戦士Lv1、兼汎用魔道士Lv1

 特記事項:幼獣(リトル)の保護者

 特記事項2:名称強制変換(神の意思)

 特記事項3:旧名がないので過去を辿れない。だが逆に当人も、過去の恩恵を利用できない。

 とある事情により新しい自分を与えられ、新たな出発をする事になった。

 斧・ダガー・弓を武器とし、さらにスリープ等の初級魔法を補助に使う。

 派手さはないが、どの武器も技能もよく鍛えられている。また弓関連として隠密行動スキルを所有しており、本職はともかく脳筋プレイヤー等は多少のレベル差をものともせず殺害する事がある。

 人間を含む人型との戦闘を得意とする反面、動物型はあまり得意ではない。アンデッドは全然ダメ。

 

『リトル』種族:サーベルタイガー(幼獣) Lv1 性別:male

 特記事項:飼い主(モフ子)

 特技:子の鳴き声:ふたつの効果をもつ。

  1:敵のうち、母であるもの、かつて母であったものの母性本能を掻き立て戦意喪失させる。また低確率で寝返りが発生する事がある。ただし味方にも混乱を起こす事がある。

  2:飼い主であるモフ子の全ステータスを一時的に急上昇させる。

 親をプレイヤーに殺されたサーベルタイガーの仔。モフ子に拾われるが、これは同時にモフ子自身の転機のひとつともなった。

 

 

 

「な、なななななな、なんですかこれ!?」

「共に戦う者としては標準的だと思うけど?」

「獣戦士ってなんですかこれ?こんなの知りませんよ!?」

 この時点では攻略wikiにもない。獣戦士という職業がプレイヤーによって発見されるのはテイマー事件の後、サブ職にテイマーをつけるのが流行してからの事であり、現時点では影も形もなかった。

「獣戦士は軽戦士の上級職のひとつね。変更前の軽戦士がレベル22だったから最低でも28はぶっ飛ばしちゃってるけど、それはまあご愛嬌ね。かわりにステータスを全部倍増してあるから、好きにしてちょうだい?」

「好きにしてって……ば、倍増!?いやちょっと待ってください、この汎用魔道士って何ですか!?」

「見習い魔道士の上級職よ?中級までしか使えないけどやっぱり全属性なの。便利よこれ?」

「便利って……」

 これもwikiにない新職業である。彼女はさすがに蒼白になった。

「これじゃ別の意味で人前に出られないですよ!これどうしたのって詰め寄られたら」

「大丈夫、一般プレイヤーには今まで通り、軽戦士と見習い魔道士に見えてるから。名前は変わってるけどね」

「名前?なま……って、何これ!ダサっ!!」

 そう。名前のところがなぜか『モフ子』になっていた。

「ダサいは酷いわね。一応これ、天上で決定された神聖名ですからね。もう変えられなくてよ?」

「嘘ぉっ!!」

「ちょっと、何故泣くのかしら?さっきの説明でも全然平気だったくせに?」

「ひどいですよぅ。こんなダサすぎる名前じゃ、いくらなんでも」

「いったいどういうセンスしてるのかしらね。これもやっぱり才能なのかしら?」

「それ、あたしのセリフですよね?ツンダークの神様って命名センスないの?名前の神様とか」

「いないけど?」

「言い切った!?」

 こうして、ラーマ神らしき老婆と彼女……名前はやはりモフ子で決定らしい……による、史上最低な『神と幼子の邂逅』は続いた。

(……クスクス)

 それを見つめる謎の笑いが、どこかから聞こえていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……ミャー」

 彼女、もといモフ子が目覚めると、目の前には仔猫、もといリトルがいた。どうやら腹が減ったらしく、寝ているモフ子の身体によじのぼり、顔の真ん前で尻をふりふり、みーみー鳴いていたらしい。ふるふると揺れる尻尾が可愛い。

「……あが」

 いきなり目覚めに凶悪なものを見せられ、モフ子は悶絶しそうになった。

「って、目が開いてる?」

 確かに、その目はバッチリ開いていた。澄んだ瞳がモフ子をまっすぐ見ている。

(あ……)

 その瞬間、モフ子の首のあたりで、何かがパチンと閉じたような気がした。

 だが、特に何も起きない。

 ふむ?とモフ子は一瞬、首をかしげたが、すぐにそれどころではなくなった。リトルがニャーニャーと催促をはじめたからだ。

「ああ、はいはい。ちょっと待ちなさい」

 ミルクボトルをとりだし、小瓶に分けると左手を添え、生活魔法で温め始める。その間少し待ち時間があるので、その間に昨日のワタを洗浄しようとしたのだが、

「ってこら!それはまだダメ!」

 小瓶の中にあるのがミルクとわかっているようで、直接蓋をあけて飲もうとする。それを必死に止めた。

「ダメだったら!飲んでもいいけど冷たいのはダメ!待ちなさい!」

 そう言うと、にゃーと鳴きつつリトルは座り込んだ。待てというのは少なくとも理解したらしい。

(ふうん。頭いいんだ)

 まぁ、叩いて教育しなくてもいいのは、いい事だろう。

 しばらく待つと、小瓶の中身がだいたい温まった。そろそろいいだろう。

「よし、いいよ。でもゆっくり飲み……っとっ!」

 モフ子の言葉を待っていたようにリトルは小瓶に顔をつっこみ、猛烈な勢いで飲み始めた。

「……小瓶じゃなくて、ミルク鍋のほうがいいみたいね」

 そう言ってモフ子は苦笑いすると、インベントリから自分の携帯食料をとりだした。

 

 

 

 モフ子とリトル。

 これから長い年月を共に過ごす事になる一人と一匹の初めての朝は、そんな穏やかな空気に包まれていた。


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