エピローグ(ヒルネルとほむらぶ)
特に問題なければ、もう一話で第二部が終わります。
「それにしても、本当に大変だったんだねえ。ふたりとも」
「まぁ、私はいいんだけど、うん……本人は気にしてないって言ってくれてるけど」
「ん?ほむちゃん本人がいいって言ってるんだから、それは問題ないと思うよ?」
「いやいや、そういうわけには」
「あのねえ……」
「どう考えても、あそこで私が油断しなきゃ……」
「ネルちゃん!」
「は、はい?」
突然ミミに大声でツッコまれて、ヒルネルは思わずビクッと反応してしまった。
「もう、ネルちゃんは難しく考え過ぎだよ。ふたり仲良く無事だったんだから、それはそれでいいの!わかった?」
「はぁ……」
ここはモニョリの一角にある、例の食堂。メンバーはヒルネル、ロミ、そしてミミである。彼らは昼食をとりつつ、あれこれと近況について情報を交換しているのだったが。
ヒルネルが北部大陸での事をあまりに気にしているので、ミミはちょっとおかんむりだった。
確かに、警戒が緩んだ隙をつかれたのは事実だろう。そして、人間だったほむらぶを吸血鬼化させてしまった。それは失敗だったのかもしれない。
だが失敗をするのが人間だ。そして、ほむらぶは吸血鬼化したものの死は免れたわけで、しかも他ならぬ、ほむらぶ本人がそれでいいと言っているのだ。問題があろうはずもない。
「だけど」
「もう、ダメだってば!たらればはナシ!女々しいぞネルちゃん!」
「……まぁ、身体は女なんで」
「屁理屈こねんな!」
そういうと、ミミはヒルネルの頭を、ポカンと音がするほど激しく殴った。
「あだっ!……あいたたた……なんつう馬鹿力」
「なんかいった?」
「いえ、なんにも」
神職の筋力をナメちゃいけない。宗派にもよるが、きっちりと戒律を守り修行を欠かさぬ神職の場合、戦士そこのけの瞬発力や持久力を持っている事も珍しくはない。
特にミミは血筋か性格か曾祖母の教育の成果か、いかにも少々間の抜けた甘ったるい性格のくせに、これが修行や神事となると一切の妥協がない。それゆえ、その健康っぷりも体力も日本でいえば昔の修験者以上というとんでもない状況にあるのだが。
「ま、人間やめるハメになった事について責任を感じてるのはわかる。でもね、ふたりがくっついたんなら、それもありなんじゃない?」
「?」
「わからないの?……もしそのままだったら、いずれ、ほむちゃんは歳をとる。で、ネルちゃんはそのままでしょう?」
「うん、そりゃそうだ」
「だったら、わたしが言わなくてもわかるよね?……ねえネルちゃん、もしそのままなら、よぼよぼのほむちゃんが老衰で死んでいくとこを見送る羽目になったと思うけど、本当にそれでよかったの?」
「いや、それは……それは悲しいけど、生きていれば当然でしょう?」
「うん、そうだね。でもそれはネルちゃん側の理屈でしょう?ほむちゃんはどう思うのかな?」
「……」
悩みだしたヒルネルを見て、ミミはためいきをついた。
「わたしだったらこう思うなぁ。
自分がおばあちゃんになって、でも、ネルちゃんはそうなってもその顔、その姿のままなんだよね?それって悲しいっていうか……うん、そうなる前に死にたいって思っちゃうかも」
「……は?」
神妙に聞いていたヒルネルだが、途中からミミの言いたい事がわからなくなったようだった。
「なんで?死にたくなるってどういう事?」
「わかんない?そうか、わかんないか。んー……まぁ、こんな可愛くても中身、男の子だもんね。そりゃそっか」
ウンウンとひとり納得しているミミ。そして、ひとつだけためいきをついた。
「あのね、ネルちゃん。
相手がいつまでも若い日のままなのに、自分だけが醜く歳をとっていくんだよ?はっきりいう。イヤだよそんなの」
ミミは大きくためいきをついた。
「女はね、できる事なら相手には、若くて綺麗な自分を見ていてほしいもんなの。まぁ現実には無理だし相手だって一緒におじいちゃんになるから妥協しているだけの話なんだけどさ。
なのに、ネルちゃんは違うでしょう?ずっと変わらないんでしょう?」
「……それはまぁ」
「だからいいの!」
「うーん……」
「いいから納得しなさい!それで間違いないんだから!」
「うーん……」
実のところ、ふたりのこの会話は何度目かのものだった。
ヒルネルとほむらぶがくっついたと聞いて、ミミはとても喜んだ。
だが当時の追憶になり、ヒルネルがほむらぶを守りきれなかったと嘆いたところでミミは「ん?」と眉を寄せ、そして罪悪感を持っている事を告白すると「なにそれ?」と怒りだした。で、何度となくヒルネルに説教をするミミと、悲しげなヒルネルという構図が繰り返されているのであるが。
「まったくもう、頑固者なんだから!」
「ごめん」
「まぁいいわ、あとでほむちゃんにシバかれればいいのよ。隅から隅までね」
イッヒヒヒと下品に笑うミミに、ヒルネルはためいきをついた。
「なぁに?」
「いや、何度目かも忘れたけど。ミミさん、その笑いはやめたほうがいいよ」
「さん?」
「あ……」
「ん?」
「……えっと、ミミちゃん」
「ん、よろしい。わたし、ネルちゃんの娘くらいの年代なんでしょ?さんづけはないと思うよ?」
「いやぁ、平の巫女ならともかく、中央神殿の大物忌様をちゃんづけはちょっと」
「へ?なんで知ってるの?」
「ステータスもう更新されてるけど?」
「ありゃりゃ。てか、わたし職業欄隠蔽してたはずだけど?」
「あ、ごめん。覗いちゃった」
「ネルちゃあん……」
「ごめんって」
「はぁ、もう。うん、サバシオおごりで許しちゃうよ?」
「まぁた、鯖の塩焼き定食なの。好きだねえ」
「いやいや、それほどでも」
「褒めてないって」
大物忌というのは神職の一種。日本の古神道でもそうだが、ツンダークでも重要な祭祀に関わる役職である。
なお普通の巫女と大物忌の違いはたくさんあるが、最も大きいのは『神に捧げられし者』という点。つまり大物忌であるという事は自動的に、穢れを知らぬ乙女という事でもある。
「しかし、大物忌か。ひとつ質問いい?」
「ん?いいよ、変な話でないなら」
「ある意味変な話だけどな……純粋に宗教的質問なんだけど、大人の女でも『汚れ知らぬ者』にあたるの?つまり」
「ああ。生理がきてたり精通があっても清らかといえるのかって事?」
「うん、それそれ」
「あー……それは一応、神殿的には内緒なんだけどなー……」
そう言いつつ、チラチラッとヒルネルを見るミミ。
「しょうがないな……おじさん、この子に豚汁追加してくれる?」
そう言いつつ食券をとり、カウンターに置いた。
「うふ、ありがと!」
「いえいえ。で?」
「んん、内緒だよホント。ネルちゃんだから特別に話すんだからね?」
「もちろんわかってる。で?」
「……止まっちゃった」
「へ?」
「いや、だから生理。夢枕にラーマ様が立って、大物忌にするっておっしゃられた途端」
「……止まっちゃったの?いきなり?」
「うん。まだ2日目だったのに。いつもは5日は続いてたのに」
「いや、そういう生々しい話まではいいですから、ハイ」
「そう?情報としては重要じゃない?」
「あー……まぁ参考情報としては大事なんだけど」
「うん、でしょう?」
「……」
大物忌に任ぜられると生理が止まる。それは確かに興味深い情報ではある。
だが「世界の謎を追う」というヒルネルの目的に役立つかというと……役立つのだろうか?
うむむむむ、と、ヒルネルは唸った。とりあえず記憶はしておくが。
「そういや、ほむちゃんは今どこにいるの?」
「え?ああ、彼女はサイゴン王国だよ。あっちに新工房開くんだって」
「西の国に近いよね?大丈夫?」
「大丈夫だと思う。ゴンドル側じゃなくてシネセツカ側だから」
「そっかぁ」
少し説明しよう。
本章に出てきた西の国とは、正しくはゴンドル大陸塊の西部大陸に所属する国である。このゴンドルというのは神殿という意味で、つまり、はじまりの国のある中央大陸を中心としたいくつかの大陸を総称して、ゴンドル大陸塊と呼んでいる。わかりやすく地球の地理にあてはめるなら、ゴンドルはユーラシア、シネセツカは南北アメリカ大陸と思えば立ち位置的に間違いない。
そしてサイゴン王国は、シネセツカの北部大陸、つまり地球でいえば北米大陸のような位置に存在する。
ただ米国と違うのは、大西洋にあたるシネセツカ海が狭いって事だ。つまり海の行き来は昔から多く、対岸にもサイゴンの領地が存在するのである。
問題はこの領地だ。問題の西の国に国境を接しているため、ミミはそこを憂慮したのである。
「ずいぶん遠くなっちゃうんだねえ。行き来はどうするの?」
確かに遠い。直通でも遠いが、間に面倒な西の国を挟んでしまったのだから。
「連絡方法の問題が解決したんで、移動したい時には迎えに来てもらう感じで」
「ほむちゃん転移魔法覚えたんだっけ?いいねえ、お嫁さんのお迎えかぁ」
「……ミミちゃん、わざと煽ってない?」
「え?そんな事あるよ?」
「……はぁ」
ヒルネルはためいきをついた。
実際、当面は北部大陸の遺跡にも用があるのだが、実はシネセツカにも遺跡がある事が判明している。ただしこちらはお姉様、つまりディーナ姫の時代のものではないそうで、調査にはかなりの時間がかかると思われる。
要するに、西への転居はヒルネル的にも願ったりかなったりなのだ。
「ま、そのうち遊びにいくからね、その時はよろしくねぇ」
「りょーかい」
「真夜中とかに突然襲撃してやるからねぇ。うひひひ、邪魔してやるのダ」
「ダメ。ほむちゃんにも固く釘さしとくんで」
「あーらら、ふうん?」
にやにやと笑うミミ。
ヒルネルはわかってない。ミミの知人で転移ができるのは、別にほむらぶだけではないって事を。
まぁ後日、何が起きたのかは、また別のお話であろう。
◇ ◇ ◇
同じ頃。はるか西の、北シネセツカ大陸某所では。
「あらら、キミもやられちゃってるねえ。ウンウン大丈夫、ちゃんとお薬飲んで寝れば治るからね!」
「あのう先生、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ええ心配ないですよお母さん。確かに流感のようですけど、ちゃんと身体が対抗してますからね。あとは、ほんのちょっと、お薬でひと押しすれば一気に治っちゃうと思います。
ただ、このお薬は解熱剤ではなく、むしろ一時的に発熱を招きます。熱のある時に飲ませると苦しいと思いますから、熱が下がった時を見計らって、飲ませてあげてくれますか?」
「そんなに熱が出て大丈夫なんでしょうか?」
「お母さん、発熱するというのは、身体が病気と戦っているって事なんです。このくらいの熱ならむしろ、身体が健康に動作している証なんですよ?ちなみに、本当にまずい時は逆に発熱しなかったり、異常発熱して石や金属が氷のように冷たく感じたり、なんて事も起きるんですけど、それはないようですからね」
「異常に……ああ、さきほどの診察はそういう意味なんですか」
「はい。それじゃあ、お大事に。お薬がなくなるちょっと前にいらしてくださいね。具合が悪い時はいつでも」
「はい。ありがとうございました」
「いえいえ。そんじゃ次の方ぁ」
なぜか、ほむらぶが医者モードであった。
念のためにいえば、ツンダークでは医師と錬金術師の区別がない。医療に関しては投薬によるもの、回復魔法によるもの、その他いくつか存在するのだが、高度な専門医療はまだ行われていない関係で、錬金術師や魔道師、神職などが手分けして、あるいは協業しながら治療を行うのが普通である。
とはいえ、ほむらぶは通常、医療行為はしていない。日本人としての意識からか、専門医療の勉強をしていない自分が医師をやるのはよくないと思っているからだったが。
「なんでわたし、こんなとこでお医者様やってるんだろ……」
「ん?なかなかの盛況ぶりじゃないか?さすが、わが弟子じゃなぁ」
「何いってんですか。ただの珍獣扱いじゃないですか」
「わははは、何しろ異世界人の治療じゃからなぁ。話題性はあるじゃろうな」
ほむらぶの横で楽しそうに笑うのは、錬金術師グレオス。ほむらぶのお師匠様である。
「まぁよいではないか。こうして医療行為をしている間に、テリオスの者たちがそなたらの新居を建ててくれるのじゃからな。しかも無料で一等地とくれば、流感の治療くらいは謝礼のうちであろう?」
「それ、今後も何かあるたびにセンセー、センセーって患者さん来ちゃうって事ですよね?」
「まぁ、そうじゃが……おや?割り込みという事は急患かな?」
突然、ドタドタと外が騒々しくなったかと思うと、子供を抱いた大男が飛び込んできた。
「先生!この子、外でジャイアントビーに刺されちまった!」
「なんじゃと!?」
グレオスとほむらぶは顔色を変えた。
ジャイアントビーというのは北シネセツカ名物の超でかいハチである。小さな働き蜂ですらフットボールくらいあり、兵隊蜂に至っては人間サイズを超える。他大陸からきた人間は、まずその大きさに間違いなくビビる。
だがジャイアントビーは、その巨大さのわりに穏やかで知能も高く、おとなしいハチだ。全てというわけではないが、古来から北シネセツカでは村の片隅にジャイアントビーの巣が普通に見られる。
これはお互いの取引なのだ。農産物を狙う動物をジャイアントビーが引き受けたり、逆にジャイアントビーの巣を人間が掃除したり。他大陸の人間が鳥や豚を飼うように、彼らはジャイアントビーを飼い、しばしば共存もする。
なのだが、当然だが怒らせてしまうと話は変わる。そうなると力も強く、その毒は洒落にならない。
ふたりは子供を受け取り、即座に状況を調べた。
「いかん、今から投薬してもこれでは間に合わんぞ!」
「……いえ、お師匠様、まだ手はあります」
「なに?……ぉ」
ほむらぶは子供の首筋に顔を寄せて、はむっと噛み付いた。
「ん……ん……」
そして、少し難しそうな顔をしつつもしばらく吸い続けて、
「……よし!」
唐突に顔を離した。
「お師匠様、血中の毒を全部吸い出しました!後追いの投薬を!」
「うむ、わかった!そなたは少し休んでおれ!」
「へ?いえ、わたしは別に」
「そうはいくか馬鹿者!よりによって魔法で毒を吸い出すとは!
患者を救うためとはいえ、医療をする者は絶対に死んではならんのじゃ!忘れたか馬鹿者が!
いいから寝ておけ!今日はもう治療をしてはならぬ!」
「……」
どうやら、魔法で吸引した事にしてくれるようだ。
確かに、吸血して毒を吸い出した、などと知れたらまずい事になるだろう。とっさに気を使ってくれたに違いない。
「申し訳ありません、お師匠様。では休ませていただきます」
「うむ。あとは任せておくがよい」
ほむらぶは、すっかり恐縮した子供の親に「いいんですよ」と微笑みつつ、裏に下がった。
「このバカもんが!よりによって人外の能力を人前で使う奴があるか!」
「す、すみませんお師匠様。つい」
「つい、ではないわ!この一件がサイゴン王国関係者の耳に入ったら何とする?排斥ならまだよい、お主を確保し、自由にしようなどという馬鹿者がもし出たら何か起きるか、もう少し考えて行動せよ!」
「……はい」
その日の夜。ほむらぶはお師匠様に、こってりと絞られていた。
「繰り返すが、子供を救ったのが悪いわけではないのだぞ。だが、そのやり方が最悪に悪いんじゃぞ。わかっておるな?
まず、医療行為をする者は決して命をかけてはならぬ。
患者ひとりと引き換えに死ぬくらいなら、その者を見捨てて遺族になじられても、後日に百人の患者を救うのが本道。それができぬのなら医療に手を染めてはならぬ。
そして、自分にしかできない固有能力を使ってはならぬ。
固有能力による医療は必ず妬み、独占、悪用を生む。欲に走った者共がお主を狙い集まり、そして、その固有の力を巡って、そなたが守りたい者、助けたい者が無意味に殺され、潰されよう」
「……」
しゅん、としてしまったほむらぶを見て、老グレオスはためいきをついた。
「まったく、男ができたと思えば別人のように優しい性格になりおってからに。
いや、おそらくはそれが、そなたの本性なんじゃろうが……。
よいか、ほむらぶよ。
そなたの優しさは、そなたの可愛い猿と、それと相方にだけ向けておけ。それ以外はの、たとえ冷酷と呼ばれようと、今までのそなたでいなければならぬ。
ゆめゆめ、忘れるではないぞ。よいな!」
「……はい」
確かに言われる通りだ、とほむらぶは思った。
思えば、ほむらぶは心のどこかで、ずっと警戒し、襟を正していたのかもしれない。愛するあのアニメの少女が、とても可愛い顔をしているのに決して笑わなかったように。
いつだってひとり、地獄の中で困難な戦いを続けていた少女のように。
だけど、自分は変わってしまった。
何がと言われても困る。だけど、ヒルネルと北に旅する前と今では、確かに自分は変わってしまった。
アメデオ一匹だけを道連れに、ひとりで生きていた自分はもういない。
(もう……『ほむらぶ』って名乗っちゃいけないのかもね)
しかし、名前とは人に呼ばれてこそ成り立つもの。
戸籍のない世界。既に『ほむらぶ』で知れ渡ってしまっているから、改名するのは並大抵の事ではあるまい。
(ふむ)
とりあえずメニューを開き、自分のステータスだけは改名しておく事にした。
(よし、と)
画面には、こんな情報が記載されている。
『葉月』職業:錬金術師Lv99、兼時空魔術師Lv3
旧名称:アケミ
インアクティブ職業:スナイパーLv76 (鷹の目、エビラアロー)
パートナー:アメデオ
特記事項1:別名『ホムラブ・ラニャ・ヒルネル・エム・アマルトリア』
特記事項2:種族『吸血鬼』Lv2
特記事項3:被寵愛者Lv3(ヒルネル)
特記事項4:吸血鬼は、あらゆる毒、幻惑、麻痺を受け付けない。
特記事項5:転移魔法Lv2。一度行った場所、および被寵愛者の居場所に転移する事ができる。
元キャラが持っていた高レベルのスナイパーをサルベージに成功。超射程狙撃における戦闘力が劇的に向上した。だが、私生活ではヒルネルに見事、撃ち落とされた模様。
『ほむらぶ』は元々男性タイプの別キャラの通称だった。生活の変化を契機に『ほむらぶ』名を捨てる事を選んだようだが、情報屋ほむらぶ、錬金術師ほむらぶの名はあまりにも有名であり、おそらくは誰も気づかないと思われる。(そもそも、今までだって実名欄がアケミになっていたのに、ひとりの友人以外の全ての人がほむらぶと呼んでいたわけで。無駄な抵抗と思われる)。確かに、人妻が『ほむらぶ』は恥ずかしい。だが手遅れであろう。
(……何このコメント。イヤミなの?)
ステータスの下の文面はフリーコメントと言われるが、これはプレイヤーが書くものではなく自動的に追加される。瞬時に変更されるので当初から不思議がられていたが、実はスタッフが書いているのではなくAI生成と言われて当時のプレイヤーは皆、驚いたものだ。
ちなみに野崎の話では、ラーマ神と配下の精霊っぽいものたちが更新しているのだという。一度、好きな文面をリクエストしたら「ささやかな楽しみをとらないでください」とコメントに付加されてしまったとか。
(……)
「どうしたのだね?」
「すみませんお師匠様。この世の理不尽を噛み締めておりました」
「ふむ、そうじゃな。世の中まっこと、色々とままならぬもの」
「はい、お師匠様。本当に」
はぁ、とためいきをつくほむらぶ。老師匠はにっこり笑い、愛弟子の頭をなでた。
エピローグの最後を飾るのは……もふもふの予定。




