カキワリの裏側
今回は短いです。ちょっとお出かけしなくてはならないので
書割という言葉をご存知だろうか?
貴方が昭和の方なら、懐かしいドリフの舞台セットを思い出してもらえばわかりやすかろう。演劇などで背景を描いた板などの事だ。当たり前だけどその板っきれ一枚の裏側は安っぽい舞台セットというわけで、そこから転じて、一枚めくれば裏側が見えるようなチープな演出という意味の悪口にも使える。まぁ実際には悪口というより比喩に使う事が多いのだが。
だがしかし、ミミが食堂で思った事は、まさにこの「書割一枚めくってみたら……」そのまんまの光景だった。
「まぁお客様いらっしゃいませ、いつもありがとうございます。ささ、こちらに」
まず、店員はミミが常連だと認識していた。そしてリアル同様に空席に案内された。ここからまず少し驚いた。
だがそんなもの序の口だった。ミミはMMORPGで生まれてはじめて「いつものでよろしいですか?」と質問をされて一瞬、ぽかーんとしてしまった。そして再度質問されそうになり、思わずそれに「はい」と事務的に微笑んで短く返事するという、リアルでいつもやっている反応をしてしまったのである。
なんだこれは?本当にここは『ツンダーク』の食堂なのか?
いや、確かにここはいつもの食堂のはずだ。ファンタジーな、ちょっと衛生に問題ありそうな外見もちっとも変わらない。歩いている店員も、そして入り口から入ってくる別の客も……客も?
(あ……)
入ってきた客に二種類いるのに気づいた。
まず、自分のように入ってくる客。プレイヤーはまずいない。NPC、つまりこの世界の住人たちだ。
次にプレイヤー。珍妙な姿で現れ、瞬間移動するように座席にポンと移動している客。どこか機械的に無言で食事をし、そしてまたパパッとドアから出て行く。「ありがとうございました」と背後から追いかける店員の声は聞こえて……いないだろう、たぶん。
そう。あれが一般のプレイヤー。
なんとも気持ち悪い光景だが、たぶん先日までの自分もああだったんだろう。
だが。
(あれ?でもだったら、どうして?)
あんなプレイをしていたのなら、相席の人と話すなんて普通ないはずだ。実際そんな覚えは今までない。
なのにどうして、サトルとは話ができたのだろう?
「どうかなさいましたか?何か問題でも?」
ふと気づくと、見覚えのある店員のひとりが話しかけてきていた。
メイド調の、ただし使い込まれたエプロンドレスがよく似合った黒髪の娘だ。両手にはミミの注文した定食と、チック用の野菜セットがそれぞれある。
「ああすみません、ぶしつけで。しかし何かご体調でも悪いのかと」
テーブルと足元にそれぞれ注文を置きつつ、店員は少し心配そうに見ていた。
気まで使ってくるのか。そこまで人間的なのか。
いや、それ以上に。
どうして自分は今までこんな事に気づかなかったのか?たぶん、サトルの事があり、たまたま相談したのがほむらぶでなかったら、こんな世界があるなんて知りもしなかったはずなのだ。
なぜ?こんな手元に、まるで別のゲームとしか言いようのないものがあったというのに?
「いえ、とんでもないです。そうだ」
とりあえず返答しようとしたミミだったが、ついでに質問もしちゃえと頭を切り替えた。
「えーと、本当はいけない事かもしれないんですけど、ちょっとお聞きしたい事があるんです。かまいません?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「ほら、先日わたしと相席になったウサギつれた男の子。サトルくんっていうんだけど、緊急の用件で彼に伝言したいんだけど」
「伝言ですか。あら?でもお客様もあの方も異世界の方ですよね?だったらもっと簡単な方法がおありなのでは?」
「え?」
異世界?どういう事?
耳に覚えのないフレーズに、耳は思わず首をかしげた。
「ごめんなさい、異世界ってどういう事?」
「どういう事って……ああ、そういう事ですか」
店員はポンと手を叩いた。そして何故か奥の方に向いて、
「マスターすみません。ちょっと異世界のお客様が大切なお話のようですので!」
カウンターの奥の方から、男性の「わかった」という声が返ってきた。
「あの?」
「少し時間をもらったのです。これもこの町の者の責務ですので、気になさらないでください」
「はぁ」
全然わけがわからない。
だが、わざわざ質問に応える時間を作ってくれたのはわかった。ここはありがたく質問させてもらおうとミミもうなずいた。
「まず、わたしが、いえ、わたしたちが異世界の住人ってどういう事?」
はい、と店員は小さく会釈した。
「ここはお客様のいらっしゃったところとは別の世界なのです。黄昏を迎えつつある私たちの世界に活気を取り戻すため、お客様の世界とこちらの世界をつなぎ、若者を中心に多くの方々が遊びに来られるようにしたのだと聞いております。こちら側から接続をなさっているのは、世界神であらせられるラーマ神さまで、よくわかりませんが、お客様の世界には『げーむさーばー』というものを仲介してつながっているんだとか。これが、お客様が異世界の方と申し上げました理由なのです」
「はぁ……」
いきなりヲタ臭い、または中二臭い話の登場だった。
当たり前だがミミは眉をしかめた。裏設定にしても安っぽすぎると思ったのだ。誰だこんなネタ突っ込んだのは。
それに今は時間が惜しい。サトルの事を聞かなくては。
「ごめんなさい、質問しといて何だけどその話はまた今度聞かせてもらえるかしら?それより、サトル君に伝言をしたいのだけど。その、異世界の方法ではなくて」
「あ……そういう事ですか。すみません出すぎた事を」
「ううん、ごめんね。わざわざ説明してくれたのに。ちょっと急ぐものだから」
いえいえ、と店員は微笑んだ。
「本当は他のお客様の事を教えるのはよくないんですけど……うん」
ちらっとミミとチックの両名を見た店員は、意を決したように言った。
「お客様がたは、あの方のご同輩……ではないみたいですけど近い方々のようですね。ちなみにお急ぎの理由を伺ってもかまいませんか?」
「彼が狙われているんです。恥ずかしい話なんだけど、わたしと同じ、その、つまりあなたのおっしゃる異世界の人間にです。狙っているのは彼の連れているウサギちゃん」
「あぁ、テイマー狩りですか……!」
店員は思わずボソッと漏らして、しかし失言に気づいたのかハッと口をふさいだ。だがもう遅い。
(テイマー狩りなんて、プレイヤー間でしか通じないような言葉まで知ってるんだ…)
たぶんスタッフ側のつながりか、ほむらぶのようなプレイヤーが漏らしたのだろう。
だが今はそれを追求する時でもない。
「それで、何か情報ないかしら?ここで伝言預かってもらうのも手ですけど、常連でないのなら、次にいつ来るかなんてわかりませんよね?」
「そうですね……ああ、でもそれなら」
うんうん、と店員は頷いた。
「お客様はつまり、彼がテイマーではないかという仮定の元に探しておられるわけですよね?」
「うん、そうよ」
「ならば、ガラム道具店に声をかけられるといいかも」
「ガラム道具店?……ああ」
耳慣れない店名に首をかしげるが……途中で思い出した。この町にあるNPC店の名だった。
現在のツンダークでは基本的に、NPC店は初心者か「高くても平均的なものを間違いなく購入できる」ニーズでのみ知られている存在だった。生産者がまがりなりにも揃った現在、安価に、しかもかなり安定した供給が可能になってきており、割高なNPC店の利用者は少なくなりつつある。ましてやほむらぶのような例外はともかく、一般にはNPC店の名前なんて覚えている方が珍しかった。
「あっちの向こうのお店だよね?本とくすり袋の看板がちょっと焦げてる」
「はい、そこです。そこに訪ねてみてください。それで何かつかめるかもしれません」
「そっか。……ありがとう」
「いえいえ。ごゆっくり」
ニコニコと会釈すると、店員は去っていった。
(謎がなぞを呼ぶっていうけど……本当にわたし、ちゃんとツンダークにいるのかしら?実は居眠り中とか言わないよね?)
だが、ミミの悩みは長くは続かなかった。
いつもなら自動的に食べ終わるはずの食事……それもマニュアルになっており、やれやれと食べ始めたところが、
「うわ、何これ美味しいっ!」
食べ慣れてるはず。なのに全然違う味。
おいしいものに弱いミミには、予想もしなかった至福の時間のはじまりだった。