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モンスターといこう  作者: hachikun
女戦士とモフモフの章
63/106

偶然の出会い?(2)モフモフ?

 見た目はともかく、加速剤の効き目は大変なものだ。

 『マルホ印』ブランドの薬はツンダークでも有名なのだが、誰が作っているかは謎とされていた。作者としてプレイヤー名『ほむらぶ』が入っているのは有名なんだけど、売っているのはNPC店のみ。同名のプレイヤーがいるが、本人に問い詰めても「俺に作れるわけがないだろう?」とつれない返事。無理もない。なんと当人は狩人なのだ。

 そもそも、プレイヤーがどうやってNPC店で薬を売るのかというところで話は頓挫してしまっている。

 一部の強硬派のユーザーが『何か情報を隠しているだろう」とプレイヤー『ほむらぶ』氏を追い詰めようとしたそうだ。よくあるケースとしてサブキャラの存在が予想されたが、当人はそれに対して徹底的にノーコメントを貫いたからだ。

 しかしフィールドに出てしまった高レベルの狩人を捕まえるのは暗殺者でも厄介な話。当人はなかなか捕まらず、おまけに、しつこく追い回しているところで記録をとられ、運営から警告をもらったという。彼らは『ほむらぶ』氏についてしつこく当局に問い合わせたそうだけど、一般ユーザーであり運営は関係ない、これ以上個人の意思を無視して追求するなら警告でなくアカウント取り消しになるがそれでもよいか、との最後通告をもらうにいたり、結局、調査中のままになってしまっている。

 ちなみに、この『錬金術師ほむらぶ』のような都市伝説的なプレイヤーは数名存在するが、彼らは一様に一般プレイヤーはあまり関わらないという。そしてこの事件以降、攻略チームなどでもこれらのユーザーは気にしないようになった。理由?簡単である。彼らはそもそもクエスト攻略が興味の対象であり、変人プレイヤーや運営の裏話なんかどうでもいいからだ。

 そんなわけで、彼女も『マルホ印』の作者自体には興味がなかった。ただ、そのあまりにもヲタくさい商品の外見には改めてドン引きだったが。

(今度から、ここの薬だけはアイテムボックスで直接使おう……)

 別の薬にしようと考えないところが攻略プレイヤーらしいところだった。実益を捨てる気はないわけだ。

 さて、お馬鹿な見た目はともかく薬の効き目だけは抜群で、彼女はたちまちに下に駆け下りた。声をかけようとしてきた門番に「すみません急ぐから!」と大声で返して手をふるとさらにスピードをあげ、光の飛んでいた方向に向けてどんどん加速していった。

 あっというまに二つの丘を越え、3つ目にかかったところで彼女は減速した。ゆっくりと呼吸を整えつつ、今度は逆に隠密行動のポーズに切り替える。ドクドクと鳴りまくる心臓を呼吸でゆっくりと鎮め、次第に隠密度を高めていく。

 そして、静かに丘の上に出た。

(あら)

 見えた光景はある意味予想通り、ある意味予想外だった。

 プレイヤーらしい数名の冒険者が戦っていた。巨大な両手剣と魔法使いの二人組。おそらくは正式な戦いではないだろう。武器の試し斬りか魔法の試し打ち。おそらくはそんな理由で外に出ていたと思われる。まぁここまでは予想の範疇。

 そして意外だったのは……戦っている相手のモンスターだ。

(サーベルタイガーじゃん。なんでこんなとこにいるの?)

 サーベルタイガーは強力なモンスターだが、典型的な猫科で長時間の戦いを嫌がる。だから、こんな丘と草原しかないような平原、しかも人間の町の近くなんかに普通いない。退治してくれと言わんばかりではないか。

 確かに、そのサーベルタイガーは善戦していた。だが、魔法使いと戦士のコンビはさらにその上をいっていた。本来、巨大な両手剣なんてツンダークじゃ重すぎて使い物にならないのだけど、おそらく当人の筋力と、あとは魔法使いのサポートがうまいのだろう。だんだんとサーベルタイガーは追い詰められていった。

 しばらくして、サーベルタイガーは倒された。魔法使いの魔法で勢いを削がれたところに、戦士の両手剣が決まったらしい。

(ふーん。攻略チームには無理そうだけど、悪くないんじゃないの?)

 彼女は目を細めた。

 破壊力はありそうだが癖がありすぎる。彼女なら撹乱魔法を使った後に魔法使いをダガーで眠らせるか詠唱妨害するだろう。魔法使いさえ無力化すれば、当たらない戦士の剣などないも同然。どちらかというと対人特化の彼女だからこそ言える事だが。

 そうこうしているうちにサーベルタイガーが消え、ふたりも去った。アイテムボックスに死体は収めたのだろう。まるごと収容は珍しいが、剥ぎ取りが得意でないプレイヤーはやる事がある。自分でもやれるが、剥ぎ取りスキル持ちがいると一瞬でやってくれるからだ。

 さて。

 そんな、どうでもいい分析をした彼女は、誰もいなくなった草原を見る。

 誰もいない。そして時々、さらさらと風の音がする。そろそろ午後の日も傾き始めているが、夕方にはまだ時間がある。

 人工音の一切ない、静かな環境にゆったりと身を休めようとした。そんな時、

「……鳴き声?」

 ぴぃ、ぴぃ、とも、みぃ、みぃ、ともつかない鳴き声。まるで仔猫のような。……仔猫のような?

 それは本当に小さい声だった。風の音にほとんど吹き消されそうなほどに。

(もしかして)

 彼女はその微かな声を頼りに、そろそろと歩き始めた。

 

 

 

 果たして、そういう予感は的中するものだ。

「これは……」

 二つばかり隣の丘の、戦っていた場所と反対側。そこに小さな穴があった。

 中はかなり奥が深い。おそらくは草原性の穴掘り動物がいるのだろうが、獣臭があまりしなかった。もしかしたら、本来の住人は住んでいないのではないかと思うが、穴自体はなかなか頑丈そうだ。おそらくこのへんの土壌がよく、本来の持ち主が去った後もそのまま残っているのだろう。

 そんな穴の一角に草が敷き詰められ……そして、それはいた。

 小さな、目も開いてない仔猫。

 仔猫といっても日本猫の大人ほどはある。おそらく、あのサーベルタイガーの仔なのだろう。ステータスを見てみると『ミニサーベルキャット』となっているが、モンスターwikiに書いてあるモンスター図鑑はあくまで攻略しか考慮されていない。だから、親子ではないかというモンスターが別種扱いになっている事は珍しくない。実際、殺して経験値にする事が前提なら、生物学的分類なんてどうでもいい事だからだ。

 彼女はしゃがみこむと、仔猫を膝の上に乗せた。

 温かい。そして小さく、軽い。今にも吹き飛びそうな命。

(……どうしよう?)

 これが地球なら、彼女は仔猫を拾ったろう。家族と激突するのは間違いないが、別に猫一匹、がんばればどうにでもなるだろうし。

 だが、ここはツンダーク。そして彼女は、ペット狩りの急先鋒にいた人間だ。

 誰か知り合いに預ける?いや、まともに育ててくれそうな知り合いなどいまい。

 でも、こんな自分が、よりによって動物を飼うわけには……。

 と、そんな時だった。

 もぞもぞ、と腕の中で仔猫が動いた。ぬくもりを求めるように。

 そして小さな尻尾をふり、ミィ、ミィと鳴いた。

 手のひらの上をこするように動くしっぽと、懸命にふんばる小さな柔らかい四肢。

 その声が「ひもじいよぅ、おなかすいたよぅ」と泣いているように彼女には聞こえてならず。

 その切なさが、声が、彼女の心を強烈にかきたてる。

(……どうしよう……)

 手の中のぬくもり。目も開いてない、小さないのち。

(……ダメ)

 

 

 その選択肢はやめとけと、彼女の中で冷笑する声があった。

『さんざ、よそさまのペット殺しまくったおまえが動物助けるだって?脳みそ腐ってんじゃねえの?』

 だって。そんな事言ったって。

 

 

『ペットはじめましたって今さら告白する気か?仲間にリンチにされて、そのチビも殺されて終わりだろうが?』

 そんな。でも、だったらどうしろっていうのよ。

 

 

『自分の家の事すら逃げまわってるおまえに育てられると思ってんのか?いいかげんにしろボケが』

 でも、でも、でも……!

 

 

 ピクっと再度、腕の中で仔猫が動いた。ミィ、ミャー、という声が彼女の心の琴線を激しく揺らした。

 そして、その声がなんだか、だんだん小さくなっているような気がした瞬間、

「………!!」

 彼女は、弾けるように動き出した。

 アイテムボックスを開き、テントの項目をその場でダブルクリック。狭いと警告が出ていくるのがビバークモードを選択し、そのまま展開。

 次の瞬間、彼女と仔猫は布製のビバークテントの中にいた。

『遮音、聖水結界展開。お泊りモード』

 これで、少なくとも明日の午後まではモンスターも動物も寄り付かない。

 布をとりだし、仔猫の下に敷いた。そして先刻にマーケットで老婆……のような者……から買ったミルクのボトルをひとつと小瓶を出した。小瓶に中身を注ぐと、左手に生活魔法の『炎熱』をかけ、人肌温度まで温め始めた。

「って、ワタがないじゃん!ワタ、ワタ……あった!」

 山に行くつもりで買った安物のジャケット。これを取り出してナイフで生地を裂くと、中からワタが現れた。念の為に脱脂用の魔法で洗浄し、毒がないか鑑定。温めたミルクを少し染み込ませて、舐めてみる。

「変な味、しない。毒はないと思うけど……」

 急ごしらえにも程がある。もしかしたら悪いものが混じっている可能性もある。

 だけどたぶん、これが一番いい方法だと信じた。

 小瓶にワタをセットし、少しミルクを染みさせた。そして仔猫を右手で仰向けにし、左手で小瓶の口をあててやった。

 仔猫はピクッと一瞬だけ反応し……そして、ぴちゃぴちゃ、ちゅぱちゅぱとミルクを飲み始めた。

「ああ、飲んでる、飲んでる……!」

 むろん安心はできない。そもそもこの方法でいいのか、それすらもわからない。

 だが今は方法が正しい事と、仔猫の野生を信じるしかない。

「がんばれ……あたしなんかがママ役でごめんね」

 そんな言葉を投げかけながら。

 ふと、穴の入り口に目をやった。

 テントの入り口ごしに見える外は、いつのまにか夕暮れが始まろうとしていた。

 

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