氷原の発電所(4)
さて。いよいよ今回のメインイベント(?)が……。
「通信途絶だと!?」
さて、どれくらいぶりの登場であろうか。西の国の大統領室である。
彼らの目の前には、何やら通信機のようなものがある。ただし音声をやりとりするような立派なものではなく、もっと単純明快なものだ。かつての自治厨たちが設計し、大切に使ってほしいと残したもの。
ぶっちゃけ言えば、それはモールス符号を用いる通信機だった。
少し説明すると、モールス符号は、音声そのものよりもずっと単純な、2つの信号の組み合わせで文字情報を伝える仕掛け。古い物語で通信の場面を見ると「トン、ツー、ツー、トン」等と書かれているものがそれだ。映像や音声といったコンテンツを電波に乗せて伝えようとすると変調・復調という操作をしなければならないが、このモールス符号についてはそんなもの問題ない。何しろ、電波が届いてさえいれば内容が伝えられるのだから。
地球では21世紀はじめにお蔵入りになり、今やアマチュアとマニアのものでしかないモールス符号だが、ツンダークで生産職をしていたとあるプレイヤーが、この枯れた技術に着目した。彼はプレイヤー同士でなくとも使える通信方式を色々研究して遊んでいたのだが、ツンダーク人の猟師がやっていた魔力利用の遠距離連絡法にピンときたのだ。地球で、鳥の鳴き声のような声を使って肉声の届かない遠方に言葉を伝えてる人たちがいるのを彼は知っており、同じようなアイデアがツンダークでも使えるのではと考えたわけだ。
彼は、この魔力通信とモールス符号を組み合わせ、さらに専用送信機と受信機を作成、ブラッシュアップを繰り返した。その結果、なんと途中で中継が必要とはいえ、大陸間で情報をやりとりする事にとうとう成功したのである。
この単純だが素晴らしい発明は、後にツンダークの歴史に大きく影響するかもしれない。もっとも、それは西の国の軍事機密群と共にこの技術が失われなかった場合の事ではあるが。
さて。
その通信機に張り付いている技術将校が、北大陸に対面する東部海浜通信所からもたらされる情報を書き留めているのだが、そこには恐るべき情報が含まれていた。
「それで、状況は何かつかめたのか?」
「最後の連絡によりますと、遺跡組は例のヒルネル・ほむらぶなる二人組との接触が最後となっております」
「ヒルネル、またそいつか!いったいどこまで我が国に楯突くつもりなんだ?」
男のひとりが怒りをぶちまけた。
実は彼、ヒルネル担当であった。ヒルネルを捕縛、または殺すためについ先日、いくつかのギルドに話をつけようとしていたのだが、その全てに門前払いを食らっており、ヒルネルが何かカウンターで手回しをしたと信じていたのである。
実際のところ、それはヒルネルのせいではない。単にヒルネルの背後に旧帝国関係者がいる事を嗅ぎつけた各ギルドが、触らぬ神に祟りなしと協力を拒否しただけの話。少なくとも本人は全くあずかり知らぬ事であった。
余談ではあるが、先日の暗殺者騒ぎの件も同時進行していた。つまり彼らはこの後、民衆の意思をコントロールして合法的にヒルネルたちを潰そうとするのだが……。
とりあえず、今は話を戻そう。
「して、ソーヤに向かって南下していた組の方は?」
「ウサギが現れた、と。それっきりです」
「ウサギ?ウサギって、あのウサギかい?何かの符丁?」
「違います。ウサギが出た、それ以上の意味はないかと」
「……?」
「まさか」
首をかしげる面々の中、ひとりだけ眉をしかめた青年がいた。
「何か思い当たる事が?」
「ええ。思いつく限り最悪の予想ですが……『ウサギの大将』じゃないですか?それ」
「ウサギの大将?なんだテイマーか?」
「ずいぶんと可愛い名前だな」
プッと笑いだしそうな顔で、初老の男がつぶやく。
「いやいやとんでもない!ウサギはウサギでも獣神クラスですから!」
「なに?獣神クラスと契約しているテイマーなのか?」
「契約どころの話じゃないです。ウサギの大将っていえば中枢を獣神クラスの幹部十数羽が固め、さらに日常の雑事には幹部一匹につき二十四羽の巫女タイプが固めているって話です。しかも戦闘面の担当には上位竜種や獣種でも怪獣規模の個体がゾロゾロいるっていう、文字通り、出逢えばアウトの象徴みたいな群れだそうですよ」
「な……!」
「ははは。さすがに盛りすぎじゃないのかね?」
「残念ながら盛りすぎじゃないんですよ。ウサギの大将といえばクラーケンを操る『深海の女王』と並び、実在が確認されている異世界人テイマー最大最強の化け物集団のひとつですよ?さすがに詳細は不明ですが、強さに関しては疑う余地のないものです」
周囲の面々に激震が走った。
ちなみに獣神クラスというのは普通、群れに一匹いるだけでもまさに神の奇跡と言われるくらいに珍しい。そしてその一匹で戦場の流れをあっさり変えてしまうほどに強い。そりゃそうだ、のほほんとした初心者むけモンスターの群れに、いきなり終盤の中ボスが普通に混じっているようなものだから。
しかも、それが複数いるうえ、サポートに巫女タイプがずらり揃っている群れなどと。
「ウサギの大将が相手じゃ、いくらなんでも無理でしょう。本体と遭遇したなら間違いなくもう全滅してるかと」
「まさか。新住民とて元は異世界人だぞ。それほども差があるわけが」
「そうだ。しかも新住民になったのは元戦闘員がほとんどで、居残りの異世界人は非戦闘員中心というではないか。なのに何故」
「その情報は確かに間違いありませんがね。しかし、その居残り組の中にしばしば規格外がいる事も事実なわけです」
ウサギの大将、つまりサトルについて話した青年は一枚の紙を持っていた。呪文を唱えるとそれが大きくなり、黒板のような説明スペースにペタッとはりつけられた。
そしてその紙には、名前の一覧のようなものが書き込まれている。
「なんだこの一覧は?」
「我々の情報網が掴んでいる『規格外の異世界人』の一覧です。我々とて、ただ遊んでいたわけじゃありませんのでね」
青年は紙の前に立ち、ひとつひとつ説明をはじめた。
「まずここを見てください。ウサギの大将はこれです。サトルというのが本名らしいです。異世界人でもかなりの古参に属します」
「何だね?この個体数推定20万というのは。まさかと思うが」
「そのまさかです。テイマーはもともと『群れ』で一個体として扱うのはご存知の通りなんですが、彼の群れは最弱をフィールドラビット、最強は神種も確認されています。その内容で、少なくとも18万、多い予想では30万以上の個体で構成されているようです」
「……」
何人かの男は「そんなばかな」「ありえない」などと首をふっていた。
「ありえないとお思いでしょう?しかしです、彼のこの軍団をもってしても異世界人最強ではないと聞いても、それでもなお同じご意見ですか?」
「な……!」
絶句した男に、青年は涼しい顔でいった。
「考えてください。居残り組となっている異世界人は大きくわけると2つに分類されます。ひとつは市井の中で普通に一般市民として生きているパターン。こちらはあなた方のおっしゃるように、新住民の兵士たちに劣るかもしれません。
ですがもうひとつ、野に、山に没入して生きた者、あるいは神事に生きた者などはその限りではないという事です。テイマーはその最も典型的な例ですね。
しかも、問題になるのはテイマーだけではない」
そういうと青年は少し間を起き、リストの他の者を指さした。
「こちらは通称ミミ。中央ラーマ神殿の現在の筆頭巫女です。当たり前ですがラーマ神殿への手出しをすればこの世界の全てに敵対してしまいます。よってこの者に手を出すのは最悪の愚策でしょう」
「……」
「こちらはモフコ。珍しく戦闘職で斧を用いますが、この者が厄介なのは戦闘力そのものでなく、その獣戦士という職業形態にあります。獣戦士とは猛獣や魔獣と共に暮らし、共に戦う者なんですが、彼女の相棒であるサーベルタイガーは既に獣神レベルを通り越し、精霊化が発生して本物の神獣に進化した事が確認されています。
現在、飼い主だったモフコの方も影響を受けて半獣化しています。わずか一人と一柱ですが、倒そうと思えばどれだけの被害が出る事やら。
そうそう。彼女はこの西の国の民だった者ですが、差し向けた軍人たちが酷い粗相をして激怒させたようですね。おかげさまで、これほどの貴重な人材が国外に流出してしまったわけですが」
「……」
男たちの声が全く聞こえなくなった。そこに青年の声は続く。
「通称ハツネ。この者に関して冒険者ギルドから我が国に警告が来ていますね。ハツネはどうやら太古の蜘蛛神と融合しているようです。穏やかな神なので手出ししなければ問題ないだろうとの事ですが……この中にハツネの戦闘力をある程度把握していながら、新住民の部隊を派遣した大馬鹿者がいるようですね?」
「……何だね?」
じろり、と青年に見据えられた初老の男が、不快げに眉をよせた。
「あなたの事ですよヴィード新住民局長。ハツネが神種に関係する可能性を事前調査で把握していながら、それでも新住民部隊を送ったでしょう?」
「なんの話だか。わしがどうしてそのような真似をする必要がある?その新住民たちは手柄に逸って自ら死地に挑んだのだろう」
「ほほう。ここに音声記録がありますが?この中に、ハツネが神種に関係する可能性に触れたうえで、おまえたち新住民部隊なら可能だと無茶な暴論ぶちまけて豪語する、あなたの声がしっかりと入っておりますが?」
男はピクッと反応したが、それを顔には出さない。
「よくわからないが、ありもしない証拠を捏造し、内輪を貶めるのが情報監査局のお仕事ですかな?これは下賎な」
「ははは、世迷い言ならいくらでもどうぞ。私腹を肥やすために我が国の足を無意味に引っ張り、滅ぼそうとするゴミを排除するためならば、下衆の戯言くらい聞き流してやってもかまいませんよ?それも私の仕事みたいなものなんで」
「 貴様!」
青年が無言で手をあげると、何人かの兵士が男を捕まえた。
「『民主国家にあって公僕とは、主権者たる民のためにある』。異世界から来て政治改革を行った彼らの言葉ですね?
素晴らしい。実にいい言葉です。そして私は、そのために生きる所存です」
「何をする!放せ下郎が!」
「連れて行ってください。留置所にいれて、いかなる便宜もはかってはなりません。いいですね」
「了解!」
男が連れて行かれて、そして周囲は静かになった。
「ちょっときつくないかね?ただの作戦ミスの可能性は?」
「ダメです。彼は神殿巫女どのも攫おうとしているんですから。そして、さきほどのモフコの件も彼のさしがねと判明しています」
「神殿にだと?まさか!何故に?」
「それも記録がありまして、ええ。ミミ嬢は巫女になる前は異世界流魔織の第一人者だったのですよ。今も彼女しか作れないものがあり、そのため、お弟子さんもいらっしゃるそうです」
「なるほど。しかしなんという事を……」
ざわざわという声が出たが、やがて収まった。
「ヴィードめ。国のためと言いつつ神殿関係に手を出しちゃいかんだろうに」
「ですな。さすがにこれでは、我らも彼をかばう事はできない」
ツンダークでは神が人と近い。地球の近代国家なら神など迷信と切り捨てるのかもしれないが、この世界ではそんな真似はできないし、しようと考える者もいなかった。
それだけではない。
ここに集まっている男たちは西の国の重鎮である。いくら民主国家でも専門家皆無では運営がままならないわけで、そういう理由で集められていた者たち。かつてこの国が王政だった頃からの内政職でも、現体制に批判的でない者たち、あるいは批判的ではあるものの、あえて現場にとどまっている者たちだった。
そんな者たちであるから、くだらないプライドよりも重要な事を知っていた。
「ところで君、君自身の意見はなにかあるかね?」
「は?私自身の意見ですか?」
青年は想定外の質問をされて、思わず首をかしげた。
「君は本件に関して多くの情報を集めているのだろう?ならば妙案のひとつもあるかと思ったのだが?」
「ああなるほど、そういう事ですか」
「うむ。恥ずかしい話だが我々は異世界人をよくわかっていないようだ。ならばその情報の価値は大きかろう?是非頼むよ」
「はい、何よりご理解いただけて光栄です」
「いやいや、こちらこそすまない。ヴィードのようなばか者は本来、現れる前に我らで対処すべきだった」
「ですな。これでは、何のための政党組織なんだと創始者どのたちに叱責されかねん」
なるほどと青年は頷き、そして告げた。
「私の意見ですが、実のところ簡単です。和解を求め便宜をはかればいいのですよ」
「ほう、だがそれでは異世界人の確保などできないのではないのかね?」
「そんな事はありませんよ。そもそも我々はそこを間違えているのです」
青年はここぞと熱弁をふるいはじめた。
「我が国がほしいと思う居残り組というのは、我が国の発展に寄与してくれる市井の者のはずです。それでなんですが皆さん、これらの規格外な一覧にある面々が、果たして市井の市民といえますかね?」
「それは……言わないだろうな」
「はい、そのとおりです。
自然神と融合した者だの、ラーマ神様の巫女だの、神獣を自らの手で誕生させた者だの。こうした存在は市井の者とはいえないわけで。つまるところ、我々の求める人材とは一致しないのです。
ならば、これは別枠と考えるべきでしょう。
さらに我らの求める人材についても、力づくで捕らえるような真似は完全に逆効果でしょう。
彼らは我々が想像するよりも遥かに平和を愛する民で、争いに巻き込まれる事、争いを引き起こす事を嫌います。時には自分が損をしても周囲を丸く収め、それで満足するような人格の持ち主なのです。
ならば我らがとるべきはむしろ優遇政策であり、力ずくの召喚ではない。違いますか?」
「……なるほど。根本的に間違いというわけか」
「はい」
青年の話は本当に正論であった。彼は異世界人たちの基本的性質を正しく言い当てていたわけで、もし彼が最初から本件の決定に関わっていたら、西の国の未来は全く違っていただろう。
だが。
(正論なのはわかる。確かに正しく、我々が間違っていたようだ。
だがもう遅い。それに理想論すぎる。彼の案のままでは現状の打破は不可能だろう)
ある者はそう考えた。そして。
(なるほど名案だな、現場を知る者だけの事はある。
だが我が国は民主主義国家だ。民衆にわかりやすい利益が提示できなければ、異世界人だけ贔屓するのかと問題視されるだけだぞ)
別のある者は、そんな事も考えていた。
西の国で男たちが喧々囂々と議論していた頃。
ヒルネルたちはというと、ほむらぶが復活した事で、ようやく平常運転が戻りつつあった。
「給湯室貸せなんていうから何事かと思えば。ご飯作るつもりだったんだ」
「当然」
当たり前じゃん、とほむらぶは微笑んだ。
はじめての『食事』と最後の昏睡から目覚めたほむらぶは、まず最初に「ここはお湯か水はもらえるの?飲めるやつ」と言い出した。そして来客用の給水システムを動かしてもらって水を確保すると、火を使ってもいい場所を教えてもらい、さっそくごはん作りをはじめたのだ。
ほむらぶらしいといえばらしいが、人間でなくなった彼女は人の食事は不要だ。そこにヒルネルは突っ込んだのだけど、
「だめだめ、ごはんは基本だよ?ゲームやってた時だって、ちゃんとごはんは食べてたでしょ?」
「……あー」
「その調子だと、コンビニおにぎりとかカップラですましてたのね。ダメじゃん」
「あ、あははは。でもまぁ、一人暮らしだったし」
「わたしも一人だったよ?」
「……」
反論を封じられ、ぐうの音も出ないヒルネル。
ちなみにヒルネルは男性だし、食べる事に固執もしなかった。だから、最もハマっていた頃はチ○ンラーメンをお湯すらかけずに丸かじりしてお茶飲むなんてのは当然として、およそ独身男性で何かにハマった者なら多かれ少なかれやらかした無茶を、ひととおり経験している。マヨネーズを吸ったり調味料に手を出すという例のアレも恥ずかしながら経験済みだ。自慢にはならないが。
ちなみにラーメンを丸かじりした理由はもちろん「お湯を用意する時間がもったいない」とか「三分間待ってられない」である……。
しかしそれを言うなら、ほむらぶだって人の事は言えない。
なぜなら、彼女が作っている「お手軽に食事をするためのツール群」は、元々リアルで似たような事をやっていて出たアイデアが元になっているのだから。末期にはキッチンがちゃんとある部屋だったにもかかわらず、VRMMOマシンのまわりにIHコンロや電気ケトルが鎮座していたわけで。
要するに、ほむらぶもヒルネルと似たり寄ったりだったわけだ。
話を戻そう。
「お料理って作らないとだんだん忘れちゃうんだよ。だからね、たとえこの先誰も食べなくなったとしても、そうなったらお弁当に作り変えてアイテムボックスに保管しといて商売するつもりだよ。味見程度ならまだ食べられるしね」
「なるほど……そこまで考えてるんだ?」
「もちろん」
くつくつと煮えている鍋の前で、ほむらぶは胸をはった。
「それにしても、また鍋か。ほむちゃんって鍋好きだよねえ」
「帝国の施設は水がいいもんね。ここは鍋っきゃないでしょう」
むふふと笑うほむらぶ。
「それに鍋って、ひとりじゃ食べにくいもののひとつでしょ。わたしもう十年以上、鍋物はほとんどツンダークで作って食べてるんだよね。おひとりさま用鍋なんて嫌だし」
「あー、それなんかわかる」
そんな、一部の独身者が聞いたら共感しすぎて泣きそうな会話をしていたが、
「アメデオ、それ熱いからダメ、あんたこっちね。はいロミちゃんはこれ」
自分用の食器が小さくなってしまった以外は、以前と全く変わらないほむらぶ。
「そこ、ボーッと見てんじゃないの。あんたはこれよヒルネル」
「え、私も?」
不思議そうな顔をするヒルネルを強引に座らせるほむらぶ。
「同じ身体になってみてわかったけど、別に食べても問題ないじゃないの。だったら食べよ?」
「あー、それはそうなんだけど……あんまり食べられないし、正直めん」
めんどくさ、と言いかけたヒルネルだが、ほむらぶの鋭い目線にウッと言葉を詰まらせた。
「一人暮らしだと自炊が面倒なのは知ってるし認めるよ。じゃあロミちゃんはどうしてたの?」
「あー、ロミはほら、もともと果実とか昆虫とか食べる雑食系だから」
「ほほう。つまり買い食いでちょっと食べさせる他は、適当に自力で探させてたと」
「……」
「育児放棄?」
「いや、違うから」
「どこが?」
「……」
冷たい目線で説教を喰らい、言葉もないヒルネル。
「なんか一言は?」
「すみません」
「わたしに言っても仕方ないでしょ、ちゃんと食べさせてなかったロミちゃんに謝るのね。まぁいいわ、そんなわけだから食べなさい」
「う、うん」
「うんじゃないでしょ!」
「……はい」
どうやら日常ポジションの力関係は決まったようである。ふたりと二匹はそうして食卓を囲んだ。
さて。
「そういや、アメデオとロミちゃんの戦闘形態って見てないのよね。あとで確認しないとね」
「アメデオは見た目的には変わらなかったよ?それにまだ変異が終わってないみたいだし」
横にいるアメデオのデータを見ても、確かにまだ変わっていなかった。
「え?まだ?……あれ、ほんとだ」
「ま、そのうち決まるでしょ」
あの強大な盾魔法の展開からすると、魔道士系に向かうのは確実だけどとヒルネルは言った。
「ロミの方はここじゃ無理だよ。戦闘形態に移行すると、かなり大きくなるから」
「そうなの?」
「うん。ステータス見てごらんよ」
「あ、うん……!?」
しげしげとロミのステータスを覗きこんだほむらぶは、そこでフリーズした。
『ロミ』種族:プテロデウス(幼生) Lv1 性別:female
特記事項:コウモリの女王。あらゆるコウモリ種は敵にならない。
幼生体であるが、れっきとした神獣である。
翼の神の名がコウモリについているのは、ツンダークでは空の動物というと最初にイメージされるのがコウモリだからである。分布しているのもオオコウモリの類が一般的で、彼らはキツネなどによく似た顔をしている。このため人間にも親しまれてきた。コウモリを縁起物として扱う地域も多い。
神獣とはいえ生まれたばかりの赤ちゃん状態なので、本来の強さは期待できない。また、本性を発揮できるのは現状わずかな時間でしかなく、現状、そのためには今まで通りの小さなコウモリの姿で魔力を貯めなくてはならない。
ちなみに、鳥はドラゴンの下級種という認識のため、ポピュラーではあるが地球ほど親しみを持たれていない。
「神獣なの?じゃあ精霊化したんだ。珍しいねぇ!」
「文字通りの赤ん坊なんで、もりもり食べないとダメなんだって。やたらと食べたがるのはそういう事らしいね」
「大きくなったらヒルネルの肩にも乗れなくなる?」
「どうだろうね。ま、それはずっと先の話だと思うけど」
急にもりもり食べるようになった理由は、成長のためとエネルギー充填のためらしい。
だが成長といっても生身の身体が大きくなるのでない。神獣は精霊としてのボディを持たねばならないが、それを構築するためにせっせと食べているという事らしいのだ。
「元がこの通りのおちびさんだからね。変身時は私を掴んで飛ぶほど大きくなったけど、ああなるにはまだまだ時間がかかると思うよ」
「へえ、ロミちゃんに飛んでもらったんだ。いいねえ」
「うん。でも助かったけどちょっと怖かったよ?自力で飛ぶわけじゃないし、宙ぶらりんだからね」
「あー……それは確かに怖いかも」
あははと苦笑しあう二人。
「それで、近くにいた西の国の部隊を空から始末したってわけ?わたしに残してくれてた子が最後のひとり?」
「うん。この近くにいた連中はね」
「他に何か情報入ってた?」
「ピンちゃんからちょっと。サトル君の群れも大きな集団に遭遇、撃破したって」
「そう。……無事ならいいんだけど」
「そうだね」
それ以上は言わないヒルネル。
「詳細は教えてくれないんだ?」
「聞きたいなら教えるよ。でもそれは後の事。今はもっと優先事項があるからね」
「優先事項……ああ」
そっか、とほむらぶは頷いた。
「思い出した?」
「うん、忘れてた。ここって発電所、つまり目的地だっけ」
そうだったそうだった、とほむらぶは苦笑いすると、
「それでヒルネル、何かみつけた?」
「うん。これ」
ヒルネルがアイテムボックスから取り出したそれは……ほむらぶも、ある意味とても見覚えのあるものだった。
「なにそれ……ネットワークケーブルだよね?なんでそんなものがツンダークに」
それは日本でお世話になっていたネットワークケーブルだった。
専門的な話をするとカテゴリ番号などがあるのだが、そのへんはメカに関心の薄かったほむらぶにはわからない。ただ、お店などでよく見るケーブルそっくりだというだけだった。プラスチックっぽい光沢が懐かしい。
「話すより実際に見た方が早いよ。これ食べ終わったら行こ?」
「あ、うん」
ほむらぶは不思議そうに、その、この世界にあらざる物体をまじまじと見ていた。
ちなみに、プテロデウスが翼竜っぽいと思った方、あなたは正しい。いわゆる古生物はラテン語の学名がそのまま通称になっている動物が結構あるんです。僕は動物好きなんで……んで、このプテロデウスもラテン語です。意味もそのまんま「プテロ=翼」「デウス=神」。この並びで正しいかどうかは、プテロダクティルス(翼に指)とか、翼竜の命名を参考にしました。
ただし僕はラテン語、怪しいなんてもんじゃないので、もし「間違ってるよ」という方がおられたらご指摘よろしくです。




