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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
60/106

エピローグ(モフ子)

「勝負あった!カーズさんの勝ち!」

 模擬戦の結果が出て、モフ子は合図を出した。

「いやぁ参った!やはり異世界の方は強い!これで本職が戦士でないとは!」

「とんでもない。完全武装の騎士がここまで動けるなんて、ひとつ遅れたら自分はおしまいでしたよ」

「ははは、ありがとう!」

 居残り組の男性と、カルカラ王国騎士の対戦のようだった。居残り組は戦闘職のようではないが、リアルでは武道家であったという事だった。元の資質がよいという事だろう。

 ふたりはお互いに握手した。どうやら個人的にもいい出会いだったようだ。

 そこは、カルカラ初の『空中武舞台(ぶぶたい)』の一角。海上に作られた『空中農業試験場』の一角なのだが、広場になっているところが武舞台にできるようになっていて、そこで今、お昼休みに一戦行われていたのだ。

 臨時の試験場であるので、ここにいるのも臨時の職員ばかりだ。審判のモフ子はガラス職人で、塩害を防ぎ温度を保つツンダーク式温室の試験中。戦っていたカーズという男性は農業者という珍しい職業の持ち主だが、本来なら数ヶ月かかる植物育成を一日でやってしまったり、土壌改良技術を色々と持っている。温室作りをすると聞いて難民キャンプから参加した者だ。

「お疲れ様です!……ふわ、すみません。わたしはちょっとお昼寝(シェスタ)しますね」

「あ、はいはい、どうぞ」

「リトルー、あ、いた!」

 緊張が抜けた途端にモフ子は眠くなったようで、相棒の名を呼び探す。畑の隅っこで丸くなり眠っているのを見つけてトタパタと駆け寄り、そして、リトルにもたれかかって寝てしまった。

「グル……」

 リトルは一瞬だけ反応したが、モフ子を見て、そして少し身体を開いてモフ子の身体を包み込んだ。そして、再びそのまま寝てしまう。

「モフ子さん、仮眠するなら仮眠室を……って、もう寝ちゃったのか」

 呼びに来た王国側職員のひとりがモフ子とリトルの状態に気づき、苦笑して目を細めた。

「いいけど不用心だな。警備を少しまわそうか?」

「不用心か?あのサーベルタイガーは神獣だそうだぞ?」

「い!?」

「まぁ、静かにしておこう。ここには出入口もないし、入り口を固めておけば問題あるまい」

「そうか。そうだな」

 職員たちは警備員と何か話し合い、そして、静かに去っていった。

 

 

 

 異世界人の難民を受け入れたいくつかの国同様、カルカラ王国でもゆっくりと受け入れが進んでいた。

 難民キャンプはほとんどの国で発生していたが、心配された治安の悪化はほとんど発生しなかった。それどころか、難民キャンプの中には難民たちが有志で作り上げた風呂や洗濯場もあり、町の人間より清潔と言われるほどで受け入れ国の者たちを驚かせる事が多かった。しかも彼らの質問に対し、難民たちはこう言ったという。

『いや、お風呂と水回りは基本でしょう。そこさえ解決すれば人間、どうにでもなるもんです。ここツンダークには魔法もありますしね』

 ある意味、それは日本人の面目躍如だった。

 日本人の風呂好きは異常と言われる。実際、東日本大震災の際、津波の後わずか数日後には手製の風呂につかる日本人の姿が見られたという。「とりあえず食って風呂入って、ぐっすり眠る。そうすればいい知恵もわくさ」は、東北の被災者の言葉だそうだが、ましてツンダークには魔法という便利道具があるのだ。便利に使わない手はない。

 そんなわけで、難民キャンプという言葉とは裏腹に、彼らは普通にまったりと生活をしていた。違うところがあるとすれば、今いるところは仮設であり、いつかは移動しなくちゃならない事くらいなのだが、その事も含めて、彼らは難民生活もまるで楽しいキャンプと言わんばかりに毎日を楽しんでいた。

 今夜もそうだ。キャンプ地のあちこちに焚き火があり、そこで思い思いに話に花を咲かせている。

「モフ子ってそういや夜見かけないな」

「ああ、彼女って夜すぐ寝ちまうんだよ。昼寝の時みたく、あのでかい虎と団子になってな」

「へぇ」

「変わった子だよねえ。あの獣人みたいな姿って、何かの祝福だとか言ってたけど」

「らしいな。考えてみりゃ凄いよな。ベータ時代はペット狩りでブラックリスト入りもしてたらしいのに。変わるもんだ」

「へ?モフ子って、昔はペット狩りするような子だったのかい?」

「本人がそう言ってたぞ。だけど色々あって、あの虎を育てる事になって、こんなんじゃいけないって思ったらしい。ま、ベータテストの終わりか本公開になってすぐっていうから、もう本当に大昔の話らしいんだが」

「へぇ。世捨て人みたいに荒野で暮らしてたっていうけど、そういう事なのかねえ」

「そりゃそうだろ、色々なきゃ居残りしてるわきゃあないわな。俺もそうだし、あんたらだってそうだろ?」

「だなぁ。そういやあんたら、居残りになった原因って何なんだい?」

「あー、わしは友じゃな。自業自得なんじゃがリアルじゃ、損得勘定以外の交友関係がなくなってしもうての。いいかげん疲れたんじゃよ」

「僕は心臓に爆弾があってね、どうせ長生きできないなら最後はツンダークでって思ってたんだ」

「あー、言わなきゃダメ?あ、うん。ダンナに告白されたんですよぅ、うん。あ、ダンナこっちの人なのね。異世界なんか帰るな、おまえみたいな子が引きこもらなくちゃならんような、そんな悲しい世界に帰る事ぁないって毎日説得されましてぇ、はい」

「こっちで結婚したのか。でもこっちの家庭だと大変じゃないか?女の人権低いでしょ?」

「そうでもないですよぅ?生活魔法があるから家事、楽だしぃ、読み書きできるから凄くいい内職もあるしぃ、おまけに、ダンナ様もエロいけど優しいしぃ、何より子どもたちがねえ、みんな素直で可愛いんですよぅ!」

「そうか、読み書きできるのはデカいよな!仕事の幅がぐっと増える!」

「あー、変なマスコミが毒撒き散らしてないもんな。その分素直な子が育つか」

「ですですぅ。まぁ、それでも今回のは参りましたけどねー」

 ぽやぽやっと、のんびりしゃべっていた娘の顔が、急に不機嫌そうなものになった。

「国家に貢献しない異世界人は賊だとかぁ、なんだかむちゃくちゃ言ってくれちゃうもんだから、困っちゃったんですよねー。ママ、うちは悪い家なの、学校でみんなに悪魔の子だって言われたって聞かされた時の気持ちっていったら!」

「なんですかそれ!子供が何をしたってんだ!」

「ああ、ごめんマチダ君落ち着いて、どうどう。しんぞう悪いんでしょ?」

「ありがとうございます。大丈夫、ツンダークの僕は健康体ですから!」

「ま、それにしても実際ひどかったよな、アレ。うちが店たたんで引っ越すって決めた時も従業員が皆、我々も行きますってえらい剣幕でなぁ」

「ですですぅ。パパも……ダンナ様もすっごい激怒しちゃって、マナいくぞ、あんな事言われてまでこの国にいる事ぁない、みんなでとっとと出ていこうぜって」

「マナちゃん。ダンナ様のことパパって呼んでるの?」

「そこ!それダメ忘れなさい!」

「あははは」

「でも、そうなんだよな。言われてるのは俺らなのに、みんな優しいんだよな。俺が怒らなくても皆が怒ってくれるんだ。それで逆に冷静になれたっていうか」

「そうだよねえ。ツンダークの人たち、みんなやさしいよねえ」

「ですよねえ。そのくせみんな、僕らの事優しすぎるっていうんだよね」

「ですよぅ。あたし……ツンダークで泣いたのってぇ、悲しいより、うれしい方が多いんですよぅ」

「あー、それ重要かも」

「ですね」

「うん。僕たちは幸せだと思いますよ。本当に」

「しかし、その同じツンダークの人たちが、あんなひどい事もいうわけだよな。実際、俺らがここでこうしてる理由だって」

「そりゃそうだ。どこにだって馬鹿はいるからな」

「ですねえ」

 みんな、それぞれにいろんな目にあっているようだった。しかし、話していると似たような事実も色々確認できるのだった。

 いわく、現地の人は皆やさしい。

 だが彼らは気づいていない。皆の優しさの正体は、彼ら自身のやさしさがもたらしている事を。

 

 

 

 昔の人は言ったものだ。「ひとの心は鏡のようなもの」であると。

 

 

 

 さて、彼らが思い思いの意見を交わしている、ちょうどその頃。

 モフ子と呼ばれた彼女はというと、やはり寝ていた。

 いや、昼からずっと寝ていたわけではない。午後の仕事を行い、相棒と夕食をとった後は、早々に寝てしまっただけの話だった。体調が悪いという話ではなく、最近彼女はずっと夜が早いのだった。

 ただ、彼女が眠っているのは与えられた自室ではない。

「……」

 そこは見知らぬ森の中だった。

 空には巨大な月が真円を描いていた。その輝きは大地をあまねく照らし、冷たい輝きで幻想的な夜の世界を描き出していた。

 ここはどこなのか?

 そして、いつのまに彼女はここに移動したのか?

『……』

 そして彼女の隣には、大きなサーベルタイガー。月に照らされる彼女をじっと見ている。

 光の中で眠る彼女は……いつもの衣服も全く身につけず、武器である斧も装備していない。まったくの全裸なのだが、そのしなやかな裸体を包み込む毛皮のせいで、おそらく彼女をよく知る者でなければ、彼女が全裸である事に気づくまい。

 ふと、その姿が月光の中で変わり始めた。

 獣耳が生えているものの、あくまで人間のそれだった顔に獣相が入った。鼻や口が形を変え、猫のヒゲのようなものまで生え始める。腕が、背中が、骨格が変わり、ついさっきまで半分は人間だったそれを、何か別のものに変えていく。

 しばらくたつと、そこには若い一頭の虎ともヒョウともつかない、不思議な獣が寝ていた。

『起きるがよい』

『……ン』

 人間用ではない言語でサーベルタイガーが呼びかけると、獣は眠そうに、しかしゆっくりと起きた。

『……今夜も狩り?』

『そうだ、狩りの時間だ。神域の獲物を狩って喰らおうではないか。さぁ起きよ』

『うん……起きる。いくよ』

 ゆっくりと獣は起き上がると、ぎゅううっと背筋をそらして伸びをした。

『ふむ。だいぶ動けるようになってきたかな?』

『ウン。でも眠気はとれない……』

『それは仕方ない。まだ人間の方が強いのだから。なに、じきに慣れるとも』

『ウン。行こう?』

『ああ、そうだな』

 二頭の獣は満点の月明かりの下、ふたりっきりの狩りに駆けていった。

 後に残るのはただ、煌々と輝く月光だけだった。

 

 

 

 モフ子。居残り組ただひとりの獣戦士。

 その身は今、人と獣の境界線にさしかかろうとしていた。


第三部『女戦士とモフモフの章』

モフ子の過去、ゲーム時代からのスタートです。

次回から開始します。


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