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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
55/106

氷原の発電所(3)

 夢を見ていた。昔の夢だ。

 部屋の中。ひとりぼっち。昔のわたしの部屋。

 ベッドのまわりにテレビやパソコンが所狭しとぎっしりと並んでいる部屋。さらに壁の一角は『ほむ愛のスペース』になっていて、彼女にまつわるものやアニメ本編のDVD、果ては弓道場のパンフレットなんかがぎっしりと並んでいる。

 とある友達が『不夜城』と揶揄した部屋。

 そう。

 わたしは、暗いのが怖かった。音がないのが怖かった。

 一人暮らしには音がない。光がない。だから、その寂寥感を埋めるように帰ったらすぐテレビをつけていた。そしてさらに、部屋の明かりは決して消さなかった。こっちはもっとひどくて、留守の時ですら消せなかった。

 明かりをつけたまま眠ると身体に悪い?そんな事言われても……。

 夜中に怖い夢を見て、飛び起きた時。孤独のうえに真っ暗な中での目覚めは、なんて不安だったことだろう。

 家庭内不和だのなんだのと言いつつも、自分以外の吐息やいびきが全くない環境で暮らした事のなかったわたしは、家を飛び出して一人暮らしを手に入れた途端、孤独という恐怖と折り合わなくちゃならなくなった。

 まぁそれでも、人は慣れていくものだ。そんな日々が何年か過ぎた頃、ようやくわたしは孤独に慣れ、普通に暮らせるようになってきた。

 だけどわたしは、小さい頃に見た古い映画の言葉を今も覚えていた。それはこんな言葉だった。

『ひとを愛するって事は、とても寂しいこと。だけど、寂しくない人より、わたしは幸せだ』

 当時はわからなかったその言葉は、寂しさに慣れはじめていた、わたしの心に突き刺さった。

 ……うん、そんな日の事だよ。ネットの噂で『ペットと暮らせるネトゲが出るらしい』って聞いたのは。

 たかがゲームとも思った。

 だけど、携帯のペットだって本当に寂しい時は癒やしになる事を、わたしは知っていた。だから、VRMMO無料体験っていうプログラムがあると聞いて、試しに応募してみた。どんなものか知りたかったんだ。

 そしてそれがわたし、五川(いつかわ)暁美(あけみ)の運命の転機になったんだ。

『可愛い!ねえアメデオ(・・・・)、うちの子になる?』

 アメデオとの出会いは森の中。

 そしてあの日から、わたしの人生には、わたしだけの道連れ(・・・)ができたんだ。

 え?アメデオはゲームの中にしかいないって?わかってますよそんなこと。

 だからVRMMOマシンにお布団入れた。

 うん、ほんとはやっちゃダメって書かれてたけどね。

 一分でも長くアメデオといたかった。一緒にツンダークで遊び、森で狩りをしたり、笑っていたかった。

 そして……眠くなったら、アメデオとふたりでおねむ。

 すぐそばに、自分以外の小さなぬくもりのある暮らし。

 それがこんなに幸せな事だなんて……。

 え?廃人?なんのこと?

 わたしはただ、アメデオと毎日暮らして、毎日寝てただけだよ?

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ほむらぶの目覚めは、まるでスイッチを入れるかのように唐突だった。

「……」

 やけに新鮮な目覚めだった。まるで新しく生まれ変わったような新鮮さと、ひどい空腹が同居していたが、周囲の空気はぽかぽかと暖かく、極端な暑さ・寒さとも無縁だった。

(えっと……どうしたんだっけ?)

 眠る前の記憶を掘り起こそうとする。が、何も思い出せない。

 周囲を見ると、見知らぬ石材や、それを覆う布の壁。上の方にはダクトパイプか何かなのか、巨大な筒状のものが縦横に走っている。

 はて。この景色はあまり馴染みがないが、似たものをつい最近見た気がする。

「……んー……」

 だめだ。思い出せない。

 鉛のように重い身体に鞭打って、ようやく起き上がった。

 目覚めてみると、自分がやたら派手な真っ赤なドレスを着ているのに気づいた。

 それは見覚えのあるデザインに似ているが、しかし見知らぬものだった。もちろん自分のものではないのだろう。では、これをわたしに着せたのは誰なのかしらんと、重く回らない頭で、ほむらぶは、ぼーっと考えた。

「あれ?」

 いつも、いるはずのあの子がいない。どこだろう?

「おはよう、起きた?」

 ふと見ると、そこには自分に似た……ただし黒いドレスの、やたらと整った顔の少女が立っている。綺麗すぎて、まるでお人形のようだ。

「……えっと、ヒルネル?」

 ああそう、彼女の名はヒルネルだった。記憶の底から頑張って知識を引き出して、ようやく安堵した。

 その代わり、今度は少女……ヒルネルの方が驚いた顔をした。

「寝起きなのに私がわかるんだ。どうしたの?おなかすいた?」

「あ、うん、おなかも空いてるけど」

 大きくうなずきつつも、しっかりと言葉をつなぐ。

「アメデオがいないの。ねえ、アメデオ知らない?」

「……」

 がっくり、と少し悲しげな顔をしたヒルネル。

「いや、そうか、そうだよね、当然か。うん。そりゃアメデオの方が上だよね……」

「えっと、なに?」

「なんでもない。アメデオなら寝かせたよ。さっきまで、そこの椅子で船こいでたんだけど」

 見るとそこには、人間なら幼児用程度の小さな椅子があった。さわると、まだ暖かい。

「そこで、ずーっと待ってたんだよ。でも体力尽きたみたいでね。何度も寝かせようとしたんだけど、なかなか動かなくて」

「あ、うん。わかる」

 ヒルネルの両手には、たぶんアメデオに引っかかれたのだろう跡がたくさんあった。

「ごめん痛かった?」

「問題ないよ。すぐ消えるから」

「そう。でも、ごめんね」

 とりあえず謝った。アメデオが迷惑をかけたのなら、謝らなくちゃと。

 

 

 

 ヒルネルは、ちょっと困っていた。

 ほむらぶ当人は全く気づいてないが、彼女の雰囲気は今までのそれとは少し違っていた。常に彼女のどこかにあった緊張感がとれ、もともと綺麗だった顔にあどけなさが追加されていたのだ。ささいな違いなのだけど、それは、ほむらぶの魅力を何倍にも引き上げていた。

「……」

「ヒルネル?」

 困惑中のヒルネルに、こてんと首を傾けたほむらぶ。ちょっぴり幼児的とも言えるしぐさが異様に可愛い。

「あー、うん。さて、そろそろ頭も回り出した?」

「ん?」

「……さすがにそれは無理か。でも、その状態でアメデオは気になるんだね」

 それだけ、あのちっぽけな相棒への信頼は重いのだろう。

 ヒルネルは脱力していたが、やがて気をとりなおしたかのように復活すると、

「じゃあ、今のうちにお食事しておこうか」

「お食事?」

「うん。今ならきっとサクッといけると思うから」

「?」

 ヒルネルは、ほむらぶの手を引いて歩き出した。

 部屋から出ると、そこはロビーのような空間だった。ベルボーイ風の石のゴーレムが話しかけてきた。

「おめざめですか?」

「なんとかね。例のキープしてたやつ、置いてくれてるかな?」

「はい。さすがに中には入れられませんので、用具室を緊急でちょっと空けまして暖房を入れ、そこに運び込んでおります」

「うわ。ごめんね、面倒かけて」

「いえいえ」

 それだけ話すと、ヒルネルは再びほむらぶの手を引いた。

「えっと、どこいくの?」

「目覚めたばかりの食事はね、ちょっと大変なんだよ。血がたくさん必要だし、特にここは人間がほとんどいないから。お姉さまと違って世捨て人するつもりはないから、滅多な人は使えないし」

「?」

少し疑問に思ったようだが、引っ張られるのには逆らわない。なんとも素直なものだ。

やがて、おそらく倉庫か用具入れと思われる別室に辿り着いた。ヒルネルは先に扉を開けて中に入り、

「ほむちゃん、さ、入って」

「うん」

 中はやはり倉庫、あるいは用具入れの類と思われた。明らかに外とくらべて粗雑な感じだったし、埃はないものの汚れが細部に見える。外のように細かく気配りがなされていないのが、ありありと伺えた。

 さて。

 そんな部屋のど真ん中に椅子が置いてあり、そこにはひとりの軍服姿の女の子が縛られていた。髪を刈り上げたりはしてないものの、ちょっと汚れた感じのボブカットだし、軍服も実用本位なもので使い込まれている感じがする。おそらく、お飾りの軍人やコスプレでなく、普通に従軍していたのだろう。

 ただし今、少女の顔にも、そして目にも知性の光はない。夢心地のまま無力化されているのだろう。

「……」

 女の子を見た瞬間、ほむらぶがピクッと反応した。無理のない事だとヒルネルは思った。

「ほむちゃん」

 ほむらぶの耳元で、できるだけ甘く、優しくささやいた。

「ほむちゃんのためにキープしといたんだよ。今、ほむちゃんは空っぽで舌も喉も乾いてるからね。好きなだけおあがり」

 好きなだけと言われ、ほむらぶは喉をごくりと鳴らした。食欲を刺激されているようだ。

 だが、おそらく理性のどこかにひっかかっているのだろう。同時に眉もよせた。

「あの?」

 疑問をぶつけられる前に、おそらく納得するだろう答えを軽くぶつけてやる。

「この娘は、ここの近く(・・)に潜んでいた西の国の軍隊の生き残りのひとりだよ。つまり、ほむちゃんを殺し、私に奴隷の首輪をつけて操ろうとした一味って事」

「!」

 ボーッとしていたほむらぶの顔が一瞬、確かに引き締まった。

 だが、ヒルネルの言葉に反応したのは軍服の女の子の方も同じだった。顔に目に意識の光が少し戻り、んんー、ううーと、猿轡(さるぐつわ)の間から声をもらして必死に何か訴えようとしている。

「……」

 平素のほむらぶなら、彼女が何者か詳しく聞こうとするのだろう。

 だが今のほむらぶには、そんな余裕はなかった。女の子の柔らかな首筋に目が吸い寄せられているようで、まわりに全く目がいっていない。

 そんなほむらぶを見て、ヒルネルは「私の時もこうだったんだろうなぁ……」と苦笑いしていたが、

「いいよ、ほむちゃん。でも慌てず、ゆっくりとね」

「う、うん」

 ヒルネルの言葉に押されるように、ほむらぶは舌なめずりをし、そして顔を首に近づけていった。

「ん、んんー!んー!」

 状況が理解できているのだろうか。女の子は必死に何か叫ぼう、逃げようとしている。

 だが結局まともに動く事すらできないまま、ほむらぶの手がやさしく女の子の頭を捕まえた。そのまま少し首を横に傾けさせ、無防備に剥き出された首筋に、はむっと噛み付く。

「んんんん~~っ!!」

 おそらく、女の子は助けて、助けてと叫んでいるのだろう。だが夢中のほむらぶには全くその声は届いてないし、ヒルネルも助けるつもりは全くない。ただ見ているだけだった。

 やがて、ほむらぶの牙が女の子の皮膚を食い破り、『はじめての吸血』が始まった。

「心配ないよ、苦痛はないから。少なくとも最後のギリギリまではね」

 ほむらぶの頭上ごしに、女の子に声をかけた。

「知ってる?生まれたばかりの吸血鬼って、ほぼ本能しかないの。何しろ変異のために全身のエネルギーを使い切っちゃってるからね。なんの能力もないし、頭も働かない。そして、そのままではやがて身体が維持できなくなって、結局は死んでしまう。

 だから、吸血鬼の『はじめての吸血』にはふたつの意味があるの。

 ひとつは、エネルギーを身体の隅々まで行き渡らせる事。そうする事で全てを取り戻して、そうする事で吸血鬼の『変身』のプロセスは終わりになるってわけ。

 で、もうひとつは、獲物を食べるって事を本能に刻み込む事。

 何しろ、つい数日前まで同族だった生き物が食料になるんだから。通過儀礼として、これはとても大切な事なのよね」

「ん……ん……」

 女の子の顔が、恍惚としたものに変わった。

「吸われるのって気持ちいいでしょ?それって獲物を逃さないためなんだけど、生まれた直後のそれは特に強烈なんだよね。なんたって、必要なエネルギー量がいつもとは何桁も違うからね」

 そこでヒルネルは言葉を切り、そして続けた。

「本来、最初の獲物は何匹か用意しておいて、親の吸血鬼が無理やり取り替えてやるんだって。そうしないと相手が死んじゃうから。だけど逆にいうと、死んじゃっても構わないのなら一匹で充分なんだよね」

「……」

 おそらく、女の子には聞こえていない。快楽の渦の中で朦朧としているのだろう。正気が保てているかどうかも怪しい。

「ん……ん……」

 女の子の身体から生気が消えていくにつれ、ほむらぶの身体が急速に精彩を取り戻していく。

 血の気のかけらもなかった素肌には赤みがさし、煤けてすら見えた髪が、いつしか瑞々しい輝きを取り戻す。そして、まだ薄ぼんやりとではあるが、瞳にも理性の輝きが戻りはじめる。

 

 

 

 ほむらぶはこの後ふたたび意識を失った。

 といってもそれは変身完了に必要な最後の眠りであり、翌朝に目覚めた時には、ほむらぶは吸血鬼に変貌した事以外、全く以前通りのほむらぶになってしまっていた。

「確かに変化している、か。でも、不思議なくらい違和感ないわね」

「うん、私もびっくりした。もっと馴染むのに時間かかると思ってたよ」


 ヒルネルは結局、この『最初の吸血相手』の詳細をほむらぶに教えなかった。答えたのは「西の国の軍の生き残り」という事だけだった。

 そんな女の子のパーソナルデータは、以下の通り。

 

 

『ナツエ イシダ』職業:プリーストLv72、兼レンジャーLv44

 現在のステータス: 死亡(死因:生命力枯渇による急性衰弱死)

 特記事項:控え職あり(内政官)、自称社会活動家。

 特記事項2:プリーストは宗教的な意味の司祭ではなく、純粋な回復職の総称。ツンダークにおける司祭は神官が該当する。

 特記事項3:志願により従軍中(西の国正規軍)

 居残り異世界人でも珍しい元内政官。西の国の民主化に関わった人物のひとり。ツンダークサービス終了前に内政官の職務は返上し、いち冒険者として過ごしていた。今も残っているのは、西の国で現在、政治を動かしている人々が彼女の残留を望んだため。ただし本人は、本国にいる際にアドバイザーとして参加する他はもう内政には関わっていない。最後は、文化面の振興に助力したいとの事で、臨時の従軍で北部大陸遠征に参加していた。立場上特殊なので正規の官職はなし。レンジャー技能を駆使し野戦食を提供する傍ら、軍師的立場で活動していた。

 人物:一言でいえば社会活動家。ツンダークの社会を、人々を愛する人物であるが、王政の小さめの国がたくさん共存するツンダークの現状に嘆き「絶対王政の下に組み敷かれるのが当然だなんて悲惨すぎる。せめて社会改革の手助けをする事で人々の幸せに貢献したい」と願い行動するようになる。当時、連合王国だった西の国で唐突に汚職事件や贈賄・収賄事件が多発し、さらに各自治区の王族の暗殺までも横行した背景は不明とされているが、実はナツエ嬢が正義の名の元に裏で人を動かしていたという説も存在する。もちろんこれには物証はないので実際の賞罰に加えるのは避けたいが、当時ナツエ嬢はプレイヤーの自治組織の中でも知性型の過激派グループのリーダーを務めており、限りなく黒に近いグレーと考えられており、今もこれは彼女を知る人の間で公然の秘密となっている。

 また衛生面に非常にこだわった人物で、食堂施設からのペット動物の排除と、西の国から屋台を排除するための法律策定にも多大な貢献もしている。

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