プロローグ
第三章のスタートです。
我に返った時、彼女はログアウトずみのVRMMOマシンの中で呆然としていた。
全身が熱く火照っていた。その不自然な熱さが女としてのものだと気付きギョッとした。まさかゲーム中に何者かに部屋に侵入されたかと焦ったのだが部屋にはなんの変わりもない。きっちりとロックしたままだった。
いったい、何が起きた?記憶を手繰る。
仲間と一緒にペット連れのプレイヤーを襲撃に行くところだった。再三の警告にも応じない悪質なプレイヤーで、しかもペットの方もウサギとは思えない強さだという事だった。見た目こそただのフィールドラビットだがレベルキャップに余裕で届いており、何かあれば急に進化する可能性もあると。
だから戦力を揃え、襲った。
ウサギはもちろん処分だが、今回はプレイヤーの女の子にも痛い目を見てもらうつもりだった。β時代からの再三の警告無視、そして証拠こそないが、生産者組織経由でこちらに嫌がらせをしているという話もあった。
何も知らないMMOド素人の分際で、ふざけんな。
そんな思いで仲間と共に攻め込んだのだ。まぁ、確かにちょっと調子に乗りすぎだったかもしれないが。
女というのはしばしば、同性の危機に非常に冷淡な事がある。
ツンダークはPK行為を違法としているが、テイマーの件でわかるように結構ユルい部分もたくさんあった。特にセクシャル系がその典型だ。何しろ、日本の法律に基づくわいせつ物陳列や公然わいせつのような行動をしない限り、常識の範疇であれば規制しないという大変ユルいものなのだ。
未確認だがこの運営のスタンスを悪用し、弱みを握った女子プレイヤーを手篭めにしている馬鹿者がいる、なんて噂もある。
まったくふざけた話だ。
だが、思い上がった素人プレイヤーに痛い目をみてもらうにはちょうどいい。
裏ワザを利用して相手の自由を奪い、ある種の興奮状態に落とす事でPKを回避し、そして以下略。物理的に生命力も削りつつ、仮想とはいえ女としての尊厳もぶっ潰し、とどめで死に戻り。まさにざまあみろだ。
そんなわけで、期待に興奮しているっぽい男性陣を冷ややかな目で見つつ彼女らは出撃したわけなのだが。
「……どうしてこうなった。いや」
記憶の中に浮かぶ、ゴスロリを着込んだ人形のような女の子。自分を殺したのは確かにあの女の子なのだろうが、
「……ちょっとまって。あの子プレイヤーだよね?」
会話中は気づかなかったが、間違いない。あの女の子は確かにプレイヤーだった。
つまり自分はPKで殺されたのか?そんな馬鹿な。
いやまて、何か間違えてないか?
「違う。PKじゃない。あの子は何もしてない」
そう。あの子はただこっちを見ていただけ。自分は勝手に自爆しただけ。
いやでも、それもおかしい。
「もしかして……あたし、操られたってわけ?」
自分からあの女の子に身体を差し出したあげく、自分から自分の首をかっさばいて死亡?そんな馬鹿な。
だが。もしかりにそうだとするならば。
「……あの子」
そういえば、何もかもがおかしかった。
確かに変わった子だった。
ツンダークにないはずのゴスロリ衣装、あれはおそらく課金で導入したものだ。銃器のようなゲーム世界を壊すものは拒否されるそうだけど、布製の衣装であれば結構奇抜なものも可能だそうだから、おそらくそれを利用したのだろう。
だが。あの子がおかしいのはそれだけではない。そんなものではない。
「……吸血鬼?」
そう。まるで吸血鬼だった。
なすすべもなく操られ、自分から首をさしだした。おいしく血を吸い上げられたあとは、じゃあ死んでねと言われ快諾、そして笑いながら自爆。
まるでそれは、古い物語に出てくる吸血鬼の姿そのもの。
でも。
「でも、確かに……PKでもなんでもないのよねえ、それって」
最初に相手に何をされたのかはわからない。
しかし、こちらから首を差し出して以降の行動はどう見ても、客観的にはただの自爆。PKにあたるわけがない。
まさか。
まさか、あんな殺害方法があるとは。
幻惑魔法?いや違う。
ツンダークの幻惑魔法はそも、幻を見せたり姿を消したりするもの。他人の意思を自由に操るようなものではないはずだ。唯一あるのが『錯乱』という広範囲魔法で敵味方の識別を狂わせるのだけど、これだって作用は『まわりの全てが敵に見える』というシンプルなもの。つまるところ、やられたと思ったらじっと座ってやり過ごせばよい。少なくとも、相手を操り、笑いながら自爆させるなんて事はできない。いや、できたらおかしい。
そして、少なくとも攻略データでは見た事もない。もちろん、そういうものを見つけたという話もきいた事がない。
だいたい、アバターを突き抜けて、中のひとを操る幻惑魔法がありえるわけがない。もし可能だとしてもだ。そんなものをゲームで実用化してしまったらどうなる?そんなヤバいもの、セクハラやPKどころの話じゃすまない事くらい、彼女にだって容易に想像できた。
いや、そもそもだ。
あんな簡単に同じプレイヤーを、しかも町の中で殺せるというのなら、あれほど執拗にテイマーやペット持ちを追い回していた自分たちは何なのか?ただの間抜けか?
つまり。
「要するに……あたし」
ありえない容姿の女の子においしく吸血され。
全く未知の、ありえない、PKにもあたらない方法で自爆させられ殺されたと。
「……あは」
思わず笑いがこぼれた。
VRMMOには慣れてる、そんな自負があった。このツンダークだって攻略チームに属していたし、どちらかというと雑役中心で攻略メンバーではないものの、このツンダークについては非常に詳しいという自負もあった。最先端のプレイヤーでも知らないような情報を網羅している自負もあった。
そのはずだったのに。
その自分が、ありえないの塊みたいな女の子に、なすすべもなく町の中で殺されたと。
「ふ……ふ……」
なんでだろう。すごくバカバカしい。
(あたし、今まで何をしていたんだろう?)
こぼれはじめた笑いの衝動は、やがて一気に吹き出した。
「あは、あはは、あはははははっ!」
湧きだした笑いは、一度始まるとなかなか止まらなかった。彼女は腹いてーと半泣きになりつつ、さらに笑い続けた。
そのすさまじい笑いは、いつも不干渉の冷め切った家族が奇声に当惑し、部屋のドアを叩くまで続いたのだった。
プレイヤー名、ディーテ。
攻略チームにいながら、攻略よりむしろ『治安維持行動』にあけくれ、一部では過激派とまで言われていた一派のひとり。
彼女のツンダーク人生が、大きく狂い始めた瞬間だった。




