氷原の発電所(6)データ合わせ
第二章も終わりが近づいています。
おつきあいくださっている皆さんに感謝します。
「やらないか?」
「は?」
「だから、ベンチに座ってこう、胸のあたりをはだけて『やらないか』と」
「死んどけ変態」
「あはは」
ヲタ全開の野崎のセリフ、それに耐性のないヒルネルの脊髄反応を苦笑しながら見ていたほむらぶだったのだが。
「失礼、データ合わせをやらないか?」
「データあわせ?」
その耳覚えのない単語は、ほむらぶの首をかしげさせた。
「何ですかそれ?」
「つまり、ふたりとも複数のキャラを使ってたわけだけど、使ってないキャラの情報は眠っているんだろう?それを今の環境で使えるようにしないかって事なんだけど」
「……そんな事できるんですか?」
「できる。正しくはさっきの更新で可能になった。うん、ちょっと簡単に説明するよ」
そう言うと、野崎はホワイトボードに向き直った。
そのボードには色々な事が既に書き込まれていた。中には『フレンドチャット』の文字もあったが、その横に『困難』等とも書かれていた。つまり現在のツンダークシステムで実現できるもの、できないものを列挙し、改善策を進めていた。
「現在の居残り組の中で、サブキャラ持ってた人は実に98%近くに達するんだ。中には用途別に七体も八体も持っていた人もいてね。当然、そのデータは全部死蔵されているわけなんだけど」
さて、とここで野崎はペンを起き、ほむらぶたちの方を見た。
「キャラクタデータはメニュー上でもアカウント単位で管理されてるんだよ。本人には見えないようにしてるだけなんだよね。現在使っているアバターっていうのはつまり、一人の人間が赤旗白旗を持っていて、今どちらを上げてるかってレベルの話でしかないんだよ」
「へぇ……なるほど」
ヒルネルが納得したように頷く。
「そうなの?するとデータの上では、男性キャラのわたしもログインしてるって事?」
「うん、そういう事」
「でもオフラインだよ?なんかおかしくない?」
「おかしくないさ。証明も簡単だよ」
野崎は肩をすくめた。
「ほむちゃん、君がアメデオ君と出会ったのは男の方?女の方?」
「女の方。女キャラはVRMMO体験コースで作ったんだけど、アメデオと出会った時はまだ男キャラ用意してなかったから」
「え、そうなの?」
「あれ、言わなかったっけ?」
「初耳」
「アラごめん」
ヒルネルとほむらぶの会話を、うんうんと聞いていた野崎だったが、
「じゃあ聞くけどさ、男性キャラではじめてアメデオ君と顔合わせした時、アメデオ君は何も言わなくとも、男性キャラの君を『ほむらぶ』だと思ったんじゃないのかい?」
「……え?」
ほむらぶは一瞬、ぽかーんとした。そしてしばらく考えこみ、そしてアメデオの方を見た。
「アメデオ。男の『ほむらぶ』の方を見た時って、あんた覚えてる?」
『ぱぱ?』
「いや、それはどっちでもいいんだけど」
ほむらぶが吸血鬼化した事で、アメデオとの会話は急速にスムーズになっていた。
もっとも動物たちは皆、寡黙なものだ。ぺらぺらと会話する習慣がないためだろうが、そんなわけで、会話可能になってもアメデオは必要な事以外は全く喋らなかった。
そんなアメデオだが。
『アレ、ままノ分身。見レバワカル』
「見ればわかる、か。そっか。じゃあ最初からわかってたんだ」
『ウン』
「そっかそっか。ごめんね、そんな事もわからなくて」
『?』
なんで謝るんだ?と言わんばかりに、こてんと首をかしげるアメデオ。あは、よしよしとほむらぶが頭をなでると、幸せそうに目を細めている。
「さて失礼、悪いけど話を戻そうか」
ほむらぶとアメデオのやりとりをニコニコ笑って見ていた野崎だったが、ちょうどいいタイミングでパンパンと手を叩き、皆の関心を引き戻した。
このへんの手腕は、かつて若手部隊でソフトウェア開発していた頃の名残なのだろう。
「つまり、ツンダークの動物には同一アカウントの別キャラはわかると?」
「正しくは『パートナー動物またはペットには』だね。彼らは擬似的に仲間としてメニューシステムに加えられる。この結びつきにより情報を認識できるってわけさ」
「なるほど……」
「で、だ」
そこで「うむ」と野崎は腕組みをした。
「データはそこにある、そしてパートナーたちもそれを見ている。なのに使えない。なんかもったいないよね?」
「まぁ確かに」
「せっかく鍛えた技術だからね。だから、そこを何とかしようと思って、ちょっとメニューに細工したのが、これさ」
そう言って人差し指を出すと、その指先の空中にウインドウがひとつ、ポンッと開いた。
「え」
「すご。SFアニメみたい」
「あはは、面白いだろ?これはね、メニュー機能をメニュー以外に付呪してあるのさ。ネタで作ったんだけど結構便利なんだよね。……さて、ここを注目してもらえるかな?」
野崎の声にあわせて、ウインドウのひとつが拡大された。
「ここにタブがあるのが見えるよね。なんて書いてあるかわかる?」
「えーと……不活性キャラクタデータ?」
「正解」
ウンウンと野崎はうなずいた。
「これを使えば、現在使ってないキャラクタの情報を表に持ってこられるんだよ。たとえばね」
野崎がパッパッパッ、と操作すると、こんなデータが出てきた。
『ユングフラウ』職業:歌手Lv32、踊り子Lv12
特別称号: 幻の歌姫、なぞの踊り子。両声類
固有スキル: 同時多重合唱、共鳴波Lv2
ツンダークのイベント等でたまに現れる謎の歌姫。スタッフの自演の可能性が高いと思われるが運営の回答は該当者なし。
透き通った天使の歌声は観客を魅了するが、実は中の人は男性であり、カウンターテナーによる澄んだ声をツンダークのボイスシステムにかけた結果の声とも言われる。声が未加工なのは運営も確認済み。
「……幻の歌姫って、あの歌姫?」
「うん」
「嘘……冗談だよね?」
「うわぁ……歌姫のイメージが、イメージがぁ orz」
「何もそこまで言わなくても。あ、ちなみに声は無加工だぞ」
「え、うそ。加工でしょ?すごい綺麗な声だったし」
しかし野崎は笑って首をふると、あーうんコホンコホン、等と咳払いしたかと思うと、ゆっくりと歌い始めた。
「ちょ、なんつー綺麗な声」
「えーと……ボーイソプラノ?でも見た目がキモくてぶちこわし?」
「ほむちゃん、目を閉じたほうがいいよ。目を開けたままだと色々と崩壊するから」
「ひどいな……そこはせめて『誰にでも特技はあるんだ』くらいにしてくれよ」
野崎はがっくりと悲しげにうなだれた。
「まぁいい。それでだ、ここに『同時多重合唱』ってあるよね?ここをアクティブにする」
「あ、うん」
「それでもう一回、今の歌を歌ってみるよ?」
そう言うと野崎はもう一回、同じ歌を歌い始めたのだが。
「え……なんで、混声合唱になってる?」
「それだけじゃないね。これ何人分の声?それもユニゾンじゃないぞ」
「あはは、面白いでしょう?ひとり合唱スキル」
「ちょ、ボイス重ねたまましゃべるな!キモい!」
「……orz」
野崎はさすがに傷ついたような顔になると、スキル設定を下に戻した。
「まぁいい、これでアクティブ化については理解できたかな?」
「はい。それはとても」
「野崎さん。活性化できるのはスキルだけ?現在のスキル構成や経験値はそこに反映できるの?」
「スキルだけじゃないよ、職業ごとでもアクティブにできる。
つまり、キャラクタひとりにつき職業はふたつだから、手持ちキャラ数の二倍までの職業を持てるわけだ」
「経験値の割り振りは?」
「職業の場合は同時アクティブにできるのは3つまでしかない。だから経験値もそれで分ける事になるね。
スキルはその母体となる職業に依存する事になるよ。つまり、派生スキルが百ある職業があれば、その職業をアクティブにすれば、ちゃんとその職業レベルもスキルも伸びていく。そしてもちろん本人の総合レベルにも反映される。
あ、当然だけど、インアクティブ、つまり眠らせてるキャラクタの経験値にはならないからね。そこだけは諦めてくれ」
「なるほど」
ふむふむとヒルネルはうなずいた。
「眠ってるキャラの固有スキルはどうなるの?」
「それはアクティブにできない。翼がなくちゃ飛行用スキル持ってても仕方ないからね」
「あーいや、そこまで行くレベルじゃなくて」
「?」
「あーうん、そっちはちょっと、今はまとまらないから後で質問するよ」
「そうか。わかった」
「はい、じゃあ次はわたしでいい?」
「もちろん」
ヒルネルに代わり、ほむらぶが出てきた。
「わたし、男キャラ側でスナイパー持ってたんだけど、有効にできるかしら?」
「できるよ。今の職業構成は?」
「錬金術師、兼狩人です」
「じゃあ、狩人は被るから無効でいいんじゃないかな?あるいは別の職とってもいいし」
「そっか。ちょっとやってみる」
そう言うと、ほむらぶは自分のデータをいじり始めた。
「まず、スナイパーを有効にしてと」
「スナイパーなら鷹の目が使えるよね?試してごらん」
「うん、ちょっと待って……わぁ!」
おそるおそる試していたほむらぶが、わぁっと笑顔になった。
「見える見える!鷹の目効いてるよ!やったぁ!」
「メインの兼用職は何にするの?」
「えーとね、選べる範囲だと……幻惑魔術師ってヒルネルと一緒か。あとは時空魔術師、レンジャー、獣戦士かな?他にもあるけど制限つくみたい」
「時空魔術師?それって転移魔法使えるって事?」
「え?……あ」
思わずメニューに目を戻したほむらぶだが、だんだんその顔が冷や汗ものになってきた。
「うそ、なんで?わたし、魔法職カンストなんてしてないよ?」
「未知の取得条件があったのかもね」
「むー、そうなのかな?」
悩み顔のほむらぶ。
その横で、ヒルネルは野崎と無言の応酬をしていた。
(さっきの質問は後で)
(ああ。わかった)
いろんな事件があったが、それでもほむらぶたちは基本的にいつもと変わらない。野崎というゲストが加わっただけで、それでもいつもの食事が始まる。
「おぉぉぉぉ、手料理、女の子の手料理ぃぃっ!」
「いや、そこまで泣かなくても」
ちょっとテンションのおかしい奴が一名混じっていたが。
「まぁこんなのでよければ。久しぶりに大好きなアニメ見せてもらったお礼ですから気にしないで」
「あんなのでよければ、いつでも見においでよ。どのみち、転移が使えるようになったら最低でも一度は来るんでしょう?」
「はい。それはたぶん」
「使い方はヘルプにも入れておいたし君たちふたり以外にはシステムメッセージも流してあるから、居残り組のみんなにも何とか伝わると思うんだ。だけど、もしどうしてもわからないとか、要望のある人がいたら、いつでも連れてきてくれよ。対応するからね」
「……そういえば野崎さんて」
「ん?」
「野崎さん、ここにずーっと一人なんですか?これからも?」
「あー……まぁ、一応それが仕事ではあるんだけど」
少し、野崎はきまり悪そうな顔をした。
「契約では一応、居残り組の人の90%が寿命で亡くなるまでとなっているね」
「そんなにですか?まだ何十年もかかるんじゃ?」
「かかるね。それに僕の試算だと、何割かの人が長命種とかになっちゃってる可能性もあると思うんだ。最悪の場合、僕は僕自身が朽ちてなくなるまで、ここの管理人なのかもれしないね」
「……それって」
「ああ心配しないで。本当にそうなっちゃったら、さすがに最後まではつきあわないよ。どっかでフケるって」
「……」
水炊きの鳥をウマそうに食べつつも、野崎は続ける。
「あと、僕は特別に、容姿を変更する魔法と転移魔法は使えるようにしてもらってるんだよ。だから、中央大陸に食べに出る事はあるよ。たいてい、はじまりの町の屋台街だけどね」
「あ、そうなんだ」
「ずーっとここにいるのも嫌いじゃないけど、それをやると精神的にまいっちゃうだろうからね。これでもマシン室の穴蔵に13年とか潜って仕事してた事もあるんだけど、あれはいけない。外に出なくちゃ人間ダメになるね」
「あー、それわかる。マシン室って季節も昼夜も何にもないもんねえ」
「ネルちゃん……君、その歳でマシン室にこもるとかダメだろ」
「だぁぁ、だ・か・ら・私はあんたより年上で男だっつの!」
「いやいや」
「いやいやじゃないだろ変態!」
「あははは」
野崎と出会って一日もたってないというのに、全く違和感がない。どうやら野崎はこの外見の酷さと裏腹に、わりと社交的な人物ではあるらしかった。趣味はアレすぎるが。
「そういえば野崎さん。わたし、管理人の人に会ったら訊いてみたい事があったんですけど」
「ん?何かな?」
「結局、ツンダークって何なんでしょう?電子の仮想世界?それとも」
「どこかにある異世界で、ネットワークケーブルの先は別の世界につながってるっていう、例のアレ?」
「はい」
「ふむ……」
野崎は一度箸をおくと腕組みをして、ふっと斜め上を見上げた。
「その話題は僕も当然調べた。調べたんだけど」
「だけど?」
「ラーマは統合AIであり、ツンダークは限りなくリアルな仮想世界の上に構築されたVRMMOゲームであるっていうのが、当時の運営の見解だった。でも、職業決定とか、こんなプレイヤーなら誰でも遭遇するところでさえ奇妙な矛盾を持っている。
だからこそあの頃も、そしてサービス終了の瞬間までも言われ続けたんだよね。ツンダークとは何なのか、ラーマとは何なのかって
「ええ」
「僕もその答えを知りたかった。だからスタッフに誘われた時にOKしたんだよ。居残り組を志願したのもね」
「それでも、わからなかったんですか?」
「そうだね……あえて言えば、どちらでもあり、どちらでもない、という答えは得たんだけどね」
「どちらでもあり、どちらでもない?」
「ああ」
野崎は、ほむらぶの言葉に大きく頷いた。
「まず、仮想世界ツンダークは実在の存在だよ。統合AIシステム『ラーマ』もね。これは当時の米国発の技術論文にも出ているし、どういうシステムで構築されたかもわかってる。世界最高のスパコンを惜しげも無く並列で使い、すさまじいまでの資金と人材も投入されたんだ。
それは事実だ。でも、その時点でいくつもおかしい点がある」
「おかしい点」
「ああ。誰がお金を出したんだい?」
「!」
わかりやすい疑問に、ほむらぶの目が点になった。
「世界最高のスパコン二台のリースにかかるお金、いくらか知ってる?ちょっとCPU貸してってレベルじゃなくてフルタイムの占有だよ?そこいらのゲーム会社にポンポン出せる代物ではないんだよ。
でも、運営の資金源は全くの不明だった。資本金は中小のソフトハウスに毛が生えたようなもんで、とてもそんな資金をまかなえるとは思えない。
しかし実際にツンダーク世界は作られて、そしてメニューが載せられ、公開された」
「……」
「同じ事はラーマにも言える。知ってるかい?ツンダーク関係がゲーム業界に与えた影響は大きいんだけど、実はAI技術にも物凄い貢献をしてるんたぜ。もしツンダークがなかったら、世界のAI研究は一世紀遅れたろうとすら言われてるんだ。
つまり、AIシステム『ラーマ』も確かに実在するんだ」
「……」
ほむらぶがためいきをつき、そしてヒルネルが「ふむ」と口を開いた。
「共時性の可能性は?」
「ネルちゃん……君、ユングまで読むのか」
「……いいかげんにしてくれる?」
「うんうん、もちろんわかってるって。しかし凄いなぁ」
「……全っっっっ然、わかってないよね?」
ちなみに共時性とは、誤解を承知で簡単にぶっちゃけると、意味のある偶然の一致、あるいは偶然に見える必然の事である。つまり何を言いたいかというと、
「つまり、仮想世界ツンダークも存在するし、異世界ツンダークも実在するって事かな?しかも、どっちが卵でニワトリなのかもわからないって事?」
「……」
「……」
野崎とヒルネルは唖然とした顔でほむらぶを見て、そして、ためいきをついた。
「ああ、うん。ぶっちゃけ超簡単にいうと、そういう事だね」
「そう。でも、わからなくなってるっていうだけで、どちらかが先に生まれたって思うのが普通じゃないの?」
「それがね、本当になんとも言えないんだこれが」
野崎はためいきをついた。
「運営側のデータを参照すると、ある時点から仮想世界『ツンダーク』の成長が急に早くなったみたいでね。おそらくその時点で、異世界側と接続したから情報がドッと増えたんだと思うんだよ。もちろん人間のデータコンソールでそれを見渡せるわけがないから、あくまで推測なんだけどね」
「うん」
「ところがだ。異世界側のデータを見ると、同じ時期に『我らが世界の危機を救うためにラーマ神が異世界へのパイプを作成、接続完了』とあるんだな。しかも、接続先の世界もツンダークと言うらしいって事で、当時のこちらがわの魔道技師のメモで『同じ名前とは、運命の不思議を感じる。ラーマ神の導きなのかもしれないが』とある」
「……こんがらがってるわね。あれ?でも」
「ん?」
「仮想世界の出資者って、もしかして『ラーマ神』だったりして?まぁ、異世界の神様が地球のゲーム会社に出資とか、自分で言っててギャグみたいな話なんだけど」
「そうだね。でもその可能性もあると思って、聞いてみた」
「聞いた?誰に?」
「もちろんラーマ神本人にだけど?」
「……はぁ」
そういや、ラーマ神ってそういう神様だったわね、とほむらぶは苦笑した。
「ちなみに答えは?」
「回答を保留された。ちなみに『出そうとした』事は否定されなかった」
「アクションとった事は肯定なんだ」
変な神様だよねえ、と、ほむらぶはためいきをついた。
「ん、でもそれで保留?なんで?」
「わからない。もしかしたらラーマ神以外の神様か何かが絡んでるのかもしれない」
「……そうなんだ」
「ああ」
聞けばきくほど、話がむしろ混迷を深めていく。
「さっぱりね。謎が謎を呼びまくったあげく、羽根が生えて飛び回ってるみたい」
「でも、ひとつだけわかった事があるよ」
「え?なに?」
突然のヒルネルの言葉に、ほむらぶも野崎もヒルネルに注目した。
その中、あー、そんな大した事じゃないんだけどと言ってから、ヒルネルは告げた。
「ツンダークサービス開設以来の異世界論争の決着、ついてるでしょ?
つまり、途中の経緯がどうあれ、ここは地球のどこかにある仮想世界じゃない。異世界だって事」
「そうなの?なんで?」
「簡単。そりゃ、私たちがいるからだよ」
ヒルネルは真剣な顔でうなずいた。
「野崎さん。ひとつ聞くけど、新住民については運営の公式なものだったんだよね?」
「ああ、そうだよ」
「その理由はたぶん、プレイヤーのパーソナルデータを使って住民ユニットをたくさん作る、そんな感じだよね?」
「そのとおりだね」
「だったら、間違いないと思う。
まずね、『仮想世界ツンダーク』側には私たち居残り組はいない。私たちは人間であってAIじゃないからね」
「いない?どうして?」
「ほむちゃん、需要を考えて。仮想世界はAIを学習させたかった。そのためのツンダークサービスだったわけ。で、さらにサービス終焉前、残されるキャラクタデータから新たな『住民』を作成した。これもAIなわけね」
「あー、うん」
「で、『異世界ツンダーク』側が欲しかったのは、AIでなく生身の人間。だからこそ、私たちが受け入れられたと」
「じゃあ、この世界の新住民は?」
「仮想世界側のAI新住民のデータを元に、新しい住民を作ってみたってとこかな?」
「なるほど。でももしかしてわたしたち、『人間と思い込まされているだけのAI』って可能性ある?」
「ゼロじゃないけど考えにくい。その場合、ここは異世界でなく仮想空間って事になるけど、すでに社会に入り込んでるAIがいるのに、新たに新住民の募集かけてまで追加する意味がわからないよ」
「ふむ。なるほど。理屈は通るかな」
「あくまで仮説だよ。しかも結構無理やりかもだしね。裏付け調査が必要かな」
思い思いの考えをめぐらし、頷き合う三人。
「じゃあ、ヒルネルあんたはこれから、さらにその調査をするの?」
「うん、まぁね。メニュー問題の解決がついたから、動き易くもなるし」
「あ、そういえばデータ見てない。結局どうしたの?」
「え?私のデータ?見たいの?」
「うん」
「あー……まぁいいけど」
ヒルネルは苦笑すると、自分のデータをほむらぶに開示した。
「って、長っ!」
「詳細データだから」
そういうと、なぜかヒルネルは顔をそむけた。
不思議に思いつつも、ほむらぶはデータを見た。
『ヒルネル』職業:幻惑魔術師Lv78、兼魔闘士Lv1
インアクティブ職業:錬金術師Lv12
パートナー:ロミ
特記事項1:別名『ヒルネル・ラニャ・ディーナ・エム・アマルトリア』
特記事項2:種族『吸血鬼』Lv49
特記事項3:寵愛者Lv3(ほむらぶ)
特記事項4:幻惑魔法効果超拡大。敵味方の区別がつく存在なら神以外の全てに有効。
特記事項5:吸血鬼は一切の状態異常を受け付けない。
スキル:無限回廊Lv6、詠唱破棄Lv42、幻惑強化Lv33、身体強化Lv1、ファルスLv1
全てのオリジナルであるディーナ姫の寵姫にふさわしい強大な吸血鬼になった彼女であるが、そもそも吸血鬼は物理戦闘力を一切持たない。その点は全く変わらない。また身体能力も、見た目通りの少女にすら劣る。
ただし、だからと彼女に戦いを挑むのは無謀の一言に尽きる。特に人間がヒルネルを怒らせた場合、優れた対魔力を持つ戦士であっても対抗手段はない。彼女は幻惑魔法に関しては、すでに広義のツンダーク人類種全ての中での最大最強に達しており、そのおそるべき魔力の干渉を打ち消す事ができるのは、神種、あるいは成熟した神獣種のみである。人造のゴーレムですら、敵味方の識別能力を持つ限りは制御を乗っ取られる。
繰り返そう。物理戦闘力がないからと人間が彼女に戦いを挑むのは無謀である。彼女を本気で怒らせたとしたら、その者たちは冗談でなく、その属する国ごと滅亡の覚悟をするべきだろう。
以下は詳細欄。
『インアクティブ職業:錬金術師Lv12』:魂に封じられし別人格『ひるねる』の職業。使用可能になった。
『パートナー:ロミ』:ペット状態から進化し、共に戦える仲間となった。
『ヒルネル・ラニャ・ディーナ・エム・アマルトリア』:アマルトリア王族に連なる者であり、ディーナの義妹であるという意味である。なお、この別名欄はパートナーと寵愛者以外は閲覧できない。
『吸血鬼Lv49』:次レベルで上級吸血鬼に進化する。
『寵愛者Lv3(ほむらぶ)』:無意識にも深い寵愛を与えている。爆発しろ。
『幻惑魔法効果超拡大』:神種を除くあらゆる生命体全て、および人造のゴーレム、オートマタにも有効。ただし、敵味方識別能力すら持たない無色の存在には効果なし。
『吸血鬼は一切の状態異常を受け付けない』:あらゆる毒物と幻惑のみだったが、レベルアップによりあらゆる魔法、加齢(肉体操作および時間操作どちらも)を一切シャットアウトするようになった。ただし代償として人間の酒に酔えなくなってしまった。
『スキルについて』:各スキルの内容は以下の通り。
無限回廊:専用の空間魔法と幻惑魔法を組み合わせ迷宮を作り上げる能力。Lv6なので第六階層まで可能であるが、ツンダーク最大の超巨大迷宮と言われる『カルシシュの大迷宮』ですらLv4であり、本気で迷宮を作成したら何が起こるかは未知数である。
詠唱破棄:もはやいかなる大魔法でも詠唱は必要ない。ただし該当魔法が未熟すぎる場合は制御を失う事もあるので、やはりそういう時は詠唱すべきである。
幻惑強化:説明不要。
身体強化:種族問題で普通の筋力アップが望めないので、代わりに取得。
ファルス:魂に封じられし別人格の身体の全て、または一部を顕現させる特殊スキル。なおファルスは男性体を顕現させるもので、女性体はヴァルヴァ。
「……」
色々突っ込みたいところがあるのだが、絶対突っ込んじゃいけないとほむらぶは思った。どう考えてもソレはまずかった。
どんだけポイント貯めてたんだとか、もはや化け物ですねみたいな話はいい。色々と問題ありそうだがとりあえず構わない。成長したロミとあわせて、身内として大変頼もしいだろう。
だが。
「……」
顔が熱い。もはや赤面どころではあるまい。
ふとみると、なぜか空気を読み過ぎた野崎たちが退室していく背中が見えた。おまえちょっと待てと言いたいが声にならない。ていうか動けない。困った。
アメデオが未練たらしく覗きこもうとしていたが、ロミが翼を広げてペチペチとその顔を叩き、そしてとうとう、二人以外は誰もいなくなってしまった。
「ほむちゃん」
「……」
フリーズしたほむらぶに、優しい声がかかった。
これは、いつぞやの夢とも現実ともつかないアレとは違う。混じり気なしの現実である。
(……あ)
ほむらぶはその日ついに、異世界に渡るほど遅れに遅れた大人への階段を登った!
ヒルネルはすでに大人だった!
ただし、ヒルネルはゲーム世代ではないので元ネタを知らず、ほむらぶはちょっとだけ不満なのだった。




